2014年7月号 [Vol.25 No.4] 通巻第284号 201407_284003
地球環境豆知識 30 シナリオ
シナリオとは将来起こりうる状況を想定した見通しである。将来については、種々の不確定な要素が存在する。特に温室効果ガスの将来の排出量は、技術進歩、生活様式、経済発展、温暖化政策などに大きく依存する。それらの状況は社会の進展によって変わるので、過去のデータをもとに予測することは難しく、将来社会の発展方向や緩和政策の度合いを想定したシナリオが用いられることが多い。
シェル石油(Royal Dutch/Shell)がシナリオを用いて1970年代の石油危機を事前に予想して以来、シナリオは予測を行う多くの場面で使われるようになった。シナリオを作成する方法として、現時点から将来を予想するものと(前進型)、将来時点の目標を想定して、現時点までの間の道筋を予想するもの(バックキャスティング型)がある。バックキャスティング型のシナリオは将来時点における望ましい状況への道筋を探索するので規範型シナリオと呼ばれることがある。
長期的な気候安定化のためにはどのような対策が必要かを分析することが温暖化対策シナリオを作成することの一つの目的である。また、温暖化が避けられない場合には、どの程度の気候変動が起きるかの気候シナリオをもとに、温暖化影響シナリオや適応シナリオを作成して温暖化の影響分析を行う。一般的に用いられるアプローチでは、温暖化政策が取られなかった場合を想定して、温室効果ガス排出量を予想し、その条件下での気候変動や影響を予想するとともに(ベースラインシナリオ)、目標を設定して、そのために必要な温室効果ガス削減量を推計し、削減を実現するための対策を行った場合の経済影響を推計する(緩和シナリオ)。
気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change: IPCC)5次評価報告書(AR5)では、約1,200のシナリオが集計され、将来の気候変動政策の効果が評価された。このうち、ベースラインシナリオが約300通り、緩和シナリオが約900通りある。第4次評価報告書(AR4)以降、450ppm[CO2換算]などの低濃度を目標とするシナリオが多く開発された。また、一時的に目標濃度を超えるオーバーシュートシナリオが分類・整理されたのもAR5の特徴である。最近では、土地利用とリンクしたシナリオや大気汚染対策などの温室効果ガス対策以外の対策とリンクしたシナリオなども分析されている。
AR5では、IPCCの3つの作業部会(WG)が横断的に連携できるように、4通りの代表的濃度経路(Representative Concentration Pathway: RCP[注])が開発された。RCPは、WG1、WG2、WG3のそれぞれが並行した作業ができるように、将来の温室効果ガスの濃度安定化レベルと、そこに至るまでの排出経路について、既存文献のなかから代表的なものとして選ばれたシナリオである。RCPは放射強制力で分類され、RCP2.6は安定化時の放射強制力が2.6W/m2を超えないシナリオで、2°C目標を達成する可能性が高い緩和シナリオである。RCP8.5はAR4時の既存文献の中で、2100年の排出量が上位10%に入るものを除いた排出量の多いシナリオで、温暖化対策が行われないため、放射強制力は8.5W/m2となり気温上昇が続くものであり、ベースラインに相当するシナリオである。RCP4.5とRCP6.0はその中間に位置するシナリオで、それぞれ、2100年の放射強制力が4.5W/m2、6.0W/m2以下に抑える緩和シナリオである。国立環境研究所のアジア太平洋統合評価モデル(AIM)チームはRCP6.0をIPCCに提供した。これらのシナリオは気候モデルグループに提供され、将来の気候変化の予測に用いられた。
脚注
- IPCC (2013) 気候変動2013:自然科学的根拠 政策決定者向け要約(気象庁訳)http://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ipcc/ar5/ipcc_ar5_wg1_spm_jpn.pdfのBox SPM.1参照