2014年7月号 [Vol.25 No.4] 通巻第284号 201407_284001

「地球温暖化の将来予測と緩和策」 IPCC第3作業部会第5次評価報告書

  • 社会環境システム研究センター フェロー 甲斐沼美紀子

気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change: IPCC)第39回総会が2014年4月に、ドイツ・ベルリンにおいて開催され、会期中に開催された第3作業部会第12回会合において「IPCC第3作業部会第5次評価報告書(AR5)政策決定者向け要約(SPM)」が承認・公表されるとともに、AR5本体が受諾された。

AR5は、2007年の第4次評価報告書(AR4)の公表以来7年ぶりとなるもので、この間の新たな研究成果や政策に基づいて、温室効果ガスの排出を抑制する緩和策が評価されている。各国から選出された235名の執筆者により、世界中の専門家と政府から寄せられた3万8千件を超えるレビューコメントを考慮して、緩和策の評価と、政策評価の基礎となる排出シナリオ分析(シナリオについては地球環境豆知識参照)や、対策の経済的評価なども盛り込まれている。我が国から、総括代表執筆者(CLA)1名、代表執筆者(LA)9名をはじめ、協力執筆者、専門家査読者、政府査読者などの形で、数多くの研究者や行政担当者が報告書作成に貢献した。筆者も第7章「エネルギーシステム」のLAとして参加した。本稿ではSPMに基づいてAR5読解のポイントを紹介する。なお、報告書の詳細は、環境省ウェブページ(http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=18040)あるいはIPCC第3作業部会ウェブサイト[英語](http://www.ipcc-wg3.de/)を参照されたい。

1. 温室効果ガス排出量は増え続けている

気候変動緩和策の数は増加しているにもかかわらず、温室効果ガス(GHG)の年間排出量は1970年から2010年にかけて増え続けている。1750年〜2010年の260年間における人為起源の累積CO2排出量のうち、約半分は最近40年間(1970–2010年)に排出された。化石燃料燃焼、セメント製造、フレア起源(油田やガス田の採掘の際に発生する付随ガスを燃焼させること)のCO2に限れば、累積排出量は、1970年に4200 ± 350億トン[CO2[注]であったものが、2010年には約3倍の1.3兆 ± 1,100億トン[CO2]に達した。

世界的には、経済成長と人口増加が、化石燃料燃焼によるCO2排出量増加の最も重要な推進力である。2000年から2010年の間では、人口増加の寄与度は過去30年間とほぼ同じであったが、経済成長の寄与度は大きく伸びている。また、他のエネルギー源と比べて石炭の使用量が増加し、世界のエネルギー供給源が徐々に低炭素化に向かっていた長期的傾向がここ10年で逆転してしまった。

2. シナリオが示す将来の緩和経路

IPCC報告書の作成過程で、多くの研究者が作った約1,200通りに及ぶ将来シナリオがレビューされた。そのうち、追加的な緩和策のないシナリオ(ベースラインシナリオ)が約300通り、追加的な政策があるシナリオ(緩和シナリオ)が約900通りある。ベースラインシナリオでは、2100年における世界平均地上気温が、産業革命前の水準と比べ、3.7–4.8°C上昇すると予想される。

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ベースライン及び異なる長期の濃度水準の緩和シナリオにおける、世界全体の温室効果ガス排出量の経路。右側のボックスは、ベースラインと2100年の大気中濃度で分類した緩和シナリオ群をグループ毎に2100年の濃度の小さい方から並べて、下10%と上10%に入るものを除いた排出量の幅と中央値を示している (出典:IPCC AR5 WGIII 図 SPM.4) [クリックで拡大]

AR5では、2100年の大気中のGHG濃度[CO2換算][注]でシナリオを分類し、それぞれのシナリオにおいて、21世紀中にいくつかの温度レベル(1.5°C、2°C、3°C、4°C)に対して、それを超えない可能性を提示している。また、2100年のGHG濃度[CO2換算]が約500ppmと約550ppmの緩和シナリオについては、2100年までの経路の途中でそれぞれ、530ppm、580ppmを超えないシナリオ(オーバーシュートなし)と一時的に濃度を超えるシナリオ(オーバーシュートあり)についても評価している。「濃度のオーバーシュート」シナリオは、目標とする大気中濃度を一時的に超えるシナリオである。最終的には目標を達成するものの、一時的に目標を超えてGHGを排出するので、将来的には、より急速かつ大量の排出削減を実施する必要がある。2011年の大気中濃度[CO2換算]は、既に430ppm(不確実性の幅:340–520ppm[CO2換算])に達しているので、目標によってはオーバーシュートを検討する必要性が増加している。

2100年に大気中のGHG濃度が約450ppm[CO2換算]となる緩和シナリオは、人為起源のGHG排出による気温上昇を産業革命以前に比べて2°C未満に抑えられる可能性が「高い(66%以上の確率)」。2100年に大気中のGHG濃度が約500ppm[CO2換算]に達する緩和シナリオは、オーバーシュートなしの場合は、気温変化を2°C未満に抑えることができる可能性は「どちらかと言えば高い(確率50–100%)」であり、オーバーシュートあり(一時的に530ppmを超える)の場合は、気温変化を2°C未満に抑える可能性は、抑えられない可能性と比較して「どちらも同程度(確率33–66%)」である。

緩和の取り組みを遅延させると、21世紀後半にかけて、産業革命以前からの気温上昇を2°C未満に抑えるための対策の選択肢の幅が狭まる。2100年に大気中のGHG濃度が450ppm[CO2換算]に達するシナリオの多くは、500ppmから550ppmに達する多くのシナリオと同様に、一時的にオーバーシュートする。オーバーシュートの程度にもよるが、オーバーシュートシナリオのほとんどは、今世紀後半において燃焼時に発生するCO2を分離回収する装置のついたバイオマス発電(Bio-Energy with Carbon Capture and Storage: BECCS)や植林が広範に行われることを前提としている。BECCSやその他のCO2除去(Carbon Dioxide Removal: CDR)技術の利用可能性や規模は現時点では確かではなく、多かれ少なかれ、課題やリスクを抱えている。

緩和対策は気候安定化に貢献するだけでなく、副次効果があり、人間の健康、エコシステムへの影響、資源の充足、雇用の創出のためのコベネフィットやエネルギーシステムの適応能力を高めるとともに、大気の質やエネルギー安全保障の目的を達成するためのコストを下げることが示されている。

3. 部門別および部門横断的に見た緩和策

2100年までに約450ppm[CO2換算]となる緩和シナリオには、世界においてエネルギー供給部門での大規模な転換が必要となる。これらのシナリオの多くでは、エネルギー供給部門からの世界のCO2排出量は、次の数十年にわたって低下し、2040年から2070年の間に2010年の水準から90%あるいはそれ以上の削減が必要となり、その後、排出量をゼロ以下に減少させることを盛り込んでいる。この450ppmシナリオでは、すべての部門においてGHG削減努力が必要となる。

2100年に約450ppmまたは550ppm[CO2換算]の大気濃度に達するシナリオにおいて、持続可能な開発を阻害せずにベースラインシナリオと比べてエネルギー需要を削減するためには、エネルギー効率を向上させ、生活様式を変化させることが鍵となる。例えば、輸送部門においては、エネルギー効率と車両性能の向上は、2030年には2010年比で30–50%と推計できる。また、統合都市計画、公共交通指向型開発、自転車や徒歩を支援するコンパクトな都市形態を実現することは、長期的には、都市開発や、短距離輸送の航空需要を減らす高速鉄道のような新たな設備投資と同様に、モーダルシフトに繋がっていく。このような緩和策はチャレンジングで、不確実性があるが、2050年にはベースライン比で20%から50%、輸送におけるGHG排出量を削減する可能性がある。建築部門においては、同じような規模のビルで3から5倍のエネルギー使用量の差がみられる。先進国においては、生活様式と行動様式を変えることで、エネルギー需要を、短期では現状の20%、今世紀中ごろまでには50%まで削減可能であることが示されている。途上国においては、伝統的な生活様式の要素を建物の運営、建築に統合することで、ベースラインよりはるかに低いエネルギー投入量で高レベルのエネルギーサービスを提供することが可能となり得る。

4. 緩和のための政策および制度

AR4以降、複数の政策目標を統合し、コベネフィットを増大させ、負の副作用を減少させることを目的とした政策への注目度が増加している。いくつかの国では、GHGの排出削減を目的とする税をベースとした政策が、技術や他の政策と組み合わさり、GHGの排出量とGDPの相関を弱めることに寄与している。

十分な排出削減のためには投資パターンの大きな変更が必要である。2100年までにCO2換算で430ppmから530ppmの範囲に(オーバーシュートなし)で安定化させる政策を扱う緩和シナリオでは、ベースラインに比べて、2010年から2029年の間で年間投資フローを大きくシフトさせる必要性が指摘されている。というのは、次の20年間(2010–2029年)では、発電部門に関連する従来型の化石燃料燃焼技術への年間投資額は、約300億米ドル(2010年比で−20%)まで落ち込むと予想され、一方、低炭素発電(即ち、再生可能エネルギー、原子力、CCS付発電など)に対する年間投資額は、約1,470億米ドル(2010年比で+100%)に増えると予想されるからである。エネルギーシステムへの世界の年間投資額は、現在、約1.2兆米ドルである。加えて輸送、建築、産業でのエネルギー効率への投資の増加額がおよそ約3,360億米ドルであると推計されている。これには、既存設備の近代化が含まれていることが多い。

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化石燃料燃焼からの総CO2排出量変化の要因分析 (出典:IPCC AR5 WGIII 図 SPM.3)

今回の報告書では、社会を大きく変える道筋について評価している。気温上昇を2°C以下に抑える可能性が高い道筋では、大気中の濃度を450ppm[CO2換算]に抑える必要があると指摘されているが、既に大気中濃度は430ppm(不確実性の幅:340–520ppm[CO2換算])と推定されている。IPCCが1990年に第1次評価報告書でGHG排出量の削減の必要性を指摘してから20年以上が経過しているが、GHG濃度は増え続けており、気候変動による影響が現れている。できるだけ早く対策を実施する必要性が増している。

脚注

  • [CO2]はCO2のみを対象とした排出量あるいは大気中濃度を示し、[CO2換算]はCO2以外の温室効果ガスを含めた排出量あるいは大気中濃度を示す。

*IPCC第1作業部会第5次評価報告書の概要は地球環境研究センターニュース2014年4月号に、第2作業部会第5次評価報告書の概要は6月号に掲載しています。

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