SEMINAR2023年3月号 Vol. 33 No. 12(通巻388号)

北海道陸別町りくべつちょう(日本一寒い町)の中学校で国立環境研究所のオンライン出前授業を実施していただきました

  • 大鳥居仁(陸別町教育委員会 社会教育担当 主任主査)

1. はじめに

令和4年11月4日、令和4年度も陸別町では中学校2年生を対象に、地球システム領域地球環境研究センター大気・海洋モニタリング推進室の町田敏暢室長にオンラインでの出前授業を行って頂きました。

この出前授業は、陸別町と国立環境研究所、名古屋大学、北海道大学、北見工業大学、国立極地研究所で構成される陸別町社会連携連絡協議会の活動の一つで、今年度は町田室長と、名古屋大学宇宙地球環境研究所の長濱智夫准教授に授業を実施して頂きました。

陸別町は北海道東部の十勝管内にある人口約2,200人の小さな町です。日本一寒い町として「しばれフェスティバル」などのイベントが有名で、今年も既に最低気温がマイナス30℃を下回りました。陸別町は「星空の街」に選定され、低緯度オーロラが観測されたことでも有名で、公開型としては最大クラスの反射望遠鏡を備えた町立の「りくべつ宇宙地球科学館」(通称「銀河の森天文台」)があります。この天文台の施設内に「国立環境研究所陸別成層圏総合観測室」と「名古屋大学宇宙地球環境研究所陸別観測所」が設置されていることが、出前授業の実施や協議会設立の端緒となっています。

写真1 満天の星の銀河の森天文台。
写真1 満天の星の銀河の森天文台。

この出前授業は協議会設立(平成24年4月)以前の平成16年まで遡ることができます。町田室長には平成20年度から授業を実施して頂き、以降平成25、26、28年度、令和元年度に陸別町に来て頂いています。また、国立環境研究所からは衛星観測研究室の森野勇主幹研究員と野田響主任研究員に平成28、29年度に中学校で授業をして頂いています。残念ながら新型コロナウイルスの感染拡大により、令和2年度は出前授業が中止となってしまいましたが、令和3年度にはオンラインで授業が復活、町田室長には陸別初のオンライン出前授業の実現にご尽力頂きました。

2. 授業の内容

町田室長の「海洋実験」の授業は人気があり、出前授業での授業数実績は最も多く、小学校3年生から中学校3年生の児童・生徒全員が受講してしまったために、一時この実験授業をお休みせざるを得ない年度もあったほどです。その内容は実験が分かりやすいだけでなく、銀河の森天文台の観測室の話を盛り込んだ地域資源にも繋げて頂いているため、子どもたちにとっては地球温暖化という地球規模の課題を身近な問題としてリアルに学習できています。以下内容に触れますが、授業内容は昨年度以前の地球環境研究センターニュースに詳しく掲載されていますので、ここでは授業を受ける側から見た町田室長の工夫や配慮を中心に紹介したいと思います。

写真2 クイズに答える陸別中学校2年生。
写真2 クイズに答える陸別中学校2年生。

(1)導入:自己紹介と温室効果ガスの必要性
町田室長は冒頭必ず自身のプロフィールを紹介します。家族構成までも含めた自己紹介は児童・生徒との間のアイスブレイク的な要素のほかに、授業を進める上でのちょっとした伏線にもなっています。そして本題の温室効果ガスと地球温暖化の話。SDGsですら聞き覚えのある最近の児童・生徒にとっては「地球温暖化」は知っている単語と思いきや、その原因である温室効果ガスは地球にとって必要不可欠なものという話から入るので、「思っていたのと違う!」という感覚から宇宙規模の話に引きずり込まれます。

写真3 銀河の森天文台の観測室。
写真3 銀河の森天文台の観測室。

(2)CO2の計測と銀河の森天文台の観測室の役割
授業は主要な温室効果ガスであるCO2の循環についてがメインとなります。温室効果ガスのおかげで現在の地球環境が保たれているが、温室効果ガスが増え過ぎると地球温暖化が進んでしまう。そこでまずは地球上のCO2の量の変化について、ハワイのマウンロア山で観測したキーリング博士の計測と北海道の落石岬での計測の話となりますが、ここでCO2量の季節変化についてのクイズが出題されます。

このクイズは二択で生徒に手を挙げてもらいます。「CO2量の季節変化の原因は?」の問いに対して選択肢は「化石燃料の使用」と「植物の働き」です。迷うけれども、CO2の増加と選択肢との因果関係は既にある知識で理解できるため、ここで確実に全生徒が授業に参画でき、自分たちが今何の課題を考えているのかが確認できます。さらに、このクイズの延長線上に自分たちの町にある天文台で観測し記録されているデータがこの問題に大きく関わっていることを教わり、同時に世界規模での観測ネットワークの一地点として重要な役割を担っているという話を聞くことによって、より一層身近な問題として捉えることが可能となります。

写真4 CO2の増加グラフ(生徒たちが生まれた年が示されています)。
写真4 CO2の増加グラフ(生徒たちが生まれた年が示されています)。

(3)南極の氷床コアと「日本一寒い町」
キーリング博士の計測以前のCO2量の観測データは手に入らないか?という課題に対して、南極の氷床コアというタイムカプセルの話題は、さらに生徒たちを引き込みます。それだけで魅力的な話ですが、陸別の子どもたちは国立極地研究所とも関係のある「日本一寒い町」で育ち、町内にも南極観測隊に参加した人がいる土地柄でもあることから、ほかの町の子どもに比べて南極の話は身近に感じるはずです。

そして大気中のCO2量が加速度的に増えているグラフ(産業革命以降200年で60ppm増加しているのに対し、その後のたった30年で同じ60ppm増加している)では、プロフィールで紹介した室長の年齢や、子どもたちが生まれた年など、分かりやすいスケールを図中に入れる「ちょっとした」工夫をしてくださっているので(きっと授業ごとに対象年齢に合わせて修正してくださっているのでしょう)、より一層自分事の課題となります。

(4)さあ!実験
人類が放出したCO2は植物と海洋がその半分を吸収してくれることによって温暖化にブレーキが掛けられている・・・では本当に海水はCO2を吸収することができるのだろうか?・・・ここで登場するのが実験です。実験にはBTB液を混ぜた海水の入っているプラスチック製の透明小瓶が生徒全員に配られ(事前に郵送して頂いています)、そこに自分の息を吹き入れて蓋をしてよく振ることで液体の色が変わるかどうかを観察するものです(事前にBTB液の色の変化を復習するために炭酸水にBTB液を垂らすと何色になるか確認します)。

写真5 実験の様子。
写真5 実験の様子。

町田室長が全力で小瓶を振るので、生徒達も全力で振ります。実験道具が全員に当たっていることに加え、これまでの説明に散りばめられた仕掛けにより、教室にいる生徒全員が全力で実験に参加します。この風景を見るだけで、この授業が成功したものと確信できます。青色だった弱アルカリ性の海水が、CO2を吸収して酸性となり黄色に変化すると、教室からはちょっとした歓声が上がります。次に小瓶に入れた息を手で仰いできれいな空気と入れ替え、再び振ると元の色に戻る・・・これで海水がCO2を吸収したり放出したりすることを経験として理解することができます。

(5)まとめ・・・それぞれが振り返りをする仕掛け
この小さな実験道具には、更なる仕掛けが隠されています。小瓶はチャック付き袋に入れられており、家に持ち帰って家族に実験を見せ、それを説明する宿題が出されるのです。袋の中にはそのためのちょっとした解説書も入れてあります。生徒たちは一緒に頂いたエコバックに国立環境研究所の数々のグッズとともに実験道具を入れて家に持ち帰ります。

写真6 実験セット。
写真6 実験セット。
写真7 エコバックと国立環境研究所グッズ。
写真7 エコバックと国立環境研究所グッズ。

3. おわりに・・・学校教育を取り巻く環境

学校現場では、新学習指導要領が全面実施され、小学校からの外国語教育の導入やプログラミング教育の必修化、新型コロナウイルス感染拡大で加速したICT活用などが導入されています。また、子どもたちに「生きるちから」を学ばせるよう求められると同時に、学校と地域が協働し「地域とともにある学校」となることが求められています。このため、新型コロナウイルス感染拡大によって授業時間の確保にリスクが伴うなか、子どもたちに新たに教えなければならない内容や、教える側が獲得しなければならないスキル等が増えているのが実情です。

写真8 海水入りの小瓶をアップで映す町田室長(写真提供: 国立環境研究所)。
写真8 海水入りの小瓶をアップで映す町田室長(写真提供: 国立環境研究所)。

大学の先生や研究者・大学生の方々に教えて頂く機会は非常に貴重で、理系好きな子どもが増えることも期待してしまうのですが、そうした体験を望むのとは裏腹に授業数確保は深刻な状況です。こうしたなか、子どもたちが楽しみながら実験を通して、宇宙規模の現象→地球規模の環境問題→地域との関連→自分事までを40分から50分という限られた時間内で完成させる町田室長の「海洋実験パッケージ」には、生徒を引き込む様々な仕掛けや工夫・配慮が散りばめられており、地域資源との関連も意識されていることから、学校側も安心してお願いできる内容だと毎回見ていて感じています。

もちろん、何度も繰り返し修正しながら今の内容にしていく過程で、陸別の子どもたちのために多くの時間を割いてくださっていることは容易に想像できます。コロナ禍で昨年度からオンラインでの授業を試みた際にも、画面越しに授業を受ける児童・生徒の側に立った工夫をしてくださいました。そのことがお願いする側の安心感にもつながっています。このことは、この出前授業で最も授業数実績のある室長とスタッフの方々のおかげだと感謝しています。今後も、陸別の子どもたちのために出前授業の継続にご協力頂きますようお願い申し上げ、今年度事業の紹介とさせて頂きます。

※陸別小学校・陸別中学校でのこれまでの出前授業に関する記事は以下からご覧いただけます。