2017年2月号 [Vol.27 No.11] 通巻第314号 201702_314004
宙(そら)、生徒、研究者。それぞれの純粋さ。 星空が美しい町、陸別での出前授業。
1. 陸別の星
見上げれば、幾多の星の光が落ちてくる。夜空に燦然(さんぜん)とちりばめられた無数の星々。思わず息を飲む。
「陸別の人にとっては普通の夜空ですよ」と地元の人は言う。
陸別町(北海道足寄郡)は、環境庁(現:環境省)より1987年度に「星空の街」に選定され、1997年度には「星空にやさしい街10選」に認定されている。晴天率が高く大気汚染も少ない。星と私たちの間にある空が、邪魔なものがなくとても澄んでいる。宇宙という存在をとても近く感じる。
このような陸別町の晴天率の高さ(夜間星空を観測できた日の率が1999年度63.7%)を活用した天体観測の施設として「りくべつ宇宙地球科学館(銀河の森天文台)」が1998年に建てられ、さらに美しい自然を守ることに貢献できる大気環境に関する観測室が同施設内に設置された。この観測室で名古屋大学宇宙地球環境研究所と国立環境研究所などが成層圏・対流圏の大気やオーロラ等の観測を行い、観測データによる研究を実施している。衛星観測センターの森野勇主任研究員は、地上設置のフーリエ変換分光計(FTS)による温室効果ガス観測網(TCCON)の陸別地点の責任者として、地元及び関係者の協力を得て2013年11月から同地での観測を行なっている。その関係から森野主任研究員が陸別中学校にて出前授業を行うことになった。
2. 陸別成層圏総合観測室
つくばと陸別のTCCON地点の観測運用は、GOSAT(温室効果ガス観測技術衛星、Greenhouse gases Observing SATellite、愛称「いぶき」)プロジェクトのサポートにより実施されている。GOSATプロジェクトは宇宙航空研究開発機構(JAXA)、環境省、国立環境研究所が共同で推進し、衛星を用いて全球の二酸化炭素やメタンの観測を行っている。この「いぶき」が宇宙から観測したデータを科学的に利用するためには、その不確かさ(「いぶき」データのTCCONデータからのズレと「いぶき」データのバラツキ具合)を明らかにすることが必要で、それを「検証」という。「いぶき」のデータとは異なる、地上や航空機による観測などによって独立に得られたより高い精度のデータを用いて検証が行われている。
陸別成層圏総合観測室で観測されたTCCONデータは、3年間の蓄積が行われており、すでに「いぶき」や米国のOCO-2(軌道上炭素観測衛星)の検証に用いられている。「宇宙を近く感じる」と先に書いたが、宇宙を飛ぶ人工衛星「いぶき」と陸別町には、研究という面においてもこのように深い関係がある。
3. 出前授業
11月26日土曜日。日本で最も寒い町の名に違わず、朝の外気温は−13°C。森野主任研究員が陸別中学校で担当する授業は、1年生の1校時目。「おはようございます」森野主任研究員の元気な呼びかけに、1年生たちははにかみながらも溌剌(はつらつ)と答える。授業のタイトルは「日本の温室効果ガス観測技術衛星いぶき(GOSAT)の観測でわかったこと」。
1年生が惑星の勉強をしているということで、地球以外の惑星に温室効果があるのかなど、生徒が興味を引く内容で授業を進めていく森野主任研究員。地球の大気の話が出たところでは、教室に設置したダジック・アースという球体スクリーンを使ったプロジェクションマッピングを使い、国際宇宙ステーション(ISS)から見た大気光やオーロラなどを紹介した。
温室効果ガスの基本的な概念をわかりやすく説明した後、いよいよ「いぶき」について解説。2009年1月23日の打ち上げ時の実際の動画を流すと、生徒たちは興味深く見つめた。なぜ人工衛星から温室効果ガスの濃度がわかるのかなどを、写真や図を使って解説し、生徒たちも熱心に聞き入った。
陸別町での「温室効果ガス」観測の取り組みと「いぶき」への貢献についての説明の部分では、陸別成層圏総合観測室に置かれた高分解能FTSによる観測の様子の写真を見せて説明することで、陸別町に暮らす生徒たちと陸別町で観測を続ける森野主任研究員との距離感がさらに縮まったように見えた。
「いぶき」の説明が一通り終わったところで、生徒たちのワークタイムが始まった。ダジック・アースに投影された「いぶき」が観測したデータと地上データを用いて計算したデータ(L4B)を生徒自身が動かしたりしてそこから何を気づくかというワーク。ダジック・アースには、2009年6月から2012年10月までのデータが投影されている。生徒たちは実際にダジック・アースを動かして、北極や南極を見てみたり、北半球と南半球を較べてみたり、陸別のあるあたりの場所をじっと見つめたり、自由な感覚でデータを動かすという、初めての体験を満喫しているようだった。
ワーク中の森野主任研究員のアドバイスもあって、多くの生徒は、大気中における二酸化炭素濃度の季節変動などを実際に自分の目で気づいたようだった。「いぶき」の観測に関わる研究者から直接「いぶき」のデータを解説してもらい、自分たちがその「いぶき」のデータを自由に動かしてみる、そんな時間を生徒たちは純粋に楽しんでいるように見えた。
4. さいごに
出前授業前夜に陸別の星空を撮影する際に、星が綺麗なことを野下純一陸別町教育委員会教育長に伝えたところ、「綺麗なのは星だけではない、陸別の人の心が綺麗なんです」と語られた。
これだけ綺麗な星空の下で育った子どもたち。その純粋さは授業を受ける横顔からも伝わった。一方で、純粋に研究に打ち込む姿、真の研究者の姿、というものも森野主任研究員の授業を通して、生徒たちに十分に伝わったのではないかと思う。
1年生たちはとても静かな雰囲気ではあったが、授業が終わる頃には、森野主任研究員とどこか純粋な部分で強い絆ができているのではないかと感じさせる、心あたたまる光景を見ることができた。
この陸別の澄んだ宙(そら)が結んだもの。生徒と科学者をつなぐ目に見えない純粋なもの。
科学教育、研究所広報活動を行う上で、忘れてはならない原点のようなものを、この授業を通じて感じることができたのかもしれないと思っている。
素晴らしい授業の機会を与えてくださいました陸別教育委員会、陸別中学校の皆様に心より感謝を申し上げます。
*これまでの陸別小学校・陸別中学校での出前授業に関する記事は以下からご覧いただけます。