NEWS2023年3月号 Vol. 33 No. 12(通巻388号)

令和4年度スーパーコンピュータ利用研究報告会を開催しました

  • 地球システム領域地球環境研究センター 研究推進係

地球システム領域 地球環境研究センター(以下、センター)は、2022年12月23日(金)に令和4(2022)年度スーパーコンピュータ利用研究報告会(以下、報告会)を開催しました。昨年度と一昨年度は新型コロナウイルス感染症の流行状況を鑑み、オンラインのみでの開催としましたが、今年度は国立環境研究所(以下、国環研)内の会議室を会場とし、参加者が対面とオンラインのどちらかを選択できるハイフレックス方式で開催いたしました(写真1)。当日のオンサイトとオンラインの参加者は半々程度でした。

写真1 当日の国環研会場の様子。Web会議システムを通じて、会場の参加者とオンラインの参加者との間で、活発な討論がスムーズに行われた。
写真1 当日の国環研会場の様子。Web会議システムを通じて、会場の参加者とオンラインの参加者との間で、活発な討論がスムーズに行われた。

国環研は、将来の気候変動予測や炭素循環モデル等の研究開発、衛星観測データの解析、その他基礎研究を支援する目的で、長年にわたりスーパーコンピュータ(以下、スパコン)を整備・運用し、所内外の研究者に計算資源を提供してきました。スパコンの利用・運用方針等は国環研に設置した「スーパーコンピュータ研究利用専門委員会」(以下、専門委員会)において審議を行っています。

令和4年度は7つの所内課題、3つの所外課題が採択されており、報告会では幅広い分野からの最新の研究成果が報告されました。その中から二つを紹介します。

「短寿命気候強制因子の変化に伴う気候・地域環境への影響評価」(課題代表者:五藤大輔)では、大気海洋結合モデルのMIROC-SPRINTARSを用いて、短寿命気候強制因子(SLCFs)として知られるエアロゾルやその前駆物質について、種別ごと、特定地域ごとに人為起源排出量をゼロにしたシミュレーションを行い、排出量を削減しないケースとの比較からSLCFsの環境・気候影響を評価した結果が報告されました。先行研究(Takemura and Suzuki, 2019, Sci. Rep.)では、人為起源の「すす」(ブラックカーボン、BC)を全球規模で削減すると、雲や水蒸気を介した複雑な気候フィードバックが発生するために、必ずしも地上気温の大きな減少に繋がらないことが報告されていましたが、本研究で行った局所的なSLCFsの削減で効果的な温暖化抑制が実施できる可能性も示されました(図1)。

図1 MIROC-SPRINTARSでシミュレーションした中国の人為起源二酸化硫黄(SO2)、ブラックカーボン(BC)、有機炭素エアロゾル(OM)排出量削減による (a-c) 硫酸塩エアロゾル(SU; 前駆物質がSO2)、BC、OMのエアロゾル放射強制力*1(IRFARI)と (d-f) それぞれの物質変化に伴う地上気温変化の全球分布図。IRFARIは特に中国近辺地域では、人為起源SO2削減で増加、BC削減で減少、OM削減で増加が見られた。地上気温を全球規模で見ると、人為起源SO2削減で増加、BC削減で減少、OM削減で減少が見られた。(課題代表者:国立環境研究所五藤大輔主任研究員、図の提供:九州大学竹村俊彦教授)。
図1 MIROC-SPRINTARSでシミュレーションした中国の人為起源二酸化硫黄(SO2)、ブラックカーボン(BC)、有機炭素エアロゾル(OM)排出量削減による (a-c) 硫酸塩エアロゾル(SU; 前駆物質がSO2)、BC、OMのエアロゾル放射強制力*1(IRFARI)と (d-f) それぞれの物質変化に伴う地上気温変化の全球分布図。IRFARIは特に中国近辺地域では、人為起源SO2削減で増加、BC削減で減少、OM削減で増加が見られた。地上気温を全球規模で見ると、人為起源SO2削減で増加、BC削減で減少、OM削減で減少が見られた。(課題代表者:国立環境研究所五藤大輔主任研究員、図の提供:九州大学竹村俊彦教授)。

今年度新たに所外課題として採択された「超高解像モデルSCALEによる植生を考慮した都市域における二酸化炭素輸送計算」(課題代表者:今須良一)では、関東を中心とした領域での二酸化炭素(CO2)輸送シミュレーション結果が報告されました。シミュレーションの入力値には高解像度の人為CO2排出量に加えて、植物が吸収・放出するCO2の日変化を再現する高時空間解像度の陸域生態系モデルの結果が用いられています(図2)。

図2 理研で開発された超高解像モデル SCALE-RM を用いて計算されたCO2濃度分布の例。トレーサーの一つとして CO2を追加し、排出源インベントリーEAGrid2000 (2016年の国の総エネルギー使用量でスケーリング) と陸域生態系モデル BEAMS-diurnal (オフラインによるCO2地表フラックスの計算結果) を組み合わせて計算した。(課題代表者・図の提供:東京大学今須良一教授)。
図2 理研で開発された超高解像モデル SCALE-RM を用いて計算されたCO2濃度分布の例。トレーサーの一つとして CO2を追加し、排出源インベントリーEAGrid2000 (2016年の国の総エネルギー使用量でスケーリング) と陸域生態系モデル BEAMS-diurnal (オフラインによるCO2地表フラックスの計算結果) を組み合わせて計算した。(課題代表者・図の提供:東京大学今須良一教授)。

専門委員会には所外の3名の外部委員に参画頂いており、今回も多くの貴重なご意見をうかがうことができました。また、国環研環境情報部から利用者に向けて、令和3年11月から令和4年10月までのスパコンの運用状況についての報告も行われました。令和2年3月の稼働開始から3年目を迎えたベクトル型スパコンNEC SX-Aurora TSUBASAは大きなトラブルもなく順調に動いており、年間を通して約55%(高い月では約80%)の占有率で利用頂いていることが報告されました。

年の瀬のお忙しい時期にもかかわらず、課題代表者をはじめとするスパコン利用者の皆様、所外の研究利用専門委員、所内各担当委員の皆様にご参加頂き、活発な研究議論を行うことができました。心より御礼申し上げます。また、今年度は3年ぶりに一部対面での会議を行うことができ、久々に利用者の皆さんにお会いできたことを嬉しく思います。

当日報告された内容の詳細については、センターのウェブサイト(https://www.cger.nies.go.jp/ja/supercomputer/)をご参照ください。サイトには、スパコンの紹介や、過去の報告会での発表内容に関する情報も掲載されています(文中敬称略)。

30回目のスーパーコンピュータ利用研究報告会を迎えて

江守正多
(地球システム領域 上級主席研究員/前スーパーコンピュータ研究利用専門委員長)

国立環境研究所のスーパーコンピュータ(以下、スパコン)利用研究報告会が今回で30回目を迎えたことは、まさに同スパコンシステムの利用が地球環境研究の歴史とともにあったことを示しています。IPCCの最初の報告書が公表されたのが1990年であり、同システムの第1号機(SX-3)の導入はその翌年でした。以来、同システムは所内外のユーザに活用され、IPCCへの日本からの貢献の基盤となる気候モデル開発をはじめとして、数々の成果を産み出してきました。その所内外のユーザがコミュニティとして集う交流の機会がスパコン利用研究報告会であり、同システムはこのコミュニティに支えられてきたともいえます。近年、計算科学をめぐる状況は大きく様変わりしてきていますが、同システムの形態がどのように変わろうとも、我々はこのコミュニティが地球環境研究の黎明期を担ったことに誇りを感じていきたいと思います。同システムに関わったすべての方々に、改めてお礼を申し上げます。

秋吉英治
(地球システム領域 シニア研究員/前スーパーコンピュータ利用研究事業実施代表者)

今回でスーパーコンピュータ(以下、スパコン)利用研究報告会の開催が30回目となりました。本報告会が国立環境研究所のスパコンを利用した研究成果発表の場として長きにわたり続き定着したことには感慨深いものがあります。これもスパコンを利用した研究に携わる研究者や研究利用専門委員会にご協力いただいている方々、および事務局の真摯な取り組みの結果であると思います。

スパコンを利用した研究は、当初、地球温暖化やオゾン層の将来予測、地球流体に関するプロセスといったものを対象としていましたが、近年は地球システムモデル、閉鎖性水域の高分解能モデル、観測と連携したデータ同化、データ同化を利用した温室効果ガスのフラックス推定などへとその領域を拡張しており、報告会でのコメントや議論も年々活発になってきている印象を受けます。今後も関係者のご協力を賜り、環境研究や科学の発展に貢献すべく、多くの興味深い成果を発信していけるよう支援していきたいと思います。

図は国立環境研究所の歴代スーパーコンピュータの計算性能を表しています。縦軸の単位はテラフロップス(TFLOPS)で、テラは10の12乗を、フロップスは1秒間に浮動小数点演算を何回処理できるかという能力を表します。この図から、最新のSX-Aurora TSUBASAは最初期のSX-3のおよそ10万倍の能力があることがわかります。