INTERVIEW2021年11月号 Vol. 32 No. 8(通巻372号)

面白い研究が社会に役立つ幸せ 木本昌秀理事長に聞きました

  • 地球環境研究センターニュース編集局

国立環境研究所(以下、国環研)は、2021年4月から新しい第5期中長期計画に基づき活動を開始しました。このインタビューシリーズの第3回は、2021年4月に就任した木本昌秀国立環境研究所理事長に新しい中長期計画の目標達成に向けた地球システム領域や地球環境研究センター(以下、CGER)の活動に期待することなどを、地球システム領域の江守正多副領域長が聞きました。

なお、第1回はhttps://www.cger.nies.go.jp/cgernews/202107/368002.htmlから、第2回はhttps://www.cger.nies.go.jp/cgernews/202109/370002.htmlからご覧ください。

*このインタビューは2021年9月10日に行われました。

目指すべき方向性と達成すべき案件をよりわかりやすく

江守:木本理事長は、国環研を外から(共同研究者として、研究独法審議会委員として)ご覧になっていたときと、理事長としていらしてからで、見え方がどのように変わりましたか。大学との違いをどのように感じておられますか。

木本:組織にはいろいろな特色があるということを強く感じました。

最初に驚いたのはさまざまな決裁書類が次々と回ってくることです。一件あたり20人以上の関係職員がチェックしているものもあり、旧母体である役所色が強く残っていると感じました。たくさんの人がよく見て物事を決めるのはいいことですが、少し効率化できるところもまだあると思います。

また、いろいろな会議で、ユニットの人や構成員の意見を聞いて物事を決めようとすることに感心しました。中長期計画についても、理事と理事長だけで大枠を決めてしまう研究所もありますが、国環研では、1年以上かけてみんなで一所懸命話し合って決めましたね。

合議制では、新しい提案を決めようとする際に、これまでのイナーシャ(慣性)がかかってしまうため、ドラスティックな方向転換がしにくくなる面があります。これは、いいとか悪いとかではなく、そういうふうに見えたということです。

インタビューの様子
木本昌秀理事長(右)と江守正多地球システム領域副領域長(左)

江守:研究面についてはいかがでしょうか。

木本:大学と比べると思っていたよりミッション色が強いです。そしてそれをみなさんが一所懸命やり遂げようとしているのには感心いたしました。一方で、サイエンスは基本的に面白くなくてはいけないので、たぶん面白いと思って進めているのでしょうが、もう少し研究的好奇心に力点を置く余裕があってもいいかなと思います。

面白いという要素は、このデータとこのデータからこんなものが見えるという発見や、気づきの部分ですが、それが醸成される土壌は是非残すべきだと思います。ミッションが多くて忙しすぎるとそうならなくなるのではないかと気になりますね。

国環研が環境省の「唯一の」研究所であるという構造的な問題もあります。環境省は研究や技術的なことでは国環研に頼るしかないわけですが、そのため国環研のミッションが広くなりすぎてキャパシティを大きく超えてしまっているのかもしれません。

また、中長期計画やそれに基づく研究計画は、法律の文書のように文書を整えるので、ものすごくきちんと書かれています。しかし何を言いたいのかよくわかりません。書かなくてはいけないことがすべて書かれているので、どれが一番大事なのかわからないのです。これは研究所に来たときに非常に強く感じたことです。

どれも一律に並べてしまうと伝わりにくいので、プレゼンテーションを工夫してほしいと思っています。特に事業報告書や中長期計画を見て思うのは、全部を書く必要はなく、次の5年間で目指す方向と最低限達成すべき案件がわかるように1ページ目に書いてほしい、プレゼンの1枚目でそれを話してほしいのです。このことを今後、研究評価や委員会があるたびにお願いしていきたいと思います。

もう一つ思ったのは、研究費のほとんどが環境省からで、私が想像した以上に外部競争資金の割合が低いです。ミッションが多すぎてそちらに忙殺されて、外部競争資金を取る余力がないのでしょう。これは研究者のせいではなく、構造的な問題だと思います。

外部競争資金で研究を進めるメリットは、大きな予算がつくことではなく、外部の人を巻き込んで、国環研のスピリットに沿って一緒に仕事をしてもらえることです。国環研と同じメンタルをもって研究してくれる人たちを増やす、実質的な活動範囲を大きくする、これは非常に大事なことです。それをもっと本格的に行っていいと思います。

大型研究に挑戦したり採用されたりすると、全国の大学の教師と学生が寄ってきます。彼らは数多くのアイデアをもっていますが、大規模な研究施設やコンピュータシミュレーションモデルには手が出せないことが多いですね。ここで国環研のファシリティを提供すると素晴らしい研究が実現できます。国環研に共鳴してくれる研究者を、全国、もしくは全世界に増やすことを一所懸命やらなければいけないと思っています。

パリ協定のグローバルストックテイクへの貢献

江守:地球システム領域についてはどのようにご覧になっていますか。

木本:地球システム領域は、パリ協定のグローバルストックテイク*1に貢献していただきたいと思っています。観測データとモデルで、炭素収支の推移や現状、将来予測をし、さらに、自然変動要因と人為的要因の温暖化を区別したり、各国の排出削減量の発表と地球システム領域の推計との違いを指摘したりするなど、積極的なメッセージを出してもらいたいです。

研究所にはCOPや各国が排出削減計画を立てるときに必要となる情報を届けられるポテンシャルがあるのに、その方向に向かっているように感じられないのです。研究発表等の際に「最初に」それを話してくれないのが非常にもどかしいです。

また、地球システムモデルも独自ではもっていないですね。エアロゾルやケミストリーなどいくつもパーツモデルを並べてはいますが、地球システムモデルには入っていません。海洋も入っていません。もっと能力を集約すればできると思いますが、まだ本気で進めているように見えません。もちろん一人ひとりの得意技はありますから、それは活かしつつも、もう少し大きな方向を考えて進めてほしいと思います。

これには5年以上の準備期間が必要ですが、1回目となる2023年にグローバルストックテイクが始まったときには、国環研の推計が出せるようなつもりでやるべきです。

社会が脱炭素化に動き出した

江守:気候変動問題の危機感と対策の緊急性について、木本理事長ご自身の実感としてどのように捉えておられますか。

木本:かつて江守さんと、最初に地球シミュレータ一(2002年に海洋研究開発機構(JAMSTEC)に設置されたスーパーコンピュータ)で地球温暖化実験をし、「温暖化したら強い雨が増えるので注意してください」とずっと言ってきました。2018年にようやく国土交通省が温暖化による水位のかさ上げ分を考慮して堤防の高さを決めると発表しました。しかし、私は10年遅いと思いました。

一方、豪雨については、10年以上前に自分たちで言ったことが、こんなに早く、こんなにはっきり現実化するとは思いませんでした。今やジャーナリストや一般の方も「最近の豪雨が地球温暖化の影響を受けていることは疑いのないことだと思います」とおっしゃいます。ですから、われわれがそんなに危機感を煽らなくても国民は非常によくわかってくれています。

2020年10月、菅義偉首相(当時)から2050年までにカーボンニュートラル社会の実現を目指すという宣言が出されて、「脱炭素」を目指すと宣言する企業が増え、脱炭素やカーボンニュートラルについて、さまざまな試みがなされています。あの宣言によって世間が本格的に動き始めました。しかも、経済界が大きく変わってきました。

これまで、われわれが説明してみなさんに理解してもらわないといけないという危機感をある程度もっていましたが、今は当事者のみなさんが危機感をもって動くようにスイッチしつつあると思います。これなら、2050年は無理でもひょっとしたら2052年くらいにはカーボンニュートラルが達成できるかもしれないという気持ちになってきました。

江守:そうなった場合、われわれ科学者の役割は何ですか。

木本:世間の人にこの動きを止めてほしくありませんから、われわれは気候変動に関するより精緻な科学的知見を提供し続けなければなりません。

緩和策については、発電やエネルギー、運輸などオプションがいろいろあって難しいので、社会システム領域のアジア太平洋統合評価モデル(Asia-Pacific Integrated Model: AIM、https://www.nies.go.jp/social/en/research/aim.html)がこのようなオプションを定量的に検討できるツールを提供するといいです。AIMの計算通りに物事が進むとは思いませんが、科学者には客観的なエビデンスとして提示するという極めて重要な役割があります。

炭素以外の物質がきちんと循環することも大事です。廃棄物処理のサイクルに関する新しい技術や新しいトライアルを提示するなど、国環研ですべてができるわけではありませんが、俯瞰的に見ることができるのは国環研の強みの一つだと思います。

ですから、環境の研究が必要なくなることはありません。それどころかいよいよ本格的に、具体的に貢献できるような時代になってきたと思います。

今お話ししたことは第5期中長期計画にすべて書かれてあるのですが、残念ながらぱっと見たときに、さあいよいよ自分たちが活躍する正念場の10年が来たという感じに聞こえてこないのです。この点については発信力を刷新、あるいは改革すればだいぶ違ってくると思います。

変わってきた研究者のアウトリーチ活動

江守:木本理事長は東京大学大気海洋研究所にいらしたときに、サイエンスカフェをされていたというのが、三枝さんとのインタビュー(「災害の被害を減らす近未来予測に期待 ―木本昌秀さんに聞きました―」地球環境研究センターニュース2018年11月号)でも書いてありましたが、どんな感じでしたか。

木本:一般講演は頼まれたら社会人としては基本的には断ってはいけないと考えていますが、話すときには面白くなければいけないと思っているので、なるべく面白くしゃべろうとしたら割と受けがよかったです。聞く人が「面白い」と言ってくれることを話せばいいという境地に達したのと、大学でもアウトリーチをしなくてはいけなかったのです。

江守:国環研で少し落ち着いてきたら、メディア出演のご経験も豊富ですから、理事長自らアウトリーチについてまたやってみようと思われますか。

木本:私自身はあまり乗り気ではありません。しかし、江守さんをはじめとして国環研の職員による動画の充実度には感心しました。国環研に採用された新卒の人に、最初の3カ月は研究所の動画を見てもらえば、研究内容のほとんどがわかります。動画はコロナ禍の前から進めていますね。数も多いですし、見たいものをすぐ探せるようウェブサイトを少し工夫すればより素晴らしいものになると思います。

ただ、江守さんがいくら解説がお上手でも、いつまでも江守さんの活躍に頼っているわけにはいきません。次は江守さんに似た二番手を育てるよりは、江守さんとは違うやり方でアウトリーチや情報発信に貢献できる人が出てくればいいと思っています。

以前は、研究して論文を書き、プレスリリースの段階になるとあまり積極的ではなかった人が多かったと思います。しかし、最近、研究者は論文を書いたらプレスリリースをするものと考えています。そのための作業があまり苦にならないようです。むしろマスコミに取り上げられることもありますので、次回も進めてみようと思う人が増えますし、そういう人を見て自分もと思う人もいるかもしれません。今はいい感じになっていると思います。

国環研では、講演会の講師も、頼まれたら当たり前のように研究者が行っています。ですから私がやる必要はほとんどありません。

恵まれた環境のなかで面白い研究を進めて

江守:最後に、何かメッセージをお願いできますか。

木本:国環研の研究者は幸せだと思います。もとは好きで始めた研究でも、あまり世の中の役に立たないものもありますが、国環研の人は面白い研究をやればやっただけ社会の役に立ち感謝されるのですから、こんな幸せなことはないと思います。また、研究者をサポートしてくれる契約職員もたくさんいて、とても恵まれた環境です。そういう人たちと一緒にこれからも研究を進めていただきたいと思っています。

江守:今日はお忙しいなかお時間をいただき、ありがとうございました。