RESULT2021年11月号 Vol. 32 No. 8(通巻372号)

最近の研究成果 東シナ海に注ぐ河川由来の窒素負荷の変遷と気候変動影響

  • 仁科一哉(地球システム領域物質循環モデリング・解析研究室 主任研究員)

本研究は東シナ海の越境の海洋窒素汚染について、主要な汚濁負荷源である河川に着目して、黄海を含む東シナ海流域(図1)から流入する窒素負荷について、これまでの変遷を数値モデルを用いて評価したものです。本研究から、1960年代から東シナ海への窒素流出は増加し続けているものの2000年代から増加傾向が鈍化していることが示されました。これは特に中国北東部の農業地帯の化学肥料による窒素施肥量の増加が抑えられていたことに起因します。また河川からの窒素流出は流域の年間降雨量の増加に伴って増えていることを示し、本流域における将来の降雨増加によって、窒素肥料削減努力が相殺される可能性を指摘しました。

図1 本研究の推計領域(緑色のエリア)

人間活動によって、地球上の窒素循環は大きな影響を受けており、陸域や海域において様々な環境問題を引き起こしています。地球システムにおける窒素循環は人為起源の窒素利用によって地球規模の環境容量であるプラネタリーバウンダリー(地球臨界点)を超えた状態であり、気候変動や生物多様性の損失と並んで非常に憂慮すべき段階にあると考えられています。

海洋では、とくに沿岸域を中心として陸域から河川や地下水を通じた窒素を含む栄養塩の高負荷流入による富栄養化がおき、赤潮の発生や貧酸素化を引き起こします。東アジアは、世界的にみても、反応性窒素の負荷が突出して高い地域であり、中国をはじめとする東アジアの国々に囲まれた東シナ海は世界でも有数の高い窒素負荷が見込まれる領域です。東シナ海は、1980年代後半から赤潮の発生や貧酸素水塊の形成が頻繁に起こるようになりました。また沿岸域だけでなく、河川のプルームによって東シナ海の中心部まで高濃度の栄養塩が届き、クラゲの大発生を引き起こすこともあり、漁業への影響が憂慮されています。

主要な人為由来の窒素負荷源としては、農業で利用される化学肥料、ついで化石燃料由来のNOx排出があげられます。また農地では牛ふん、豚ぷん、鶏ふん等の動物性堆肥施用も重要です。これらの窒素負荷発生源は、空間的に広域に及ぶため面源と呼ばれます。他の主要な発生源は、生活排水や事業所からの排水で、これらは特定の場所から排出されるため点源と呼ばれます。こうした面源・点源の情報を収集もしくは推定し、陸域生物地球化学モデルVISITおよび今回新たに開発した河川スキームVISIToRNの入力値として使用して、1961年から2011年までの河川から東シナ海に流入する窒素負荷を推計しました。

本研究で利用した化学肥料・堆肥投入量のデータセットは共同研究者によって開発されたもので、中国国内の詳細統計データ(省よりも下位の行政ごとに集められた統計データをもとにした空間解像度が高いデータ)を使っているため、従来の国別統計値を用いた推計よりも、より正確に東シナ海へ流入する窒素負荷の定量化を可能にしました。シミュレーションの結果、東シナ海を囲む流域における窒素負荷は、50年間で12.9 Tg-Nから36.9 Tg-Nに3倍弱増加している一方で、河川を経由して東シナ海へ流れ込む窒素は年間1.60 Tg-Nから2.16 Tg-Nと2倍程度で抑えられていました(図2)。

図2 東シナ海流域における陸域の年間窒素投入量(左)と河川毎の東シナ海への年間窒素負荷(右)

2000年代からは増加の傾向が鈍化傾向にあり、これは流域の化学肥料使用量の動態とほぼ一致します。中国全体では、この期間においても窒素使用量は増加していますが、長江や黄河などを含む北部地域では使用量の伸びが停滞しています。一方で、化学肥料以外の陸域への窒素負荷も増加はしていますが、その多くは生態系への蓄積やガス態で放出され(亜酸化窒素や窒素ガスとして)、河川に流出する前に消費されています。また排水の窒素負荷の増加抑制には下水処理能力の向上なども貢献しています。

その一方で河川の窒素負荷は年々変動が大きく、本研究では、年間窒素負荷は年間降雨量と正の相関があることを示しました。これは降雨が増えると押し出し効果によって自然生態系や農耕地において蓄積される量が減り、その分、窒素流出が増えるためです。なお、本地域における将来の降雨量は増加することが見込まれています。現在、中国では国家事業として化学肥料の使用量の削減を行っているところですが、将来の気候変動によって海洋への窒素負荷については削減努力が相殺される可能性があり、注意が必要であることを指摘しています。