REPORT2021年11月号 Vol. 32 No. 8(通巻372号)

パリ協定の目標達成に向けた継続的な支援 「第18回アジアにおける温室効果ガスインベントリ整備に関するワークショップ」(WGIA18)の報告

  • 伊藤洋(地球環境研究センター温室効果ガスインベントリオフィス 高度技能専門員)

1.はじめに

2021年7月8日から14日の5日間にわたり、オンラインで第18回アジアにおける温室効果ガスインベントリ整備に関するワークショップ(WGIA18)を開催しました。WGIA18には、メンバー国のうち15か国(ブータン、ブルネイ、カンボジア、中国、インド、インドネシア、ラオス、マレーシア、モンゴル、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナムおよび日本)から温室効果ガスインベントリ(以下、インベントリ)に関連する政策決定者、編纂者および研究者が参加し、米国環境保護庁(USEPA)、気候変動に関する政府間パネル・インベントリタスクフォース(IPCC TFI)、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)事務局、国連食糧農業機関(FAO)等の国際および海外関係機関からの参加もあり、総勢約100名による活発な議論が行われました。

日本の環境省と国立環境研究所は、気候変動政策に関する途上国支援活動の一つとして、2003年度から昨年度を除く毎年度、アジア地域諸国のインベントリの作成能力向上に資することを目的とした本ワークショップを開催しています。温室効果ガスインベントリオフィス(GIO)は2003年度の初回会合から事務局として、UNFCCCの締約国会議(COP)決定等の国際的な課題、参加者のニーズを踏まえた議題・発表者の選定、参加者の招聘といったワークショップの企画および運営にあたっています。

自国の温室効果ガス(GHG)排出・吸収量及び気候変動対策に関する情報を適時に把握・報告することは、適切な削減策の策定などのために重要です。パリ協定では、GHG排出量の透明性の向上がすべての締約国に求められ、2018年末のCOP24においては隔年透明性報告書(BTR)の提出が義務づけられました。初回のBTRは2024年が提出期限であり、2006年IPCCガイドラインに準拠したインベントリを含むことが求められています。

2.WGIA18の概要と結果

今回のプログラムは、1~2日目は2か国で各分野ペアを組み、互いのインベントリを詳細に学習する相互学習、3~5日目は国別報告書(NC)や隔年更新報告書(BUR)の紹介などの話題を扱う全体会合という構成としました。

(1)相互学習

相互学習は、GIOが中心となり各分野の組み合わせを行い、インベントリ担当者同士が互いのインベントリをもとに事前にメールで質疑応答を行ったうえで、当日の議論に臨みます。

今次会合では、分野横断事項(タイ-日本)、エネルギー分野(ブルネイ-モンゴル)、土地利用、土地利用変化及び林業(LULUCF)分野(ブータン-インドネシア)、廃棄物分野(中国-インドネシア)の4分野で実施しました。各参加国は2006年IPCCガイドラインに基づく方法論の適用に加え、国独自の排出係数の導入に前向きに取り組むなど、それぞれのインベントリを継続的に改善してきていました。

今回の相互学習を通じて、相手国の方法論に加えデータ収集や品質管理・品質保証(QA/QC)を含む国内体制の状況を深く学習することで、今後の改善への参考としました。また、過去の相互学習で整理された課題について、解決に向けて取り組んでいることが報告されました。

写真1 ブルネイとモンゴルで実施したエネルギー分野の相互学習。事前に交換したQ&Aシートを使って議論を行いました。

(2)全体会合

3日目は、日本国環境省の挨拶後、GIOより今回のWGIAの概要説明を行い、日本国環境省より日本の気候変動政策とその進捗状況等の概要説明を行いました。

続いて、カンボジア、ラオスから第1回BUR、中国から第2回BUR、マレーシア、ベトナムから第3回BURの紹介が行われ、各国の最新の国内状況に関する基礎情報や排出・吸収量、緩和策等について報告されました。

各国は、インベントリの作成に必要な活動量データの取得、不確実性分析、国独自の排出係数の開発や、QA/QC及び国内体制の確立などにおいて共通の課題を抱えています。NCやBURにおけるインベントリの作成経験の共有はBTR作成の基礎となる点で重要であることが再認識され、また、国連等の行う様々な能力構築の機会を活用することが推奨されました。

写真2 全体会合では総勢約100名による活発な議論が行われました。

4日目は、タイ、シンガポール、フィリピンから、2006年IPCCガイドラインへの移行経験について紹介されました。また、IPCC TFIからはIPCCインベントリソフトウェアについて、FAOからは農業、林業及びその他土地利用(AFOLU)分野における排出・吸収量データベース(FAOSTAT)について紹介されました。日本からは、衛星観測による排出・吸収量の推計の事例等について紹介しました。

インベントリ担当者の異動にも対応可能なように、内部マニュアルを整備し、データ収集、文書保管を実施すること、能力構築を継続すること、QA/QC体制を整備すること等を通じて強固な国内制度を確立する重要性が指摘されました。また、このようなインベントリの編纂を支援・促進する国際的リソースが利用可能であることが言及されました。

5日目は、UNFCCC事務局から、BTRの中の国家インベントリに関する要求事項及び関連する支援活動について紹介されました。続いて日本からは、自国の国家インベントリの編纂と報告の経験について、USEPAからは、自国のAFOLU分野の算定における時系列の一貫性の確保と再計算について紹介されました。

パリ協定下でのインベントリへの移行に当たっては、新たな排出・吸収源、対象ガス、方法論への対応が課題となるため、これらの報告要件の正しい理解の下に、課題ごとの具体的な解決策を講じること、早い段階からの計画的な準備の重要性が認識されました。また、インベントリの時系列全般にわたるデータの入手可能性が各国共通の課題であり、IPCCガイドラインで示されているデータ補完手法などを用いた時系列データの品質確保の重要性が指摘されました。

3.今後の予定

今後、パリ協定における透明性枠組に対応するため一層の能力向上の必要性を踏まえて、各国がよりインベントリ等の精度を高められるようWGIAを継続、発展させていく方向性が確認されました。

4. おわりに

今回、初めてオンラインで本会合を実施いたしました。時差の問題が懸念され、アメリカや欧州からの参加者には深夜や朝早くの参加となり負担をかけることになりましたが、メインの参加者であるアジアを意識した時間設定としたため、アジアからの参加者にとっては大きな問題とはなりませんでした。これまで渡航や会場の制限により参加できなかった各国の関係者にも多く参加いただき、活発な議論が行われました。

今回の会合では、過去の相互学習で整理された課題の解決に向けて取り組んでいることが報告され、インベントリ担当者の異動にも対応可能な内部マニュアル整備の必要性が指摘されました。国家インベントリの作成は、多くの関係者が関わっており、一朝一夕で出来るものではありません。難しい状況の中でもこういったワークショップを継続して実施することで、関係者間や参加国間のネットワークを維持することができました。

パリ協定において強化される透明性枠組みにおいては、2006年IPCCガイドラインへの移行が必要となります。参加国にとって、これは大きな課題であり、課題ごとに具体的な解決策を講じること、また、早い段階からの計画的な準備が重要になります。今次会合の中でも、BTRの作成準備に当たっては様々な国際的リソースや能力構築の機会活用の重要性が確認されました。2024年のBTR初提出に向け、より透明で正確なインベントリを作成する能力構築を支援するため、今後もWGIAに取り組んでまいります。

第1回からの報告はhttps://www.nies.go.jp/gio/wgia/index.htmlに掲載しています。WGIA18の詳細も、同Webサイトで公開される予定です。また、今会合の開催について報道発表を行いました。http://www.nies.go.jp/whatsnew/20210720-2/20210720-2.htmlもご覧ください。