2018年11月号 [Vol.29 No.8] 通巻第335号 201811_335003

災害の被害を減らす近未来予測に期待 —木本昌秀さんに聞きました—

  • 地球環境研究センターニュース編集局

地球温暖化・気候変動の研究者や地球環境問題に携わる方にその内容や成果、今後の展望などをインタビューします。今回、東京大学の木本昌秀さんに、地球環境研究センター長の三枝信子がお話をうかがいました。

木本昌秀(きもと まさひで)さんプロフィール

東京大学大気海洋研究所 教授・副所長
京都大学理学部卒業後、1980年気象庁に入庁。成田空港での観測を経て気象庁予報課で最後の世代の手描き天気図当番となる。人事院長期在外研究員制度によりUCLA大気科学部大学院に入学。1989年Ph.D。気象庁数値予報課、気象研究所を経て、1994年より東京大学気候システム研究センター助教授。2001年同教授。改組により、2010年より現職。専門は、気象学、気候力学。異常気象やエルニーニョなどの気候の自然変動や地球温暖化について、そのメカニズムと予測可能性を地球シミュレータ等の大型計算機を駆使して研究している。国立環境研究所や海洋開発研究機構の仲間とともに気候モデルMIROCを開発、国際比較やIPCCに貢献。2007〜2017年気象庁の異常気象分析検討会で会長を務める。世界気候研究計画(WCRP)では、合同科学委員会、結合モデルワーキンググループ、近未来予測ステアリンググループ等で委員を務める。IPCC第5次評価報告書第1作業部会第11章(近未来予測)の執筆を担当。第6次評価報告書では第4章(将来予測)のレビューエディター。日本気象学会賞(2004年)、日産科学賞(2010年)、日本気象学会藤原賞(2015年)、気象庁長官表彰(1995年、2018年)など。著書に『「異常気象」の考え方』、共著で「計算と地球環境」、「二つの温暖化」等。

IPCC AR5から進展したこと、解決できていないこと

三枝

IPCCが第6次評価報告書(AR6)の作成に向けて活動を開始しました。日本における大気海洋結合モデルの開発や、温暖化シミュレーションをこれまでリードしてこられた木本さんから見て、前回のAR5の頃と比べて研究として進展したこと、あるいは非常に重要なのに依然として解決できていないことをうかがいたいと思います。

木本

第1作業部会(WG1:自然科学的根拠)では目次の体裁が変わりました。これまでは専門分野ごとに章立てして並べていましたが、次の報告書ではユーザーが通読しやすくなるよう工夫されています。また地域の問題を扱う章も3つ設けられ、WG2(影響、適応、脆弱性)とも連携をとって、温暖化対策を考える上でより役立つように配慮されています。

内容については、気候感度(大気中の二酸化炭素(CO2)濃度が倍増した時に地表気温が全球平均で最終的に何度上昇するかという値)に進展があります。最新の観測データにより気候感度を推定するアプローチが進んだため、不確実性の問題はAR5と比べるとかなり進展しました。AR5では世界平均気温上昇量が人為起源CO2の累積排出量にほぼ比例することが示されましたが、最近では、CO2以外の温室効果ガスを考慮した場合の精度も上がったようです。また、今年の日本の夏のような観測史上最高気温が記録されるようになった背景に、温暖化の影響が何%くらいあるかという定量的な見積もりが可能になってきたことも最近大きく進展した点です。気象イベントと温暖化との関係をコンピュータによるアンサンブル実験により定量的に分析することをイベントアトリビューションといいます。イベントアトリビューションはAR5のときはまだあまり進んでいなかったのですが、その後相当数の論文が発表されていますから、AR6で取り上げられるのは間違いないと思います。天気予報のように社会活動に不可欠な情報になりつつあるとして注目されている、十年規模気候変動予測も取り上げられるかもしれません。

三枝

さまざまな分野で進展があるのですね。

木本

他方、シミュレーションモデルは依然として完璧ではありませんから、相変わらずパラメタリゼーション(コンピュータモデルを構築するために、実際にはモデルの格子間隔よりも小さなスケールの現象や複雑な現象の効果を、格子点での代表値を用いて計算に反映できるようにすること)が大きな課題です。「計算機が新しくなっているのに君たちの仕事はいつ終わるのか」とよく聞かれますが、私は「終わりません」と答えます。確かに、雲の物理プロセスを非常に高い解像度でシミュレーションするモデルのおかげで、雲の粒が集まって雨になって落ちてくるところを精密に計算できるようになりました。とはいえ、AR6ではまだそこまで超高解像度のプロセス解像モデルを使った結果を出せる段階には至っていません。AR7やAR8ではプロセス解像モデルを使って体系的にパラメタリゼーションを改良することで、より進んだ計算結果を出せると思います。私は若い人たちに「これからは雲だ、プロセス解像モデルの時代だ」と言っているのですが、なかなか期待したとおりには進みません。モデルは非常にパワフルな道具です。若い研究者には「他人が作ったモデルを使うだけではダメで、自分で作ったり直したりすべきだ」と言っているのですが、なかなか本格的なモデル開発研究者が増えません。世界的にも同様で、モデル開発者を絶滅危惧種にたとえる科学者もいるほどです。

よりよい予測をしてこそ

三枝

気象庁の異常気象分析検討会をリードしてこられた経験から、温暖化・異常気象(極端現象)・防災などの問題に研究として貢献できること、社会への情報発信の方法、人材育成などについてアドバイスをお願いします。

木本

今年の異常気象と西日本豪雨災害について、若い研究者が熱くなっています。講演会を開催したり、学会で特別セッションを組んだり、学会誌では特別号を組むなどしています。ここで活躍しないと自分たちの研究の意味がないと感じているかのようです。水を差すつもりはありませんが、何かやらなければと思ったら、そのエネルギーは、次に同じような災害が起こったときに被害を減らすために使ってほしいです。起こってしまったことより今後の予測をよくすることこそが重要です。もちろん、学生がいきなり異常気象の予測をするのは無理です。学生はまずそれができる人材になることに注力すべきです。

三枝

最近の研究者は社会への貢献を強く求められるようになっていますが、若いときにはその研究分野における世界第一線を目指してほしいということですね。

木本

研究者はまずそれぞれの専門分野で一人前になることです。アウトリーチがいまどこの研究所でも重要になってきていますが、若くパワーのある人は面白いと思う研究をどんどん進めてください。アウトリーチはシニアの研究者が担当する方がいいです。私も、以前は一般の人に話をするのはそれほど好きではなかったので、サイエンスカフェを敬遠していました。でも、やってみたら、割と上手らしいです。

三枝

社会への情報発信として他に何かなさっていますか。

木本

最近、『「異常気象」の考え方』という本を書きました。マスコミの人に読んでほしい書籍と書いてある割には超難解と言われています。次にはもう少しやさしく書こうと思っていますし、進んでサイエンスカフェでも話すようにしています。

温暖化対策に興味のない人にも重要性を知ってもらうには

三枝

大学と研究所はどちらも研究機関ですが、少し役割が違うと思います。木本さんが国立環境研究所(以下、国環研)に期待することは何ですか。

木本

私は環境省国立研究開発法人審議会委員で、国環研をレビューする役割を仰せつかっています。他にもいくつかの研究所に行っていますが、国環研はミッションとサイエンスのバランスがかなりいいです。研究者は執筆したり、全国で講演会をされたりしています。また、研究論文の成果もいいと思います。

三枝

褒めていただき、ありがとうございます。

木本

すべての組織には役割があり、ミッションがあります。研究者は仕事として自分の好きなことをやろうとしている人が多いので、あまりミッションを求めすぎると面白くなくなってしまいますが、「ミッションのなかで面白いことを見つけてしまいました」というのがよいですね。

三枝

それが理想です。

木本

大学は人材育成が最重要ミッションでしょう。私はプロジェクトのなかでポスドクのお世話もしました。気の利いた図が描けたら、Letterに書くよう勧めました。長い論文より読みやすいですし、論文の数も稼げます。小さいネタでもこまめにLetter誌に投稿するよう勧めます。その論文が引用されたりコメントがついたりすると結構嬉しいものですし、ちょっと違うと言われてやり直すとまた別の論文になります。

三枝

よい成果になる種を的確に見出して、しっかりと背中を押してあげることが必要ですね。

木本

先ほど、社会へのアウトリーチについてはシニアの役目だという話をしました。国環研はアウトリーチを一所懸命やっていますね。感心しています。講演会、対話、カフェ、本の執筆などを通して、興味のある人、講演会やカフェに来てくれる人に説明しています。それは素晴らしいのですが、地球温暖化問題はそういう場所に来てくれない人たちにも周知して、温暖化対策をしていただかなければならないステージにきています。そのためにはどうしたらいいかと考えていますが、答えはまだ見つかっていません。しかし、それが大事だということはわかっていますから、私は退職するまでにその答えを考えて、実行したいと思っています。テレビ出演も一案です。江守正多さん(地球環境研究センター副センター長)はよくテレビに出ていますし、温暖化について懐疑的な意見の人たちにも熱心に説明しているのをウェブサイトで見たこともあります。私もいずれ優しくて温和な年寄りになり、江守さんの境地になりたいと思います。

A-PLATに最前線のサイエンスがインプットされる仕組みを

三枝

温暖化対策を進めると同時に、気候変動やその影響に適応できる社会に変えていくために何が必要ですか。

木本

6月に気候変動適応法が成立しました。国環研内に設置されている気候変動適応情報プラットフォーム(A-PLAT、http://www.adaptation-platform.nies.go.jp/)にはとても期待しています。気象庁、文部科学省から最新の予測データが集められ、A-PLATに最前線のサイエンスがインプットできる仕組みを作ってほしいと思います。

三枝

今年度中、国環研に気候変動適応センター(仮称)(以下、適応センター)ができる予定です。国環研の担う役割に気候変動の影響及び適応に関する情報の収集・提供がありますから、A-PLATなどを通して将来予測の科学的知見やモデルの結果を提供していくことが重要になってきます。

木本

国民や自治体が気候変動対策をとることが日常的に必要になります。そのためには、気候変動予測の分野でもっと専門の人が必要になるでしょう。新しい研究所はなかなか作れませんから、気候変動予測連携拠点のようなものをつくり、すでにあるものの連携をはかり、予測結果をA-PLATに反映させることです。

三枝

国環研に事務局のある地球観測連携拠点(温暖化分野)は、平成18年に始まり、10年経ったので、2年くらい前に見直しが行われ、温暖化分野の観測だけではなく影響評価・適応への拡充が行われ、A-PLATの整備も進められました。現在でも気候変動予測やシナリオの検討チームが活動していますが、さらに気象庁や文部科学省の予測モデルの結果を円滑に反映できるような仕組みが必要であるということですね。ところで、地方自治体で適応策を検討している方々が今必要としているのは、その地域に特化した予測です。

木本

AR6のWG1の地域の3つの章で地域情報を扱いますが、それほどきめ細かいものではありません。地球規模の問題を扱う研究者は、だいたい2°Cの気温上昇だと答えてしまうところ、地域に住む人は、山の向こうと自分たちの村では気温上昇の程度が違うと言ったりします。こういう空間スケールやニーズのさまざまなギャップがあります。そこでそうしたギャップを埋めていくプロフェッショナルが必要になります。

三枝

どういうプロが必要ですか。

木本

ダウンスケールできる人です。最後はステークホルダーに対策をとってもらわなければなりませんから、コンサルティングのプロが必要です。

炭素循環を取り入れた次世代地球システムモデルを用いて近未来予測を

三枝

気候変動の影響を把握し、その影響への適応策を考える上で、さらに高い時間・空間解像度をもち、信頼性の高い近未来予測が必要になっています。それを実現するには、未知のメカニズムを解明して地球システムモデルに取り入れることが依然として必要ですが、同時に、より高い時間・空間解像度をもつ観測データを使って最適化された(観測データを同化した)地球システムモデルの活用が必要であるように思います。そのような研究は、いまどのように進んでいるでしょうか。また、特に解決すべき課題は何でしょうか。

木本

大気海洋、物理だけではなく、炭素循環や物質循環を計算できる地球システムモデルができています。気候を予測するのと同じやり方を地球システムモデルに適用すれば、炭素循環の過去の経緯や今後の推移が理解できます。観測データは事実を計測したものですが、ほしい情報全部がそろっているわけではありません。一方モデルはほしい情報の入れ物はほぼあるのですが、それがすべて事実に基づくデータで埋まるというわけではありません。ですから、これから観測データとモデルはお互いに融合し、補足し合い、データ同化して、地球システムを監視、予測するシステムの構築に向かうことになるでしょう。

三枝

大気と海洋のモデルに関する観測データの同化は、10年以上前からかなり進んでいると思います。

木本

そこに炭素循環にかかわる変数を含めなければなりません。いずれはモデルで計算している変数だけではなく、計算していない変数も観測データがあれば全部入れるということになると思います。地球システムモデルを本格的に仮説検証や予測の道具として使うには、さらなるデータ同化が必要です。

三枝

炭素循環についても、最近の数年間で、地上観測・船舶観測・航空機観測・衛星観測などによる温室効果ガスの観測データを地球規模の解析システムに入れ、温室効果ガスの発生源・吸収源の空間分布や時間変化を推定する研究は大きく進展しました。しかしそれはまだ現状の把握にとどまっています。将来予測を行うには、たとえば植生帯の移動や施肥効果に関する理論がまだないので理論に基づく予測は困難です。観測値を何らかの形でパラメータ化してモデルに入れるか、観測できる値を多量に使って理論や仮説なしに推定するような方法をとることしかできません。それでも、観測値が20年30年と蓄積されれば、近未来予測の精度は上げられるかもしれません。人間の意思や活動をどのように予測に組み込むかを含め、この分野にはまだまだ多くの問題があります。

木本

だから大きなテーマなのです。オールジャパンで進めていかないといけません。何年かしたら、世界的に炭素循環を含む地球システムモデリングや地球システム近未来予測の方向に動くと思います。そのときに、この問題については日本が先行しているようだから、真似してやってみましょうと国際的に評価されるよう、環境省は本格的に研究チームをつくって進める方がいいと思います。

*このインタビューは2018年8月27日に行われました。

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