INTERVIEW2021年9月号 Vol. 32 No. 6(通巻370号)

ニーズに合った貢献で地域の繁栄を支援 和田篤也環境省総合環境政策統括官に聞きました

  • 地球環境研究センターニュース編集局

国立環境研究所(以下、国環研)は、2021年4月から新しい第5期中長期計画に基づき活動を開始しました。このインタビューシリーズの第2回は、和田篤也環境省総合環境政策統括官に第5期中長期計画の目標達成に向けた地球システム領域や地球環境研究センター(以下、CGER)のこれからの活動に期待することなどを、三枝信子地球システム領域長と気候変動適応センターの吉川圭子副センター長がお聞きしました。

なお、第1回はhttps://www.cger.nies.go.jp/cgernews/202107/368002.htmlからご覧ください。

*このインタビューは2021年6月22日にオンラインで行われました。

最前線の研究者とのつきあいと人と人とをつなぐ大切さを学んだCGER時代

三枝:2021年4月に国環研は第5期中長期計画を開始しました。新しい目標として、「Global Sustainability(地球規模の持続可能性)とLocal Prosperity(地域における繁栄)の両立」を目指すこととしています。

地球環境・気候変動にかかわる諸問題については、2021年4月に日本において温室効果ガス排出削減の目標が引き上げられたタイミングでもあり、国環研では地球温暖化の現状把握や予測に加え、脱炭素化と持続可能な社会の実現に向けた研究や、気候変動への適応にかかわる新たな研究も強化しようとしています。

こうした中で、新しい目標に向かって研究全体を効果的に進めていくうえで、国環研の実情にも詳しく、現在環境省にて分野横断的な企画立案の強化を担う部署を率いておられる和田さんから、政策立案の現状やそれにまつわる国内動向、また、今後の地球環境・気候変動分野の研究推進や、脱炭素化に向けた企業や市民の行動変革へのヒントになるようなお話をうかがいたいと思います。

最初に、これまでの国環研とのかかわりにおいて、特に地球環境・気候変動という視点で印象に残っているできごとがあれば教えてください。

和田:私は1992年4月から2年間CGERの係長として配属になり、初めて地球環境問題を担当することになりました。まだ20代という若い頃でもあり、西岡秀三総括研究管理官(当時)のもとで、ダイナミックに仕事をさせていただいきました。当時CGERは地球環境研究の総合化、地球環境のモニタリング、地球環境研究の支援の3本柱で業務を進めていました。印象深かったのは国環研がオゾン層や熱帯林破壊など地球環境問題の「最前線」の研究をしているということでした。

CGERの交流係長をしていた頃、地球環境研究者交流会議を開催し、研究者をつなぐ仕事を経験しました。いろいろな研究分野の人をつなぐことが、その後の自分にとって重要なスキルになりました。研究の最前線の研究者とのつきあいと、人と人をとつなぐという大切さを学んだのがCGERでした。

Local Prosperityはチャレンジングなテーマ

三枝:現在、日本でも世界でも非常に必要とされているのは、気候変動問題でいえば、脱炭素化への対応です。パリ協定が始まり、日本も2021年4月に2030年度の温室効果ガスの削減目標を2013年度比46%に引き上げました。2050年カーボンニュートラルに向けて、社会も政府も研究所もかなり急な舵を切っているように思いますが、和田さんがご覧になって、われわれが強い意志をもって取り組まなければならない重要なものは何でしょうか。

和田:CGERは30年を経て、地球環境問題だけではなく、地域の繁栄という分野にもついに足を踏み込んだかと驚いています。この30年間で気候変動のリアリティが上がってきたことに伴い、気候変動問題への対策(適応を含む)に関心が移ってきました。

また、社会、経済、産業界のあらゆるアクターが初めて接点をもつようになってきたのが気候変動問題です。地球環境問題は特定の対策をとっていれば防止になる公害対策のようなアプローチではまったく対応できません。多くの人の参加や、理解、共感を得なければ対策が広まらないのです。

Global Sustainabilityも重要ですが、難しいのはLocal Prosperityのほうで、環境省の職員である僕にとっても国環研のみなさんにとってもチャレンジングだと思います。というのは、われわれはLocal Prosperity の専門家ではないからです。僕は自治体に出向していたとき環境部局にいましたが、自治体では、福祉、経済、農業、土木がメインです。そんななかで、地方自治体を軸にして、地域にどうやって繁栄をもたらすのかというテーマに環境省や国環研が直接的に取り組んでいくのは難しいと思っています。

三枝:Global Sustainabilityは確かにおっしゃる通り30年の歴史があるので、研究の進め方や論文発表をはじめとする成果の公表の方法、IPCCをはじめとする重要な国際的取組に貢献する活動の進め方など、ある程度ロードマップができています。ところが、気候危機を乗り越えるためには社会の変換が必要になり、しかもその社会の変換は地域から試行錯誤しながら実践していかなければなりません。

地方自治体の適応策の作成などの支援を行っている気候変動適応センターの吉川副センター長はどうお考えですか。

吉川:Local Prosperityを行っていくのが適応分野だと思っています。地域の課題に対応するような共同研究をどう作っていくか、そして民間企業と連携してどうやって社会実装の出口を作っていくかは大きなテーマです。

われわれがもっている生態系データなどの環境データをもっと充実させて、社会で利活用してほしいという研究者の思いは聞くのですが、それを受け止める社会のニーズに合っているのかという問題があります。また、民間企業が求める時間軸はこれまで気候変動適応研究で扱われてきた長期スパンではなく、もっと喫緊の情報を求めているといったギャップがありますし、研究者側は企業との連携そのものに不慣れであまり積極的ではない面もあります。そこをどうやって突破して体制を作っていくかというところに壁を感じています。

三枝信子地球システム領域長(左)、和田篤也総合環境政策統括官(中央)、吉川圭子気候変動適応センター副センター長(右)
三枝信子地球システム領域長(左)、和田篤也総合環境政策統括官(中央)、吉川圭子気候変動適応センター副センター長(右)

エネルギー政策は需要サイドの目線で

三枝:2020年はパリ協定の本格運用開始の年、そして2023年には第1回グローバルストックテイクが想定されるなど、温暖化対策の加速と、その効果の確認が急がれます。こうした中で、いま日本および地球規模で特に重要とお考えになる取り組みやその効果について、現在のお考えをお聞かせください。

まず、エネルギーの脱炭素化はどうしても進めなければいけないと思いますが、エネルギー分野をはじめとする近年の技術革新に関する現状と課題についてどう思いますか。

和田:エネルギーは経済産業省の資源エネルギー庁が管轄しているように、その特徴は、国家行政だということです。地方自治体に一切権限がおりていませんし、国民・市民に地元としての関心をもたせないようにしてきたという感じです。国家行政=供給的な視点で考え、需要量にマッチする発電所を立地することを進めてきました。ところが今は違ってきました。エネルギーをどういうふうにどんな形で使いたいか、どんなエネルギー源からのエネルギーを使いたいかという需要サイドの目線が出てくるようになりました。

電源立地については、これから再生可能エネルギー(以下、再エネ)が中心になってくると、再エネは地域にあるので、地域の資源を地域のもちものと認識した上で、地域と共存しながらエネルギーを取り出し、そのエネルギーをできる限り地域で循環していく、またそれをビジネス化することになってきます。エネルギーと地域との密着性が認識されて、国民がエネルギーに関心をもつようになったため、エネルギー行政が供給サイドだけのものではなくなったのです。これがエネルギー分野のトレンドだと思います。

これまでのエネルギー分野の技術革新は供給サイドに力点が置かれすぎた技術革新になっています。ですから、発電技術の高効率化がずっと行われてきました。

技術革新のもう一つの反省点は、普及ではなく技術革新が目的になっていたので、技術革新のための技術革新になっていました。この20年間ではやった「革新的」ということばの意味は、永遠に実用段階には達しないのではないかとの懸念を生んできたように思います。

これからは需要サイドに力点が置かれる政策に切り替わらなければなりません。気候変動対策もエネルギー問題と表裏一体であるなら、なおさら、需要サイドに力点を置いた取り組みを進めないと対策の進展にはならないのです。暮らしと地域と需要サイドの視点に意図的に着目してこなかった流れは環境省も変えなければいけないと思います。今度の中長期計画で、国環研がLocal Prosperityまで踏み出したのは非常にタイミングがいいと思っています。地域と暮らしの視点から課題に対してサイエンスとして何を提供できるのかを考えるのはいいのではないでしょうか。

現地のニーズに合った貢献を

三枝:脱炭素化を進めるにしても食料分野、農業は排出ゼロとはいかないような気がします。農業・食料分野における脱炭素化の可能性についてはどうですか。

和田:本当にゼロエミッションにできるのかという問題があるのでしたら、まずゼロエミッションの目的の前に自給率、貿易摩擦、従事者の高齢化といった課題について、気候変動対策とWin-Winとなるようその解決を進めるなかでゼロエミッションが達成できるかもしれません。どうしてもゼロエミッションにならないなら、それはゼロエミッションにする必要がないかもしれない、別の対策が肩代わりするということも必要と思っています。人々の暮らしのニーズに応えていないカーボンニュートラル対策なら、そのアプローチが実効的なものではないと思っています。

三枝:こういった課題に対して、大変だが、国環研にはもうひといき頑張ってほしいというものがありますか。

和田:いろいろな人と話すときにニーズから入ってください。若い頃開発途上国援助もしていましたが、途上国のニーズは実は環境問題ではありません。現地の人に私が貢献できるのは環境問題ですと言ったときに相手がどんな顔をするのかをよく見ながらコミュニケーションする必要があると思いました。開発途上国が本当に困っているのは何かということを腑に落としたうえで、地球環境モニタリングや温暖化対策として私たちはこういう貢献ができますと提案していくことかと思います。

モニタリングについては地域と暮らしの視点から何が求められているのか知ることです。地球環境のリアリティが求められているのなら、観測データはとても重要なものです。それならCGERはfactを提供することでニーズに応えていけるかもしれません。

また、これは貢献になっているのか、むしろ迷惑になっていないかというコミュニケーションを国環研の研究者にお願いしたいです。僕も環境省のプロパーとして定年が近づいてきましたが、こういうコミュニケーションを国環研と両輪でやっていけたらと思っています。

環境問題を扱うのはダイナミックな仕事

三枝:最後に、環境行政や研究者をめざす学生・大学院生へ、ひとことメッセージをお願いします。

和田:僕はもともと環境問題に特段の想い入れはありませんでした。大学時代、衛生工学科で環境の分野を学科として習ったので、役所に入るなら環境庁かなくらいな感じでした。入庁当時環境問題は非常に狭い行政分野であまり面白いとは思っていませんでした。他方で、PCB、水俣病、四日市ぜんそくなど、環境庁ができる前の地方自治体の環境行政には感銘を受けました。

でも今は、環境問題は伊達じゃないというところまできたという印象をもっています。次の10年、20年必ず面白いと学生さんに思ってもらえる仕事の分野は、環境問題です。以前はこんなことは言わなかったのですが、今は自信をもって言えます。それは狭隘な分野ではなくなったからです。伊達じゃない問題に大いにチャレンジして、社会がどうあるべきか、自分がどういう生き方であるべきかまで生業にできるというダイナミックな仕事としてお勧めしたいと思っています。

三枝:今日はお忙しいなか、ありがとうございました。