RESEARCH2021年11月号 Vol. 32 No. 8(通巻372号)

座談会:気候変動・大気質研究プログラムはどう展開するのか

  • 地球環境研究センター 研究推進係

2021年4月に国立環境研究所(以下、国環研)は第5期中長期計画に基づく活動を開始し、戦略的研究プログラムとして「気候変動・大気質研究プログラム」*1を新たに立ち上げました。

2020年10月、菅義偉首相(当時)から2050年までにカーボンニュートラル社会の実現を目指すという宣言が出されました。

気候変動・大気質研究プログラムは、この宣言が出されてから国環研内で立ち上げられた初めての大きな研究プログラムであり、環境省環境研究総合推進費SⅡ-8(温室効果ガス収支のマルチスケール監視とモデル高度化に関する統合的研究 https://www.nies.go.jp/sii8_project/)とも連携して展開されていく見込みです。また、このプロクラムは第5期中長期計画に位置づけられた地球温暖化研究の中核となる研究プログラムで、国環研の複数領域が統合的・分野横断的に取り組んでいきます。

そこで、プログラムの進捗状況を頻繁に報告することにより従来の研究者だけの情報共有ではない形での展開を目指すことになり、地球環境研究センター広兼克憲研究調整主幹がプログラム総括の谷本浩志さんと、推進費SⅡ-8のリーダーで物質循環モデリング・解析研究室長の伊藤昭彦さんにくわしくお話を聞きました。

*この座談会は2021年8月18日にオンラインで行われました。

司会:広兼克憲(地球環境研究センター 研究調整主幹)
メンバー:
 谷本浩志(気候変動・大気質研究プログラム総括)
 伊藤昭彦(地球システム領域 物質循環モデリング・解析研究室長)

座談会のメンバー
座談会のメンバー:谷本浩志(左)、広兼克憲(中央)、伊藤昭彦(右)
図1 気候変動・大気質研究プログラムの構成

トップダウンとボトムアップ手法でマルチスケールの吸収・排出量を推計

広兼:この座談会は、新たな中長期計画に基づき4月に始まった気候変動・大気質研究プログラムとはどういうもので、どんなふうに進めていくのか、このプログラムに関連して今何がわかっていて、この5年間で何を明らかにしていくのかを、ニュース読者に理解していただく目的で進めたいと思います。また、専門の研究者ではない読者のみなさんの関心にも応えられるように、研究の内容を丁寧にPRしていきたいと考えています。

最初に、このプログラムの目的の一つとして、各国が作成して国連に提出する温室効果ガス排出インベントリの精度向上に貢献することが挙げられていますが、具体的にはどんな成果がどのようにインベントリの構築や精度向上につながると考えられるのでしょうか。

伊藤:温室効果ガス及び、黒色炭素(BC)やメタン(CH4)、対流圏オゾンなど、気候変動を引き起こす大気中の寿命が短い物質である短寿命気候強制因子(Short-lived Climate Forcers: SLCF)の排出量推計にはトップダウン(大気観測データからインバージョンモデル*2を用いて、排出量を逆推計する手法)とボトムアップ(統計的な推定手法。たとえば発電所の場合は、燃料燃焼量に排出係数を乗じて算出する)という手法があります。

このプログラムのプロジェクト1(地球規模における自然起源及び人為起源温室効果ガス吸収・排出量の定量的評価)では、トップダウンによる推計としては地上ステーションや航空機などによる大気観測とインバージョンモデルがあり、地上での温室効果ガスの収支や分布、時間変動がわかります。一方ボトムアップとしては、排出インベントリを含むデータや吸収排出・物質循環モデルの計算に基づく推計を行います。

そして、ボトムアップとトップダウンによる推計結果が合わないところがあれば、なぜ合わないのか、そこが研究として攻めるべきポイントであるということがわかり、重点的に精緻化することにより精度向上につながると考えています。

谷本:アジアなど広い規模から国や都市のレベルまでいろいろなスケールで排出量を推計し、脱炭素社会に向かうなかで、実際に排出量が減っているのかどうかを精緻に調べ、これまでの手法を検証し、精度を高めていくことが、これから5年のチャレンジになると思います。

図2 地球規模における自然起源及び人為起源GHG吸収・排出量の定量的評価の構成

観測データやインベントリで現状を知ることが重要

広兼:プログラムには50人くらいの関係者がエントリーされていますが、全員研究者ですね。データ収集は基本的に研究者が行うのでしょうか。

谷本:欧米と比較して日本にはインベントリに関係する研究者が圧倒的に少ないです。インベントリには研究用インベントリと行政用インベントリがあり、行政用インベントリは年間排出量を数値で出しています。一方、研究用は、大気モデルへの入力値として使われるので、地理的分布を表すマップを作ります。行政用は国の公式プロダクトで、研究用は公式プロダクトではないことが多いのです。したがって、ひとくちにインベントリといっても、行政用と研究用では役割が異なります。研究用インベントリに使われる最新の科学的知見を行政用インベントリにも反映できると、科学的知見に基づいた政策立案が可能になると思いますが、現状ではまだ改善の余地が大きいと考えています。

その点で、このプログラムで得られる知見を、地球環境研究センターの温室効果ガスインベントリオフィス(GIO https://www.nies.go.jp/gio/)の活動に活かしていくことや、両者が歩調を合わせていくことも大事だと思っています。

広兼:人工衛星や地上ステーション、航空機等による観測データ、そして排出インベントリ情報が重要な情報源だと思います。それらを連結していくイメージがありますが、特に重要になるのはそのうちのどの部分でしょうか。

谷本:観測、物質循環・輸送モデル、社会経済シナリオの改良を重ねて、分布も含めたより統合的なインベントリを評価し、提案していくところです。

広兼:たとえば環境省(生物多様性センター)では、専門家や市民が発見した生き物に関する写真などの情報を、インターネットを通じて情報登録して共有することが進められています。研究者や行政担当者以外の人がこの研究プログラムに貢献することはできるのでしょうか。

谷本:現在は一般の方からデータを提供してもらうことは考えていませんが、将来的にはそうしたこともできるようになっていくと良いですね。脱炭素を目指すということは排出量を減らしていかなければならないわけです。まずは今どれだけ排出しているのかを正確に知ることが大事ですが、それは簡単なことではありません。ダイエットにたとえると、今自分の体重が本当に何キロなのかを知ることでいろいろな計画を立てられます。計画を立てても減っているかきちんと見ていかなければなりません。脱炭素もちゃんと減っていっているかを見ることで成功すると思います。

伊藤:市民レベルで考えたとき、一人ひとりがどれだけCO2を出しているかをきちんと把握するのは結構大変なことです。しかしそういうものが積み上がれば強力なデータになると思いますので、その実現に向けて具体的な方法を考えていくべきでしょう。

グローバルストックテイクへの貢献を

広兼:気候変動・大気質研究プログラムの研究期間は5年ですが、これは目的に対して長いのでしょうか、あるいはちょうどいいのでしょうか。5年ごとに内容は変わっていくものでしょうか。それとも長く継続しなければならないものでしょうか。

谷本:エネルギー統計などから出したボトムアップ排出量と比較し検証するために、観測やモデルによるトップダウン推計手法を改良していくという技術的な進歩は10年、20年かかるようなものですが、一歩一歩着実に進める上では5年という期間はちょうどいいのかなと思います。

伊藤:法律的には国立研究開発法人は7年の中長期計画を立てることが可能ですが、長いと人も疲れてきますから、5年くらいでリセットしつつ、修正を加えながら10年、20年と進めていくのが現実的だと思います。

広兼:5年がちょうどいい研究期間ということですが、5年後を待たずに最初にまとまった成果が出るとしたら、どのタイミングで、どのような内容になりそうでしょうか。

伊藤:2021年度に開始した環境省環境研究総合推進費SⅡ-8は、期間が3年間のため終了する2023年度で成果を出すことになります。都市や国、地域、全球での温室効果ガスの収支をある程度まとまった成果としてレポートのような形で公表することが義務づけられています。パリ協定のグローバルストックテイク*3は2023年から5年ごとに実施予定ですので、研究自体はSII-8の後ももちろん続けていく必要があります。

広兼:グローバルストックテイクの前に何らかの貢献となる成果を出すことが理想でしょうか。

伊藤:グローバルストックテイクにどういうふうに情報をインプットするかというのは目下検討中で、おそらくタイミング的には2023年よりも早く、2021年度の後半には何らかのプロトタイプを出すことになると予想しています。

一番の課題は人材不足

広兼:研究を進める上で、今、足りないと思うものは何ですか。

谷本:マンパワー、つまりプログラムに取り組む人です。データでもモデルでも一つのものをいろいろな角度から見ることは重要ですが、それがなかなかできていません。

広兼:必要なのは大学院生などの学生さんでしょうか、それとも経験ある研究者でしょうか。

谷本:こういう研究で博士号を目指す若い人です。比較的時間があり発想も豊かだし、そういう人がいると相乗効果が生まれます。そういう意味ではポスドク研究員に活躍してもらうための安定的な雇用資金や研究費が大事になってきます。

伊藤:このプログラムは50人近くが参加する大きなものですが、欧米を見ると日本と一桁違う参加者(数百名)で動いていますから、そういったものに伍してやっていこうとするとマンパワー不足は否めません。それはたぶん根深い問題があります。大学院で博士課程に進む人が少ないとか、理系離れというレベルから直していかないと解決できないと思っています。かつては大学院に行こうかと考える学生がたくさんいたような気がしますが、今はどうでしょう?

谷本:大学に勤務する知人によると、そもそも学生の数が減っているそうです。学問や仕事には面白さと重要さが必要です。重要だけれど面白くない仕事もあるかもしれませんが、重要だけでは訴求力がないと思います。やはり面白くないと。

広兼:一番は人材が欲しいということですね。これは成果をどう伝えていくかにもかかってきます。面白いからやろうと思う人が増えれば人材も増えるかもしれません。

一方で、研究の具体的内容をあまり多くの人に知らせてしまうと、手の内を明かすようでまずいという側面もあるのではないでしょうか。このプロジェクトがどう進んでいるか、成果としてこんなことが出せそうということをPRすると、関心のある人が集まるという反面、やりすぎると他の人に成果を横取りされてしまうということにならないでしょうか。

谷本:今は研究のアイデアや成果を初期の段階からオープンにして、広く意見を募って改良し、多くの共同研究者で取り組んでいくのが国際的なやり方で、それゆえ、さまざまな分野・国・キャリアの研究者が研究に関わることで、研究の質が高くなります。なので、オープンにしていく発想がないことには流れは作れないですね。

伊藤:ジャーナルに投稿するときでも、よほど特別な論文のネタでない限りデータやドラフト(草稿)をオープンにするのが時代の流れだと思います。

広兼:研究を進めていく上では、他研究機関や外国との連携も必要と思われますが、どのような位置づけでどの程度の割合で連携していくのでしょうか。

伊藤:地上や大気の観測の人たちは国際的な観測のネットワークがあるので、標準ガスや観測手法を比較・検討しています。モデルに関しても計算結果の比較が行われています。

谷本:衛星観測は欧米との国際的な枠組みの中で進められています。モデルもいろいろな比較研究が行われていますし、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)のなかでも連携していると思うので、個別の要素はすでに国際的な連携の中で動いているということができます。ただ、物質循環モデルと気候モデルがつながった形での国際的な連携や、GIOとの連携はまだ弱いので、これから注力していきたいところです。

広兼:今後、SLCF以外に地球温暖化抑制のために大事だというような大気質が現れてくると考えられますか。たとえば水素、黄砂等の乾燥化によるダストなど。

谷本:いい質問ですね。脱炭素を達成するためには、利用時にCO2を出さない水素エネルギーに注目が集まっていますから、水素はあり得るような気がします。

伊藤:燃やしてもCO2を排出しないアンモニア発電も、石炭や天然ガスと置き換えることで、大幅なCO2排出削減が期待されています。

広兼:脱炭素の観点からは、水素もアンモニアも製造時にCO2を排出しないようにすることが重要ですね。あらたに検討すべき大気質が明らかになるとしたら、そもそもどんな研究から導かれるものなのでしょうか。

谷本:水素は地球環境研究センターによる波照間(沖縄)や落石岬(北海道)での地上モニタリングステーションで測っています。ただし、主要な観測項目というわけではなく、どこで増えているかなどについてあまりわかっていないと思います。こういった物質を研究テーマとして対応する人材が、今われわれには不足しているからですが、何年か後に対応できるといいです。アンモニアは物質循環モデリング・解析研究室の仁科一哉主任研究員が、プロジェクト1サブテーマ3のグループで取り組んでいます。

プログラムの新規性は…

広兼:このプログラムでは主として炭素の循環にスコープがあるわけですが、窒素の循環にも影響するということですね。ところで、研究内容としての新規性や、その中でも国環研でしかできないことは何ですか。

谷本:ポイントは3つあります。1つ目は地球の気候と大気質を安定化させる2℃(1.5℃)目標の実現に貢献するため、人為起源SLCFと温室効果ガス排出量の定量的評価を行うことです。2つ目はインベントリを中心においているところです。ボトムアップとトップダウンという2つの手法で吸収・排出の推定ができるのは国環研しかありません。3つ目は観測とモデルが同じ組織で研究を行えるという強みを活かし、地域、国、都市レベルでの人為起源SLCF排出量や温室効果ガス排出量を定量的に評価できるところです。

広兼:研究プログラムは多くの場合、専門家が最初と最後にその評価を行うことが多いわけですが、脱炭素社会の実現を目指して行われるこの研究プログラムはすべての人間に大きく関わってくるわけですから、是非この5年間にどんなことに挑戦してどんな内容がわかってきたのかを時々解説して幅広くお知らせいただけたらと思います。谷本さん、伊藤さん、お忙しいところわかりやすく解説してくださりありがとうございました。またお話をうかがうのを楽しみにしております。