RESULT2021年6月号 Vol. 32 No. 3(通巻367号)

低炭素研究プログラムが終了しました 課題解決型研究プログラムの成果

  • 江守正多(低炭素研究プログラム総括 現:地球システム領域 副領域長)

2016年度から開始した国立環境研究所第4期中長期計画は2021年3月に終了しました。第4期中長期計画の5つの課題解決型研究プログラムの一つである低炭素研究プログラム*1(図1)は、温室効果ガスを出さない世界を今世紀中に実現するという国際社会の壮大な目標達成に貢献するための研究を進めてきました。以下、研究成果の概要を紹介します。

図1 低炭素研究プログラム全体の概要図

1. プロジェクト1:マルチスケールGHG変動評価システム構築と緩和策評価に関する研究

観測研究のプロジェクト1では、アジアの観測空白域で温室効果ガス観測を展開するとともに、大気観測からの逆解析等に基づくトップダウン手法と、海洋および陸域の地表面観測と排出インベントリに基づくボトムアップ手法の両手法により温室効果ガス収支の時空間分布を推定しました。

サブテーマ1「大気観測によるGHG収支のスケール別変動評価」では、船舶や民間航空機を利用した観測により、観測空白域であるアジア域の温室効果ガス観測データを効果的に幅広く取得できるネットワークを整備して世界の観測網の充実に大きく貢献しました。また、東京やジャカルタなど都市レベルでの人為起源の温室効果ガス排出観測の定常化に成功し、これまでなかった都市における温室効果ガスフラックスの定量評価も行うことができました。

本中長期計画の後半、さらなるデータの解析を進めたところ、大気酸素観測とCO2同位体比観測から独立に推定した過去20年間の炭素収支が非常に良い一致を示し、プロセスモデル等における課題を指摘することができました(図2)。

図2 a)海域とb)陸域におけるCO2収支(フラックス)の変化(本プログラムによる観測と他のモデルとの比較)
海域と陸域におけるCO2の吸収量に対する観測(本プログラム)とモデル(グローバルカーボンプロジェクト: GCP)との比較ならびにモデルインバランスの評価。全球のCO2収支評価を目的とした大気中酸素濃度観測結果(図2中 APO)から、過去19年間(2000-2018年)の海洋および陸域生物圏の炭素吸収量を求め(海・陸の吸収量はそれぞれ2.8Pg-C yr-1および1.46Pg-C yr-1)、それらの長期的な変動傾向を推定した。同様にCO2同位体比観測からも過去20年間の炭素収支を解析した結果、海洋吸収は観測を開始してから増加傾向にあったが、2015年以降減少傾向にある可能性が指摘された。また、陸域生物圏の吸収量は2000年代には増加傾向にあったが2010年代になると減少傾向が認められ、特に2015~16年のエルニーニョ時に吸収量が減少した可能性が指摘された。

モデル計算を進めた結果、CO2やCH4の全球およびアジア域のフラックス推定がGCP-CH2やGCP-CO2、RECCAP-2などの国際的な研究プログラムの中で、比較や統合解析の対象として利用されました。

サブテーマ2「海洋・陸域のGHGs収支とそのスケールアップ」では、全球の海洋におけるCO2吸収・放出源推定について、極域海洋を除く全海域で2001年から2019年までのCO2分圧 (pCO2) 分布推定が可能となりCO2フラックスの時空間分布を評価することができました(図3)。

図3 ボトムアップ手法により推定された2001年(左)と2019年(右)7~9月におけるpCO2分布(µatm)
大気中のCO2濃度増加に伴って海洋のpCO2分布も増加傾向にあり、この18年で平均10%程度上昇した。しかし、増加傾向分布は海洋物理生物的な影響を受けるため一様ではない。例えば中央アメリカの太平洋近海域においてはpCO2増加率が1 μatm yr-1程度で推移している一方、カリフォルニア沖では2.5 μatm yr-1を超える値を示している。

陸域では、森林火災やオイルパームへの作物転換などが行われたホットスポットと呼ばれる地域を対象として、土地利用変化に伴う炭素収支の変化について、観測、衛星データ解析、モデルを利用して多面的な評価を行いました。

サブテーマ3「各種スケールでの緩和策・影響の科学的評価」で、緩和策の評価については、その基礎となる地域から全球スケールでのボトムアップ手法が進展し、温室効果ガスの起源別の空間分布を詳細に示した収支マップを作成することができました。この成果は、温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)観測に基づく逆推定による地表からの排出量評価に貢献し、先験情報の高度化にもつながるものです。

影響評価においては、国立環境研究所で実施されている気候変動適応研究プログラムと連携し、気候変動にともなう陸域生態系の温室効果ガス収支への影響に関する評価を行いました。

2. プロジェクト2:気候変動予測・影響・対策の統合評価を基にした地球規模の気候変動リスクに関する研究

リスク研究のプロジェクト2では、気候モデル、影響評価モデル、対策評価モデルの統合的な利用により、気候変動予測の不確実性等について理解を進めるとともに、極端現象の変化がもたらす社会影響や、影響の経済評価を含む、包括的な気候変動リスクの評価を全球規模で行いました。

サブテーマ1「気候変化の予測・理解・解釈」では、気候予測モデルと影響評価モデルの統合利用を進めました。気候変動の影響を評価する際に考慮すべき熱波や豪雨のような極端現象の情報(強度や頻度など)を影響評価モデルに提供するために、気候予測モデルを用いたシミュレーション「地球温暖化対策に資するアンサンブル気候予測データベース(d4PDF)」の構築に貢献しました。このデータベースを利用して温暖化が穀物生産に及ぼす影響など、さまざまな影響評価研究が行われました。

また、将来の温暖化の幅を2℃から1.5℃に抑制する効果を詳細に検討するための気候モデル国際比較実験(Half a degree Additional warming, Prognosis and Projected Impacts: HAPPI)の企画、データ構築、解析に中心的に参加し、IPCCの「1.5℃特別報告書*2」(2018年10月公表)に貢献しました。

サブテーマ2「陸域統合モデルによる低炭素シナリオ統合解析」では、全球水資源モデル(H08、https://h08.nies.go.jp/h08/index_j.html)・農業モデル・土地利用モデル・陸域生態系モデルを結合した陸域統合モデルを完成させ、気候・作物・水資源・土地利用の相互作用に関する分析を行いました。さらにモデル計算結果を分野間モデル相互比較プロジェクト(Inter-Sectoral Impact Model Intercomparison Project: ISIMIP)でのモデル比較研究のために提供しました。

水資源モデルと陸域生態系モデルを用いて、炭素回収貯留付きバイオ燃料生産(BECCS)により大気からCO2を吸収・貯留するネガティブエミッションの可能性評価を行いました。その結果、バイオ燃料生産のための灌漑に必要な水の利用可能性が、BECCSの実行可能な規模を大幅に制限しうることを示しました。また、伐採の抑制など森林の管理・利用方法を変えることで、陸域生態系への炭素貯留量を増加させる可能性を示しました。

これらの研究を通じて、IPCCの「土地関係特別報告書*3」(2019年8月公表)(図4)の検討にも貢献しました。

図4 土地関係特別報告書

サブテーマ3「人間・社会的側面からの気候変動影響・適応・緩和策評価」においては、影響予測モデルと対策評価モデルを統合し、最新の社会経済シナリオを応用した気候変動影響・適応策と、緩和策の相互作用を評価しました。具体的には、気候変動によるセクター別の経済への影響を評価するため、家庭・業務部門での冷暖房需要による影響評価や労働者の熱中症予防の経済的コスト推計などを行いました。これらの研究成果を国際誌で公表し、IPCC「1.5℃特別報告書」*2にも貢献しました。

また、炭素循環・大気化学・気候動態・緩和費用を扱う最適化型統合評価モデルACC2を用いてパリ協定の温度目標(世界平均気温の上昇を工業化前を基準に2℃より十分低く保つとともに1.5℃に抑える努力を追求)と排出目標(21世紀後半に人為の温室効果ガス排出を正味ゼロ)の整合性を評価、分析した結果、両目標は必ずしも一致せず、削減に早期から着実に取り組まなければ排出をゼロにしても温度目標達成に不十分な場合があることが示唆されました*4

3. プロジェクト3:世界を対象とした低炭素社会実現に向けたロードマップ開発手法とその実証的研究

対策評価研究のプロジェクト3では、パリ協定の2℃、1.5℃目標に向けた対策シナリオを、特にアジア各国の事情と大気汚染対策との相乗効果に注目して評価するとともに、各国のパリ協定長期戦略の検討過程、資金メカニズム、割引率等の観点から国際制度の分析を行いました。

サブテーマ1「世界を対象とした低炭素社会評価のための統合評価モデル開発とその適用」では、世界を対象とした技術選択モデルや応用一般均衡モデルを軸に、パリ協定の2℃目標の達成に向けた温室効果ガスや短寿命気候汚染物質(SLCF)の排出削減経路とその実現可能性、対策技術との組み合わせによる相乗効果・相殺効果について分析しました。さらに地域別・部門別・ガス種別の排出削減量などを評価しました(図5)。

図5 世界技術選択モデルを用いて評価した中国、インド、ASEANにおける2℃目標達成時の部門別ガス種別(CO2、CH4、BC、SO2、NOx)排出削減量の推移

パリ協定の目標達成のための対策技術や排出経路に影響を与える社会経済要因に注目し、世界応用一般均衡モデルを用いて、2℃目標達成に向けた異なる経路における炭素価格や経済影響の差異を分析しました。また、運輸部門対策の貢献度合いや運輸対策の導入が炭素価格や経済影響に与える影響について分析しました。その結果、エネルギー効率改善技術の対策による削減への貢献は大きいが、モーダルシフトや輸送効率改善などの省エネ技術対策以外も重要であることが示唆されました。

これらの研究成果を用いて、国内外の統合評価モデルコミュニティと連携し、国際モデル比較評価やLCSRNet等の国際研究に貢献することができました。

サブテーマ2「低炭素社会実現に向けた国際制度のあり方に関する研究」では、パリ協定の実効性を高めるために必要な詳細な制度設計について、複数の観点から研究を進めることができました。具体的には、欧州主要国の長期低排出戦略*5に関する策定手続きを調査しました。また、2018年の促進的対話(タラノアダイアログ)に向けて、再生可能エネルギー導入割合や一人あたり排出量、GDPあたり排出量等の指標を用いて、2℃目標実現のために2030年時点で達成しておくべき水準を一部の先進国と途上国に分けて分析しました。

これらは、第4期中長期計画の開始年度がパリ協定採択(2015年12月)直後のタイミングであったため、国際交渉の議題に合わせて成果を出すことができた点は評価できると思います。

また、気候変動対策の理論研究で不可欠な「割引率」(遠い将来の費用・便益の重みづけ)に関する研究を進め、世界全体としての消費の成長率が同じであっても、世代内の所得格差が大きい方が割引率が低くなることを示し、経済学コミュニティの中で質の高いジャーナルに論文を掲載できました。

4. おわりに

各プロジェクトは連携して研究を進めてきました。プロジェクト1と2の間では、主に共通の陸域生態系・炭素循環モデルを用いることにより相乗効果が得られました。プロジェクト3の社会経済シナリオ分析に用いる統合評価モデルをベースに、プロジェクト2で影響評価モデルを組み込むことにより影響の経済評価を実現することができました。

プロジェクト1では温室効果ガス観測に基づき排出インベントリを評価すること、SLCFの評価を行うことから、プロジェクト3との連携が図られました。また、プロジェクト2は適応プログラムで用いる日本の影響評価のための気候シナリオの開発にも貢献しました。