第4期中長期計画期間が終了しました −地球環境分野の「環境研究の基盤整備」の成果−
1. 第4期中長期計画の概要
国立環境研究所は、2015年4月に「独立行政法人」から「国立研究開発法人」に移行しました。国立研究開発法人とは、長期的な取組が必要な研究開発を高い専門性と一定の自由度のもとに行い、研究成果を最大化することを期待される法人をいいます。
翌年の2016年4月には、国立環境研究所は第4期中長期計画*1をスタートし、社会の高いニーズに応える「課題解決型研究プログラム」、分野ごとの基礎研究や研究者個人の発想で推進する研究を含む「基盤的調査・研究」、そして研究所が長期的に維持する必要のある環境モニタリングやデータ・試料の保存を担う「環境研究の基盤整備」の3つの取組を研究所の柱としました。
本稿では、3つの柱のうち地球環境分野の「環境研究の基盤整備」を取り上げ、その第4期中長期計画期間(2016~2020年度)の成果を紹介します。
2. 第4期中長期計画期間の研究成果の概要
地球環境分野の「環境研究の基盤整備」では、1990年に発足した国立環境研究所地球環境研究センターによって順次整備された地球規模の環境モニタリング等を重要な基盤としています。ここでは気候変動に関わる諸問題、特に地球温暖化に注目し、大気、海洋、陸域生態系における温室効果ガスの長期モニタリングの実施、測定技術の高度化、世界の研究コミュニティと歩調を合わせた測定手法の標準化、データベースの維持・運用を継続しました。
加えて、海洋や陸域生態系への地球温暖化の影響を表す指標として、サンゴの北上や高山帯植生のフェノロジー変化を含む温暖化影響モニタリングを充実しました。得られたデータは国際データベースや国内外の研究ネットワークに提供し、さまざまな共同研究への活用と科学的知見の整備・発信を進めました。以下に、その一端を紹介します。
(1)大気モニタリング
沖縄県の波照間島、北海道の落石岬、富士山頂の観測ステーションでは、温室効果ガスの大気中濃度の長期観測を継続しました。観測された大気中CO2濃度の年増加率は海外の他の観測点と同様の傾向を示しますが、これらのステーションはユーラシア大陸の東端に位置するため、大陸からの人為的CO2排出や自然の吸収・排出の影響を強く反映した時間変動を示すことが見出されました。
例えば、富士山頂で観測された大気中CO2濃度の結果には、新型コロナウイルス感染症の拡大防止策によって2020年に一時的に東アジアの経済活動が低下した影響が捉えられました。図2によると、富士山頂とハワイ・マウナロアで観測された大気CO2濃度の差は、通常年(2020~2019年)の2月は約3.0ppmでしたが、2020年2月は濃度差が1.8ppmとなり、2020年3月末には再び約3.0ppmに戻りました。これは、2020年2月を中心に中国において強い感染症対策(ロックダウン)が実施され、人間活動によるCO2排出量が一時的に低下した影響と考えられます。
その一方で、2020年前半の大気中CO2濃度の年増加率は2.3ppm/年であり、2019年以前の増加率と大きな違いは見られませんでした。このことは、大気中濃度の年増加率に対する2020年の世界各国の感染症対策の影響は一時的なものであり、新型コロナ感染症の影響から回復した後も人間活動によるCO2排出量の削減を進めることが急務であることを示しています。
(2)海洋モニタリング
定期貨物船の協力を得て実施している海洋表層CO2のモニタリングでは、得られた観測データを速やかに国際データベースに提供する取組を継続しました。
世界の海洋表層CO2データベースに対する国立環境研究所の貢献はたいへん大きく、特に太平洋における世界の観測データの中で国立環境研究所が品質管理のうえ提供したものは約20%を占めるまでになっています(図3)。国際共同研究「グローバルカーボンプロジェクト(GCP)」が毎年とりまとめて発行する「Global Carbon Budget」の海洋のCO2吸収量評価にも国立環境研究所は大きく貢献しており、近年の海洋によるCO2吸収量の増加を裏付けるデータの提供グループとして国際的にも高評価を得ました。
(3)陸域モニタリング
森林生態系における炭素収支モニタリングでは、北東ユーラシアを代表する植生であるカラマツ林を対象とし、定期的な人為撹乱(間伐)を行った成熟林である富士北麓フラックス観測サイト、台風による大規模攪乱からの自然回復の途中にある苫小牧フラックスリサーチサイト、皆伐後にカラマツを植林した天塩CC-LaGサイトの3つのサイトで長期観測を継続しました。
苫小牧でのCO2の交換量は2004年の台風による森林倒壊直後に放出に転じ、その後緩やかに正味の吸収が回復しつつあります。富士北麓サイトでは約3割の立木を間伐した後に一時的に光合成と呼吸が減少したもののその後の回復は早く、一方の天塩サイトでは皆伐後に一旦正味の放出源となった森林が約7年後に再びCO2を正味吸収する段階まで回復し、その後も急速に正味吸収量が増加するなど、植林といった人為的な撹乱が炭素収支に与える影響を定量的に把握することができました(図4)。
アジアにおける熱・水・温室効果ガスフラックス(大気-生態系間の交換量)の観測ネットワークであるAsiaFluxについては、国立環境研究所はAsiaFluxの設立時から事務局を担い、ワークショップの開催やトレーニングコースの主催によって、アジア地域の研究ネットワークの強化と情報やデータの流通促進に貢献しています。2018年8月にはオーストラリアの観測ネットワークであるOzFluxと合同ワークショップを開催し、研究交流をはかりました*2。
(4)温暖化影響モニタリング
温暖化影響評価のための海洋モニタリングでは、全国8箇所でモニタリングを継続し、サンゴの白化、サンゴの分布北上や大型藻類衰退の実証及び将来予測を行いました。また、Structure from Motion技術(市販のカメラで対象物体を複数枚撮影して3Dデータ化する技術)を導入することにより、観測対象区内のサンゴ分布について、種構成だけでなくサイズや成長速度をモニタリングすることが可能となりました。
高山帯植生における温暖化影響モニタリングでは、全国30個所以上の高山帯で実施してきた定点観測により、過去に例を見ない高頻度の観測データを蓄積することができました。機械学習を取り入れた解析により積雪・融雪状況及び高山植生の活動状況の把握を行い、さらに高山帯の生態系サービスの一つでもある紅葉と来訪者の関係に関する研究に貢献しました。
(5)地球環境データベースの整備
地球環境データベース事業では、データ公開リポジトリとしての地球環境データベース(GED)を用いた各種研究データの公開促進に取り組んでいます。
国立環境研究所やその共同研究機関等が収集または作成した研究データの公開を促進すると同時に、データを安全に保管し公開するためのシステムの改良を継続的に行いました。2016年9月以降は、GEDから提供する研究データへのデジタルオブジェクト識別子(DOI)の付与を開始したこともあり、データ公開へのインセンティブが向上しました。2018年からは、メタデータの作成からデータ公開に至るデータの管理を支援するための研究データ管理システム(RDMS)の設計を開始し、試験運用にてユーザの意見を取り入れつつ、本運用に向けてプロトタイプの開発改良を進めました(図5)。
(6)地球環境研究支援
環境研究の基盤整備では、このほかに国際共同研究「グローバルカーボンプロジェクト(GCP)」のつくば国際オフィスや、日本国温室効果ガス排出・吸収目録(インベントリ)を策定する「温室効果ガスインベントリオフィス(GIO)」を支援しました。
GCPでは、特に都市炭素マッピングに関連する海外の研究機関と連携し、世界の都市からの炭素排出量を推定するカーボンアトラスの活動や、東京をはじめとするメガシティーにおける炭素マッピングに関する国際共同研究を推進しました。また、GCPの国際共同研究に基づき2020年7月に全球メタン収支、10月に全球一酸化二窒素収支、12月に全球CO2収支に関する重要な共同論文を発表し、日本や海外のコミュニティに向けてオンラインで解説するイベントを行いました。
GIOにおいては、着実に日本国温室効果ガスインベントリを策定し、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)事務局へ提出しました。また、インベントリ作成に関わる国際連合関係機関が開催する会議等に参加し、国際交渉を支援しました。GIOではまた、アジア各国のインベントリ作成支援を行うための「アジアにおける温室効果ガスインベントリ整備に関するワークショップ(WGIA)」を実施しています。2020年度はコロナ感染症拡大の影響により対面の活動は中止しましたが、インベントリ相互学習等は2020年度もオンラインで開催し、アジア地域の温室効果ガスインベントリ作成の能力向上に貢献しました。
このほか、国立環境研究所のスーパーコンピュータ(スパコン)を利用した環境研究を推進するため、スパコンの研究利用専門委員会や成果報告会を主催しました。国立環境研究所のスパコンについては2020年3月にNEC社製SX-Aurora TSUBASAが導入され、ユーザの利便性が向上しました。スパコンを利用した研究の内容は、気候システム、降水システム、流域環境、エアロゾル、オゾン、衛星リモートセンシングなど多岐にわたっています。
(7)地球環境研究の広報・出版
広報活動としては、国立環境研究所地球環境研究センターのウェブサイトを全面リニューアルし、地球環境研究センターニュースによる高品質かつ安定した情報提供を継続しました。また、スマートフォン時代の情報発信にふさわしい表示方法の改善を行いました。また、第4期中長期計画期間においては研究者が直接国民に対して地球温暖化研究等に関する解説を行う「地球環境セミナー」を毎年開催し、最新の研究成果をわかりやすく発信しました(写真2)。
最後に、2020年10月1日には地球環境研究センター設立30周年を迎えたことから、これまでの活動の集大成として記念のオンラインイベント(「気候変動研究と脱炭素社会(これまでの30年、これからの30年)」)を企画・実施しました。このイベントには学生から研究所のOBまで800人以上の多様な年代の方々が参加され、数多くのご質問やコメントをお寄せいただきました。大学の教職員の方からも学生にとって環境研究を深く知る良い機会になったと高い評価をいただきました。*3。
3. おわりに
2021年4月に国立環境研究所は第5期中長期計画期間をスタートしました。同年3月に終了した第4期の成果と経験を踏まえ、これからも環境研究を推進し、その成果を最大化する取組を継続する予定です。
国立環境研究所では第5期中長期計画を開始するにあたり組織の改組を行いました。2021年4月からは「地球システム領域」という組織が地球規模の環境問題に関わる研究活動を担います。そして第4期に「環境研究の基盤整備」として推進しました地球環境の戦略的モニタリング、データベース、オフィス、広報等の活動は、「地球システム領域」の中に改めて設置された「地球環境研究センター」が第5期中長期計画の「知的研究基盤の整備」として引き継ぎます*4。
これからも、国内外の多くの方々と連携し、地球規模の環境保全と持続可能な社会の実現に貢献してまいります。ご協力をどうぞよろしくお願いいたします。