REPORT2021年6月号 Vol. 32 No. 3(通巻367号)

プラネタリーヘルス -次の世代に地球を守るための協働

  • ナジ・田中 エディット(地球システム領域地球環境研究センタ― 研究推進係)
  • 谷本浩志(地球システム領域 地球大気化学研究室長)

2021年2月18~19日に国立環境研究所(NIES)と長崎大学(NU)の協働覚書(MoU)締結を記念して、「プラネタリーヘルス」(地球の健康、つまり、人類を含めた多様な生物が生命を維持できる自然環境を有し、地球上で人類が安全に有機的な活動ができる状態)に関するオンラインシンポジウムが開催された。まず、1日目の午前中に渡辺知保理事長(NIES 当時)と河野茂学長(NU)それぞれの挨拶の後、MoU調印式が行われた。

写真1 河野茂学長(長崎大学)と渡辺知保理事長(国立環境研究所)によるMoU調印式

MoU調印式の後、両機関の今後の協働の重要性に関する基調講演が行われた。まず、渡辺理事長(NIES)は、人類の活動と経済、生物圏や地球システムなどの相互関係は複雑で、様々な分野の知識を必要とするため、プラネタリーヘルスに関する研究と実施には横断型かつ学際的なアプローチを取らなければならないと強調した。次に、門司和彦教授(NU)は「ヘルス(健康)」という概念が、「熱帯医学」から「パブリックヘルス」、「グローバルヘルス」と「ワンヘルス」を通して「プラネタリーヘルス」までどのように発展してきたかを説明した。さらに、門司教授は、ヘルス(健康)という概念には病気のないことだけでなく、生態的・社会的な要素も含まれるということを指摘した。

午後には3つのセッションが開催された。セッションA:「気候変動とプラネタリーヘルス」では5つの講演が行われた。まず、日本における熱中症警報システムの開発や熱中症患者を予測するためのモデルに関する発表がなされ、次に、日本の子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)が紹介された。続いて、IPCC第五次評価報告書の知見の共有、日本、韓国と台湾における都市化とヒートアイランド現象の比較研究、最後に、砂漠化によるダストと氷雲の変化が地球の表面温度に及ぼす影響についての発表がなされた。

セッションBでは「大気汚染と健康」に関するプレゼンテーションがあった。ここでは、自動車からの排気ガス、バイオマス燃焼、さらに家庭での調理などからの大気汚染(PM2.5)の健康リスクについて発表され、コンパクトでポータブルなセンサーを使用してPM2.5を測定する方法が説明された。また、総合地球環境学研究所(RIHN)がインドで実施しているプロジェクト「Aakash」は、住民、利害関係者、および政府の意識改革と行動変化によって持続可能な農業、きれいな空気、および公衆衛生が達成できることを実証した。

セッションCのテーマは、「マテリアルライフサイクルとプラネタリーヘルス」の関係であった。ここでは、将来プラスチックの量を減らすためには、材料の寿命を延ばし、リサイクルされた材料を使用する必要があることが強調された。家庭のフットプリント、つまり原材料から自動車やエネルギーなど、消費までのサプライチェーンの影響も一つのケーススタディによって説明された。さらに、森林伐採は温室効果ガス排出量の増加、生物多様性の損失、水循環の変化をもたらすため、「森林伐採をできる限りゼロにする」政策を実施することが最も重要であることが指摘された。

18日(初日)は、「グローバルおよびリージョナルな研究の実践状況」と呼ばれる、参加者の体験を共有するセッションで終了した。すべての参加者に共通する考えは、プラネタリーヘルスの実現に向けて、さまざまな組織が協力する必要があるということであった。具体的なステップとして、研究とイノベーションの促進、ネットワークの構築と活性化、地域住民たちと共同で設計したプロジェクトの実施、地方自治体との協力、また日本政府との協力などが挙げられた。

2月19日(2日目)には、セッションD:「グローバルヘルスとプラネタリーヘルス」とセッションE:「宇宙とグローバルヘルス」の2つのセッションが開催された。セッションDでは、未来世代の環境と健康を守る方法について発表された。また、グローバルかつ巨大で壊滅的な影響を及ぼす可能性のあるリスクとして、気候変動、生物多様性の喪失、人工知能、パンデミック、高度なバイオテクノロジー、核兵器、大量破壊兵器などが提起された。また、現在のCOVID-19のパンデミックは動物起源であると考えられることから、最近では医学者と獣医学者の協力を必要とする「ワンヘルス」が注目されてきた。

「宇宙とグローバルヘルス」セッションでは、地球観測衛星データを利用し、大気質、気候条件、人間の活動、土地被覆/土地利用を解明する方法についての発表があった。気候(大雨、暑さ、湿度)や土地利用(森林伐採/植林など)の変化によって引き起こされるマラリア、デング熱、そしてその他の熱帯病などの健康リスクを予測するには衛星データが不可欠であると述べられた。さらに、観測衛星データは調査が困難な地域での感染の発生予測にも役立つと説明された。また、観測衛星データは、COVID-19パンデミックによるロックダウンの実施でCO2とNO2濃度の一時的な減少を確認したことが発表された。

2日間のプレゼンテーションは、「プラネタリーヘルス分野での協働」に関するパネルディスカッションで終わった。「プラネタリーヘルスの問題は一つの分野だけでは解決できない」という考えは、全ての参加者に共通する意見であった。例えば、他の専門家の協力を得ることなく、医療専門家だけで病気を根絶することは不可能である。最良の成果を得るためには、科学者と実践者が協力し、さまざまな職業やスキルを結び付ける必要がある。実際、私たちは、プラネタリーヘルスを実現するにあたり「巨大な衛星データセットと疫学データをどのように組み合わせることができるのか?」や、「研究成果をどのように実施と行動に変換できるのか?」といった大きな課題に直面している。異なる研究コミュニティの間にはギャップがあるが、緊密な協力なくしてはプラネタリーヘルスのような世界的な健康問題を解決することは不可能である。

具体的なコラボレーションについて、以下の提案がされた。

  • 学際的研究における能力開発コースを提供する。
  • プラネタリーヘルスについて若者を教育する。
  • フューチャーアースにおけるグローバル研究プロジェクト(Global Research Project: GRP*1)と知と実践のネットワーク( Knowledge Action Network: KAN*2)を繋げる。
  • コラボレーションを拡大する。
  • ウェビナーやセミナーを開催してさまざまな分野の学者と実践者が一層協力する。
  • JICAや他の機関との共同研究や、MoUなどの正式な方法による国際交流を推進する。
  • COVID-19の勢いを利用する。 COVID-19の研究は健康だけでなく、都市開発、環境問題、衛生なども含む。

他のコラボレーションのアイデアとして、ツール開発、データ管理と使用法、教育、ネットワーキングなどのコラボレーションが採り上げられた。

閉会挨拶では、渡辺理事長は「プラネタリーヘルスは学際的なテーマであり、コラボレーションは包括的で未来志向であるべきだ」と強調した。このコメントに見られるように、2日間にわたる議論の結論は、未来の世代のために持続可能で健康な地球を実現する唯一の方法は、共同で包括的かつ戦略的な研究を進めるということであった。また、共同研究の目標を達成するためには、共通のビジョンが必要であることが指摘された。日本も含め多くの国々が2050年までにこれまでにない脱炭素社会を目指すと宣言している中、私たちは、プラネタリーヘルスを達成し、未来の世代のために地球を守るという共通の目標のために緊密に協力しなければならない。2日間にわたったイベントはこの目標を達成するための良いスタートとなったと考えられる。

写真2 オンラインシンポジウムの参加者