SEMINAR2021年6月号 Vol. 32 No. 3(通巻367号)

すべての分野で状況は深刻化
「気候変動影響評価報告書」の概要(2)

  • 地球環境研究センター 研究推進係

環境省では気候変動適応法に基づく初めての報告書*1として、令和2年12月17日に「気候変動影響評価報告書」を公表しました。令和3年2月9日、この報告書の概要を紹介するとともに、これを踏まえた適応策の一層の推進について議論するため、「気候変動影響評価報告書公表記念シンポジウム -気候変動による影響をどのように受け止め、行動へつなげるか-」が環境省の主催により、オンラインで開催されました。

シンポジウムでは報告書の作成に携わった5つの分野別ワーキンググループの座長による講演が行われました。本稿では、そのうちの3分野の概要を紹介します。他の2分野の概要は地球環境研究センターニュース2021年5月号を参照してください。

なお、「気候変動影響評価報告書」(総説)はhttp://www.env.go.jp/press/files/jp/115261.pdfから、(参考資料)「気候変動影響評価報告書」(詳細)はhttp://www.env.go.jp/press/files/jp/115262.pdfから閲覧可能です。

目次

すでに重大な影響が出始めている
-農業・林業・水産業分野における気候変動影響-

白戸康人(農業・食品産業技術総合研究機構 農業環境変動研究センター 温暖化研究統括監)

表1 農業・林業・水産業分野の項目の分類体系と重大性・緊急性・確信度の評価結果

※文献数 117件(前回)→339件(今回)

1. 気候変動により想定される影響

(1)現在生じている影響

農業:気温が高い年ほど白未熟粒が多くなり、コメの品質低下が起こっています(写真1)。また、ウンシュウミカンの浮皮やリンゴの着色不良や表面の日焼けという品質の低下が生じています(写真2)。家畜は夏季の高温によるへい死(突然死)や乳用牛の乳量の低下などの影響が報告されています。イネ等の害虫は、気温上昇により分布が拡大し、発生量が増加しています。

写真1 温暖化の日本の水稲生産への影響
写真2 ウンシュウミカンの浮皮果(上段左)と正常果(上段右)とリンゴの果皮表面にできた日焼け(下段)。

林業:マツ類に枯死をもたらすマツ材線虫病の分布北限が拡大(日本海側では青森県、太平洋側では岩手県内陸部まで)しています。九州地域のシイタケ生産地ではヒポクレア属菌がシイタケ原木栽培に被害を与えています。

水産業:高水温により養殖ホタテ貝や魚類のへい死が起こっています。海藻類は高水温や水温上昇により収穫量が減少し品質が低下しています。

(2)将来予測される影響

農業:品質の高いコメの収量は、増加する地域と減少する地域の偏りが大きくなる可能性があります(図1)。巨峰(ブドウ)は着色度が大きく減少すると予測されています。気温上昇や降水パターンの変化により融雪流出量が減少し、用水路等の農業水利施設における取水に影響が及ぶことが予測されています。

図1 登熟期の高温リスクが小さいコメ(Class A)の収量の変化率分布(適応策をとらない場合の20年平均)
高温リスクを受けにくい(相対的に品質が高い)コメの収量の変化を地域的に見た場合、収量の増加する地域と減少する地域の偏りが大きくなる可能性がある。

林業:人工林において害虫被害が増加し、マツ枯れの増加予測も出ています。

水産業:日本周辺海域のマグロなど回遊性の魚介類は、餌となるプランクトンが減少し、魚も減ってしまいます。2020年はサンマの不漁が話題になりましたが、現在食べている魚が将来食べられなくなるかもしれません。北日本沿岸域のコンブの分布域が大幅に北上する、もしくは生息適地が消失する可能性があります。

2. 重大性・緊急性・確信度の評価(表1参照)

農林水産業は自然を相手にする産業なので、気象の影響はすでに起きていますし、将来も重大な影響が生じやすい分野です。そのため、重大性・緊急性については高く評価され得ます。水稲や果樹、沿岸域・内水面漁場環境等では、RCP2.6、RCP8.5の両シナリオで「特に重大な影響が認められる」と評価され、厳しい緩和シナリオを仮定しても重大な影響が及ぶ可能性が出ています。

また、農業・林業・水産業分野における気候変動影響は、商業、流通業、国際貿易等にも波及することから、経済活動に及ぼす影響も大きくなります。

図表等の出典
写真1 写真提供:増冨祐司氏(国立環境研究所気候変動適応センター)
写真2 農林水産省 (2018) 地球温暖化影響調査レポート10
図1 Ishigooka et al. (2017) Large-scale evaluation of the effects of adaptation to climate change by shifting transplanting date on rice production and quality in Japan. Journal of Agricultural Meteorology, 73 (4), 156-173.

自然災害・沿岸域分野において特に重大な影響
-水環境・水資源分野、自然災害・沿岸域分野における気候変動影響-

中北英一(京都大学防災研究所気象・水象災害研究部門 水文気象災害研究分野 教授)

表2 水環境・水資源分野、自然災害・沿岸域分野の項目の分類体系と重大性・緊急性・確信度の評価結果

※「土砂災害と洪水氾濫、高潮と洪水氾濫など、複数の要素が相互に影響しあうことで、単一で起こる場合と比較して広域かつ甚大な被害をもたらす影響」を「複合的な災害影響」と定義。

※文献数 水環境・水資源分野 26件(前回)→88件(今回)
 自然災害・沿岸域分野 88件(前回)→136件(今回)

1. 気候変動により想定される影響

(1)現在生じている影響

水環境:湖沼、河川、海域における水温上昇や河川の水質の悪化が起こっています。人為影響により排出される二酸化炭素が海洋内部に蓄積することで海水中のpH を低下させ、沿岸海域の海洋酸性化が発生しています。

水資源:年降水量の変動が大きくなっており、無降雨・少雨等による渇水が発生しています。また、気温上昇により水使用量が増加しています。

河川:雨の降り方が変わるなかで、国管理河川、都道府県管理河川における氾濫危険水位を超過した洪水の発生地点数は増加傾向にあります。

山地(土石流・地すべり等):大雨の発生頻度の上昇や広域化に伴い、土砂災害の発生頻度が増加し発生規模が拡大しています。これまで土砂災害が少なかった東北、北海道地域にも最近は豪雨による甚大な土砂災害が発生しています。

複合的な災害影響:平成29年7月九州北部豪雨(写真3)や平成30年7月豪雨のように、土砂災害と洪水氾濫の同時生起による複合的な影響被害が発生しています。

写真3 土砂・流木の流出(福岡県・赤谷川)
平成29年7月九州北部豪雨では、広範囲にわたる斜面崩壊や土石流が直接的な災害の原因となったが、それに伴い多量の土砂が下流域に流出し、河川を埋め尽くすような河床上昇を引き起こすことで、甚大な洪水氾濫を助長する原因となった。

(2)将来予測される影響

水環境:土砂による湖沼、ダム貯水池の水質の悪化(植物プランクトンの増加、濁度の上昇)、瀬戸内海、伊勢湾における水温の上昇が予測されています。

水資源:海面上昇により河口からの塩水遡上の距離がさらに延び、取水場付近の塩分は現在よりも高くなることが予測されています。

沿岸:1990年以降の東京湾、大阪湾、伊勢湾を対象とした高潮の最大潮位偏差推定に関する研究レビューでは、各湾の将来(今世紀末)変化の平均的予測は、東京湾0.72m、大阪湾1.73m、伊勢湾0.90mとの結果が示されています。また、海面水位の上昇に伴う海岸侵食については、RCP2.6シナリオでは日本沿岸で平均62%(173km2)の砂浜が、RCP8.5シナリオでは83%(232km2)の砂浜が消失するとの予測があります(図2)。

図2 RCPシナリオにおける平均海面上昇量のアンサンブル平均に基づく1986~2005年と比較した2081~2100年の砂浜消失率の予測
砂浜が侵食されると、砂浜による波のエネルギーの減衰効果が小さくなり、砂浜を越えて岸側に輸送される海水の量が増えたり、護岸などの海岸保全施設に作用する波の力が増大し、施設の機能が低下したりする危険性がある。さらに、砂浜の侵食は、砂浜のもつ海水浄化機能を低下させるとともに、沿岸域の生態系を変化させる可能性があり、利用面に関しては、レクリエーション・スポーツの場や農業・漁業の作業場などを減少させる可能性がある。

その他(強風等):熱帯低気圧全体に占める強い熱帯低気圧割合が増加します。全体として台風の頻度は下がりますが、強い台風の頻度は高くなります。また、強い竜巻の頻度が大幅に増加すると予測されています。

2. 重大性・緊急性・確信度の評価(表2参照)

気候シナリオに応じた重大性評価を実施した「河川(洪水)」「沿岸(海岸侵食)」の結果から、2℃上昇相当であっても重大な影響が生じることが予測されています。

水環境・水資源分野では影響の程度や範囲が限定的と判断されることから、影響の重大性は「影響が認められる」にとどまる評価となる傾向にあります。

自然災害・沿岸域分野は、影響の範囲が全国に及び、また影響が発現する可能性は高く、社会・経済・環境への影響の規模および頻度が増大するため、重大性は「特に重大な影響が認められる」と評価される傾向が強くなっています。

特定の極端現象に地球温暖化が寄与したかどうかを評価することができる「イベントアトリビューション」等の手法の進展等により、「河川(内水)」「沿岸(海岸侵食)」「山地(土石流・地すべり等)」の3つの小項目について確信度が上方修正されました。

これらの影響は、さまざまな産業や経済活動、国民生活等の他分野にも波及します。

図表等の出典
写真3 気候変動を踏まえた治水計画に係る技術検討会 (2019) 気候変動を踏まえた治水計画のあり方提言~参考資料~. 国土交通省
図2  Udo et al. (2017) Projections of Future Beach Loss in Japan Due to Sea-Level Rise and Uncertainties in Projected Beach Loss. Coastal Engineering Journal, 59(2), 1740006.

対策の遅れが社会・経済的損失が大きくする可能性を示唆
-健康分野における気候変動影響-

橋爪真弘(東京大学大学院医学系研究科 国際保健学専攻 国際保健政策学分野 教授)

表3 健康分野の項目の分類体系と重大性・緊急性・確信度の評価結果

※文献数 21件(前回)→178件(今回)

1. 気候変動により想定される影響

(1)現在生じている影響

暑熱:日本全国で気温上昇による超過死亡(直接・間接を問わずある疾患により総死亡がどの程度増加したかを示す指標)の増加傾向が報告されています。熱中症による救急搬送数は増加しています。2018年は非常に暑い夏で、過去最高の搬送者数を記録(図3)、熱中症による死亡者数は1500人を超え、その8割以上は65歳以上の高齢者でした。

図3 救急搬送人員の年別推移(2014~2020年)
年によってばらつきはあるものの、熱中症による救急搬送人員が増加傾向にある。 2018年には調査開始以降、過去最多を記録した。気候モデルを用いて、温暖化した気候状態と温暖化しなかった気候状態を比較した結果、温暖化がなければ、 2018年7月のような猛暑は起こりえなかったことが明らかとなっている。

感染症:気温上昇により、乳幼児の急性重症胃腸炎の主な原因ウイルスとして知られているロタウイルス流行時期が日本各地で長期化しています。また、感染症を媒介する節足動物の生息域等の変化が報告されています。例えばデング熱の媒介蚊(ヒトスジシマカ)の生息域は1950年代では北関東が北限でしたが、2016年には青森県まで拡大しました。

その他:光化学オキシダント(Ox)およびその大半を占めるオゾン(O3)の濃度が経年的に増加しています。また、気温上昇による睡眠の質の低下、だるさ、疲労感、熱っぽさなどの健康影響が発生し、増加しています。

(2)将来予測される影響

冬季の温暖化:冬季の平均気温の上昇に伴い、全死亡(外因死を除く)に占める低温関連死亡の割合が減少することが予測されています。一方、影響をもっとも大きく受ける高齢者人口が増加するため、低温関連死亡数自体は増加すると考えられます(図4)。

図4 東アジア69地点(中国:15地点、日本:47地点、韓国:7地点合計)の寒さ(青)/暑さ(赤)による超過死亡率の予測結果

暑熱:気温上昇による心血管疾患による死亡者数や高齢者の死亡者数が増加することが予測されています。また、暑さ指数(Wet Bulb Globe Temperature: WBGT*3)の上昇により熱中症のリスクが増加するだけではなく、屋外での労働可能な時間が現在より短縮されることが予測されています。

感染症:日本全国で、冬季のウイルス性下痢症が減少することが予測されています。また、ヒトスジシマカの分布可能域の北海道への拡大、吸血開始日の早期化、活動期間の長期化が予測されています。インフルエンザ等のさまざまな感染症の季節性の変化、流行の開始あるいは終息のタイミングが変わる可能性があります。

2. 重大性・緊急性・確信度の評価(表3参照)

健康分野での影響は暑熱による熱中症患者の発生や超過死亡の発生、感染症の発生など、影響の範囲が全国に及ぶ可能性があるものが多い傾向にあります。

重大性の評価が「特に重大な影響が認められる」といえない、あるいは緊急性の評価が「中程度」とされた項目であっても、対策が遅れることによって、社会・経済的損失が各段に大きくなる可能性がある点については十分に留意する必要があります。

図表等の出典
図3 消防庁 (2020) 2019年(5月から9月)の熱中症による救急搬送状況.
図4 Gaparrini et al. (2015) Mortality risk attributable to high and low ambient temperature: a multicountry observational study. The Lanset, 386, 369-375を編集局で和訳