2019年1月号 [Vol.29 No.10] 通巻第337号 201901_337003
IPCC特別報告書「1.5°Cの地球温暖化」の図を読み解く (1)
気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change: IPCC)は、地球温暖化が現在の度合いで続けば、2030年から2052年の間に1.5°Cに達する可能性が高いとする1.5°C特別報告書を2018年10月8日に公表しました。
このシリーズでは、1.5°C特別報告書に掲載されている「図の内容」を専門家のさらなる解説を加えて読み解いていきます。なお、特別報告書の政策決定者向け要約(SPM)の概要(環境省による仮訳)はhttps://www.env.go.jp/press/files/jp/110087.pdfを参照してください。
*1.5°C特別報告書の正式名称は以下のとおり。
Global Warming of 1.5°C an IPCC special report on the impacts of global warming of 1.5°C above pre-industrial levels and related global greenhouse gas emission pathways, in the context of strengthening the global response to the threat of climate change, sustainable development, and efforts to eradicate poverty
(1.5°C地球温暖化:気候変動の脅威への世界的な対応の強化、持続可能な開発及び貧困撲滅への努力の文脈における、工業化以前の水準から1.5°Cの地球温暖化による影響及び関連する地球全体での温室効果ガス(GHG)排出経路に関するIPCC特別報告書(環境省仮訳より))
最初の図は我々の今後とる対策の内容によって将来の気温上昇がどう変わりそうかを示したものです。やや複雑なので、グラフを分解しながら、解説します。
上の図のグレーの折れ線(2017年より左側)は、1850〜1900年の世界平均気温に対する2017年までの観測された月ごとの全球の表面平均温度の変化を、オレンジ色の実線と色づけされた部分は、それぞれ1850〜1900年の世界平均気温に対する2017年までの人為起源による温度上昇の推定値の範囲を表しています。2017年から右上に伸びているオレンジ色の破線矢印とその到達地点付近にある水平の実線は、地球温暖化が現在の度合いで続いた場合の、工業化以前と比較した推定気温上昇の中央値(破線矢印)と1.5°Cに達する時期の不確実性の幅(水平の実線)を示しています。2030年から2052年の間に1.5°Cに達する可能性が高いことを示唆しています。
次にこのグラフの右側の部分を分解してそれぞれ見て見ましょう。
上図の右側のグレーの部分は、2020年から2055年までに二酸化炭素(CO2)の実質排出量がゼロになり(図bと図cのグレーの線)、かつ、CO2以外の温室効果ガス(メタン、亜酸化窒素、エアロゾルなど)の正味の放射強制力が2030年以降減少した場合(図dのグレーの線)の温度上昇の推定です。「2055年まで」がポイントです。
右側のブルーは、CO2排出量が2020年以降直接的に減少を始め、2040年に正味ゼロとなる(図bのブルーの線)場合の温度上昇の推定を表わします。この場合、工業化以前からの温度上昇を1.5°C以下に抑える可能性が高くなります。「2055年まで」ではなく「2040年まで」となっているところがポイントです。
右側の紫色は、2020年から2055年までにCO2の実質排出量がゼロになり(図bと図cのグレーの線)、かつ、CO2以外の温室効果ガス(メタン、亜酸化窒素、エアロゾルなど)の正味の放射強制力が2030年以降減少しない場合(図dの紫の線)の温度上昇の推定です。
グラフの右端にある垂直(縦)の線(グレー、ブルー、紫)は、それぞれの排出経路をとった場合の2100年における温度上昇の確からしい範囲[注](細い線)で、そのうち、太い線は33パーセンタイル(パーセンタイルとはデータを昇順に並べて、小さいほうから数えてどの位置にあるかを見るもの)から66パーセンタイルの範囲です。
専門家に聞いてみよう
*回答者:甲斐沼美紀子さん(地球環境戦略研究機関 研究顧問、IPCC特別報告書「1.5°Cの地球温暖化」執筆者)
Q: 1.5°Cの地球温暖化に、どれくらい近づいているのでしょうか。
A: 人間活動により、現時点で全球の平均気温は工業化以前と比較して既に1°C程度上昇しています。このままのペースで気温上昇が続けば、2040年頃には1.5°Cに達してしまいます。
Q: 2030年以降のCO2以外の温室効果ガスの正味の放射強制力が重要なのはなぜでしょうか。
A: 2030年以降が特に重要という訳ではなく、どの年次でもCO2以外の温室効果ガスの正味の放射強制力は重要です。CO2以外の温室効果ガスの正味放射強制力はCO2に比べて下げるのが難しく、非常に野心的なシナリオでも、2030年までは増えると予想されています。このため、今回の図では、CO2以外の温室効果ガスの正味放射強制力が2030年以降下がり始める場合と、2030年以降一定の場合を比較しています。
Q: どんな人為的排出の道筋に対応した温度の推計なのでしょうか。これまでのRCPで表されたシナリオとどう対応しているのでしょうか。
A: 今回使用した排出経路はあくまで簡略化した経路で、直線的に排出量が減少した場合に、何がおこるか?いつ排出量をゼロにしなければいけないのか?という質問に答えるために作成したものです。
Q: 2055年には実質排出量をゼロにすることが大前提で、これを2040年まで早めるのかどうかしか選択肢はないのでしょうか。
A: 今回使用した排出経路はあくまで簡略化した経路で、2055年に実質排出量をゼロにすることを大前提にしている訳ではありません。直線的に排出量が2020年から減少した場合に、50%程度の確率で2100年まで1.5°Cに留まる経路を推計したものです。2040年までに排出量がゼロになれば、1.5°Cに留まる確率は高まります。他の経路としては一度気温が1.5°Cより高くなり、2100年までに1.5°Cに戻ってくるというのもあります。1.5°Cに留まる、あるいは1.6°C程度まで一度は気温が高くなった後に下がるという経路では、2050年前後に(四分位間2045–2055年)に正味ゼロに到達すると予想されています。
Q: 図b〜図dの垂直のエラーバーの意味がよくわかりません。
A: 図bと図cはCO2の年間排出量と累積排出量の図で、CO2以外の温室効果ガスに関係する経路は図dに示されています。図bと図cの垂直のエラーバーは、2017年に観測された世界CO2排出量と累積CO2排出量の確からしい範囲[注]です。図dのエラーバーはIPCC AR5で示された2011年CO2以外の温室効果ガスの正味の放射強制力の確からしい範囲[注]です。
脚注
- 本稿で「確からしい範囲」とは66%以上の可能性を指す。