2019年1月号 [Vol.29 No.10] 通巻第337号 201901_337001

計算で挑む環境研究—シミュレーションが広げる可能性 3 気候予測シミュレーションにおけるモデル間相互比較の役割

  • 地球環境研究センター 気候モデリング・解析研究室 主任研究員 小倉知夫

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現在、コンピュータシミュレーションは環境研究を支える重要な研究方法となっています。天気予報や災害の予測など、私たちの日常生活と深く関係していることもあります。

シミュレーション研究の内容は多岐にわたり、日々進歩しています。このシリーズでは、環境研究におけるシミュレーション研究の多様性や重要性を紹介いたします。

1. 気候予測シミュレーションにおける不確実性

地球温暖化の研究の中でシミュレーションが果たす役割の一つに予測があります。例えば、人間活動による温室効果ガスの排出が増えたら気候はどう変わるか、あるいは、気候変化が自然環境や人間社会にどのような影響を及ぼすか。こうした問いに答えることはいずれも予測であり、シミュレーションが重要な役割を果たします。では、どのようにして答えるのでしょうか。

気候予測の場合、予測の対象となる大気や海洋、陸面の状態を温度、風速(水平方向、鉛直方向)、水蒸気量等の変数で表します。そして、これらの変数の値が温室効果ガスの排出量によってどのように変わるか、物理法則の方程式に基づいて近似的に計算します。計算が膨大な量になるため、スーパーコンピュータの力を借ります。具体的には、計算の手続きを記したコンピュータプログラムを作成し、そのプログラムに書かれた指示通りにスーパーコンピュータを動作させて計算を行います。ここで使用されるプログラムは気候モデルと呼ばれます。

このような方法で将来予測を行う際に避けられないのが不確実性の問題です。気候モデルの作り方にはある程度の任意性があります(どのような理由で任意性が生じるかについては小倉(2010)を参照下さい)。このため、作り方によってモデルA、モデルB、モデルCという具合に複数の異なるモデルが存在し得ます。複数の異なるモデルを用いて同じ条件の計算を行った場合、結果はモデル間で一致せず、ある程度のばらつき(不確実性)が生じてしまいます。従って、モデル間で計算結果を比較することが重要となります。その役割を担うのがモデル間相互比較プロジェクト(Model Intercomparison Project)です。英語の名称を略してMIP(ミップ)とも呼ばれます。

2. モデル間相互比較プロジェクト(MIP)は何を目指すか

MIPとは具体的に何をするものか、筆者が参加しているCFMIP(Cloud Feedback MIP)を例にとってご紹介します。CFMIPとは雲フィードバックモデル相互比較プロジェクトの略称で、その名の通り、雲フィードバックという量を気候モデル間で相互比較することを主な目的としています。雲フィードバックとは、地表気温の変化が雲の変化を引き起こし、それがまた地表気温の変化を促進または抑制する働きを指します。

なぜ、雲フィードバックをモデル間で相互比較することになったか、背景を説明します。複数の気候モデルを用いて将来予測シミュレーションを行うと、気温上昇が大きいモデルと小さいモデルに分かれます。モデル間の違いがどのようにして生じるのか調べたところ、各モデルのシミュレーションの中で雲フィードバックが生じており、その強さが気温上昇の大小に影響していることが分かってきました。つまり、雲フィードバックが正(負)に大きいモデルほど気温上昇が大きい(小さい)傾向が見られました。従って、将来予測の気温上昇の大きさがモデル間でばらつく原因を理解するには、雲フィードバックのモデル間のばらつきを把握することが鍵となります。

なお、将来予測シミュレーションにおいては現実をできるだけ忠実に模倣する必要があるため、シミュレーションの設定はかなり複雑になります。一方、雲フィードバックについて理解を深めたい場合は、より簡便な設定のシミュレーションが適しています。例えば、大気中のCO2濃度を瞬間的に4倍に増加させた後、濃度を一定のまま150年のあいだ維持する設定でシミュレーションを実施します。すると、CO2濃度の増加により温室効果が強まり、気候が温暖化する様子がシミュレートされます。温暖化は雲の変化を引き起こし、雲フィードバックを発生させます。具体的には、雲の変化により地球から宇宙へ正味で出て行くエネルギー量が変化します。雲は、太陽から地球へ入射する短波放射を反射したり、地表からの上向き長波放射を吸収して雲の温度に応じた長波放射を射出したりする働きがあります。このため、雲が変化すれば宇宙へ出て行くエネルギー量(放射量)が影響を受ける訳です。出て行くエネルギー量が仮に多くなれば、地球を冷やす効果が強まるため気温上昇は抑制されますし、逆に少なくなれば気温上昇は促進されます。このようなエネルギー量の変化がどれほどの大きさかを算出し、雲フィードバックの値とします。雲フィードバックの算出を複数のモデルについて行い、その結果がモデル間でばらつく幅を測れば、雲フィードバックの不確実性を定量化したことになります。これが、CFMIPの目指す目標の第1段階と言えます。

雲フィードバックの不確実性を定量化した後、次に課題となるのは、その不確実性がどのような仕組みで生じているのか理解することです。そのために必要な情報も、MIPから得ることができます。まず、CO2濃度を4倍に増加させるシミュレーションの結果からは雲フィードバックの値だけでなく、それを生じさせる雲の分布や性質についても情報が得られます。雲には様々な種類があり、分布する高さや雲を構成する水/氷の質量、粒子の大きさなどにより性質が異なります。そして、どの種類の雲がどのように変化するかによって雲フィードバックは大きく変わるのです。例えば、下層雲の面積が変化しているのであれば、雲が短波放射の反射を通して地表を冷やす効果が大きく変わり、上層雲の高さが変化しているのであれば、雲が長波放射の吸収・射出を通して地表を暖める効果が大きく変わります。さらに、シミュレーションの結果からは、雲の分布や性質に影響を及ぼすような大気中の環境(湿度や循環、成層の強さ)にまで視野を広げることもできます。そうすれば、雲フィードバックがどのような原因から生じているのか、見当を付けることができます。例えば、温暖化に伴い大気下層で成層が弱まっていれば、大気上層の乾いた空気と大気下層の湿った空気との混合が起こりやすくなるため、大気下層が乾燥化し、下層雲が生成・維持されにくい環境になっていると分かります。このように、雲フィードバックを制御する要因を複数のモデルで調査し、相互比較することにより、モデル間に雲フィードバックの違いが生じている仕組みを明らかにできます。つまり、雲フィードバックの不確実性について理解が深まります。これが、CFMIPの目指す目標の第2段階です。

雲フィードバックの不確実性を理解できた場合、最後に問題となるのは、予測結果の信頼性が高いのはどのモデルか、ということです。通常であれば、モデルによるシミュレーション結果を観測と比較し、観測と良く一致するモデルほど信頼性が高い、と考えるところです。しかし、いま問題となっているのはCO2濃度を4倍に増加させた場合の雲フィードバックですので、シミュレーション結果と比較するべき観測データがありません。このような場合は、雲フィードバックを制御する様々な要因の中から現在気候の観測可能な変数を探し出し、その変数に注目してシミュレーション結果と観測データを比較します。そして、観測データとの一致の良さを様々なモデルについて検討すれば、あまり一致しないモデルは良く一致するモデルと比べて信頼性が低いと考えることができます。信頼性の低いモデルを棄却すれば、モデル間のばらつきは狭まりますので、雲フィードバックの不確実性の低減につながります。これが、CFMIPの目指す目標の第3段階です。このように、MIPはシミュレーションによる将来予測で避けることのできない不確実性について、定量化・理解することに役立ちます。さらに、上手くいけば不確実性を低減できる可能性もあります。

3. 不確実性の定量化・理解・低減へ向けた取り組み

以上で述べたような不確実性の定量化・理解・低減は、実際の研究ではどのように進められているのでしょうか。ここからは、具体例をご紹介します。大気中のCO2濃度を瞬間的に4倍に増加させるシミュレーションにおいて、大気に生じる変化は、発生するタイミングにより2種類に大別できます。第一に、CO2濃度が増加したのち数ヶ月以内に発生する、対流圏調節と呼ばれるもの。第二に、数年〜数十年以上かけて発生するものです。CFMIPに参加したモデルで雲の対流圏調節を相互に比較したところ、モデル間で大きなばらつきが見られました(Kamae ほか(2012))。とりわけ、低緯度の海洋上で大気下層の成層が強い領域に注目すると、対流圏調節により成層が変化しており、成層の弱まりが顕著なモデルほど雲が減少する傾向にありました(Webb ほか(2012))。先ほど述べたように、大気下層で成層が弱まると下層雲を生成・維持しにくい環境となります。このことから、雲の対流圏調節がモデル間でばらつく要因として、成層の変化(弱まり具合)が関係していると推察できます。

さらに、成層の変化がモデル間でばらつく仕組みを調査したところ、CO2濃度増加によって大気中に生じる放射加熱が関係していることが分かりました。詳しく述べると、CO2濃度の増加量として共通の値を各モデルで設定したにも関わらず、大気中に生じる放射加熱の計算結果は、各モデルで一致しませんでした(図1、Oguraほか(2013))。放射加熱は大気中の温度、とりわけその鉛直分布を変えることで成層の強さに影響します。従って、CO2濃度の増加による成層の変化がモデル間でばらつくのは、放射加熱の不一致が要因の一つだと考えることができます。

図1CO2濃度2倍増による放射加熱の鉛直分布。3つの気候モデル(MIROC3、MIROC5、HadGEM2-A)における放射計算の結果を黒、青、赤で示し、LBL法の結果を緑で示す。大気の状態として中緯度夏季の晴天を仮定する

モデル間のばらつきをこのように理解できた場合、次に問題となるのは、予測結果の信頼性が高いのはどのモデルかということです。ここで検討の対象となる放射加熱の計算方法においては、ライン-バイ-ライン法(以下LBL法と略記)と呼ばれる最も精密で信頼性の高い計算方法が存在します。一方、気候モデルにおいては計算コストを抑えるために、より簡略化した計算方法が採用されています。そこで、気候モデルで計算された放射加熱がLBL法とどれほど良く一致するかを確かめました(図1)。その結果、一部の気候モデルでは大気の中層〜下層に大きな不一致が見られ、他の気候モデルと比べて信頼性が低いことが分かりました。このような知見は、雲の対流圏調節の不確実性低減や、ひいてはモデルの信頼性を高めることに寄与するものと期待されます。

4. まとめ

地球環境のシミュレーション研究において、モデル間相互比較プロジェクト(MIP)は広く行われています。本記事では、MIPの目指す目標として不確実性の定量化・理解・低減について解説しましたが、このほかにも様々な役割があります。例えば、全てのモデルに共通して見られるような信頼性の高い特徴を特定することも、重要な役割です。また、本記事ではCFMIPについて紹介しましたが、他にも、土地利用・土地被覆変化に注目したLUMIPや温暖化の影響評価に注目したISIMIPなど、研究テーマに応じて様々なMIPが実施されています。地球環境研究センターニュースではシミュレーション研究の紹介記事が多く掲載されており、その中で “xxx MIP” という用語を目にすることがあろうかと思います。その時は、それぞれの分野で研究者がどのように不確実性の問題に取り組んでいるか、ぜひ注目していただければと思います。

参考文献

  • 小倉 (2010):気候のシミュレーションはどんな結果でも出せる? ココが知りたい地球温暖化, http://www.cger.nies.go.jp/ja/library/qa/25/25-1/qa_25-1-j.html.
  • Kamae, Y., and M. Watanabe (2012): On the robustness of tropospheric adjustment in CMIP5 models. Geophys. Res. Lett., 39, L23808, doi:10.1029/2012GL054275.
  • Webb, M. J., F. Hugo Lambert, and J. M. Gregory (2012): Origins of differences in climate sensitivity, forcing and feedback in climate models, Climate Dynamics, doi:10.1007/s00382-012-1336-x.
  • Ogura, T., M. J. Webb, M. Watanabe, F. H. Lambert, Y. Tsushima, and M. Sekiguchi (2013): Importance of instantaneous radiative forcing for rapid tropospheric adjustment, Climate Dynamics, doi:10.1007/s00382-013-1955-x.

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