2017年3月号 [Vol.27 No.12] 通巻第315号 201703_315003
AGU (American Geophysical Union) Fall Meeting 2016参加報告 1 Madden Julian Oscillationに関する研究の動向
アメリカ地球物理学連合(American Geophysical Union: AGU) Fall Meetingは毎年12月に開催され、地球・宇宙科学の広範な分野の研究者、教育者、学生など24,000人以上が参加し、1,700以上のセッションで、最新の研究成果に関する口頭発表とポスター発表(合計20,000件以上)が行われる。
2016年12月12日から16日まで、サンフランシスコ(アメリカ)のモスコーンコンベンションセンターにおいて、第49回AGU Fall Meetingが開催された。地球環境研究センターの参加者のなかから3名が、2回にわたり、それぞれの研究分野に関する動向を紹介する。
“The Madden-Julian Oscillation: Observations, Theory, Modeling, and Prediction” のセッションについて報告する。筆者はこのセッションでポスター発表を行った。
Madden-Julian Oscillation(MJO)とは、水平数1000kmスケールの対流活発域が5ms−1程度の速度でインド洋から太平洋を東進する大気変動である。熱帯の季節内周期(20–90日)の変動の半分程度を説明する卓越振動モードで、エルニーニョや台風などと並ぶ大変重要な大気現象である。Madden and Julian (1972) によるMJOの発見から、理論、観測、モデルの様々な研究がなされているが、その発達メカニズム・東進メカニズムの理解は十分とは言えず、数値モデルによる現象再現もとても難しいことが知られている。このセッションでは、衛星や船舶による最新の観測データや最新の気候モデルを利用したMJO発達・東進メカニズムに関する研究発表が多数なされた。口頭発表が16件、ポスター発表が18件であった。
最初の口頭発表は、Geophysical Fluid Dynamics Laboratory(GFDL)のInoue氏による招待講演で、gross moist stability(GMS)を用いたMJOの解釈についての発表があった。GMSとは、鉛直積算したmoist static energy(MSE)の収支式から導出される大気循環と対流を結びつける湿潤の安定度指標で、これまでもMJOの理論的解釈でしばしば用いられてきた。発表では、観測された降水量、放射フラックス、顕熱・潜熱フラックスと大気循環の関係からGMSを計算し、それがMJOの発達および減衰のライフサイクルの特徴を良く表現することが示された。
その他に理論的な研究の口頭発表は3件あった。GFDLのAdames-Corraliza氏がMSEと降水量の収支式の比較から、それらは良く対応するが、降水量は南北方向への広がり小さいなど詳細部分が異なることを注意していた。また、GSMの議論は鉛直積算した収支式に基づくため、雲・対流の鉛直構造の役割を議論ができない問題を指摘していた。ニューメキシコ工科大学のFuchs氏は、従来のGMSではMJOの様な大規模スケールの擾乱発達は説明できず、風-蒸発フィードバックを考慮する必要があると述べていた。また、Naval Research Lab MontereyのPeng氏は、MJOと類似な振動は、Madden and Julian (1972) より前にXie et al. (1963) が示しており、台風との関連もこの論文で既に議論されていたと主張していた。
MJOのより詳細な構造や振る舞いに関する研究も多数発表された。コロラド大学のCiesielski氏は、Cooperative Indian Ocean Experiment on Intraseasonal Variability / Dynamics of the Madden-Julian Oscillation(CINDY/DYNAMO)プログラムの船舶観測による雲・降水の3次元的なデータから、MJO発達には比較的に浅い積雲加熱が駆動する循環による水蒸気収束が定量的に重要であること、MJOに伴う雲の長波放射フィードバックはMJO振幅を15–20%程度強化することを示した。CINDY/DYNAMOプログラムでは3事例のMJOの船舶観測に成功しており、その観測データからMJOの詳細な3次元構造についての理解が進んでいる。後述のモデル研究の発表でもしばしば検証用のデータとしてCINDY/DYNAMOデータが利用されていた。
ワシントン大学のKim氏は、MJOの東進が12月–2月の季節に海洋大陸付近で南方にずれることについて、オーストラリアモンスーンと関連してより南側が湿りやすいからだと説明していた。ハワイ大学のFu氏は、MJOの中にも、東方伝播が明瞭なもの、海洋大陸で減衰するもの、海洋大陸より東で強化されるものなど、様々なものがあり別々に議論する必要があると述べていた。ニューヨーク大学のRoundy氏は、MJOの位相速度によって、その中緯度循環への影響が異なり、その中緯度循環の影響は熱帯気象にフィードバックする可能性があることを指摘していた。
モデル研究の発表はGFDLのZhao氏の招待講演から始まった。GFDLの新しいモデルCM4は、MJOの振幅と振る舞いを非常に良く再現することが示された。モデル内でonlineにMSE収支を計算することから、MJO発達と東方伝播に対する循環場による水蒸気の水平、鉛直輸送の重要性をより定量的に示した。MJOの東方伝搬に対する対流の東側における水蒸気輸送の重要性は、ハワイ大学のLi氏や筆者の研究発表など、他の幾つかのモデル研究からも示されていた。その他には、対流の日変動や、大気海洋相互作用のMJOに対する役割についての研究、温暖化時のMJO将来変化についての研究発表があった。
最初にMJOの理解は不十分で、モデルによるMJO表現は難しいというMJO研究者の認識を記した。実際、多くの研究発表は、最近のモデル比較研究でMJO再現性がとても悪いという研究の紹介から始まっていた。しかし、この学会では幾つかのモデルが現実的なMJOの東方伝播を表現することが示され、そのメカニズムにはMJOの対流域の東側を湿らせることが大事であるという議論がなされた。その上で、MJOのより詳細な構造の議論や、雲放射フィードバック、日変動、大気海洋相互作用などの役割についての研究も増えてきた。筆者の研究発表も、最新のモデル開発における大気の湿らせ方の改良がMJOの東方伝播の表現を改善したという内容であった。議論させていただいた研究者から賛同を得られたが、同時にMJOの地域性や季節性などのより詳細な特徴についての質問を受けた。筆者の研究のMJO研究分野における位置づけを確認でき、他の研究者からの反応も得られ、とても有意義な学会参加であった。
AGU Fall Meetingに関するこれまでの記事は以下からご覧いただけます。
- 平野高司「AGU2001年度秋季大会報告—炭素循環と陸上生態系に関する研究の動向について—」2002年2月号
- AGU (American Geophysical Union) Fall Meeting 2005参加報告
- 井上誠「AGU Fall Meeting 2011参加報告—航空機と衛星リモートセンシングによる大気観測の動向—」2012年2月号
- 大森裕子・工藤慎治「さまざまな分野の垣根を越えた研究者同士の交流を体験して」2013年2月号
- 野田響「陸域生態系リモートセンシングの動向—AGU Fall Meeting参加報告」2015年3月号