2012年10月号 [Vol.23 No.7] 通巻第263号 201210_263004

第10回地球シミュレータシンポジウム「地球シミュレータ誕生10周年そして未来へ」

地球環境研究センター 主幹 小司晶子

2012年8月23日午後から24日にかけて、第10回地球シミュレータシンポジウムが独立行政法人海洋研究開発機構により開催されました。このシンポジウムは一般の方を対象に毎年開催されていますが、今年は10年という節目の年ということで、二日間にわたり行われました。1日目は地球シミュレータとそれを用いた研究の概要を、2日目は地球シミュレータの各分野のユーザー9名による研究成果と展望を聴くことができました。なお、地球環境研究センターの気候変動リスク評価研究室 江守正多室長が2日目に講演を行っています。

初日は200名以上の方が聴講しました。2009年11月の事業仕分けで国会議員の蓮舫氏がスーパーコンピュータ(以下、スパコン)開発に関し「2位じゃダメなんでしょうか」と発言をしたことについては、発表の随所で触れられていましたが、スパコンの知名度が上がったということもあり、比較的柔軟に受け止められていました。

最初の特別講演「スーパーコンピュータの歩み —地球シミュレータから京へ、そしてその先へ—」(講師:小柳義夫氏、神戸大学大学院システム情報学研究科特命教授)では、計算機やスパコンの歴史を話されました。世界で初めて行われたシミュレーション(計算機による実験)は1960年頃で、なぜ水が氷になるのか解明することが目的で、大方の予想とは違い引力はなくても水は氷になることが確認されたそうです。世界最初の汎用電子計算機ENIAC(Electronic Numerical Integrator And Computer)が登場した1946年から60年余り、計算機は1013倍速くなりました。計算機の速さの単位FLOPS(FLoating Operations Per Second、1秒間に何回計算できるか)にすると、ENIACが数100FLOPS、2002年誕生の地球シミュレータは36テラ(36 × 1012)FLOPS(5年間世界一の速さを誇り、誕生当時はスプートニックをもじってコンピュートニックと言われた)、京は10ペタ(10 × 1015)FLOPSにもなるそうです。自然の複雑な世界から本質を抽出してF = maなどの基礎方程式を導いたのが古典物理ですが、シミュレーションは逆に基礎方程式から複雑な現象を表現します。スパコンが基礎研究から産業界まで幅広く利用されるようになり、複雑な現象を精密に再現することが求められると膨大な計算量が必要となります。

講演1「地球シミュレータがもたらした温暖化予測シミュレーションの発展」(講師:河宮未知生氏、海洋研究開発機構 地球環境変動領域 地球温暖化予測研究プログラム 地球システム統合モデリング研究チームリーダー)では、19世紀の地球温暖化の発見から近年の温暖化研究発展の歴史の中の出来事として2002年の地球シミュレータ誕生は外すことができないほど温暖化研究に大きく貢献した、と言っておられました。地球シミュレータの誕生と共に始まった研究プロジェクト「人・自然・地球共生プロジェクト(2002年度〜2006年度)」の研究成果として、解像度が飛躍的に上がって黒潮や台風の温暖化に伴う変化の研究が可能になったこと、生物の影響を含むモデルが開発されたこと、などを紹介されていました。このプロジェクトの成果は2007年に公表されたIPCC第4次評価報告書(AR4)に取り上げられ、また21世紀の気候予測シミュレーション動画は2005年の愛知万博で上映され好評を博したそうです。その次のプロジェクト「21世紀気候変動予測革新プログラム(2007年度〜2011年度)」では、近未来や超長期予測、極端現象、不確実性の評価などでIPCC AR5への貢献が期待されるとのお話でした。

講演2「地震動と津波のシミュレーションの発展 —地球シミュレータとともに—」(講師:古村孝志氏、東京大学大学院情報学環 総合防災情報研究センター/東京大学地震研究所 教授)では、阪神淡路大震災、東北地方太平洋沖地震と大地震発生の度に発展してきた地震モデル、今後予測される南海トラフ大地震に向けた地震研究について話されました。地震動をデータベース化し、発生時にデータを合成して大地震に対応していくとのこと、また地震と津波の同時シミュレーションを構想しているそうです。津波予測には、気象の季節予報に用いられているアンサンブル予測(科学の国の「はて、な」のコトバ参照)が使えるとのことで、計算量はますます多くなりそうです。CPU性能を良くするだけでなく、メモリからCPUへの情報転送量も増やす必要があると訴えていました。

講演3「シミュレーション科学の新たな可能性」(講師:高橋桂子氏、海洋研究開発機構 地球シミュレータセンター シミュレーション高度化研究開発プログラムディレクター)では、高性能なスパコンを用いた地域・都市スケールの現象を扱ったシミュレーションの例として、銀座に昔あった川を再生した場合の都市気候や江戸期の気象と現在の気象の違いなどを示してくださいました。

2日目は、若干参加者は少ないながら、地球シミュレータのユーザーによる研究成果や展望についての講演ということで研究者らしき方も多くみえていました。

高分解能大気・海洋シミュレーションの話題では、気象衛星の水蒸気画像を見ているような500hPa面の水蒸気のシミュレーション結果や、種のない所から台風が発生・発達し温帯低気圧化する様子など、普段は研究者しか見られないような画像も紹介されました。このようなシミュレーションの検証として、複数の観測船による同時観測があれば可能とのことでした。地球シミュレータの大口ユーザーである気象研究所からは、各地点の観測データからいえることや、台風や大雨など極端現象についての将来のシミュレーション結果が示されましたが、台風のシミュレーションは数が少なく誤差がまだ大きいとのことでした。全球雲高解像度実験では、2006年〜2007年冬のマッデン・ジュリアン振動[注]の再現や台風発生のシミュレーションに成功したことについて報告がありました。高解像度にすると台風の目の表現がよりリアルになるそうです。参加者から台風発生の様子に感動したとのコメントがあがりました。

地球環境研究センターの江守室長も2002年から数年間地球シミュレータを利用されていましたが、本シンポジウムでの話題は将来予測の不確実性とコミュニケーションが中心でした。天気予報のように繰り返し検証ができない地球温暖化モデルの将来予測の信頼性をどう決めるか、不確実性を含む予測を社会でどう役立てるか、などの説明がありました。予測結果に対しては、過小でも過大でもない適度な信頼(でたらめだと思われるのでもなく、かといって細部まで信じられ過ぎたり不確実性に対して無理解だったりするのでもない)を得る必要があり、不確実性の評価のために大量の計算を要するアンサンブル予測が必要と指摘されました。以前は予測結果のうち最悪シナリオを強調することは「あおり過ぎ」と不評だったそうですが、2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震以降は、社会におけるリスクの受け止め方が少し変わってきていると感じているそうです。

photo. 講演風景

江守室長による「気候変動予測の不確実性とそのコミュニケーション」の講演風景

最後に、海洋開発研究機構地球シミュレータセンター長から、「京は今年から一般利用開始となるが、地球シミュレータとは得意分野が異なる。棲み分けを行い、連携して災害の軽減に努めていきたい」という挨拶で締めくくられました。

今回の地球シミュレータシンポジウムを通して、スパコンの歴史とともに歩んできた地球温暖化研究発展の経緯から日々の地道な研究内容まで、幅広く地球温暖化研究の話題に触れることができました。また、10年後あるいは京の本格始動後の温暖化研究に接する機会があれば、ぜひ参加してみたいと思います。

脚注

  • 赤道域を30〜60日の周期で対流活動の活発な領域等が東進する現象を、発見者の名前に因んで、マッデン・ジュリアン振動(Madden Julian Oscillation: MJO)と呼びます。MJOは、熱帯低気圧の発生やエルニーニョ現象など、世界の気象・気候にも多大な影響を及ぼします。

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