2012年2月号 [Vol.22 No.11] 通巻第255号 201202_255005

環境研究総合推進費の研究紹介 9 地球環境の実況監視と予測に向けて 環境研究総合推進費A-0903「大気環境に関する次世代実況監視及び排出量推定システムの開発」

東北大学大学院 理学研究科 教授 岩崎俊樹

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1. はじめに

本研究では、二酸化炭素、オゾン、ダストエアロゾルの全球的3次元分布と地表面交換量(地表面フラックス)を衛星観測データなどから推定するシステムを開発している。これらは、大気全体に占める割合が窒素や酸素などの主要成分に比べて少ない大気微量成分であるが、地球の気候・環境に大きな影響を与える。また、全量に対する生成消滅量が多いために、時間的および空間的な変動も大きい。このため、全球分布の実況を監視し、変動要因を推定することはたいへん重要である。

近年では、大気微量成分についてもさまざまな衛星観測データが入手できるようになってきた。しかしながら、各種の制約のために観測データだけから大気微量成分の全球分布や地表面フラックスを推定することは難しい。そこで、本研究では、大気微量成分に関する観測データと数値シミュレーションモデル(以下、数値モデル)を組み合わせるデータ同化技術を用いて、全球分布と地表面フラックスを推定する手法を開発する。数値モデルは大気大循環モデルに結合した大気化学輸送モデルで、大気微量成分の輸送と化学過程による生成消滅を計算する。また、データ同化には、最先端の手法である局所変換アンサンブルカルマンフィルター(Local Ensemble Transform Kalman Filter: LETKF)を利用する。特に、本研究では二酸化炭素、エアロゾル(黄砂)、オゾンという三つの異なる微量成分を扱う。その理由は、大気微量成分のデータ同化に関する一般的な手法の確立を目指すためである。また、分野の異なる研究者が協力することで、研究の効率化を図るとともに、分野横断的な情報交換を行うためである。

なお、本研究の参加機関は、東北大学(岩崎俊樹、中澤高清、青木周司、沢田雅洋、横尾好朗)、気象研究所(柴田清孝、小林ちあき、眞木貴史、関山剛、出牛真)、国立環境研究所(秋吉英治、中村哲)、海洋研究開発機構(宮崎和幸)である。

2. 大気微量成分の4次元データ同化

fig. データ同化システムの概念図

図1データ同化システムの概念図。予測結果を解析のための第一推定値として使用する

ここで4次元データ同化とは、時間的にも空間的にも不規則に分布する観測データから、風や気温などの気象要素の時間・空間分布を推定する技術である。データ同化技術は気象予測の分野で、初期条件の作成のために、早くから開発が進められてきた。概念的には、図1のように理解することができる。t1時刻の解析値を初期条件として数値モデルによりt2時刻まで予測する。予測結果を第一推定値とし、観測データにより修正し新たな解析値を得る。限られた観測データと数値モデルの合理性を最大限に考慮し、実況値を推定する技術である。

大気微量成分に関する高度なデータ同化の研究はまだ始まったばかりである。これまで主流であった変分法によるデータ同化スキームは、数値モデルを直接変更する必要があり、複雑な化学反応などに適用することは難しかった。最近になり、数値モデルの詳細に踏み込まないデータ同化スキームであるLETKFが開発された。そこで、本研究ではLETKFによる大気微量成分のデータ同化システムの確立を目指すことにした。

3. 研究成果と課題

二酸化炭素、エアロゾル(黄砂)、オゾンのそれぞれについて、LETKFを用いたデータ同化システムを作成し、架空の観測データを用いた観測システムシミュレーション実験や実際の観測データを用いたデータ同化実験から、十分な性能が確認された。特に、4次元データ同化の結果は、観測データに誤差が含まれるとしても、観測データの種類と量の増加に従って精度が向上することが確認された。これは、観測データの有効利用の手法の確立を意味し、今後の観測システムの展開に向けて大変意義がある。以下、それぞれのシステムについて、現状と課題を簡単に述べる。

(1) 二酸化炭素

二酸化炭素は最も重要な温室効果気体である。温室効果ガス観測衛星「いぶき」(GOSAT)などの観測データの同化により、全球大気中の分布および地表面との交換量を推定する。地表面フラックスは、人間活動に伴う排出のみならず、海洋や陸上植物圏の排出・吸収量に大きな不確実性がある。大気・地表面間の交換量を推定することによって、二酸化炭素収支の実態を正確に把握する。本研究では、LETKFによるデータ同化システムを構築し、架空データおよび実データによるデータ同化実験を行っている。不確実性の最も大きい陸上植物圏によるフラックスの推定精度向上に重点を当てている。利用する衛星観測データの誤差特性の理解と併せて、全球に及ぶ排出量の高精度な推定を目指している。

(2) 黄砂

中国奥地のタクラマカン砂漠・ゴビ砂漠などで発生した黄砂は、偏西風に乗って日本にも飛来し、市民生活に影響を与える。発生源に近い中国や韓国ではその影響はさらに深刻である。本研究では、LETKFによるデータ同化システムにより、CALIPSO搭載のライダー観測で得られた減衰後方散乱係数などの同化手法を開発している。図2は地球観測衛星CALIPSOによる観測データの同化を行った場合と行わなかった場合を比較して、黄砂予測の精度が格段に向上することを示した。今後、気象庁の黄砂予測のための衛星データ同化システムの現業化を目指す。

fig. 地表面ダスト濃度推定値およびその日に黄砂を観測した気象官署

図2(a) データ同化を行なわなかった場合と (b) 行なった場合の2007年5月28日における地表面ダスト濃度推定値(日平均;一般的な環境基準値である100µgm−3以上の領域に濃淡を付加;色が濃いほど高濃度)およびその日に黄砂を観測した気象官署(黒丸で示した場所;ただし日本国内のみ)。この日、九州・四国地域は黄砂に覆われていたが、その他の地域にはほとんど黄砂が到来しなかったことが観測およびデータ同化結果からわかる [Sekiyama et al. (2010) を改変]

(3) オゾン

オゾンは有害紫外線を吸収する有益な大気微量成分である。しかし、大気下層においては人間の健康を害する大気汚染物質でもある。気候および大気環境を把握・理解する上でオゾンの時空間分布に関する情報が求められる。オゾンは化学的な活性が高く、数値モデルが複雑で、変分法によるデータ同化コードの開発は困難である。予報数値モデルの計算コードに強く依存しないLETKFデータ同化はオゾン解析システムに有利である。データ同化システムを海洋研究開発機構、気象研究所、国立環境研究所の三つの化学輸送モデルに適用し、比較実験を行っている。観測データが増えるに従い数値モデル依存性が減少するという良好な結果を得ている。オゾンの実況監視・予測精度の向上が期待できる。

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