2011年11月号 [Vol.22 No.8] 通巻第252号 201111_252004

海洋の炭素データ統合に関する最前線: The IOCCP Surface Ocean CO2 Data-to-Flux WorkshopおよびJoint SOLAS/IMBER/IOCCP Carbon Synthesis Meeting参加報告

地球環境研究センター 大気・海洋モニタリング推進室 特別研究員 宮崎千尋

1. はじめに

2011年9月、パリの国連教育科学文化機関(UNESCO)本部において、世界の海洋炭素データの統合と解析に関する2つの国際会合が開催されました。12、13日は海洋表層のデータ統合に関する国際会合(The IOCCP Surface Ocean CO2 Data-to-Flux Workshop)、14〜16日は炭素データ統合に関する合同国際会合(Joint SOLAS/IMBER/IOCCP Carbon Synthesis Meeting)であり、前者は海洋表層におけるCO2データの収集・統合とそれに基づく大気と海洋交換量(フラックス)算出に関する会合で、プロジェクト参加機関のみが参加する30人程度のクローズドなものでした。それに対して後者は、海洋表層と内部の炭素循環の両者を議論する公開された大きな(100人強)会合でした。今回、国立環境研究所(NIES)地球環境研究センター(CGER)からは野尻・宮崎・中岡がこの2つの会合に参加する機会を得ました。そこで議論された海洋の炭素データ統合の現状と課題について、宮崎が報告します。

2. 会合の概要

両会合を開催している国際海洋炭素データ統合プロジェクト(International Ocean Carbon Coordination Project: IOCCP)は、UNESCOの政府間海洋学委員会(Intergovernmental Oceanographic Commission: IOC)と海洋研究科学委員会(Scientific Committee on Oceanic Research: SCOR)の後援を受けた組織です。表層海洋CO2データベース(Surface Ocean Carbon dioxide Atlas: SOCAT)という全世界で観測された海洋表層CO2分圧データを収集するプロジェクトがIOCCPのもとで2007年4月から続けられてきました。CGERの野尻・宮崎・中岡は、このプロジェクトの初期から参加しており、これまでにわが国が観測した海洋表層CO2データを収集し、SOCATへ格納し、さらに北太平洋を中心とした観測データの品質管理を行ってきました。SOCATは、この一連の会合中の2011年9月14日に初めてWeb上で一般公開されることとなりました​(http://www.socat.info)。​9月12、13日の会合では、SOCATの公開に至るまでに明らかになった問題点やそれに基づくフラックス算出などの将来の方針が話し合われました。

具体的には、4つの問題点が議論されました。1つ目として、全球規模での海洋表層CO2フラックスの不確実性を減らす方法が議論されました。現在、その不確実性は10〜15%といわれており、Takahashi et al. (2009)[注]のような平均的な気候値の算出には成功してきましたが、年々の変動やトレンド、局地的・季節的変動の正確な把握には至っていません。ここでは、フラックス計算に用いる風向風速の客観解析値が大きく値を変化させる点への注意などが指摘されました。2つ目は、観測データの時空間ギャップを埋める方法についてで、モデルで推測する際のメソスケール変動の扱い方、従来の重回帰分析に代わる経験的なニューラルネットワーク(CGERでは中岡が担当)の応用とその課題などが議論されました。3つ目には、観測をより充実させる方法が議論されました。野尻は、2009年にNIESで実施されたCO2観測機器の国際比較観測実験の結果を報告し、現在の最先端のCO2観測測器の精度は、船上設置型測器で±0.5ppm、ブイ型測器で±1–5ppmであると報告しました。その他には、大洋を自動航行するグライダー型CO2測器の開発や船上設置型・ブイ型測器の改良点等が報告されました。4つ目には、SOCATの技術的な問題点と今後の課題が議論されました。SOCATで最も時間と労力を要したのがデータの整形だったため、今後はアメリカのCDIAC(Carbon Dioxide Information Analysis Center)を通じて、決まったフォーマットのデータを提出することとなりました。そして、今年12月末締切のSOCAT新バーション(Ver. 2)では、さらなるデータの追加登録ができることになりました。

photo. 海洋表層のデータ統合に関する国際会合

海洋表層のデータ統合に関する国際会合での野尻の発表

続く9月14〜16日に開催された合同国際会合は、地球圏・生物圏国際協同研究計画(International Geosphere and Biosphere Program: IGBP)の海洋に関係する2つのコアプロジェクトである海洋大気間物質相互作用研究計画(Surface Ocean Lower Atmosphere Study: SOLAS)と海洋生物地球化学・生態系統合研究(Integrated Marine Biogeochemistry and Ecosystem Research: IMBER)がIOCCPと共同して開催したものでした。これは、グローバルカーボンプロジェクト(GCP)主導で実施されてきた地域炭素収支評価(Regional Carbon Cycle Assessment and Processes: RECCAP)計画に合わせて世界の海洋炭素循環研究コミュニティが進めてきた研究成果を取りまとめるものです。開催テーマが “変化の時の海洋炭素循環:データ統合と脆弱性(The Ocean Carbon Cycle at a time of change: Synthesis and vulnerabilities)” となっており、近年の海洋の炭素循環が地球温暖化などによってどのように変化しているのか、その人為起源の影響と気候変動による影響の違いを見極めたいという国際的な流れが、特に色濃く感じられる会合でした。この会合の2日目には、ポスターセッションも開催され、私は2006年6月以降NIESが実施している自動車運搬船による高頻度の表層海洋CO2観測データとSOCATデータを用いて、西部熱帯太平洋の海洋表層CO2変動とエルニーニョ現象との詳細な関係や長期変動について発表しました。

3. おわりに

今回の2つの会合には、炭素循環研究に関する世界トップクラスの研究者が集まっており、彼らによるレビューは非常に勉強になりました。特に後半のジョイント会合は、ほとんどがモデル研究の結果報告であり、観測データを用いた研究でも、面的に推定を行ったものが主流でした。今回の会合のテーマがデータ統合であることや、気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change: IPCC)第5次評価報告書の作成作業が現在進行中で新しい研究成果を取り入れることのできる期限が近づいていることもあり、海洋の炭素循環の総量の現状と将来予測に関するさまざまな研究が取り上げられていました。その一方で、このジョイント会合の最後には、モデルの精度を上げるためにも、現在CO2分圧観測データの少ない海域での観測強化が訴えられており、さらに全炭酸やアルカリ度などの項目の観測も望ましいということが報告されていました。メソスケールのモデル研究では、局所的な渦構造に沿った顕著なCO2分圧変動まで表現されていましたが、実際の海洋の場で大気–海洋間のCO2フラックスを左右するほどの影響力があるのか私には疑問に思えました。

個人的には、前半のIOCCP会合で、SOCATを技術面で支えている主要メンバーと話せたのがよかったと思っています。SOCATデータベースの品質管理では、一般公開を目指した締切間際に、いろいろな要望(無理?)をメールでお互いにお願いしていたので、戦友に再会したような気分でした。IOCCP/UNESCOのあるパリのグループや、データ処理を行っているベルゲン(ノルウェー)のグループ、Webインターフェイスを担当するシアトルのグループは、よく会合をもっているのかと思っていたのですが、打ち合わせはもっぱらSkypeだそうで、パリに来るのが初めてのメンバーもいました。SOCATの将来像の話になると、いつも活動予算の話題が出ますが、モデル研究の基礎固めのためにも、このような観測データに基づく海洋表層CO2データベース作成は世界の主要な研究機関でサポートしていくべきだと思いました。

脚注

  • Takahashi T. et al. (2009) Climatological mean and decadal change in surface ocean pCO2, and net sea–air CO2 flux over the global oceans. Deep Sea Res., II, 56, 554–577, doi:10.1016/j.dsr2.2008.12.009.

縁の下の力持ち

地球環境研究センター 炭素循環研究室 特別研究員 中岡慎一郎

photo. 2人の技術者

会議開催中、高々に一般公開が宣言された表層海洋CO2データベース(Surface Ocean CO2 Atlas: SOCAT)。国立環境研究所をはじめ、会議に参加した各研究機関は観測データの提供とデータの品質維持に大きく貢献していますが、それ以上に貢献を果たした2人の技術者がいます。彼らは、ボランティアやパートタイムでSOCATの運営に参加し、膨大なCO2観測データを抱えるデータベースサイトの安定的な運用に粉骨砕身するだけでなく、研究機関によって全く異なるデータフォーマットを統一フォーマットへ変換したり、ウェブ上で研究者が簡単にCO2データの品質管理を行えるようにプログラムを作成したりと、データベースサイトの運用改善を日々行っており、いわば欠くことのできない縁の下の力持ちです。今回の会議では、その献身に報いる意味で彼らに感謝状と記念品が贈られました。こういった会議では通常注目を浴びることのない彼らが前に出て照れくさそうに感謝状と記念品を受け取る姿に、期間中一番の拍手が鳴り響いたのは言うまでもありません。

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