2011年11月号 [Vol.22 No.8] 通巻第252号 201111_252003

開発してきた低炭素社会シナリオ研究をどのように[社会実装]するか? —「アジア地域の低炭素社会シナリオの開発」JST/JICA(SATREPS)シンポジウムおよびISAP2011参加報告—

社会環境システム研究センター 持続可能社会システム研究室 准特別研究員 須田真依子

1. 学術研究と開発援助が一体となったプロジェクト

国立環境研究所(NIES)では、低炭素社会(LCS)シナリオを日本とアジア諸国で開発してきた。それらのシナリオをさらに開発しつつ、どのように実現させるか[社会実装するか]という検討段階に入っている。現在、学術研究で終わらせるのではなく、政府や地方自治体の政策担当者との協働によって、定量的な裏付けに基づいたLCS計画案を作り、ステークホルダーを巻き込んで具体的な行程表を策定していくことが求められている[1]

本稿では、2011年7月4日から5日、マレーシア・ジョホールバルにおいて開催したシンポジウム「低炭素アジア研究プロジェクト」と、同月に横浜で開催された「第3回持続可能なアジア太平洋に関する国際フォーラム(ISAP2011)」に参加した様子を報告する。

なお、本稿執筆にあたり、社会環境システム研究センター甲斐沼美紀子フェロー、同センター持続可能社会システム研究室藤野純一主任研究員、芦名秀一研究員、ならびに加用現空特別研究員の協力を頂いた。

2. シンポジウム「低炭素アジア研究プロジェクト」の開催

2011年7月4日から5日にかけて、ジョホールバルにおいて、シンポジウム「低炭素アジア研究プロジェクト」が開催された[2]。一日目は、「アジア地域の低炭素社会シナリオの開発」JST/JICA(SATREPS)プロジェクト(以下、本プロジェクト)のキックオフも兼ねた、Malaysia Workshop on Asian Low Carbon Society (LCS) Research Network、二日目はマレーシア工科大学(Universiti Teknologi Malaysia: UTM)の研究者を対象としたLCSモデルトレーニングである。

このシンポジウムは、イスカンダル地域開発庁(Iskandar Regional Development Association: IRDA)およびUTM主催、低炭素社会国際研究ネットワーク(LCS-RNet)/京都大学/岡山大学/NIES共催、環境省/科学技術振興機構(Japan Science and Technology Agency: JST)/国際協力機構(Japan International Cooperation Agency: JICA)の後援により、市内のホテルで開催された。NIESからは、甲斐沼美紀子、藤野純一、加用現空、須田真依子が出席した。

まず一日目のMalaysia Workshop on Asian LCS Research Networkの様子を報告する。

「アジアの研究協調のニーズと効果」について環境省研究調査室松澤裕室長からの基調講演の後、第一テーマ「持続可能な低炭素開発」ではマレーシア都市・地方計画局のMohd Fadzil Khir氏から冒頭で、東日本大震災の被災地へのお見舞の言葉と復興への激励を頂いた。インドネシアボゴール大学のRizaldi Boer教授からのLCS研究の報告を挟み、日本からは甲斐沼が「アジアの低炭素協力に向けた行動計画および低炭素シナリオ研究の現状と課題」について報告を行った。

第二テーマ「国家政策の課題と現状、研究と政策提言」では、マレーシアからHo Chin Siong教授、カンボジアからHak Mao氏、タイからBundit Limmeechokchai教授、中国からJiang Kejun氏により、各国の事例が報告された。

続いて、「ジョホール州による地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)プロジェクトの開始と低炭素イスカンダル開発地域」で、科学技術振興機構低炭素エネルギーシステム領域山地憲治研究主幹、IRDA Benjamin Hj Hasbie氏、UTM副学長Md Nor Musa氏、JICA地球環境部江島真也部長、ジョホール州政府Tan Kok Hong氏より、各主体が本プロジェクト成功に向けて互いに尽力していくことを表明。マレーシアの伝統楽器を使ったセレモニーも行われ、会場は大いに盛り上がりを見せた。

藤野は、パネルディスカッション「地域間協調のニーズ:どのようにアジアリーグを創設するか」の座長を担当し、マレーシア、タイ、中国、アジア開発銀行(ADB)のプロジェクト成果を共有しつつ、アジア諸国の現状と今後の展望についてフロアとの議論をまとめた。

本ワークショップでの主要な論点は、以下のとおりである。

  • アジア諸国のグリーングロースや温室効果ガス削減等の低炭素政策の進捗
  • 政策作成プロセスへの研究者の積極的関与
  • 政策担当者から見た研究の必要性
  • 研究者側から見た政策サポートのための研究の必要性
  • 政策担当者と研究者による今後の活動
  • アジア諸国の開発段階に応じた研究課題
  • アジア低炭素研究プラットフォームの有効性と新しいプラットフォーム創設のための活動
  • プラットフォームと国際機関とのコラボレーション
photo. Malaysia Workshop on Asian LCS Research Network photo. Malaysia Workshop on Asian LCS Research Network

政府や研究機関から200名が参加したMalaysia Workshop on Asian Low Carbon Society (LCS) Research Network

ワークショップの合間に別室で行われた記者会見では、20名ほどの報道陣が詰めかけ、プロジェクトで得られる成果やイスカンダル開発地域で研究を実施する意義についてなど、多くの質疑応答が報道陣と研究関係機関の間で交わされた。本プロジェクトがマレーシア初のSATREPS、かつジョホール州の地域を対象とした日本による初のODA事業、ということで注目され、会見の様子は、マレー語、英語、中国語、日本語の各メディアで報道されている[3]

終了後、合同調整委員会(Joint Coordinating Committee: JCC)が開催され、UTM、京都大学、NIES、JICAマレーシア事務所、JST、日本大使館等の研究参画者および援助関係者によって、プロジェクトスコープの最終確認が行われ、議事録の署名式が行われた。本プロジェクトは、マレーシアと日本による慎重な政府間調整を経て、2011年6月2日、ODA事業として正式に開始した[4]。それまで地道な政府間交渉を行ってきた関係者はほっと胸をなで下ろすと共に、研究参画者にとってはいよいよ研究が本格始動したことを実感する瞬間だった。

3. 開発してきた低炭素社会シナリオ研究をどのように[社会実装]するか?—キャパシティ・ディベロップメントの観点から—

次に、二日目に行われたLCSモデルトレーニングの様子を報告する。

地域開発計画に低炭素化の視点を組み込むためには、LCS構築シナリオの作成手法の確立・マニュアル化、都市の抱える諸問題の解決を含む施策ロードマップの作成手法および副次的効果の定量的評価手法の確立が必要である。そのため、本プロジェクトの活動の中でUTM大学内にLCS研究センターを設置し、NIESは研修のトレーナーとなりうる研究者の育成と研究者・政府関係者を対象とした研修を継続的に実施していくための支援を担っている。社会実装を行う上でモデル開発やシミュレーションは最も重要な活動の一つだが、このプロジェクトでは、LCS構築のためのキャパシティ・ビルディングにも取り組んでいることが大きな特徴である。

7月5日、UTMにおいてLCSシナリオに関するモデリング研修が開催された。UTMの研究者・学生約30名を対象に、インドネシアやタイでのLCSモデルの事例を紹介し、NIESと京都大学で開発している低炭素都市の目標像を描写する定量推計モデルExSS(Extended Snapshot Tool)を体験してもらうという試みである。半日は講義、半日はモデル実習を行い、所与の社会経済の想定のもとで、温室効果ガス排出量削減目標を達成するためにはどのような対策がどの程度必要になるのか、シミュレーションの構造を理解してもらった。

これまでNIESと京都大学では、LCSモデリング研修以外にも、日本の政府や地方自治体の低炭素社会政策の経験についての研修を実施している。対象国・地域のオーナーシップと強いコミットメントを引き出すために、ただの絵に終わらないような状況づくりと、実施者となるステークホルダーの巻き込みについて知見を得ることが重要だからである。

これまで本プロジェクトと連携して実施した低炭素社会キャパシティ・ビルディング(AIMトレーニングWSの報告は、地球環境研究センターニュース2010年10月号に掲載[5]

期間 イベント(場所) 内容 対象者
2010/7/3 – 7/8 京都大学において実施された研修コース(京大) 低炭素社会シナリオ構築の手順全般に関する研修 Malaysian Green Technology Corporation, プトラジャヤ開発公社 計2名
2010/7/8 – 7/9 国立環境研究所における研修コース 先進的な温暖化対策に取り組む自治体(東京都, 千代田区)や省エネ実証オフィス(三菱地所)の見学 プトラジャヤ開発公社 1名
2010/7/31 – 8/9 AIMトレーニングWS(NIES) 低炭素社会シナリオに関するモデリング イスカンダル地域開発庁・住宅地方自治体省, 都市・地方計画局 各1名
2010/9 地方自治体等の低炭素施策に関する研修(日本) 地方自治体等を訪問しこれまでに我が国において蓄積された低炭素都市政策に関する経験を学ぶための研修(京都大学, 滋賀県庁[知事], 京都市役所[市長], 環境省[地球環境審議官], 内閣官房地域活性化統合事務局, 千代田区役所, JST[打合せ], 国立環境研究所, つくば市役所[市長]) マレーシア工科大学, イスカンダル地域開発庁・住宅地方自治体省, 都市・地方計画局 計5名
2011/2/17 – 2/26 AIM国際ワークショップ(NIES) 各国・地域でこれまで行われてきた研究成果を学ぶための研修 プトラジャヤ開発公社 計2名
2011/7/5 トレーニング(UTM) 低炭素社会シナリオに関するモデリング(ExSS) マレーシア工科大学 約30名
2011/10 トレーニングWS(UTM) 低炭素社会シナリオに関するモデリング(ExSS) マレーシア工科大学

NIESは、これらの途上国・新興国の研究者・行政関係者への低炭素都市シナリオ構築を通したキャパシティ・ビルディングに加え、アジア諸国の研究者・政府関係者への情報提供・共有も担当している。アジアLCS実現に向けた研究者と行政担当者間のネットワーク構築によって、本研究で開発したモデル・ツール群および経験によって得られた知見がLCS-RNet等の研究ネットワークを通して国際的に共有されることが期待されている。

4. 第3回持続可能なアジア太平洋に関する国際フォーラム(ISAP2011)への参加

2011年7月26日から27日にかけて、神奈川県横浜市のパシフィコ横浜にて開催された第3回持続可能なアジア太平洋に関する国際フォーラム(ISAP2011)に出展した。国内外から延べ850名の政策担当者・研究者が集う中、NIESブースでイスカンダル開発地域の低炭素社会計画策定支援やUTMで開催したLCS研究モデリング研修の様子を紹介した。展示したパネルやレポートを目にして足を止める方も多く、新プロジェクトの開始に関心をもって頂く良いきっかけとなった。

同時開催された専門家ワークショップ「IGES-横浜市立大学共同セミナー:低炭素都市・スマートシティ(第2部)アジア太平洋地区の低炭素都市実現に向けた国際協力」において、藤野純一主任研究員が本研究プロジェクトの報告を行い、情報提供を行った。詳細な報告は地球環境研究センターニュース2011年9月号をご覧頂きたい[6]

5. おわりに

今後5年間をかけ、マレーシアでの成果を打ち出していく本プロジェクトは、産声を上げたばかりである。しかし既に、マレーシア国土を対象としたシミュレーション計算がひと段落し、マレーシア環境省との協議を控えている。Putrajaya(プトラジャヤ)やCyberjaya(サイバージャヤ)といった行政区域を対象としたシミュレーションも開始し、モデルの幅を広げている。

マレーシアと日本の熱い研究協力のもと、2025年のイスカンダル開発地域の低炭素化を目指し、持続可能な青写真を描きたい。

現在、JSTのウェブサイトで、Friends of SATREPSというコミュニティサイトを開設している。登録すると、誰でもプロジェクトの概要や進捗を知り、参加者とコミュニケーションができる。ご興味のある方は、ぜひ登録して頂きたい[7]

photo. プロジェクトメンバーと関係者

「アジア地域の低炭素社会シナリオの開発」プロジェクトメンバーと関係者(2011年7月5日マレーシア工科大学ジョホールバルキャンパスにて)

脚注

  1. 須田真依子, 藤野純一「アジア地域の低炭素社会シナリオの開発研究の今—イスカンダル・マレーシア訪問報告—」 地球環境研究センターニュース2010年7月号
  2. シンポジウムウェブサイト http://2050.nies.go.jp/sympo/11070405/index.html
  3. 本件に関する報道(2011年10月1日現在、日本語のみ記載)
    • NNA.ASIA(日本語)2011年7月5日 http://nna.jp/free/news/20110705myr002A.html
    • Daily Asia INFO(日本語)2011年7月5日
  4. JSTの研究期間は2011年4月からだが、JICAのODA実施期間が2011年6月から。
  5. 芦名 秀一, 明石修, 五味馨「アジアで低炭素社会を考えるために—AIM Training Workshop 2010開催報告—」 地球環境研究センターニュース2010年10月号
  6. 朝山由美子「アジア太平洋地域の自治体による低炭素都市の実現に向けて『第3回持続可能なアジア太平洋に関する国際フォーラム(International Forum For Sustainable Asia and the Pacific: ISAP 2011)』における活動報告」 地球環境研究センターニュース2011年9月号
  7. SATREPSの事業や既存プロジェクトに関するニュースやイベント情報の受け取り、既存プロジェクトとの連携や、プロジェクト関係者間での情報のやりとりなど、SATREPSのファンや関係者のニーズから誕生したコミュニティサイト。 https://fos.jst.go.jp/

銅鑼を叩いて開会を宣言

須田真依子

シンポジウム会場のステージ上では、大きな銅鑼(どら)がステージ上にセットされました。ジョホール州からの代表が本研究プロジェクトの開始を声高らかに宣言し、ドシャーンドシャーンドシャーンと3回打ち鳴らすセレモニーがありました。20人余りの報道陣は一斉にカメラを構えてその様子を撮影し、その後の報道でもその場面の写真がよく使われていました。マレーシアの伝統楽器を使った慣習であることは想像がつきましたが、なぜ「銅鑼を叩く」のか気になって調べてみたところ、紀元前6世紀から「楽器」としてではなく、農耕儀礼にかかわる「法器」、つまり宗教上の道具として用いられてきたようです。青銅打楽器の原料となる錫(すず)が、豊富に生産されてきたマレーシアならではの慣習でした。

photo. セレモニー

銅鑼を打ち鳴らすセレモニーで会場は大いに盛り上がった

ご意見、ご感想をお待ちしています。メール、またはFAXでお送りください。

地球環境研究センター ニュース編集局
www-cger(at)nies(dot)go(dot)jp
FAX: 029-858-2645

個人情報の取り扱いについては 国立環境研究所のプライバシーポリシー に従います。

TOP