REPORT2024年5月号 Vol. 35 No. 2(通巻402号)

2023年AGU Fall Meeting参加報告
~Wide. Open. Science.~

  • 中島英彰(地球システム領域 気候モデリング・解析研究室 特命研究員)

1. AGUの概要

2023年12月11~15日に、アメリカ・サンフランシスコで開催された「米国地球物理学連合(American Geophysical Union: AGU)2023年秋季大会」に出席してきました。最近の学会の例にもれず、今回も現地参加とonline参加の両方のオプションが用意されていましたが、現地参加者は全体の9割、2万5千人を超えたようです。学問の世界は、急速にコロナ禍前の状況に戻りつつあります。

AGUは、1919年に米国国立研究協議会(National Research Council)によって創設された学会で、1972年からは非営利法人組織として活動しています。「米国」の名を冠してはいますが、実際には世界中に会員を擁する、地球物理学分野では世界最大規模の国際学会です。またAGUは、地球物理学分野では世界で最も権威のある科学雑誌の一つである「Journal of Geophysical Research (JGR)」や、レター誌の「Geophysical Research Letters (GRL)」、レビュー誌の「Review of Geophysics (RG)」をはじめとする数々の科学雑誌も刊行しています。

AGUが主催する最大の国際会議が、毎年12月初旬に開催される秋季大会(Fall Meeting)です。かつては長らくサンフランシスコ・ダウンタウン中心部のMoscone Centerという巨大な国際会議場を1週間借り切って開催されていましたが、Moscone Centerの老朽化による改築のため、2017~2018年の間は使えなくなりました。そこでAGUは窮余の策として別の会場での開催を模索し、2017年はルイジアナ州・ニューオーリンズで、2018年は首都・ワシントンD.C.で、2019年はサンフランシスコに戻って開催されました。その後、コロナ禍のため2020年の大会はonlineでの開催となりました。以来、秋季大会の開催場所をローテーションするという慣行が定着し、2021年はニューオーリンズで、2022年はシカゴで、それぞれHybrid形式で開催され、2023年の大会は4年ぶりにサンフランシスコに戻っての開催となりました(写真1)。ちなみに、2024年大会はワシントンD.C.で、2025年はニューオーリンズでの開催が予定されています。

写真1.Moscone South会場入り口
写真1.Moscone South会場入り口

2. 今年のAGUのテーマとスローガン

今回のAGU 2023年大会のスローガンは、「Wide. Open. Science.」でした(写真2)。2022年大会のスローガンが「Science Leads the Future」。2021年大会のスローガンは特になし。2020年大会のスローガンは「Shaping the Future of Science」。2019年のスローガンは「Celebrate our Centennial(AGU創立100周年記念大会)」ですが、それ以前の大会には特にスローガン的な文言は与えられていなかったような気がしますので、秋季大会に特定のスローガンを付与するようになったのは、どうやら百周年を迎えた2019年大会以降のようです。大会のHPにも、「2023 might be the official year of Open Science, but we also see it as an opportunity to affirm AGU’s overarching values and benefits.(2023年は、オープンサイエンスにとっては公式な年であるが、我々はまたこれを、AGUが様々な価値と利益を結びつけると宣言する機会となることを祈念する)」とあります。

この背景として、米国大統領府科学技術政策局(Office of Science and Technology Policy: OSTP)が2023年1月11日に、2023年を「Year of Open Science」とし、オープンで公正な研究を推進するためのアクションを発表したことに起因しています(*1)(*2)。アクションの一つとして、同局と米国国家科学技術会議(National Science and Technology Council: NSTC)が同日に、米国政府全体で使用するためのオープンサイエンスの公式定義を公表しています。これに起因して、米国連邦政府各機関がデータ共有計画を提出したり、一般向けのオンラインリソースを公開したりし始めました。またNASAでもイニシアチブTOPS (Transform to Open Science)による学生、研究者、一般市民を対象としたオープンサイエンスに関する新しいカリキュラムの開始など、各機関の新たなアクションが始まっています。

AGUでも、これに呼応する形で、2023年秋季大会にWide. Open. Science.というスローガンを導入したものと思われます。なお、それぞれの単語の最後にいちいちピリオド”.”が挿入されています。しかも、AGUのHPを細かく見ると、最後の”Science.”だけが太文字フォントで表記されています。この表記の意味するところは明示的にはHPなどには説明されてはいませんが、単純な単語の並びではなくなかなか意味合いの深いスローガンだと感じました。

写真2.一番大きな会場での、AGU会長(Dr. Lisa J. Graumlich)のレクチャー
写真2.一番大きな会場での、AGU会長(Dr. Lisa J. Graumlich)のレクチャー

3. AGUでの発表内容とポスターセッションの様子

AGUの会場となった「Moscone Center」の名前のMosconeは、元サンフランシスコ市長であったGeorge Mosconeに由来するようです。Moscone Centerはさらに、Moscone North, Moscone South, Moscone Westの3つの大きな建物群に分かれています。Moscone Northの地下には、広大な展示スペースがあり、Moscone Southの地下には広大なポスター会場があります(写真3)。その中間部の道路下には、この会議場で最大の人数が入れるレクチャールームがあります。Moscone Westは、6階建てほどの建物を3フロアーに分け、1Fには広大な受付会場があり、2Fと3Fには、2~300人収容の発表会場がそれぞれ24室ずつ並んでいます。さらには、これら3つのメイン会場の他に、近くのホテルの会場でも朝食会やレクチャー、セクションミーティングが開催されています。まさに、世界一規模の大きな地球物理学会の大会です。

今回私は、成層圏と対流圏の大気組成に関する研究を集めた「A21I: Stratospheric and Tropospheric Composition Changes: Observations and Modeling of Special Events, Feedback Mechanisms, and Long-Term Trends」というセッションで、北極圏の極成層圏雲とオゾン破壊に関する成果について”Relationship between appearance of polar stratospheric clouds and ozone destruction over Northern polar region in 2011 and 2020 based on CALIPSO observations”というタイトルでポスター発表を行ってきました。ポスター会場には、この分野を代表する研究者の面々が集まり、熱い議論が行われていました。私も、自分の発表内容を国際オゾンコミッションのメンバーを始め、多くの関連研究者に説明する良い機会を得ました(写真4)。

残念だったことは、これまでAGUに来ることの楽しみの一つだった、午後の休憩時間に(少なくとも2019年以前は)提供されていた「生ビール」のサービスがなくなったことです。以前は日替わりで、「Anchor Steam」や「Samuel Adams」など、知る人ぞ知る美味しいアメリカの地ビールが大きな(1パイント)コップで提供されており、頑張れば30分間の休憩時間に3杯ほども飲むことが出来ていたものです。ビールで軽く酔っ払った後は、ポスターセッションでも英語のやり取りがスムーズになったり、新たな交流が生まれたりするなどの良い効能があったのですが、今回は残念ながらコーラやファンタ、コーヒーなどのソフトドリンクに変更されていました。来年以降、コロナがさらに落ち着いた暁には、ぜひビールのサービスは復活させてもらいたいものです。

写真3.ポスター会場の様子
写真3.ポスター会場の様子
写真4.私のポスター発表を聞きに来てくれた、国際オゾン委員会事務局長のIrina Petropavloskikh博士(中央)
写真4.私のポスター発表を聞きに来てくれた、国際オゾン委員会事務局長のIrina Petropavloskikh博士(中央)

4. AGUにおける旧知の研究者との夕食会

AGUに参加することの醍醐味の一つが、論文でしか名前を知ることが無かった著名な研究者の生の発表を聞くことが出来ることです。著名な研究者の発表には多くの聴衆が集まり、立ち見が出るほどですが、その人の発表が終わるなり、多くの人がその発表会場を後にする風景が数多くみられました。また、自分の専門とは違う地球物理の分野に進んだ昔の同級生との再会が出来ることも、AGU参加の魅力の一つです。例えば、私は東北大学の地球物理学科の大学院を修了しましたが、地震や海洋、超高層分野などの同期の研究者仲間たちとは、同じ地球物理学分野とはいえ国内では発表する学会が違うので、なかなか会う機会がありません。そのような旧友たちと、はるかアメリカの地で再会し、昔話に花を咲かせたり、夕食を共にしたりすることも楽しみの一つです。

今回の滞在中には、昔米国から日本に数か月研究のため訪れていたNASA Langley研究所(当時はデンバー大学)の中国出身の研究者と再会を果たすことが出来ました(写真5)。彼とはFTIRのデータ解析での共同研究で出会い、私の最初の筆頭JGR論文では第2著者となってくれました。その後も機会があるたびにお互いを訪ね、やがて家族も交えての付き合いに発展していきました。今回はひょんなことから彼の仲間の中国人研究者たちの夕食会に日本人3名で合流することとなり、生まれて初めて本格的な中国式「火鍋」を味わうことが出来ました(写真6)。持つべきものは、良い研究者仲間だと実感した夜でした。

写真5.再開を果たしたNASAのLiu博士
写真5.再開を果たしたNASAのLiu博士
写真6.生まれて初めて食べた「火鍋」。なかなかショッキングな味でした。
写真6.生まれて初めて食べた「火鍋」。なかなかショッキングな味でした。

5. おわりに

今回のAGUにおける秋季大会の日本人の参加者数は、全体の5~6位だそうです。1990年代ごろはおそらく米国人に次いで多かったように記憶していますが、最近だと中国(2位)や韓国(3位)からの参加者と比べて、ずいぶん影が薄くなってしまった感があります。もう一つの世界的な地球物理学分野の国際会議である欧州地球科学連合(The European Geosciences Union: EGU)の大会でも状況は同様で、日本は最近ではアジアの中では中国、韓国はもとより、台湾よりも参加者数が少ないようです。ここ30年間の経済停滞に伴う、いわゆる「失われた30年間」の間に、日本の存在感は科学の分野でもずいぶん後退したように思われます。GDPはいまだ世界第4位、人口は韓国の倍、台湾の4倍であることを考えると、日本ももう少し頑張らなくてはいけないのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?ここは若い後進の奮起を祈念して、筆をおきたいと思います。