REPORT2024年5月号 Vol. 35 No. 2(通巻402号)

世界の動向を横目で見つつアジアの観測研究の現状と将来を考える AsiaFlux Conference 2023参加報告

  • 髙橋善幸(地球環境研究センター 陸域モニタリング推進室 室長)

1. はじめに

2023年11月27日〜12月1日の5日間、韓国の済州島の神話リゾートにおいて韓国農林気象学会とAsiaFluxが主催してAsiaFlux Conference 2023が開催され、アジアを中心とした世界中の14の国と地域から192名が現地参加しました。

2022年8月より実施している日中韓フォーサイト事業(通称A3フォーサイト事業:日本では日本学術振興会が支援)「北東アジアにおける生態系の温室効果ガス交換とその気候変動への応答に関する研究」(日本側拠点機関 国立環境研究所(NIES), 研究代表 高橋)による渡航費支援によりNIESからの4名に加え、若手を中心とした国内研究者8名の合計12名が参加し、他にも国内研究機関および大学から多くの参加がありました。この会議の概要について報告します。

2. AsiaFlux Conferenceのこれまで

1990年代の後半に測定機器の進展と普及に伴い、森林など陸域生態系のCO2/H2O/エネルギーフラックスの定量評価を行うためのタワー観測が世界中に急速に普及しました。グローバルな観測網の展開の中で、空白域となっていたアジア域での観測体制の整備のために、日本を中心として学祭的な研究協力のもとに1999年に発足したのがAsiaFluxです。

発足当初よりNIESが事務局となりデータベースシステムの構築と運用などを行っています。AsiaFluxの全体集会は2000年に札幌で開催され、その後も毎年アジア各国でAsiaFlux Workshopという呼称で開催されてきました。2022年のマレーシア大会よりAsiaFlux Conferenceと改称しました。

韓国・済州島では2002年の第2回大会が過去に開催されており、21年ぶりとなりました。今回の会合では「The Role of AsiaFlux in the Era of Carbon Neutral and Beyond(カーボンニュートラル時代とその先におけるAsiaFluxの役割)というサブタイトルが設けられました。

3. 若手育成とバラエティーに富んだセッション

大会の1日目と2日目は若手の観測研究者を対象としたトレーニングコースを開催しました(写真1)。これは毎回、二つの代表的な観測機器メーカーの協力が交代で実施しているもので、タワーを用いた微気象学的フラックス観測の原理やデータ処理手法に加え、実際の測器を持ち込んで技術的な指導をおこなう内容となっています。

微気象学的なフラックス観測研究は研究分野としては歴史が長いわけではなく、特にアジア域においては学問的あるいは技術的な指導を受けられる環境が限られていることを踏まえ、長年にわたってAsiaFluxの全体会合に合わせて実施してきました。今回も地元韓国を中心として多くの若手研究者が参加しました。

写真1 トレーニングコースの様子。
写真1 トレーニングコースの様子。

大会3日目の冒頭では韓国の農林畜産食品大臣のビデオ挨拶が披露され、前回のマレーシア大会同様に現地の大臣クラスの登場に少々驚きました。その後は3会場に分かれて合計11のセッションで口頭発表が行われました。セッションは以下の通りです。

  • Session 1: Advancements in Greenhouse Gas Fluxes Monitoring and Modeling
  • Session 2: Leveraging Third-Generation Geostationary Satellites for Terrestrial Ecosystem Monitoring: Advances, Challenges, and Applications
  • Session 3: Impacts of Climate Change on Asian Ecosystems
  • Session 4: Biosphere-Atmosphere Interactions in Southeast Asia's (Sub)tropical Ecosystems: Understanding and Evaluating GHG Fluxes
  • Session 5: Monitoring and Managing Ecosystem Resilience to Climate Change
  • Session 6: Harnessing Big Data and Artificial Intelligence in Flux Research
  • Session 7: Nature-based Solutions for Carbon Neutrality in Asia
  • Session 8: A3 Foresight Program #1 (Prof. Hyun Seok Kim)
  • Session 9: A3 Foresight Program #2 (Prof. Kyung-Ja Ha)
  • Session 10: Korean Society of Agricultural and Forest Meteorology
  • Session 11: Korea Carbon Project (KCP)

また、併設されたポスター会場では79件の発表が行われました。

AsiaFlux設立当初は観測理論や技術、データ解釈といった部分の発表が多かったのですが、20年以上が経過した現在ではかなり内容が変わってきていることを感じずにはいられません。各種の地球観測衛星やデータ駆動型モデルといったタワーフラックスの観測データを元に広域評価を行うアプローチや、レーザー分光型ガス分析計の普及によるCH4などCO2以外の温暖化ガスとの観測研究も盛んに行われています。

また、特に中国の若手研究者の積極的なアピールも印象に残りました。日本からA3フォーサイト事業の渡航支援により参加した大学院生・ポスドクなども同世代の国外の若手との交流に大きな刺激を受けた模様で、「博士課程への進学も考えてみたい」といった嬉しい感想もいくつか聞かれました。コロナ禍での渡航制限は若手研究者のモチベーションの維持に与えた影響も少なくなかったようですが、これからは状況も好転していくものと確信しています。

他に印象に残ったこととして、欧米での取り組みがあります。米ローレンスバークレー国立研のSebastien Biraud博士はアメリカを中心としたフラックス研究ネットワークであるAmeriFluxでの活動を紹介しました。AmeriFluxでは2014年に210だった観測サイト数が2023年時点で636と3倍近く増加しており、新規参入グループに対する支援や、天災による欠測を最小に抑えるためのバックアップ機材の迅速な提供など、米国エネルギー省の支援により非常に強力なサポート体制が敷かれていることが紹介されました。

人工衛星によるリモートセンシングや数値モデルの目覚ましい進展の中でも、地上で起きている現象の把握には、実体のある対象物の物理量との関係性の検証が不可欠であり、地上観測サイトから得られるオリジナルデータの重要性はむしろ増していると言えるでしょう。

また、カーボンニュートラルの関連した話題として米コーネル大のYiqi Luo教授は森林に関連した炭素隔離の試みを紹介しました。代表的なものはWood Vaultと呼ばれるもので、伐採した樹木やさまざまな木材を地中に埋めて嫌気的な環境に隔離するという極めてシンプルな原理です。言い換えると、現代の樹木を原料に石炭や泥炭を作るというようなスケールの大きな話ですが、こうしたアプローチをかなりの規模の検証実験に移し、ノウハウの集積を進めているという事実に単純にびっくりしました。

複数会場に分かれた非常に多くの発表がありましたが、全体を通して質疑応答も活発で会議全体の運営進行も滞りなく行われました。韓国・ソウル国立大を中心とした現地実行委員会(写真2)を中心に事前準備を念入りに行ってきたことや、会場となったホテルのサポートなどもあり、会期中ストレスを感じることなく、会議に集中することができました。

写真2 AsiaFlux Conference 2023の現地実行委員の集合写真
写真2 AsiaFlux Conference 2023の現地実行委員の集合写真

最終日の12月1日にはフィールドエクスカーションが行われ、済州島の中にある暖温帯林のタワーフラックス観測サイトと世界気象機関(WMO)のGlobal Atmosphere Watch活動の地方局の一つであるGosanステーションを訪問しました(写真3)。

写真3 Gosan GAWステーションの庁舎
写真3 Gosan GAWステーションの庁舎

Gosan ステーションは米国NASAの資金援助によりマサチューセッツ工科大学が中心となって活動しているAdvanced Global Atmospheric Gases Experiment (AGAGE)のステーションとしても使用されています。観測項目は同じくAGAGEのネットワークで地球環境研究センターが波照間島や落石岬で実施しているベースラインモニタリングの内容に近いものですが、庁舎に複数の職員が常駐しており、我々の技術的な質問等についても非常に丁寧に対応してくださいました。

4. 最後に

コロナ禍による渡航制限により対面での研究集会へ参加ができない状況が続いてきた中で、今回参加したAsiaFlux Conference 2023では、以前の通り制約のない対面での研究交流の姿が戻ってきたことを実感できました。対面での交流の大きなポイントは、通常の研究発表の中では述べられないような、失敗談や苦労話、表に出せない秘密のノウハウといった部分について生々しい情報交換ができることにあると考えています。

特に研究のキャリアをスタートしたばかりの若手研究者やこれから研究者への道を考えている大学院生にとっては、同じような世代の仲間がいろいろな部分で苦労を重ねながら、研究者として成長している様子にシンパシーを感じる部分が少なくなかったように思います。

我々の研究分野の足元に目を向けると、大学院博士課程に進む日本人学生は以前よりも著しく減っており、気候変動やカーボンニュートラルといった短い時間では解決不能な課題に対応していくために、次世代の研究者を育成していくことは最優先事項となっています。そういった意味で、微力ながらも貢献できたのであれば幸せです。次回のAsiaFlux全体会合は2024年11月に中国・武漢での開催が予定されています。NIESや国内から多くの研究者が参加することを期待しています。