SEMINAR2023年12月号 Vol. 34 No. 9(通巻397号)

NOAA Atmospheric Research Update(NOAAにおける大気観測研究の最新情報)

  • Brian Vasel(NOAAグローバルモニタリングラボラトリー 運営部長)

※本稿はマンスフィールド・フェロー(https://mansfieldfellows.org/)の研修生として国立環境研究所に滞在したBrian Vasel氏のセミナーの概要です。

写真1 国立環境研究所でのセミナーの様子。
写真1 国立環境研究所でのセミナーの様子。

私のキャリアと私が所属する米国海洋大気庁(National Oceanic and Atmospheric Administration: NOAA)グローバルモニタリングラボラトリー(Global Monitoring Laboratory: GML)について発表するセミナーの機会をいただき、ありがとうございます。2023年9月4日から28日まで国立環境研究所に滞在している間、多くの素晴らしい研究者の方々とコラボレーションできたことを嬉しく思います。ここでは、私の経歴とNOAA GMLの科学的なハイライトを紹介しながら、9月11日に行われた「NOAA Atmospheric Research Update(NOAAにおける大気観測研究の最新情報)」と題する私のセミナーでの発表を簡単に振り返ります。

写真2 民間航空機を使った温室効果ガス観測であるCONTRAILプロジェクトの観測装置を説明するパネル(日本航空のJAL Museumにて)(写真提供: 企画部広報室小林新係員)。
写真2 民間航空機を使った温室効果ガス観測であるCONTRAILプロジェクトの観測装置を説明するパネル(日本航空のJAL Museumにて)(写真提供: 企画部広報室小林新係員)。
写真3 日本航空の格納庫にてCONTRAILの観測機を見学。地球システム領域町田敏暢室長が航空機に搭載する連続二酸化炭素測定装置(CME)の説明(写真提供: 企画部国際室小林新係員)。
写真3 日本航空の格納庫にてCONTRAILの観測機を見学。地球システム領域町田敏暢室長が航空機に搭載する連続二酸化炭素測定装置(CME)の説明(写真提供: 企画部国際室小林新係員)。

私のNOAAでのキャリアは、コロラド大学ボルダー校在学中の1997年、GMLの前身である気候モニタリング・診断研究所(Climate Monitoring and Diagnostic Laboratory: CMDL)に勤務したことから始まりました。2005年、NOAAボルダー研究所は地球システム研究所に統合され、CMDLはグローバルモニタリング部門となりました。この組織は、ボルダーにある4つの研究部門が個々の研究所に名称変更され、グローバルモニタリング部門がグローバルモニタリングラボラトリーとなる2020年まで、約15年間続きました。

コロラド大学で環境生物学の学位を取得した後、私はCMDLにフルタイムで採用され、成層圏オゾン研究プログラムで、毎週オゾン分布を観測する気球を打ち上げ、CMDLのオゾン研究ステーションのネットワークを維持する業務に携わりました。

2002年、私はNOAAの計測機器の技師として南極点観測所で南半球の冬を過ごす機会を与えられました。2002年に続き、2003年の冬も再び南極で越冬しました。南極での冬は毎回9か月に及び、気温が低すぎて航空機が安全に運航できないため、他の地域から隔離されているような状態です。

9か月にわたる南極の冬を2度経験した後、私はボルダーに戻りCMDLで北米全域の対流圏オゾンを航空機で観測する新しいプログラムを開始しました。この職務は、高品質の科学データの取得が可能でありながらセスナ210やそれと同等の軽飛行機に簡単に搭載できる小型の計測器を開発するというチャレンジングなものでした。当時、CMDL炭素循環研究チームはフラスコサンプリング用の軽飛行機ネットワークを構築し始めており、私の役割は、炭素循環研究チームと協力して、同じ航空機にオゾン測定器を設置することでした。

その後数年間、この航空機ネットワークが整備されるにつれ、私はNOAAのテクニカルリーダーとして、南極でのクルー交代を円滑に進めるため、シーズンごとに南極に派遣されました。南極派遣は合計12回になり、同様に北極地域(カナダ、ロシア、グリーンランド、アメリカ(アラスカ)を含む)のさまざまな調査地にも十数回派遣されました。

2007年、私はCMDL内の観測所運営チームに異動し、NOAAの4つの長期大気ベースライン観測所(Atmospheric Baseline Observatories: ABO)ネットワークの現場運営マネージャーとなりました。ABOのサイトは、太平洋海盆に沿って北はアラスカのバローから、ハワイのマウナロア、アメリカ領サモア、さらに南は南極点観測所まで及んでいます。 2010年から、私はABOネットワークを管理する観測責任者として、またグローバルモニタリング部門全体の上級管理職チームの一員として勤務しています。

2023年、GMLは内部的に再編成され、私はGMLの運営部長となりました。新しい組織のミッションは、ABOサイトに加えて、航空機、観測タワー、地表フラスコサイトによる温室効果ガスの長期観測の運用部門を担い、さらに観測所やグローバルネットワーク運用部門を設立することです。

私はマンスフィールド・フェローの第27期生に選ばれ、日本で1年間(2023-2024年)働く機会を得たことを光栄に思っています。マンスフィールドフェローシップ・プログラムは、毎年、米国政府機関から10名の連邦政府職員を選抜し、日本の政府機関の同僚とともに1年間日本で働く機会を提供するものです。フェローシップ・プログラムの使命は、日米の政府職員が互いに理解し合い、両国の連携の強化を継続できるような集まりを作ることです。私はマンスフィールド・フェローとして、特にNOAAの研究や、大気科学に重点を置いた気候科学に関わる日米の研究者の橋渡しを行い、継続的な協力関係を構築したいと考えています。

NOAA GMLには、①地球規模の温室効果ガスの把握と炭素循環のフィードバック、②成層圏のオゾン層破壊、③地表放射、雲、エアロゾルのトレンドの把握という3つの大気環境のテーマに基づく長期的な科学的ミッションがあります。これら3つの研究テーマにより、合計100か所を超える全球のサンプリング・ネットワークが構築され、7大陸すべてで観測が行われています(図1)。

図1 GMLの観測ネットワーク。
図1 GMLの観測ネットワーク。

特に、観測タワー(7地点)、航空機(14地点)、広範な地表フラスコ(55地点以上)から構成される世界70地点以上からなる温室効果ガス観測ネットワークについて簡単に説明します。このネットワークは、全球の大気中温室効果ガス濃度を把握し、温室効果ガス増加による放射収支の変動を一次推定値として定量化し、温室効果ガス排出量と生態系が果たす役割について非常に広範な情報を提供するため、きわめて重要です。

GMLは、この温室効果ガスデータの収集とCarbonTracker*1データ同化システムを結合させました。CarbonTrackerツールは世界中の研究者にとって非常に便利なものですが、このプロダクトは利用可能なデータの総量がまだ非常に限られています。NOAA GMLのサンプリング・ネットワークは大規模ですが、この貴重なネットワークが研究および政策決定者にとって真に強力なツールとなるためには、国際的なパートナーシップと共同観測が不可欠です。

GMLはまた、世界気象機関(World Meteorological Organization: WMO)の中央校正施設(Central Calibration Facility: CCL)としても機能し、二酸化炭素(CO2)、一酸化炭素(CO)、メタン(CH4)、六フッ化硫黄(SF6)、亜酸化窒素(N2O)観測用のグローバルスケールを維持しています。GMLは1997年からグローバルなコミュニティのためにこの役割を担っており、現在55種類以上の化合物について100本以上の標準ガスボンベのアーカイブを保有しています。世界中の研究者がNOAAから標準試料を購入し(費用回収のみ=利益なし)、所属する研究機関の測定値をWMOの世界基準スケールに校正することができます。

CFC-11は大気中で2番目に多いオゾン層破壊ガスです。2010年から生産が禁止されたCFC-11の濃度はモントリオール議定書による規制によって1990年代後半にピークを迎えた後減少に転じました。しかし2018年、NOAA GMLネットワークは大気中のCFC-11の減少速度が鈍化していることを明らかにしました。この減速はモントリオール議定書違反の可能性を指摘し、成層圏オゾン層の回復も遅れるという懸念が生じました。

減少速度が停滞している要因の約50%は中国からの排出によるものですが、国連の国際的な圧力を受けて排出量は減少しました。その結果、CFC-11の世界的な減少は再び予想された割合に一致し、モントリオール議定書の潜在的な抜け穴は将来に向けて修正されました。この最近のCFC-11の話は、長期的な観察がいかに貴重なものかを示す好例であり、特定の物質の大気中の濃度やその増加率を記録することが科学のためだけではなく、国際的に最高レベルの政策決定者のためでもあることを示しています。

NOAA GMLは、20年ほど前から米国内の特定の場所で、軽飛行機による温室効果ガス観測を行ってきました。しかし近年、炭素循環の理解をさらに深めるために、北米全域でより大規模かつ高頻度の追加的観測が必要となっています。GMLは、アラスカ航空およびボーイング社と協力し、737型機のインレット設計と観測の実現可能性をテストしてきました。737型機を利用する理由は二つあります。一つは、アラスカ航空の主要航空機であることで、もう一つは、NOAA国立気象局が737便にフラッシュマウントインレット(米国連邦航空局(Federal Aviation Administration: FAA)承認)を設置して、水蒸気データを数年間取得できた実績があるためです。

EcoDemonstrator*2と呼ばれるボーイング社との提携プロジェクトで複数のインレット構成をテストした後、NOAAはフラッシュマウントインレットの設計を用いてアラスカ航空との民間航空機プログラムを推進することを決定しました。

GMLは、航空機を利用した観測拡大の一環として、アフリカのようなこれまでサンプリング例が少ない広大な地域において観測点を決めました。COVIDの流行中、この観測の空白域を埋めるためにGMLはウガンダの小さな航空機会社と共同作業を行いました。このプロジェクトは、熱帯アフリカにおける航空機への装置搭載ならびに飛行実施計画として、ウガンダの北緯0度から4度の間で200以上の鉛直プロファイルの取得に成功しました。得られたデータセットは、大規模な温室効果ガスの増加、火災の影響、湿潤/乾燥の季節性を捉えています。アフリカでの航空機サンプリングは継続中ですが、ウガンダを拠点とするのではなく、アフリカの他の場所での新たな観測を現在計画中です。

最後に、2022年11月のハワイ・マウナロア山の噴火がNOAAマウナロア観測所(Mauna Loa Observatory: MLO)に与えた影響について簡単に述べたいと思います。マウナロアの北側、標高3,397mに位置するMLOは、世界で最も重要な大気観測施設の一つであり、大気中のCO2が上昇し続けていることを示す象徴的な「キーリング曲線」の観測地としても有名です(図2)。

図2 マウナロアなどNOAAの4つの長期大気ベースライン観測所で測定された大気中CO2濃度の変化。
図2 マウナロアなどNOAAの4つの長期大気ベースライン観測所で測定された大気中CO2濃度の変化。

MLOに行くにはマウナロア山の地溝帯の直下を通る29kmのドライブウェイを通ります。38年間噴火が途絶えていた山は、2022年11月27日の夜遅くに溶岩を流し始め、翌28日の午後4時までに溶岩はMLOへの道路を越え、施設への送電線を切断しました。噴火は16日間続き、溶岩は2か所で道路(合計1.5kmに及ぶ)を塞ぎ、多くの場所で深さ10mに達しました。MLOは溶岩の流れた場所で60本以上の電柱を失いました。

NOAAはまず、ハワイ大学と共同でマウナケア山頂(隣接する火山)での観測を開始しました。ハワイ大学は標高約4,200mのマウナケア山頂に複数の望遠鏡を設置しています。12月8日(噴火開始から10日後)、ハワイ大学の許可を得てNOAAはいくつかの現場観測装置を設置しました。さらに、噴火が終了し、MLOサイトに安全にアクセスできるほど大気の質が改善すると、NOAAは12月21日(噴火が正式に終了してから8日後)にヘリコプターでスタッフを観測所に派遣しました。

現在も、NOAAは週に1回ヘリコプターで現場に行っています。溶岩が冷えて修復作業が安全に実施・完了できるようになれば、今後数か月のうちに再び道路の通行が可能になる予定です。噴火前、MLOの主要な建物2棟にソーラーパネルが設置されていましたが、これらのパネルは観測所の電力網に直接接続されていました。噴火後、電力供給が失われ、送電網との接続がなかったため、ソーラーパネルは稼働しませんでした。NOAAは建設会社と協力し、一部の科学プロジェクトを実施する電力を供給するため、追加のソーラーパネルとバッテリー液をヘリコプターでMLOに運びました。現在、MLOの研究活動の約33%は限定的なこれらの電力を利用して実施されています。再び道路が通行できるようになれば、長年の懸案であった施設の更新や、電力インフラと再生可能エネルギーへの多額の投資を含む建築計画が実現できます。

NOAA GMLの研究と施設の概要をご紹介する機会をいただき、ありがとうございました。 今後数年間、国立環境研究所のチームとの共同研究を強化し、気候変動への理解がさらに深まることを楽しみにしています。私たちはパートナーとして、もっと多くのことができると信じています。日本の有名な詩人、サトロ リュウノスケが言うように。「われわれ一人ひとりは一滴の水にすぎないが、集まれば大海となる」。

ありがとうございました。