RESULT2023年12月号 Vol. 34 No. 9(通巻397号)

最近の研究成果 亜寒帯における秋季気温の低下はCO2放出を増加させるのか?減少させるのか?:増加するという研究結果に対する反証

  • 笹川基樹(地球環境研究センター大気・海洋モニタリング推進室 主幹研究員)
  • 近藤雅征(広島大学IDEC国際連携機構 准教授)

地球温暖化の影響で、亜寒帯(北米・ユーラシア大陸中高緯度帯)の気温は上昇しています。すると、植物の呼吸や微生物の分解が活発になり、多くのCO2を放出します。光合成によって吸収されるCO2もあるので、大気に放出される正味のCO2は呼吸・分解量と光合成量のバランスで決まります。光合成活動が弱まる秋季に気温が上昇すると、亜寒帯の生態系(植物や土壌中の微生物)から放出される CO2が卓越し、大気に放出される正味のCO2が増加すると報告されています(Piao et al., 2008)。

温暖化の一方で、亜寒帯では、太平洋十年規模振動(PDO*1)やシベリア高気圧の強化など自然気候サイクルの強い影響により、2004年から2018年まで秋季(9~11月)が寒冷化していたことが報告されています(Li et al. 2020)。つまり、この地域では2004年以降、寒冷化に伴って陸域生態系による秋季のCO2放出が減少していたと予想されます。

ところが、北京師範大学を中心とするグループは、寒冷化であっても亜寒帯における秋季のCO2放出は増加すると主張しました(Tang et al., 2022)。数種類の数値モデルによる結果を用いて、北半球の中高緯度(北緯25ºより北部)では秋季の(9〜11月)のCO2放出が、2004年以降も増加傾向にあることを示したのです。

私たちは、彼らの主張は、秋季を9月から11月の平均としたために生じた、誤った結果であると指摘しました。植物の光合成や呼吸、微生物の分解など、CO2を吸放出するプロセスは、気温に強く依存し、0℃以下ではほぼ未活発になります。従って、既に気温が0℃以下の月を秋季に含めてしまうと、寒冷化がCO2の吸放出へ及ぼす影響を誤って解釈することに繋がります。

私たちは、北半球25°以北の地域を、9月から11月の月平均気温が0℃以下になるかどうかで、4つの領域に分けました(図1a)。広範囲に渡り(領域1、2、3)11月は0℃以下になることが分かります。次に9月から11月の平均気温を見ると、領域2と3に重なる広い範囲で、気温は寒冷傾向にあります(図1b上)。しかし、11月を除く9月から10月の平均気温を見ると、北米大陸で寒冷傾向が見られるのは主に領域2の一部で、それ以外の領域では温暖化傾向を示しています。一方でユーラシア大陸では、領域3で広範囲に寒冷傾向を示します(図1b下)。

これらの結果から、寒冷傾向がCO2の吸放出に及ぼす影響を調べるには、ユーラシア大陸の領域3(9月と10月の平均気温が0℃以上、11月の平均気温が0℃以下:図1a)が適切な地域と考えられます。北米大陸の領域3は、9~11月平均は2004年から寒冷傾向を示していますが(図1c)、9~10月平均は一貫して温暖傾向を示しています(図1d)。つまり、北米大陸で寒冷傾向が顕著であったのは11月です。しかし、領域3では11月の平均気温は0℃を下回るため、寒冷傾向が生態系のCO2の吸放出に影響を与える可能性は低いと考えられます。

図1 (a)月平均気温で4つに領域分けした北半球25°以北領域(MMT:Mean Monthly Temperatureは月平均気温を意味する)。黒の実線は領域3の境界線。(b)9〜11月平均気温と9〜10月平均気温の傾向(2004〜2018年)の地理分布。(c)領域3における北米大陸とユーラシア大陸の9〜11月平均気温の年々変動。(d)領域3における北米大陸とユーラシア大陸の9〜10月平均気温の年々変動。
図1 (a)月平均気温で4つに領域分けした北半球25°以北領域(MMT:Mean Monthly Temperatureは月平均気温を意味する)。黒の実線は領域3の境界線。(b)9〜11月平均気温と9〜10月平均気温の傾向(2004〜2018年)の地理分布。(c)領域3における北米大陸とユーラシア大陸の9〜11月平均気温の年々変動。(d)領域3における北米大陸とユーラシア大陸の9〜10月平均気温の年々変動。

つまり北京師範大学を中心とするグループは、寒冷傾向の影響を調べようとして、温暖傾向をもつ地域のデータも含めた解析をしていたのです。彼らと同じデータを使用して、9~11月の純生態系交換量(NEE*2)を北米大陸とユーラシア大陸で分けて解析すると、2004年以降も北米大陸ではCO2放出は増加傾向を示します(図2b)。これはこの地域で継続して気温が上がる温暖傾向の影響を捉えたためです。一方でユーラシア大陸では寒冷傾向に伴ってCO2放出は減少傾向を示すことがわかります(図2c)。両大陸を合わせると、北米大陸のCO2放出の増加傾向が強いため、全体でCO2放出傾向を示すことになります(図2a)。これが彼らの算出した結果(Tang et al., 2022)と考えられます。

彼らと同じデータセットを使用しても、彼らの間違いを指摘することができましたが、私たちはまさに気温低下が顕著なユーラシア大陸内陸部の西シベリアにおいてタワーネットワーク(JR-STATION)で観測を行なっており、そこから更に説得力のある現象を見出すことができました。各タワーサイトでの気温が秋季(9~10月)に顕著に下がった期間に、同様にCO2の濃度も減少傾向にあることがわかりました。しかも森林帯や草原に位置する数100 km離れた複数のサイトで、同じようなことが起きていました。これは秋季の気温低下が、陸域生態系からのCO2放出を抑える効果を持つことを観測事実として示したことになります。

ここまでが私たちの論文に関する紹介ですが、実はこの論文に対する返答(Tang et al., 2023)も同時に報告されました。その中で北京師範大学を中心とするグループは「光合成は0℃以下でも起こり、実際北米大陸の19のタワーによる観測値を調べると、11月の中旬まで光合成がある」と述べ、また更に「気温やNEEなどの2004年以降の秋季(9~11月)の上昇傾向に11月の値が強く関係している」ことを示しています。確かに11月を入れると、北米の領域3でも若干気温が低下傾向に見えますが(図1b上)、そもそも9~10月は北米の領域3は気温が上がっているのです(図1b下、図1d)。また彼らが示した19のタワーの結果を見ると、その半数近くがほぼ10月で光合成が終わっています。秋季の気温低下がCO2の吸放出にどう影響するかを正しく調べるには、私たちの指摘が的を射たとしか考えられないのですが、サイエンスはこのように喧喧諤諤として進んでいくことを感じとっていただければ幸いです。

図2 北緯25º以北の秋季(9〜11月)のNEEの年々変動(a〜c)。(a)北アメリカ大陸とユーラシア大陸を合わせた結果。(b)北アメリカ大陸のみの結果。(c)ユーラシア大陸のみの結果。9〜10月の日中平均気温と傾向を数学的に除外した日中平均CO2濃度の経年変化(d,e)。(d)森林サイト。(e)草原サイト。灰色のシェードは気温とNEEに顕著な減少が見られた期間。
図2 北緯25º以北の秋季(9〜11月)のNEEの年々変動(a〜c)。(a)北アメリカ大陸とユーラシア大陸を合わせた結果。(b)北アメリカ大陸のみの結果。(c)ユーラシア大陸のみの結果。9〜10月の日中平均気温と傾向を数学的に除外した日中平均CO2濃度の経年変化(d,e)。(d)森林サイト。(e)草原サイト。灰色のシェードは気温とNEEに顕著な減少が見られた期間。