RESEARCH2021年7月号 Vol. 32 No. 4(通巻368号)

地球の気候と大気質の安定化に向けた科学的基盤を提供 気候変動・大気質研究プログラム

  • 谷本浩志(気候変動・大気質研究プログラム総括)

2021年4月に国立環境研究所は第5期中長期計画に基づく活動を開始し、第4期の地球環境研究センターは地球システム領域として再編・拡充されました。また、第4期中長期計画の「低炭素研究プログラム」を踏まえ、今期は戦略的研究プログラムとして「気候変動・大気質研究プログラム」を新たに立ち上げました。その概要をご紹介します。

1. 背景

・地球の気候と大気質を安定化させる2℃(1.5℃)目標の実現に貢献することは、科学コミュニティが挑戦すべき新たな課題です。

・パリ協定の目標達成度を測るために、国際社会全体の温室効果ガス(GHG)の排出量削減の達成度を5年ごとに評価するグローバルストックテイクの結果は各国のNDC(自国が決定する貢献)の定期的な更新・強化に対して重要な情報を与えます。

・気候変動に関する政府間パネル(以下、IPCC)第7次評価報告書(2028年頃発表予定)では、黒色炭素(BC)やメタン(CH4)、対流圏オゾンなど、気候変動を引き起こす大気中の寿命が短い物質である短寿命気候強制因子(Short-lived Climate Forcers: SLCF)の国別排出量推計に向けた動きが始まることとなり、その方法論の構築ならびに気候・環境影響の把握が急務となっています。

2. 目的

地上・船舶・航空機・衛星等の地球観測データを複合的に利用し、2023年より5年ごとに実施予定であるパリ協定のグローバルストックテイクに向けて、全球のGHG吸収・排出量の推計システムを構築します。また、地域・国・都市規模における人為起源SLCFおよびGHG排出量の評価の方法論を確立し、定量的評価を行います。こうした最新の排出量データや科学的知見をもとに、地球規模の気候や大気質変動の再現や将来予測をより高精度に行うとともに、GHGやSLCFなど物質循環や大気化学と気候変動との相互作用について、将来予測の改善に資する科学的知見を得ます。さらには猛暑や豪雨、大気汚染など「ハザード」に関する基礎データを得て、影響評価やシナリオ研究に役立たせるべく、所内外の関連研究プログラムに提供します。

これらの成果により、重要な必須気候観測要素(Essential Climate Variables: ECVs)であるGHG及びSLCFについて、ボトムアップで行われる各国の排出インベントリ作成の技術レベルの向上に大きく貢献すると同時に、先進国から新興国まで、統一的かつ中立・客観的な手法で、吸収・排出量のトップダウン推計手法を比較評価して高度化へ導くことが可能となります。

今後、国および都市レベルでの排出の実態や削減政策の効果を速やかに確認・検証するとともに、最新の排出量データを得ることで気候や大気質の変動に関する再現や将来予測を改善し、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)や北極評議会等の国際的な枠組み及び関連する国内の気候変動政策の決定に重要な科学的基盤を提供することを目的としています。

プログラムは3つのプロジェクト(PJ)から構成され、具体的には以下の内容を遂行していきます(図1)。

図1 気候変動・大気質研究プログラムの構成

3. PJ1 地球規模における自然起源及び人為起源GHG吸収・排出量の定量的評価

地上・船舶・航空機による観測および最新の衛星観測から得られるデータを最大限活用して、全球規模でのGHG吸収・排出量の推計システム構築を実現し、データを公開します。

具体的には、アジア太平洋域で熱帯から極域をカバーする広域観測ネットワークを確立し、GHG (CO2、CH4、N2O)の精密測定データと先端的モデルを用いて、地球規模のGHG収支評価の水準を世界最高レベルに高め、GHG収支評価を統合報告書や全球グリッドデータとして公開します。モデルを高精度化するため、同位体や関連成分の観測及びデータ利用を行います。気候変動の視点から炭素・窒素の循環について地球規模の分析も開始します(図2)。

図2 地球規模における自然起源及び人為起源GHG吸収・排出量の定量的評価の構成

4. PJ2 地域・国・都市規模における人為起源SLCF及びGHG排出量の定量的評価

行政単位での対策に直結する国や都市の規模でもGHG排出量の推計に挑戦するとともに、新たにSLCFの排出量推計手法の開発及び評価にも取り組み、方法論として確立します。

具体的には、アジア地域及び日本国内の都市域において地上・船舶・航空機による観測を新たに始めるとともに、最新の衛星観測データ等を利用して、大気化学的なトップダウン推計手法の開発等を行います。特にSLCF (BC、CO、NOx、CH4)とGHG(CO2)について、年間排出量の推移を求めて、インベントリ報告値と比較・評価します。国や都市の規模でSLCF及びGHGの人為起源排出量を定量的に評価する方法論を確立し、今後開始されるSLCFの国別排出量の算定・報告に備えて、公式算定値の検証を可能にする道筋を作ります(図3)。

図3 地域・国・都市規模における人為起源SLCF及びGHG排出量の定量的評価の構成

5. PJ3 最新の排出量評価等を考慮した気候・大気質変動の再現及び将来予測の高精度化

最新の排出量推計・評価結果に加え、微物理・化学反応の素過程、相互作用メカニズムに関する最新の知見を反映して、気候および大気質の再現と予測をより高精度に行い、雲・降水過程、大気化学過程、オゾンを介した成層圏と対流圏の結合過程の評価にも取り組み、国際的な科学活動に貢献します。

具体的には、地球システムモデルの数値シミュレーションによる過去の気候・大気質変動の再現性を向上させるとともに、2℃(1.5℃)目標の達成可能性の検証など、将来の気候・大気質変動の予測を高精度化します。GHG及びSLCFの最新排出量データを利用するとともに、詳細な雲・降水過程、CH4やエアロゾルを中心とした大気化学過程、オゾンを介した成層圏と対流圏の物理的・化学的な結合過程等の地球システムモデルにおける役割を把握し、不確実性要因の同定と低減を行って、気候及び大気質の変動に対する緩和策や適応策の策定及び効果検証をより確かにするための数値シミュレーションを実施します(図4)。

図4 最新の排出量評価等を考慮した気候・大気質変動の再現及び将来予測の高精度化の構成

これらのプロジェクトを、地球システム領域に所属する研究職員を中心とした総勢48名(2021年4月第5期中長期計画当初時点)を擁する体制で開始し、早急な気候・大気質の安定化のための自然科学的な条件の明確化に取り組んでいきます。