2019年7月号 [Vol.30 No.4] 通巻第343号 201907_343005

IPCC特別報告書「1.5°Cの地球温暖化」の図を読み解く (3)

  • 地球環境研究センターニュース編集局

気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change: IPCC)が2018年10月8日に公表した1.5°C特別報告書に掲載されている「図の内容」を専門家のさらなる解説を加えて読み解いていきます。

3回目は、気候変動緩和オプション(mitigation options)と持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)との関連が書かれている図を取り上げます。非常に多くのことが一つの図にコンパクトにまとめられているのでわかりづらいところがあります。

図SPM.4 緩和のオプションとSDGsを用いた持続可能な開発の間の関連 出典:政策決定者向け要約(SPM)の図SPM.4
日本語訳:「IPCC 1.5°C 特別報告書」ハンドブック、背景と今後の展望〔改訂版〕, IGES. https://pub.iges.or.jp/pub/ipcc1.5handbook

上の図は気候変動緩和オプションとSDGsとの関連を示したものです。持続可能な開発目標は17個あり、気候変動対策は13番目にあります。この13番目の気候変動対策と残りの16個のSDGsとの関連性が示されています。

各部門の緩和オプションとSDGsには、正の効果(相乗効果)あるいは負の効果(トレードオフ)が存在する可能性があります。この効果の程度は選択された緩和オプション、緩和政策デザインと地域的な事情や状況によって違います。気温上昇を1.5°Cに抑えるための緩和策を実行することにより、その他のSDGsに対しても多くの相乗効果があります。一方で、十分注意して実行に移さないとSDGsに対して悪影響を生じさせる可能性があります。緩和オプションとSDGs間の相乗効果の数はトレードオフの数より多いと評価されています。

1.5°C経路における緩和策と持続可能な開発との具体的な関係を示す文献は非常に少なく、定量的な評価はあまりされていません。それぞれの因果関係は複雑ですが、図中の棒グラフでは、長さによる関連性の大きさ(関連があるかないかで、影響の大きさではないことに注意)と色の濃淡による確信度のレベル(非常に高い、高い、中程度、低い)のみが書かれており、個々の関連が詳しく述べられていないため、理解を難しくしています。現在IPCC第6次評価報告書の執筆が進んでいますが、この点についての解説も含めた総合的な評価が今後進むことが期待されています。

ここでは、エネルギー供給緩和オプション、エネルギー需要緩和オプション、土地緩和オプションの3つの部門についてSDGsとの関連性が調べられています。

エネルギー供給部門で評価される緩和オプションには、バイオマスと非バイオマスの再生可能エネルギー、原子力、CCS(二酸化炭素回収貯留)付きバイオマス発電、CCS付き化石燃料発電があります。

エネルギー需要部門で評価される緩和オプションには、運輸、産業、建築部門におけるエネルギーに関する行動変容、エネルギー転換、効率オプション及び産業部門の炭素回収オプションがあります。

土地部門で評価される緩和オプションには、農業と森林のオプション、持続可能な食事と食品廃棄物の削減、土壌炭素貯留、家畜・肥料管理、森林減少の抑制、植林と再植林、そして責任ある調達が含まれます。この図に加えて、本文では、海洋部門におけるオプションが検討されています(IPCC 1.5°C 報告書 表5.2参照)。

持続可能可能な開発目標(SDGs)とは 出典:FAQ 5.1 図1:気候変動への対処は国連持続可能な開発目標(SDGs)のひとつであり、持続可能な開発と広義に繋がっている。気候リスクを減らす行動は、他の持続可能な開発目標に正の影響(相乗効果)と負の影響(トレードオフ)をもたらす。
SDGsの表の日本語訳は国連広報センターより: https://www.unic.or.jp/files/sdg_logo_ja_2.pdf

2015年9月に国連持続可能な開発サミットの中で世界のリーダーによって決められた、国際社会共通の目標です。このサミットでは、2015年から2030年までの長期的な開発の指針として、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択されました。この文書の中核を成す「持続可能な開発目標」がSDGsと呼ばれています。

SDGsは、2000年の国連のサミットで採択されたミレニアム開発目標(Millennium Development Goals: MDGs)に代わる新たな世界の目標として定められました。MDGsは「極度の貧困と飢餓の撲滅」「初等教育の完全普及の達成」など8個のゴールから構成されており、先進国による途上国の支援を中心とする内容でした。

しかし、今や貧困や飢餓、地球環境の問題は先進国も積極的に関わっていかなければいけない問題です。SDGsは、貧困に終止符を打ち、地球を保護し、すべての人が平和と豊かさを享受できるようにすることを、先進国と途上国が協力して推進しています。

SDGsの17の目標には、MDGsの成功を土台としつつ、気候変動や経済的不平等、イノベーション、持続可能な消費、平和と正義などの新たな分野が優先課題として盛り込まれています。ある目標を達成するためには、むしろ別の目標と広く関連づけられる問題にも取り組まねばならないことが多いという点で、目標はすべて相互に関連しているといえます。

図SPM.4を見ると、気温上昇を1.5°Cに抑えるための緩和策は、SDG3(すべての人に健康と福祉を)、SDG7(エネルギーをみんなにそしてクリーンに)SDG12(つくる責任 つかう責任)などの目標と相乗効果があることが示されています。一方、SDG1(貧困をなくそう)、SDG2(飢餓をゼロに)、SDG6(安全な水とトイレを世界中に)、SDG15(陸の豊かさを守ろう)とはトレードオフのリスクがあります。気候変動緩和オプションにはSDGsとの相乗効果が大きいですが、同じ目標に対して、トレードオフも見られ、適切に緩和オプションを実行していくことが必要です。

専門家に聞いてみよう

回答者:甲斐沼美紀子さん(地球環境戦略研究機関研究顧問、IPCC特別報告書「1.5°Cの地球温暖化」執筆者)

Q:気候変動の緩和策とSDGsとの間には、具体的にどのような関連性がありますか。

A:相乗効果としては、再生可能エネルギーの普及による大気汚染の改善があります。また、近代エネルギーへのアクセスやエネルギー効率が改善されれば、電気機器の導入が進み、室内大気汚染が改善されます。エネルギー効率の改善や行動変容により、エネルギー需要が削減され、発電需要が減少することから、発電所での水需要や排水の減少も期待されます。

再生可能エネルギーの導入にあたって、炭素税や固定価格買取(Feed-in Tariff: FIT)が導入されると、エネルギー価格が上昇する可能性があります。この場合には貧困層の生活がより苦しくなることが予想されます。一方で、再生可能エネルギーが普及し、価格が十分に下がれば、これまでグリッドによる電気がきていなかった地域でも電気エネルギーを使うことができ、情報を活用した新たなビジネスを始めることができるようになると期待されます。

トレードオフとしては、バイオ燃料の生産と食料生産との競合があります。気候変動緩和策が早期に進まないと、21世紀後半になってからバイオエネルギーとCCSの組み合わせで大気中の二酸化炭素(CO2)を除去しながらエネルギー供給をする必要が生じます。そのためにはバイオ燃料を大規模に生産する必要があり、食料生産との競合が発生します。大規模なバイオ燃料生産を行うためには、成長の速い作物や樹木を育てる必要があり、陸域生態系に影響を与えます。また、CCSの導入はCO2漏洩の可能性があります。火力発電とCCSの組み合わせでは、大気汚染の軽減には貢献しません。

Q:SDGsとのトレードオフをなくしたり、少なくしたりするには、どういった政策が重要となってくるのですか。

A:ほとんどの対策には、相乗効果とトレードオフがあります。トレードオフの影響を少なくするためには、適切なガバナンス、管轄区域を越えた協力、適切な管理などが必要です。

CO2の排出削減には、徒歩や自転車による移動が有効です。しかし、歩道や自転車道が整備されていないと、交通事故が増える可能性があります。徒歩や自転車に優しい都市計画と一体で対策を進める必要があります。

FITの導入によって、太陽光発電が増えています。一方で、大規模太陽光発電による自然破壊も報告されています。自然破壊を起こさないための法整備が必要です。

バイオ燃料生産が進むと、食料生産と競合するので、食料生産の収量を高めるために肥料の投与や灌漑が進む可能性があります。大規模な灌漑は水利用に影響を与えます。大規模な灌漑によって湖が消滅した例にアラル海があります。食物生産地の拡大による生態系への悪影響も懸念されます。さらに、大量の農薬の投与は水質汚染を引き起こします。

再生可能エネルギー、CCS、高効率の技術が途上国でも普及するには、技術移転が必要です。技術移転を推進するには、適切な技術移転の制度の検討も重要です。

新しい技術導入が適切に進まないと、貧富の格差が拡大する可能性もあります。

これらに対応する為には、総合的な対策が必要です。

Q:気候変動対策には緩和策以外に適応策もありますが、図SPM.4では適応策は扱っていないのですか。

A:図SPM.4は緩和策が中心で、直接には適応策を扱っていません。緩和策を行い、気候変動影響が少なくなることは、直接貧困や健康に対する温暖化影響を少なくすることができます。たとえば、気温上昇を1.5°Cに抑えることにより、2°Cの場合より、より厳しい水不足にさらされる世界人口が50%少なくなると予想されています。

また、緩和策が適応策になることもあります。マングローブを植えることは、CO2の吸収にも役立ちますが、沿岸にマングローブを植えることにより、異常気象から生活を守ることができるので、適応にも役立ちます。屋上の太陽光発電は災害時にも発電することができるので、適応策ともいえます。

災害に強い街づくりを、災害を起こさない観点から作ることは重要です。緩和策、適応策、SDGs達成のための政策はすべて関連しています。災害を起こさない社会、起きても対応できる社会を作ることが重要です。

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