2019年7月号 [Vol.30 No.4] 通巻第343号 201907_343002
石炭火力から天然ガス火力発電への転換は、パリ協定目標の達成に寄与 石炭火力発電の段階的廃止の追い風に
石炭火力発電から天然ガス火力発電へのエネルギー転換による二酸化炭素排出削減は、世界的に気候安定化へ向けての長期的戦略の柱の一つと考えられています。国立研究開発法人国立環境研究所、ノルウェー科学技術大学(Norwegian University of Science and Technology)、英国レディング大学(University of Reading)の研究チームは、天然ガス火力発電に伴うメタン漏出や他の様々な大気汚染物質の排出も考慮し、世界各国における石炭から天然ガスへのエネルギー転換がパリ協定で定められた気候安定化目標に寄与することを示しました。この結論は石炭火力発電の段階的廃止(フェーズアウト)を支持する新しい後ろ盾になります。本研究は国際学術専門誌「ネイチャー・クライメート・チェンジ」(Nature Climate Change)の2019年5月号に掲載されました[1]。
1. はじめに
パリ協定では、世界平均気温の上昇を産業革命前比で2°C未満に抑える(理想的には1.5°C未満)という目標を掲げています。この気候安定化目標のもと、長期的なエネルギーシステムには、温室効果ガス排出ゼロを目指す過程において、一時的に石炭火力発電所から天然ガス火力発電所への転換が伴うと予測されています[2]。
天然ガスの燃焼による二酸化炭素(CO2)の放出量は、石炭の場合の半分以下で、一般的に天然ガス火力発電は石炭火力発電と比較して効率が良くなっています。したがって、気候安定化に至る道筋において、再生可能エネルギーやCO2の回収・貯蔵といった低炭素技術が大規模に導入されるまで、天然ガスは過渡的な「つなぎ」の役割を担いうると考えられます。
しかし、天然ガスの主な組成はメタンで、採掘、輸送、貯蔵、燃焼などの様々なサプライチェーンの段階においてメタンが漏出することが報告されています。メタンはCO2と比較して大気中の寿命は短いのですが、強い温室効果を持つガスです。近年特に米国でフラッキング(水圧破砕法)による天然ガス(いわゆるシェールガス)の生産量増加を背景に、メタンの漏出に関心が寄せられてきました。また、天然ガス発電によるメタンの漏出量には大きな不確実性が伴い、石炭に対する天然ガスの気候変動対策上の優位性に疑問が投げかけられています[3]。
また、石炭や天然ガスの燃焼時には、メタン以外の短寿命気候汚染物質(Short-Lived Climate Pollutant: SLCP)も放出されますが、その気候への影響は複雑です。例えば、黒色炭素(ブラックカーボン(BC))は温暖化に、二酸化硫黄(SOx)や有機炭素(OC)は寒冷化に寄与し、窒素酸化物(NOx)は放出からの時間により温暖化にも寒冷化にも寄与する原因となります。また、これらの短寿命気候汚染物質による各地域の気候影響は、どの地域から排出されるかに依存し、影響にも地域差があります。こうした短寿命気候汚染物質による影響も、石炭から天然ガスへのエネルギー転換と気候変動対策の整合性を検討するうえで、考慮が必要になります。
本研究では、世界各地域から国別電力生産量に関して代表的な国々を取り上げ(中国、ドイツ、米国及びインド)、各国の石炭及び天然ガス火力発電に伴う温室効果ガスや短寿命気候汚染物質の排出量を算出し、石炭から天然ガスへのエネルギー転換が気候安定化目標に寄与するのかを不確実性も考慮し検証しました。
2. 方法
温室効果ガスや短寿命気候汚染物質の排出量の算出には、ecoinventバージョン3.4を用いました[4]。このデータベースには、石炭及び天然ガス火力発電のサプライチェーン(採掘、輸送、燃焼など)からの温室効果ガスや短寿命気候汚染物質の排出量が、国別もしくは地域別に収められています。このデータベースでは、天然ガス火力発電からのメタン漏出率が各国とも約1%(純生産量比)と算出されています。一方、最近米国における漏出率が2.3%(平均値)であると報告されており[5]、他の国々ではメタン漏出の対策が米国ほど進んでいないため、漏出率はさらに高い可能性があります。したがって、本研究では最大9%までの漏出率を仮定しました。また本研究は、単位発電量当たりの排出量を分析対象とし、発電所の寿命や稼働期間にまたがる排出の時間分布は考慮していません。
データベースから得られた様々なガスや物質の単位発電量当たりの排出量に対して、排出指標(emission metric)を適用して、総CO2換算排出量を算出し、気候影響評価を行いました。排出指標は、CO2以外のガスや物質の排出量をCO2相当の排出量に換算するための係数です。本研究では、気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change: IPCC)第5次評価報告書に掲載されている排出指標に限定し、代表的な地球温暖化係数(Global Warming Potential: GWP)と代案的な地球温度変化係数(Global Temperature change Potential: GTP)を利用しました(詳細解説1)。さらにこれらの排出指標の利用には時間範囲の選択が必要です。理論上任意ですが実用上100年間がよく仮定されます。詳しい気候影響評価にはモデル計算が必要ですが、総CO2換算排出量を用いる方法の利点として、簡潔性や透明性が挙げられます。
気候影響には様々な時間スケールに関わる現象が複雑に相互作用するので、その影響評価は複数の時間スケールで行う必要があります。本研究で適用するマルチ排出指標方式(multimetric approach)は、排出指標を従来のようにGWP100(100年の時間範囲を用いたGWP)に限定するのではなく、複数の排出指標を補完的に利用して、各排出指標に基づいた総CO2換算排出量で気候影響評価を行う方法です。排出指標の選択や解釈は、国連環境計画(United Nations Environment Programme: UNEP)と環境毒性学及び環境化学に関する国際学会(Society of Environmental Toxicology and Chemistry: SETAC)による勧告に従いました[6]。本研究では、GWP100とGTP100を用い、これらを基準にして得られる総CO2換算排出量を、それぞれ短期(数十年)、長期(約100年)の気候影響を示すと解釈します。GWP100は定義上100年の時間範囲を用いていますが、例えばメタンの場合、GWP100の値はGTP40の値とほぼ同等で、ここではGTPの時間範囲を気候影響評価の時間スケールとして考えるため、GWP100を短期(数十年)の排出指標として捉えています(詳細解説2)。さらに、GWP20やGTP20も追加的に用い、これらによる総CO2換算排出量を、より短期(それぞれ数年、20年)の気候影響を示すとします。石炭から天然ガスへのエネルギー転換による気候影響評価で、このように排出指標を応用するのは、本研究が初めてです。なお気候影響の不確実性については、排出量の不確実性と排出指標の不確実性を同時に考慮して定量化しました。
3. 結果と考察
石炭火力発電と天然ガス火力発電の気候影響を比較すると、天然ガス火力発電の方がどの地域においても短・長期共に気候影響が小さいことが分かりました(図1;GWP100とGTP100基準)。各々の温室効果ガスや短寿命大気汚染物質の影響に関しては、CO2の影響が両発電で短・長期共に突出しています。しかし、より短期を意味するGWP20やGTP20を基準にすると、CO2の影響は相対的に小さくなり、特に石炭の場合、非CO2要素の影響が顕著になります(注:図1では天然ガス発電のメタン漏出率が約1%と仮定)。GWP20の場合、大気寿命が数日から数週間程度の二酸化硫黄による寒冷化への影響がより明確になります。一方、GTP20の場合、窒素酸化物による寒冷化への影響がより目立ちますが、これは窒素酸化物の排出により生じる大気中のメタンの減少を反映しています。
さらに、天然ガス火力発電からのメタン漏出率を1%程度から最大9%まで仮定しても、石炭から天然ガスへの転換による気候影響は、概してすべての地域で短・長期共に減少することが分かりました(図2;GWP100とGTP100基準)。例外が中国の結果で、漏出率9%の場合、短期の気候影響(GWP100基準)が石炭と天然ガスでほぼ同等になりました。しかし、不確実性の幅を考慮すると、この例外的な結果の信頼性は限定的だと言えます。
一方、より短期のGWP20を用いると、結果は大きく変わり、石炭から天然ガスへの転換による気候影響は、特定の条件下でのみ減少することが分かりました(メタン漏出率が中国3%以下、ドイツ9%以下、米国5%以下、インド5%以下)。その理由は、GWP20基準の場合にはGWP100やGTP100基準の場合よりもメタンの気候影響が相対的に強調され(図1)、メタン漏出率を高く仮定した場合、天然ガス発電の気候影響が大きく見積もられるからです。過去の研究の多くが、石炭から天然ガスへの転換に伴う気候影響の分析に、GWP100ではなくGWP20を短期の排出指標として用いており、本研究のGWP20基準の結果から示唆されたように、条件付きの結論を導き出しています。
4. おわりに
本研究は、GWP100とGTP100を主として利用するマルチ排出指標方式に基づき、世界各国の石炭から天然ガスへのエネルギー転換が、メタン漏出率を最大9%まで想定しても、気候安定化目標に整合すると結論付けました(表1)。追加的に用いたGWP20やGTP20基準の結果から示されたように、気候影響評価は排出指標の選択に左右されます。過去の関連研究の多くがGWP100とGWP20を併用してきました。GWP20は短期間の積算的な影響の検討には有用ですが、気候安定化には関連しません。GWP100とGTP100を補完的に用いることで、短期の気候影響を捉えつつ、達成に約50年〜100年を要すると予測される気候安定化[8]にも対応すると言えます。さらに、排出指標の利用目的を明らかにし、排出指標の意味を十分に理解した上、気候影響評価を解釈することも大切と言えます。
気候影響評価の時間スケールと対応する排出指標 | ||||||
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本研究 | 超短期 | 超短期 | 短期 | 長期 | ||
過去の研究 | — | 短期 | 長期 | — | ||
排出指標 | GTP20 | GWP20 | GWP100 | GTP100 | ||
気候影響のより小さい燃料種別(もしくは分岐点のメタン漏出率) | ||||||
発電所の所在地 | 中国 | 5% | 3% | 9% | 天然ガス | |
ドイツ | 天然ガス | 9% | 天然ガス | 天然ガス | ||
米国 | 6% | 5% | 天然ガス | 天然ガス | ||
インド | 6% | 5% | 天然ガス | 天然ガス |
表の上部は、本研究及び過去の研究で気候影響評価に考慮された時間スケールと対応する排出指標を示します[2]。表の下部は、気候影響が相対的に小さい燃料の種別(石炭または天然ガス)、あるいは天然ガスの気候影響が石炭のそれを超える分岐点のメタン漏出率を示します(最大9%まで考慮)。太字は本研究で適用したマルチ排出指標方式による主要な結果を表します。
本研究の結果は、石炭から天然ガスへのエネルギー転換が気候安定化目標に整合することを裏付け、石炭火力発電所を段階的廃止する主張の後ろ盾となります。しかし、石炭から天然ガスへの転換には、他にも多くの検討要因があります。例えば、大気質への影響を考慮すると、天然ガスへの転換にメリットがあると考えられます。その一方で、天然ガスへの転換を他の気候緩和策より優先させることは、再生可能エネルギーなどの他の低炭素技術の導入に遅延をもたらす可能性があります。また、天然ガスの拡大は、化石燃料設備からの二酸化炭素排出の固定(カーボン・ロックイン)を意味し、脱炭素社会への移行が先送りになる副次的影響も考えられます。天然ガス採掘時のフラッキング(水圧破砕法)に関しては、周辺地域の飲料水汚染、地震活動の誘発などの他の環境面での懸念もあります。様々な要因を総合的に考慮し、気候緩和策をどのように進めるのか全体的に検討を続けることが望まれます。最後になりましたが、日本の文脈においては、長期的な成長戦略として石炭火力発電の段階的廃止(フェーズアウト)を推進し、低炭素社会実現に寄与することが重要であると考えます。
謝辞
本研究は、(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(2-1702)及びノルウェー研究評議会(The Research Council of Norway)と独サスティナビリティ研究所(Institute for Advanced Sustainability Studies e.V., IASS)の研究助成金の成果です。
参考文献
- Tanaka K, Cavalett O, Collins WJ, Cherubini F (2019) Asserting the climate benefits of the coal-to-gas shift across temporal and spatial scales. Nature Climate Change 9:389-396
- Edenhofer O, R. et al. (2014) Technical summary. In: Climate Change 2014: Mitigation of Climate Change. Contribution of Working Group III to the Fifth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change. Cambridge University Press, Cambridge, United Kingdom and New York, NY, USA
- Howarth RW, Santoro R, Ingraffea A (2011) Methane and the greenhouse-gas footprint of natural gas from shale formations. Clim Change 106:679
- Wernet G, Bauer C, Steubing B, Reinhard J, Moreno-Ruiz E, Weidema B (2016) The ecoinvent database version 3 (part I): Overview and methodology. The International Journal of Life Cycle Assessment 21:1218-1230
- Alvarez RA, Zavala-Araiza D, Lyon DR, Allen DT, Barkley ZR, Brandt AR, Davis KJ, Herndon SC, Jacob DJ, Karion A, Kort EA, Lamb BK, Lauvaux T, Maasakkers JD, Marchese AJ, Omara M, Pacala SW, Peischl J, Robinson AL, Shepson PB, Sweeney C, Townsend-Small A, Wofsy SC, Hamburg SP (2018) Assessment of methane emissions from the U.S. Oil and gas supply chain. Science 361:186-188
- Levasseur A, de Schryver A, Hauschild M, Kabe Y, Sahnoune A, Tanaka K, Cherubini F (2016) Greenhouse gas emissions and climate change impacts. In: Frischknecht R, Jolliet O (eds) Global guidance for life cycle impact assessment indicators, vol 1. UNEP, Paris, France, pp 59-75
- Cherubini F, Tanaka K (2016) Amending the inadequacy of a single indicator for climate impact analyses. Environ Sci Technol 50:12530-12531
- Tanaka K, O'Neill BC (2018) Paris agreement zero emissions goal is not always consistent with 2°c and 1.5°c temperature targets. Nature Climate Change 8:319-324
- Tanaka K, Peters GP, Fuglestvedt JS (2010) Policy update: Multicomponent climate policy: Why do emission metrics matter? Carbon Management 1:191-197
- Allen MR, Fuglestvedt JS, Shine KP, Reisinger A, Pierrehumbert RT, Forster PM (2016) New use of global warming potentials to compare cumulative and short-lived climate pollutants. Nature Clim Change 6:773-776
詳細解説
- 排出指標:様々な排出指標の中で最も一般的に利用されるのはGWPです。例えば、メタンのGWPは、メタンの単位質量排出により生じる放射強制力の積算値(排出から任意の時間範囲)と、CO2の単位質量排出により生じる放射強制力の積算値(同等の時間範囲)の比と定義されます。IPCC第5次評価報告書によると、メタンのGWPは、積算に使われる時間範囲が排出から100年間及び20年間であれば(GWP100及びGWP20)、それぞれ28及び84になります(注:第1作業部会報告書Table 8.7の炭素循環フィードバックをCO2の項にのみ考慮した値を引用)。つまり単位排出量あたり、メタンにはCO2と比べて28倍及び84倍の重みが適用されることになります。時間範囲を20年とすると、100年の場合と比べて、短寿命であるメタンの積算放射強制力がCO2の積算放射強制力と比べてより相対的に大きくなるので、メタンのGWP値もより大きくなります。このようにGWP100やGWP20には時間的な仮定が内含されており、これらを利用して算出したCO2換算排出量には、排出指標の時間的な仮定が反映されます。
また、代案的な排出指標として良く利用されるのはGTPです。GWPとの違いは2点あり、一つはGTPが放射強制力ではなく気温変化に関して定義されている点、もう一つはGTPが時間範囲の積算ではなく終了時点に関して定義されている点です。IPCC第5次評価報告書によると、メタンのGTP100及びGTP20は、それぞれ4及び67になります(注:炭素循環フィードバックをCO2の項にのみ考慮した値を引用)。
排出指標のより詳細については、参考文献9をご参照ください。 - マルチ排出指標方式:これまで、マルチ排出指標方式で使われてきた排出指標の組み合わせには、大きく分けて2種類あります。本研究ではGWP100とGTP100を補完的に利用して、それぞれ短・長期の気候影響評価を行いました。一方、他の多くの研究ではGWP20とGWP100がそれぞれ短・長期の気候影響評価に使われてきました。従来GWPだけが多く用いられてきたのは、IPCC第5次評価報告書が発表された2013年より前には、GWP以外の排出指標の値を掲載する公式な文献が存在しなかったからかもしれません。しかしながら、本研究は、GWP20とGWP100の併用は、パリ協定で求められている長期的な気候安定化の時間スケールに整合するものではないと主張しています。
この主張の論拠として、まず世界平均気温の上昇を最終的にある水準に抑えるという気候安定化目標の考え方が、時間範囲の積算で定義されたGWPよりも、時間範囲の終了時点で定義されたGTPの方に近いことが挙げられます。従って、GWPの定義は気候安定化のアプローチとはよく合致しませんが、GWPをGTPの視点から解釈し、気候安定化の文脈で捉え直すことは出来ます。例えばメタンの場合、GWP100はGTP40と数値的にほぼ同等で、他の温室効果ガスや大気汚染物質の場合、GWP100は時間範囲が20年から40年のGTPに相当します。これはGWP100が、排出から20年から40年後の気温変化を反映する排出指標であることを示唆します。つまりGWP100は、定義上の時間範囲は100年ですが、気候安定化の視点からは短期的な排出指標であることが分かります[10]。さらに、このようなGWPとGTPの対応関係から、GWP20は「超」短期的な排出指標であると解釈されます。したがって、GWP20とGWP100のような短期的な排出指標だけを補完的に利用するのは、達成に約50年〜100年を要すると予測される気候安定化目標にあまり沿うものではありません。
それに対して、GWP100とGTP100の補完的利用は、短期(数十年)と長期(約100年)に対応し、気候安定化目標との整合性がより高いと言えます。ただ本研究のように短寿命大気汚染物質の排出が含まれている問題を取り扱う際は、GWP20とGTP20を追加的に利用し、超短期的な気候影響も感度分析として検討することが勧められます。またこれまでGWP100が多くの研究で用いられてきたことを踏まえ、GWP100を補完的利用に含めるのは、過去の研究結果との比較に有用です。