2019年7月号 [Vol.30 No.4] 通巻第343号 201907_343003
都市システムデザインスタジオ:和風スマートシティを目指して
1. はじめに
情報通信技術を駆使して環境エネルギー性能の高いまちづくりを目指すスマートシティ[1]の計画が、現在世界各地で進んでいます。しかし、すでに実現したスマートシティの事例をみると、環境エネルギー性能は当然高いものの、より暮らしやすいまちとなったかというと疑問を持つこともあります。スマートシティは、どのような場合に、持続可能で回復力のあるまちづくりの実現、ひいては人間にとって福利の高い社会の実現に貢献するのでしょうか。また、京島(東京都墨田区)のような古い街並みが残る地域において、スマートシティはどのように実装されうるのでしょうか。今回、グローバル・カーボン・プロジェクト(GCP)つくば国際オフィスが東京電機大学において2019年3月18日から23日にかけて、Future Earth(国際協働研究プログラム)、ジョージア工科大学(米国)、東京大学、東京電機大学らと共同で開催した「都市システムデザイン:スマートコミュニティに向けて」と題する国際ワークショップで議論されたのは、このようなスマートシティを如何にして地域に導入していくかというシステムやプロセスに関わるテーマです。
2. ワークショップの概要
ワークショップの目的は、人々が健康的な生活ができ、環境への負荷を減らし、そして水害や暑熱などの災害に対する地域の安全・安心性、回復力を高めることができるスマートシティデザインの実現でした。このワークショップは、GCPつくば国際オフィスが主催して2017年、2018年にもそれぞれ埼玉県さいたま市浦和美園地域、東京都墨田区京島地域を対象に開催しており、今回はこの2回のスタジオでの知見を踏まえて開催されました。ワークショップには、都市計画、交通計画、建築の分野を専攻する国内外の大学院生や若手研究者を含め、40名以上の参加がありました。
今回のワークショップの対象地域には、昨年度[2]に引き続いて、東京都墨田区京島地域が選ばれました。京島地域は、1923年の関東大震災や第二次世界大戦の被害を免れた地域であり、江戸時代に形成された不規則な街区デザインなどその古い街並みが残る地域です。この反面、現在の京島は木造住宅が多く密集して道路も狭く、加えて海抜0m地帯があるなど標高が低く、火災や地震の危険性が高いうえ緊急車両の通行すら難しくなっています。東西を流れる荒川、隅田川の氾濫時には、浸水被害が予測されていて、あらゆる災害に対して極めて脆弱な地域として国際的にも知られています。この地域の災害に対する脆弱性を少しでも減らそうと地元自治体によって再開発の試みは過去に何度か行われていましたが、地元住民の強い抵抗にあった経緯もあります。そして、日本全体の課題でもある人口高齢化は、この地域でも顕在化しています。
6日間のワークショップでは、参加学生からのプレゼンテーション、若手研究者を含めた議論、地元自治体(墨田区)職員からの地域の紹介、都市計画やビッグデータを用いた時空間統計解析を専門とする研究者からの講義、生体情報計測センサーの装着・街路景観写真の撮影・街路の主観評価アンケートへの回答を同時に行う現地まちあるきなど、さまざまな活動が行われました。
ワークショップの参加者は、京島地域の課題に対する都市システムデザインの解決案(コンセプト)をグループに分かれて提案しました(表1)。
テーマ | 内容 |
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交通 |
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回遊行動 |
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エネルギー |
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コミュニティ |
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計画策定支援 |
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3. ワークショップでの議論
3月23日(土)に開催された東京電機大学での最終発表会では、墨田区職員の方々や一般の方々に向けて、まずGCPから山形が主催者挨拶をし、またPerry Yang准教授(ジョージア工科大学)、村山顕人准教授(東京大学)、松井加奈絵助教(東京電機大学)とともに趣旨説明を行いました。その後、ワークショップに参加した学生によって、テーマ別のデザイン・コンセプトが口頭とポスターで発表されました。
最終発表会のプレゼンテーションで議論された質問内容を以下に要約します。
- 現在の都市計画では、緊急車両の通行を可能にするための道路拡幅プロジェクトが各地で進められている。しかし、技術の進歩によって、既存の街並みを維持しながら、災害に対する脆弱性を高めていくことは可能なのだろうか。
- 都市システムデザインは、地域住民の福利と健康にどのように影響しているのか。そうした影響をどのように定量化できるのか。
- 高齢化が進んだ地域はそれだけで脆弱な地域となりえる。若者を地域に惹きつけ、地域社会に参加させる手立てはなにか。
- 多様性のない土地利用に対して、どのように多様化を進めるのか。
- このワークショップで京島を対象として議論されてきた内容は、京島以外の地域、あるいは日本全体の課題に対して、どのように位置づけ、また模範となりえるのだろうか。
- 将来の都市計画の議論において、自動運転車が大きな役割を果たしうるが、社会的な負の影響が生じないようにするにはどのような計画が必要か。例えば、自宅から職場までのドア・トウ・ドアの交通需要は、自動運転によって増加するのではないか。また、コミュニティ内のつながりが減少するのではないか。このようなネガティブな見方を回避、あるいは緩和できるのか。
最後に、最先端の情報通信技術を活用して環境エネルギー性能の向上を目指すことだけでなく、そうした技術がより人間にとって親和的になるようなまちづくり計画を考えていく必要があります。また、私たちは、「はじめに」で述べたようなテーマに一緒に取り組んでいただける皆様の参加を期待しています。こうした我々の取り組みにご関心のある方は、山形の研究紹介パンフレット「環境儀70号和風スマートシティを目指して」もぜひご覧ください。
ワークショップのプログラムと一部の発表スライドは、下記リンク先に掲載しています。
http://cger.nies.go.jp/gcp/tokyo-smart-city-studio-2019.html
脚注
- 環境儀70号「和風スマートシティを目指して」http://www.nies.go.jp/kanko/kankyogi/70/70.pdf
- Ayyoob Sharifiほか「IoT時代における環境にやさしいスマートシティを目指して」地球環境研究センターニュース2018年7月号
- 自家用車やタクシー、自転車などの移動手段をモノではなくサービスとして提供すること
Dr. Peraphan Jittrapirom (ピーラパン ジットラピロム)
GCPつくば国際オフィス事務局長
土木工学を専攻し、ブリストル大学(英国)を卒業後、幹線道路や交通工学の専門家として公的および民間機関のクライアントに技術的サポートを提供。その後、ウィーン工科大学(オーストリア)において持続可能な交通計画に関する研究でPhDを取得。ウィーンでシンクタンクやタイの政府代表として国連工業開発機関に勤務後、ナイメーヘン(オランダ)にあるラドバウド大学に移り、ポスドクとしての研究を継続。GCPつくば国際オフィス事務局長(特別研究員)として2019年5月に着任。
専門分野は、交通計画、市民参加型の計画立案、不確実な状況における意思・政策決定、移動をサービスとして実現するための計画立案。輸送に関するモデリングやシステム・ダイナミクス、グループ討論などを円滑に進める手法についても高度なスキルをもつ。
ひとこと
私がなぜ輸送や交通システムに関心をもっているかというと、日常生活のなかでユビキタス(誰もがいつでもどこからでも情報ネットワークにアクセスできる)環境にあることは人間の福利や幸福につながり、そのユビキタスは交通システムの質によって大きく影響を受け、環境とも密接にかかわっているからです。GCPつくば国際オフィスで、都市計画や交通計画、炭素管理に関する研究に貢献できることに、とてもワクワクしています。
時間があれば、仏教の教えを実践したり、テニスをしたりします。また、コーヒーを淹れることやハイキングも好きです。読書も楽しみの一つです。
*英語版も掲載しています。
English version