2019年3月号 [Vol.29 No.12] 通巻第339号 201903_339005

IPCC特別報告書「1.5°Cの地球温暖化」の図を読み解く (2)

  • 地球環境研究センターニュース編集局

気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change: IPCC)が2018年10月8日に公表した1.5°C特別報告書に掲載されている「図の内容」を専門家のさらなる解説を加えて読み解いていきます。

2回目は、1.5°C上昇の場合と2°C上昇の場合で生態系や人間への影響やリスクがどのように違ってくるのかを比較した図を取り上げます。色分けがされており一見わかりやすいようにも見えますが、いろいろな指標が同時に記載されていて、非常に複雑な図になっているので、グラフを分解しながら、解説します。

出典:政策決定者向け(SPM)環境省仮訳

上の図は地球温暖化による世界平均地上気温の上昇の度合いによって、5種類の「懸念材料(RFCs: Reasons for Concern)」と呼ばれる事項及び10種の自然・人間管理システムを対象として、どのように影響、リスクが及ぼされうるかを示しています。

この図をわかりにくくしている要因の一つは、それぞれの縦棒グラフの横に書かれているM、H、VHの表示です。これは予測の確信度を下記図のように5段階(VL、L、M、H、VH)の総合評価で表しているのですが、影響やリスクの「程度」を示しているのではないかと誤解されやすいので注意が必要です。

確信度について

IPCCでは、確信度を証拠(evidence:種類、量、質、整合性)と見解の一致度(agreement)に基づき、VL(Very low:非常に低い)、L(Low:低い)、M(Medium:中程度)、H(High:高い)、VH(Very high:非常に高い)の5段階で総合的に評価しています。

出典:環境省「IPCC第5次評価報告書の概要—第1作業部会(自然科学的根拠)—」

この報告書では、徹底してリスクレベル(色)の「遷移」についてどの温度帯で生じるかを一つひとつ評価して、各々の評価に確信度を付与しています(赤が何°Cか黄が何°Cかではなく、黄(中程度)から赤(高い)にリスクレベルが変わるのはどの温度帯で生じるか、というのを、一つひとつ専門家判断の理由を明記して評価しています)。

例えば、RFC1(固有性が高く脅威にさらされているシステム)については他の4つのRFCsと比較して、地上平均気温上昇が小さくても大き目の影響(グラフの色が赤から紫)が出てしまうように見えます。ここでのポイントは、このシステムに対しては気温上昇が1.0°Cから1.5°Cの間にリスクレベルが黄色(中程度)から赤(高い)に切り替わること、同様に1.5°Cから2.0°Cの間にリスクレベルが赤色(高い)から紫(非常に高い)に切り替わること、です。見方を少し変えると、平均気温上昇が小さくても影響が既に検出され中程度のリスクが出始めており、今後パリ協定が上限目標にしている2.0°C上昇になってしまうと、非常に高いリスク水準になってしまう予測といえます。この予測の確信度(どれくらい自信をもっていえるか)は、リスクレベルが切り替わる気温上昇の3つの範囲(1.0°C以下、1.0〜1.5°C間、1.5〜2.0°C間)のいずれに対しても高い(確信度はH)とされています。

RFC2(極端な気象現象)については、地上平均気温上昇が0〜1.0°C(すでに現実になりつつある温度上昇の範囲)を境に中程度の影響(グラフの色が黄色)が現れていることが確信度が高い(H)(すでに観測されている)としています。さらにこのグラフでは気温上昇1.0°Cから1.5°Cの間を切り替え点として、「中程度の影響」が「深刻で広範囲にわたる影響が出る」状況に切り替わることが確信度中程度(M)で起こるとしています。つまり、極端な気象現象はすでに起き始めていて、今後温度上昇が1.0°Cから1.5°Cになる間に、影響の程度が広範囲かつ深刻なものになってしまうことを確信度中程度(M)で示していることになります。

なお、5つの懸念材料とその内容は以下です。

RFC1:固有性が高く脅威にさらされているシステム 気候条件による限られた地理的な範囲内にある、固有性が高いまたはその他の特徴的な性質をもつ生態系および人間システム。たとえば、サンゴ礁、北極域およびその先住民、山岳氷河、生物多様性のホットスポットが含まれる。

RFC2:極端な気象現象 熱波、豪雨、干ばつおよび関連する森林火災、沿岸洪水などの極端な気象現象によって引き起こされる人間の健康、生計、財産および生態系へのリスクや影響。

RFC3:影響の分布 自然の気候変動による危険性、暴露、脆弱性の不均衡な分布により特定の集団に偏るリスクや影響。

RFC4:世界全体で集約された影響 世界的な金銭的損失、地球規模の生態系や生物多様性の劣化および損失。

RFC5:大規模で特異な事象 地球温暖化によって引き起こされる、比較的大きく突発的で場合によっては不可逆的なシステムの変化。たとえば、グリーンランドや南極の氷床の崩壊が含まれる。

下段の図についても見てみましょう。温水性サンゴ礁、マングローブ(熱帯・亜熱帯の潮間帯に形成される植物群落)への影響とリスクに関して、まず、マングローブより温水性サンゴ礁の方が小さい気温上昇で影響が出てしまうと予測されています。温水性サンゴ礁では気温上昇が0〜1.0°Cの間に、まず検出できる影響(黄色に相当する中程度)が現在(若しくは過去にも)現れており(確信度H)、さらにまさに現在、赤に相当する深刻で広範囲にわたる影響が現れていて(確信度VH)、これから気温上昇1.0°Cをすぎるあたりから、紫に相当する深刻な影響のおそれがとても高く、適応能力も限られ、著しい不可逆性・関連災害の持続性を示すレベルに達する(確信度VH)とされてます。一方、マングローブについては、1.5°Cに達する付近から検出できる程度の影響が生じてくることが、確信度中程度(M)で予測されています。

専門家に聞いてみよう

回答者:高橋潔さん(社会環境システム研究センター 広域影響・対策モデル研究室長、IPCC第5次評価報告書でRFCsの評価を実施する第2作業部会19章「新しいリスクと主要な脆弱性」の主執筆者)

Q:棒グラフの下方は実線に、上方は破線になっています。どういう意味があるのでしょうか。

A:図中、縦軸で1°C弱のところに産業革命前から現在(2006〜2015年)までに観測された気温上昇を示す灰色の帯があります。一方、その灰色の帯より上の部分で、全ての棒グラフの枠線が破線になっています。報告書にははっきりとは書かれていないようですが、これまでに観測された影響に基づく懸念の水準の判断が実線の枠線の部分、予測された影響に基づく懸念の水準の判断が点線の枠線の部分、という理解で間違いないと思います。

Q:上段のRFC1〜5と下段の10のシステムとは対応しているのでしょうか。RFC1〜5の代表的なものが10のシステムということでしょうか。

A:下段の10のシステムのリスク評価は、いずれも、5つのRFCのうち1つあるいは複数のRFCのリスクレベルの評価に関連しますが、各RFCのリスクレベルは下段の10のシステムのリスク評価のみに依拠して評価されているわけではありません。下段の10のシステムの評価は(いずれも政策判断に際して見落とせない重要な影響ですが)必ずしも網羅的ではなくあくまで例示であり、より幅広い分野・地域のリスク評価を総合的に考慮してRFC1〜5のリスクレベル評価が行われています。

Q:温水性サンゴ礁とマングローブで影響やリスクが大きく違っているのはなぜでしょうか。

A:両者の曝露(分布)と気候変化への感度・応答の違いにより、リスクの評価結果は異なるものになります。それぞれについて、過去観測ならびに将来予測の知見が調査・評価されましたが、近年の熱波により温水性サンゴ礁の広範な被害が観測されたこと、一方でマングローブについては伐採や持続的でない沿岸開発が気候変化よりも大きなリスク因子となっていることなどをふまえた評価になっています。

Q:低緯度地域小規模漁業と北極域については、過去から将来に向けて、確信度が高い→中程度→高いとなっています。中程度に下がった確信度がその後高くなるのはなぜでしょうか。

A:図に付記された確信度の高さ(VH、H、M)は、気温上昇に応じてリスクレベルが非検出(白)から中程度(黄)へ、中程度(黄)から高い(赤)へ、あるいは高い(赤)から非常に高い(紫)に移行するという各評価の確信度を示しています。本文にもあるように、図では色あいで表現されているリスクレベルと混同しやすいので注意が必要です。リスクレベルの移行の評価は、単一の研究に依拠して行われるのではなく、異なる時空間スケール、被害対象、予測手法などを有する複数の研究知見をふまえて総合的に行われますが、評価に利用可能な研究の数や水準にも濃淡があるため、稀にですが、質問にあるような確信度の評価となることもありえます。リスクレベルの移行の温度帯の評価と同様に、その評価の確信度も、関与した研究者らの専門家判断で付与されます。

Q:1.5°C特別報告書の図ではありませんが、確信度について、見解一致度(High、Medium、Low)と証拠(Robust、Medium、Limited)は3段階なのに確信度の尺度は5段階になっています。これはどう見ればいいのですか。

A:本文の確信度の図にもあるように、報告書執筆者らに対しては、見解の一致度(調査対象となった複数の研究知見の間で主張の一致が見られるかどうか)と、証拠の種類・量・質等(測定・予測等の分析手法とその精度、関連の研究論文数、論文掲載誌の水準にも関わる研究の信頼性等)の2軸を組み合わせて、評価の確信度を示すことが求められます。見解の一致度が高い場合でも、例えばごく最近に分かってきた事項で関連の研究論文がごく限られた研究グループからの1〜2本しか発表されていない場合、多様な方面からの研究発表の蓄積があり良く吟味されてきた事項に比べ、研究数が少ない分、見解が一致する割合は高くなります。確信度評価の二軸の双方について高い評価が得られるものについてより高い確信度を付与して区別できるよう、5段階の尺度になっています。

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