2019年7月号 [Vol.30 No.4] 通巻第343号 201907_343001
「マレーシア森林研究所(FRIM)とのMOU締結」と「熱帯生態系の持続管理に関する国際ワークショップ」開催報告 —熱帯林における環境共同研究、さらなる展開へ—
1. はじめに
2019年3月4日(月)国立環境研究所(以下「NIES」)にて、NIESとマレーシア森林研究所(Forest Research Institute Malaysia(以下「FRIM」))との間で、「熱帯森林科学と環境科学に関する共同研究協定(NIES-FRIM MoU)」が締結された(写真1)。熱帯林の多様性や物質循環の解明を行うために、NIESが環境省地球環境研究総合推進費により、FRIM及びマレーシアプトラ大学(UPM)と1991年度より共同研究協定(NIES-FRIM-UPM MoU)を締結し、マレーシア半島にあるパソ森林保護区において共同研究を行ってきた。今回のNIES-FRIM MoUは、パソ森林保護区を中心とした、熱帯林における生物多様性と環境変動に関する新しい取り組みである。
MoU締結を記念し、FRIMの副所長であるSamsudin Musa博士を含む、マレーシアから3名の関連研究者が招聘された。招聘者に加え、NIESや森林総合研究所、筑波大学、北海道大学などの研究者が参加して、「International Workshop on Sustainable Tropical Ecosystem Management for Global Climate Change Mitigation and Adaptation(気候変動の緩和と適応策に向けた熱帯生態系の持続管理に関する国際ワークショップ)」が、NIESの中会議室にて開催された。ワークショップでは、マレーシア熱帯林での生物多様性や生態系管理、気候変動と炭素循環に関する最新の研究が報告され、将来を見据えた研究展開についての活発な議論が行われた。
2. プログラム
国際ワークショップは、3つのセッションに分けて開催された(プログラム参照)。セッション1「Climate and Environmental Changes—from Reginal to Global」では、各研究機関の代表者から、国際ワークショップ開催にあたっての挨拶が行われた。また、マレーシア半島のパソ森林保護区で行われてきた共同研究の歴史や、熱帯林研究と関連の深いNIES地球環境研究センターと、生物・生態系環境研究センターが現在取り組んでいるプロジェクトの紹介が行われた。セッション2「Biodiversity and Tropical Ecosystem Management」では、熱帯林での森林管理施業、森林動態モニタリング研究、原住民による森林資源の利用の実態、DNAを用いた生物多様性予測など、非常に幅広い最新の研究が紹介された。セッション3「Climate Change and Carbon Cycle in Southeast Asia」では、東南アジア地域における温室効果ガス濃度、熱帯泥炭生態系でのCO2とCH4の収支に関する観測研究の紹介が行われた。さらに、森林火災や土地利用変化が、揮発性有機化合物の排出や、炭素循環に及ぼす影響についての研究が紹介された。
3. セッション1「Climate and Environmental Changes—from Reginal to Global」(気候と環境の変化—地域から世界へ)
本セッションの初めに、両国研究機関の代表である、NIES理事長の渡辺知保と、FRIMのSamsudin Musa副所長より開会挨拶があった。MoU締結への感謝の意が述べられ、マレーシア熱帯林での両機関による共同研究の意義と重要性、そして今後の共同研究を強力に推進していく意思表明がされた(写真2)。
セッション1最初の講演は、本ワークショップの企画者でもあるNIESの梁乃申による「NIES leading research in Pasoh Forest Reserve」であった(写真3)。東南アジアの熱帯林は総一次生産量(GPP)が高く、世界的にも重要な熱帯林であり、特に炭素循環に関して先駆的な研究が行われてきた。NIESは、1991年以来、熱帯林生態学と生物多様性に関する共同研究プロジェクトを、FRIMとマレーシアのプトラ大学(UPM)とともに進めてきた。長年本共同研究に携わってきた梁乃申は、過去28年間の結果を振り返り、将来の更なる研究発展の可能性を述べた。
続いて、FRIMとの熱帯林共同研究と関連が深い、生物・生態系環境研究センター(山野博哉)と地球環境研究センター(三枝信子)から、現在取り組んでいる研究プロジェクトの概要紹介があった。
4. セッション2「Biodiversity and Tropical Ecosystem Management」(生物多様性と熱帯生態系管理)
セッション2では、マレーシア熱帯林での生物多様性と生態系管理に関する報告が行われた。最初の講演は、パソ森林保護区がある森林管理署の署長である、Salim Aman氏による「Sustainable Forest Management in Peninsular Malaysia」であった(写真4)。マレーシアでは1世紀以上にわたって持続可能な森林管理(SFM)を実践しており、マレーシア国内における様々な森林伐採施業の方法について紹介した。
続いて、森林総合研究所の新山馨氏から、マレー半島の低地フタバガキ林(パソ)と丘陵フタバガキ林(Semangkok)に設置された各6haの調査プロットでの長期森林動態モニタリング研究の紹介が、「Long-term ecological studies in lowland and hill dipterocarp forests in Peninsular Malaysia」と題して行われた。本講演では、一斉開花現象と気象変化の関係性など、長期調査によって見えてくる生態現象に関する研究が数多く紹介された(写真5)。NIESの竹内やよいからは、ドローンを使った熱帯林樹冠構造の3Dモデル化や樹種多様性評価手法の開発など最新の研究成果に加え、ボルネオ島における地域住民からの聞き取り調査に基づいた研究「Biodiversity and ecosystem services of tropical forests in Malaysia: towards conservation and sustainable use」が紹介された。
FRIMでパソ森林保護区などの管理研究業務を担当しているTze-Leong Yao氏は、「Habitat-related tree species distributions and diversity in Pasoh 50-ha Plot」と題した講演を行った。パソ森林保護区にある50haプロットの植生調査データから、比較的平坦なパソ森林でさえ、土壌及び微地形(湿地、堆積地、傾斜地、尾根)の不均一性が樹種分布に大きく影響し、α多様性(生息地内の種豊富度)やβ多様性(生息地間の種構成のターンオーバー)に寄与していることを紹介した(写真6)。セッション2の最後には、NIESの大沼学より、「Evaluation of vertebrate species diversity in Pasoh using camera trap and environmental DNA」と題した講演が行われた。大沼は、カメラトラップを用いた動物調査及びDNAマーカーを用いた地上水の分析が、種多様性の評価に有用であることを示唆した。
5. セッション3「Climate Change and Carbon Cycle in Southeast Asia」(東南アジアの気候変動と炭素循環)
本セッションでは、東南アジアでの温室効果ガスの観測研究や、気候変動や森林環境変化に伴う温室効果ガスの排出に関する、最新の研究事例が紹介された。初めに、気候変動適応センターのセンター長である向井人史から、「NIES strategies for adaptation against the impacts by climate change」とする講演が行われた。2018年10月に新設された気候変動適応センターの設立経緯や活動内容についての説明と、データベースを用いた研究の一例が紹介された。続いて、FRIMのSamsudin Musa副所長から、「Reducing Emissions from Improved Forest Management」と題した講演があった。マレーシアでの森林資源量の変化や、森林管理の改善による、温室効果ガス排出量の評価と削減の効果について紹介された。さらに、これまでの日本との共同研究で得られた、主要な成果についても言及した。
次いで、NIESの野村渉平から「The observation for GHGs concentration in Malaysia by NIES」として、東南アジアでの温室効果ガス濃度に関する観測研究についての講演があった。ボルネオ島サバ州にあるDanum valley(DMV)ステーションでの自動フラスコサンプリングユニットの開発過程や、温室効果ガス濃度や炭素同位体比の観測結果に基づいた周辺国からの燃焼ガス影響などについて紹介があった(写真7)。そのあと、北海道大学の平野高司氏による「CO2/CH4 balance of tropical peat ecosystems in Southeast Asia」と題した講演が行われた。本報告では、熱帯泥炭湿地林(TPSF)が、炭素と水に富んだユニークな生態系であることが述べられ、本生態系への攪乱影響を定量評価することを目的とした、CO2とCH4収支に関する研究が紹介された(写真7)。
NIESの斉藤拓也は「Volatile organic compound measurements in Malaysia during the 2015 Indonesian fires」にて、インドネシアの森林火災と、植物起源揮発性有機ガス(BVOC)との関係について言及し、森林火災にともなう揮発性有機化合物の測定の重要性を示した。本セッション最後は、筑波大学の安立美奈子氏による、「Effect of land-use change on carbon cycle in Malaysia」と題する講演であった(写真8)。パソ森林保護区周辺での研究事例をもとに、熱帯林生態系の炭素循環に対する、気候変動と土地利用変化の影響評価に関する研究紹介が行われた。本講演では、モデルシミュレーションと観測の両方を用いて、各生態系の炭素収支を長期にわたって評価することの重要性が示された。
6. おわりに
NIESとFRIMの両研究機関は長年共同研究関係にあり、東南アジア熱帯林研究における、日本とマレーシアとの熱帯研究の橋渡し的な役割を担ってきた。本ワークショップは、これまでの取り組みや研究をふり返る良い機会となり、両機関の協力体制の重要性を再認識するとともに、その発展が次代の共同研究の進展につながることを期待させる、非常に意義深い機会となった。
プログラム
Session 1: Climate and Environmental Changes—from Reginal to Global (Chair: Naishen Liang)
- 11:00–11:05:
- Opening Remarks (Dr. Chiho Watanabe, President of National Institute for Environmental Studies (NIES))
- 11:05–11:10:
- Opening Remarks (Dr. Samsudin Musa, Deputy Director General of Forest Research Institute Malaysia (FRIM))
- 11:10–11:35:
- NIES leading research in Pasoh Forest Reserve (Naishen Liang, Center for Global Environmental Research (CGER), NIES)
- 11:35–11:50:
- Ecosystem studies by NIES (Hiroya Yamano, Director of Center for Environmental Biology and Ecosystem Studies, NIES)
- 11:50–12:05:
- Global environmental observation by CGER (Nobuko Saigusa, Director of CGER, NIES)
Session 2: Biodiversity and Tropical Ecosystem Management (Chair: Manabu Onuma)
- 13:15–13:35:
- Sustainable Forest Management in Peninsular Malaysia (Salim Aman, Deputy Director of Negeri Sembilan Forestry Department, Malaysia)
- 13:35–13:55:
- Long-term ecological studies in lowland and hill dipterocarp forests in Peninsular Malaysia (Kaoru Niiyama, Forestry and Forest Products Research Institute)
- 13:55–14:15:
- Biodiversity and ecosystem services of tropical forests in Malaysia: towards conservation and sustainable use (Yayoi Takeuchi, Center for Environmental Biology and Ecosystem Studies, NIES)
- 14:15–14:35:
- Habitat-related tree species distributions and diversity in Pasoh 50-ha Plot (Tze-Leong Yao, FRIM)
- 14:35–14:55:
- Evaluation of vertebrate species diversity in Pasoh using camera trap and environmental DNA (Manabu Onuma, Center for Environmental Biology and Ecosystem Studies, NIES)
Session 3: Climate Change and Carbon Cycle in Southeast Asia (Chair: Naishen Liang)
- 15:10–15:25:
- NIES strategies for adaptation against the impacts by climate change (Hitoshi Mukai, Director of Center for Climate Change Adaptation, NIES)
- 15:25–15:55:
- Reducing Emissions from Improved Forest Management (Dr. Samsudin Musa, Deputy Director General of FRIM)
- 15:55–16:15:
- The observation for GHGs concentration in Malaysia by NIES (Shohei Nomura, CGER, NIES)
- 16:15–16:35:
- CO2/CH4 balance of tropical peat ecosystems in Southeast Asia (Takashi Hirano, Hokkaido University)
- 16:35–16:55:
- Volatile organic compound measurements in Malaysia during the 2015 Indonesian fires (Takuya Saito, Center for Environmental Measurement and Analysis, NIES)
- 16:55–17:15:
- Effect of land-use change on carbon cycle in Malaysia (Minako Adachi, University of Tsukuba)
- 17:15–17:35:
- Discussion
- 17:35–17:45:
- Closing Remarks (Dr. Hideo Harasawa, Vice President of NIES)