2018年9月号 [Vol.29 No.6] 通巻第333号 201809_333002
地球温暖化と「水」
私は気候モデルを用いて、過去の気候変動と将来予測を研究しています。
地球上には雨や雪、川の水、海水、海氷などさまざまな形態の「水」が存在します。人間活動による地球温暖化は、単に気温を上げるだけではなく、これらの「水」に大きな変化をもたらすと予測されています。気候モデルによる「水」の将来変化予測についてご紹介します。
1. 気候モデルによる将来予測
将来をどうやって予測するかということを説明します。まず、将来の世界の社会経済の発展を予測するのですが、2100年までの世界経済がどのように発展するかということを正確に予測することは不可能です。ですから、このままグローバリゼーションが進んでいく世界や、化石燃料に依存する世界などのさまざまな世界(社会経済シナリオ)を想定します。それぞれの社会経済シナリオから温室効果ガス等の排出量を想定し、温室効果ガス等の大気中濃度を計算し、それを条件として気候の変化を予測します。さらにその気候変化の予測情報を使って、人間社会・生態系への影響を研究します。気候モデルで扱う温室効果ガスの排出シナリオは複数ありますので、シナリオ(甲斐沼美紀子「地球環境豆知識 [30] シナリオ」2014年7月号参照)によって気候変化の様相が違ってきます。人類が二酸化炭素(CO2)をたくさん出すシナリオですと、2100年までに世界平均地上気温が産業革命前より4°C上昇します。一方、あまりCO2を排出しないシナリオですと、1.7°Cの上昇になります。
2. 温暖化した世界で「水」は
4°C気温上昇したときに年平均降水量はどう変化するでしょう。温暖化すると海水面の温度が上昇し、大気中の水蒸気量も増えることで、海水面から蒸発する水蒸気量が増加します。水蒸気量の増加は世界平均でみると降水量の増加をもたらします。しかし気候システムは複雑で、すべての地域で降水量が増えるわけではなく、熱帯や高緯度では増え、亜熱帯では減ります。水蒸気が上昇して凝結する(雲粒雨粒となる)ときに発生する熱(凝結熱)によって風の流れが変わり、その風の変化によって亜熱帯では降水量が減ってしまいます。
温暖化によって強い雨の頻度も変わってきます。温暖化して3°C気温が上昇したら、平均年4回発生していた「強い雨」は、亜熱帯では頻度が減少しますが、それ以外の場所では増加します。日本付近では1.5倍くらいになります。
強い雨の頻度が増えると、洪水が心配です。現在100年に1回起きるような大きな洪水が、4°C温暖化した世界ではどうなるでしょうか。日本、中国、インド、東南アジア、南アジア、アフリカ、南米などの地域は洪水の頻度が増加しますが、地中海周辺や東ヨーロッパなどは減少します。東ヨーロッパで、強い雨の頻度は増えるのに洪水が減るのはなぜかというと、温暖化して雪が雨として降るようになり、(雨と雪の和は増えるものの)冬の積雪と春先の雪融け水が減ると、洪水の頻度が減るのです。
強い雨とは逆に干ばつについてはどうでしょう。4°C温暖化した時に世界の多くの地域で干ばつの日数は増加するという予測になっています。温暖化すると強い雨が増える頻度は増え、一方弱い雨の頻度が減ります。弱い雨も降らない日数が増え、それによって干ばつの日数は増えます。
干ばつが増えると心配なのは水不足です。2000年時点で、世界の33%の人が必要なときに必要な量の水が得られない水不足地域に住んでいます。それが4°C温暖化すると47%〜50%になり、約5割増えてしまいます。2°C温暖化する世界では38%〜41%なので、現在より割合は大きくなりますが、4°C温暖化するより影響は小さくなります。
南米大陸の水資源量の変化をみてみます。3°C温暖化すると、アマゾンの熱帯雨林地域で乾燥化が進みます。乾燥化が進むと熱帯林が枯れやすくなったり、森林火災も起きやすくなったります。そうなると生態系にとっては重要な問題なのですが、アマゾンの熱帯雨林は大量のCO2を吸収して蓄えています。そのCO2が大気中に放出されてしまうとさらに温暖化が進むという懸念があります。
2013年11月にHaiyan(ハイアン)と名付けられた強力な台風がフィリピンを襲いました。この台風による高潮で、死者6千人、負傷者2万8千人、被害額854億円という膨大な被害が発生しました。Haiyanを気候モデルで再現し高潮をシミュレーションすると、湾の奥にいくほど潮位が高くなり、最大で4.3mになります。気候モデルはコンピューターシュミレーションですので気象条件の一部の設定を変えて計算することもできますから、温暖化が起こってない世界(CO2濃度が増えていない世界)でHaiyanによる高潮を計算してみました。その結果、高潮による潮位は最大3.8mとなりました。この差0.5mは何を意味しているのでしょうか。台風は温暖化していなくても起こり、それによって高潮が発生します。ただ、人間活動による温暖化で高潮が0.5m高くなったのです。つまり0.5mは人間のせいだと言えるということです。
温暖化すると、今まで雪として降っていたものが雨となります。4°C温暖化した世界では日本の多くの場所で年積算降雪量が減ってしまいます(雪と雨を足した総量は増える)。ところが4°C温暖化した世界でもときどき強い寒気がやってきます。そのとき山岳部では0°Cを下回るので、雪が降ります。その上、温暖化して大気中の水蒸気量は増えているので、その増えた水蒸気が雪として落ちてしまい、「どか雪」の量が増えます。つまり温暖化すると平均的に雪は減るのですが、ときどき降る「どか雪」が山岳部で増えてしまいます。
海氷の話をします。9月の北半球平均海氷面積が将来どう変わっていくかを見てみます。9月は北半球の海氷がもっとも少ない時期です。4°C温暖化した世界では21世紀後半には海氷がなくなっていまいます。一方、1.7°C温暖化した世界では海氷は減るのですがギリギリ残ります。
海面水位(海の表面の高さ)は、温暖化すると上昇すると考えられています。4°C温暖化する世界では2100年までに75cmくらい上がりますが、1.7°Cでは40cmくらいに抑えることができます。温暖化するとなぜ海面水位が上がるのかというと、水温が上がることが大きい要因です。水温が上がると水が膨張して上に拡がりますから、海水面が上がります。ところで、北極にあるような海氷は融けても海水面は上がりません。水の上にある氷が融けても体積は増えないからです。しかし、陸上にある氷河が融けて海に流れ込むと海水面が上がります。グリーンランドには巨大な氷がありますが、(1〜4°Cの何°Cかはわからない)しきい値を超える世界平均気温上昇が持続すると、千年あるいは長期間かけて氷は全部融けてしまいます。そして世界平均の海面水位は7m上昇すると予測されています。千年後なら心配ない、気にしなくていいと思われるかもしれませんが、千年後にいきなり7m上がるわけではなく、徐々に上がっていきます。現在世界の人口の多くは海岸線沿いに住んでいます。そこに住む人々やインフラは常に内陸に向けて後退し続けなければならなくなります。
海水の酸性化も重要な問題です。大気中のCO2が増えるとそこから海に溶けていくCO2の量も増えます。すると海水が酸性になっていきます。酸性化が進むと貝やサンゴがダメージを受けます。さらに、貝やサンゴと関係しているいろいろな生き物にも影響が及びます。
3. パリ協定の目標を達成できても残る影響
気候変動によるさまざまな影響をできるだけ小さくするために、国際社会は2015年のCOP21でパリ協定に合意しました。パリ協定の目標「世界共通の長期目標として、産業革命前からの地球平均気温上昇を余裕をもって2°C未満に抑えましょう。できれば1.5°C未満にしましょう」を達成するためにはどうしたらよいでしょうか。
最初にお話したとおり温度上昇とCO2排出量は相関関係がありますから、累積CO2排出量をできるだけ小さくすることです。2°C目標を達成するための累積排出量(775GtC)から人類がすでに排出している量(500GtC)を差し引くと、残り枠は275GtCです。年間10GtCという現在のペースで排出を続けてしまえば、残り枠を30〜40年で使い切ってしまうといわれています(数字は西岡秀三「温室効果ガス排出のない社会へ変えるのはあなた」(地球環境研究センター交流推進係「国立環境研究所出前教室『地球温暖化とわたしたちの将来』開催報告」2018年6月号)から引用)。
排出削減をしないと2100年には気温上昇は4°Cを超えてしまいますが、現在の削減政策ですと気温上昇は3.1〜3.7°Cに抑制できます。パリ協定のもとで各国が決定する温室効果ガス削減目標を合わせると2.6〜3.2°Cになりますが、これでもパリ協定の目標を達成できません。つまりまだまだ努力をしなければいけないということです。では、いつするかということですが、早ければ早いほどいいのです。早く削減を始めると排出削減を実施するコストが低く、後になって慌てて削減すると無理が出てきてコストが上がるということがわかっています。
頑張って排出削減して、パリ協定の2°C目標が達成できたとしたら問題はすべて解決するでしょうか。実はそうではないのです。現在10年に1回の「強い雨」は、たとえ2°C目標が達成できたとしても、東アジアでは頻度が2倍近くになってしまいます。1.5°C目標を達成できても、1.4〜1.5倍になります。
気候変化をどの程度避けられるかは、人類が温室効果ガスの排出量をどれだけ削減できるかにかかっています。このような政策を緩和策といいます。しかし、頑張って排出削減してパリ協定の2°Cまたは1.5°C目標を達成したとしても気候変化の影響は出ますから、その影響を低減するための対策(適応策)をうっていく必要があります。緩和策と適応策は温暖化対策の両輪です。
*国立環境研究所公開シンポジウム2018「水から考える環境のこれから」(2018年6月15日、22日)より
なお、公開シンポジウム2018の発表内容は、後日、国立環境研究所のビデオライブラリー(http://www.nies.go.jp/video_lib/index02.html)に掲載されます。また、地球環境研究センターの事業と広報活動の紹介はウェブサイト(http://www.cger.nies.go.jp/ja/news/2018/180704.html)に掲載しています。