2018年6月号 [Vol.29 No.3] 通巻第330号 201806_330004
国立環境研究所出前教室「地球温暖化とわたしたちの将来」開催報告
2018年3月10日(土)北海道帯広市のとかちプラザにおいて、地球環境研究センターは、北海道十勝総合振興局、北海道環境財団と共催で「地球温暖化とわたしたちの将来」と題するイベントを行いました。パリ協定の発効を踏まえ、地球環境研究センターでは、2018年度から日本各地で研究者が市民の皆様に地球温暖化問題の現状と今後について直接説明することにより、これまで以上に具体的な意見交換を進め、これを今後の研究にも生かしていきます。今回のイベントでは、地球温暖化に関する基本事項や脱炭素社会構築への道筋、豪雨や猛暑と地球温暖化の関係など、3人の講師が環境研究の最前線の成果を踏まえた話題を提供しました。また、海水が二酸化炭素(CO2)を吸収することを確認する実験や、講演者と会場の参加者によるディスカッションを行いました。帯広市内は近年稀にみる豪雪に見舞われ、出かけるのが大変な状況にありましたが、それでも高校生からシニアの方まで60人以上の参加があり、ディスカッションでは活発な意見交換が行われました。
以下、講演概要とディスカッションについて報告します。
1. 「脱炭素化」に不可欠な社会の「大転換(トランスフォーメーション)」 【講師】江守正多(国立環境研究所地球環境研究センター 室長、現副センター長)
地球温暖化の影響はすでに顕在化しています。地球環境研究センターの江守正多室長は、パリ協定の目標を達成するために不可欠な「社会の大転換」について、参加者への質問を交えながら解説しました。
事前に配付してある○×の札を利用し、最初に江守は参加者にいくつかの質問をしました。「地球温暖化が進んでいるという実感があるか」の質問には○が多く挙がりました。「地球温暖化は人間活動が主な原因だと思うか」という問いには、×を挙げる人が少しいました。
これまで世界で観測されてきた年平均気温の長期的変化を表したグラフを用いて実際に気温が上がっていることを示し、さらに将来の温度上昇については、コンピュータの予測結果を紹介しました。地球上の地域によって温度の上がり方に違いがあるものの、今後私たちがほとんど温暖化対策をしないと仮定した計算では、温室効果ガス濃度の上昇により、2100年には世界平均で4°Cくらい上昇してしまいます。
2015年のCOP21で採択されたパリ協定では、「世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2°Cより十分低く保つとともに、1.5°Cに抑える努力を追求する」という長期目標が合意されました。今後温暖化対策なしの場合と2°C未満を目指して対策をした場合の将来の温度の上がり方をコンピュータ予測の結果比較で示し、江守は国際社会が2°C未満を目指す決断をしたことを強調しました。
パリ協定の目標の実現には、「今世紀後半に人為的な温室効果ガスの排出と吸収源による除去の均衡を達成する」ことが必要で、具体的には今世紀末には実質の温室効果ガスの排出をゼロにしなくてはなりません。そこで、自動車や家電製品など機器の高効率化、スマート化などによる省エネや、再生可能エネルギーの利用、森林減少の抑制、革新的な技術などの排出削減策を紹介した後、参加者に「パリ協定の目標を実現できそうだと思うか」と質問したところ、7〜8割の人が○を挙げました。
パリ協定が目指すような脱温暖化には社会の大転換が必要です。社会の常識が変わった身近な例として、江守は、30年前には想像できなかったが現在では常識になっている「分煙」を取り上げました(江守正多「オピニオン:『分煙』を手がかりに考える『脱炭素』の大転換」地球環境研究センターニュース2017年11月号を参照)。
最後に江守は、「人類は『化石燃料文明』を今世紀中に『卒業』しようとしています。その決意表明がパリ協定の長期目標です」と締めくくりました。
2. 異常気象と温暖化 【講師】塩竈秀夫(国立環境研究所地球環境研究センター 主任研究員)
近年、これまで観測されたことのない熱波や豪雨などが発生し、人々の生活に影響を与えています。これは温暖化のせいなのでしょうか。地球環境研究センターの塩竈秀夫主任研究員は、過去の気候変動の要因分析と将来予測について講演しました。
地球温暖化が人間の影響によるものかどうかを検討する道具の一つが気候モデルです。気候モデルで過去の気候変化の要因を調べたところ、産業革命後の人間活動の影響がなければ過去50年くらいの急激な温暖化を説明できないことがわかりました。また長期的な世界平均気温上昇だけではなく、近年観測された極端な猛暑や干ばつ、記録的な強度の台風などに関しても、人間活動の寄与が検出されたものもあると塩竈は説明しました。
次に、将来の気候変化について、以下のように紹介しました。このまま温暖化対策をとらずにCO2排出を続けていくと、今世紀末には地球の平均気温は4°C上昇してしまいます。また、温暖化していくと年平均気温が過去160年の変動幅を超えてしまい、昔経験した範囲にはもう戻れなくなります。たとえば2100年までに4°C上昇する予測の場合では、日本における2040年頃の「極端に寒い年」の年平均気温は、「過去160年間で最も暑い年」を上回ってしまいます。また、雪の降り方については、将来4°C温暖化したときには日本の多くの場所で雪から雨になりますから、年積算降雪量は減ります。しかし、一部の山岳地域は平均気温が4°C上昇しても冬季には0°Cを下回る日がまだ多いでしょうから、大気中の水蒸気が増えたところにたまたま強い寒気が入ると、どか雪になってしまいます。そのような地域では、年積算降雪量は減りますが、10年に一度のどか雪の量は増えると予想されます。
温暖化をできるだけ抑えるためには、CO2排出量を減らすしかないのです。たとえパリ協定の2°C目標を頑張って達成できたとしても、アフリカ、南米は、現在10年に一度の暑い日の頻度が、7回にもなる予測となっています。しかし温度上昇を1.5°Cに抑えるとこの7回をずいぶん低減することができます。極端現象についても2°Cより1.5°Cの方が頻度増加を抑制できます。さらにすごく減るところはアフリカなど、これまであまりCO2を出してきていない、温暖化にあまり責任がない地域です。つまり温暖化の責任に対する不公平性が減るということを塩竈は強調しました。
塩竈は「私たちはすでに気候を変えてしまっていて、このままでは過去160年間に経験したことのない異常気象が何度も発生することになります。気候変動をどの程度で抑えられるかは、私たちの選択や努力にかかっています。それは気候正義(広兼克憲「地球環境豆知識 [34] 気候正義(climate justice)」地球環境研究センターニュース2018年4月号参照)という観点からも重要です」と結びました。
3. 温室効果ガス排出のない社会へ変えるのはあなた 【講師】西岡秀三(地球環境戦略研究機関 参与(元国立環境研究所理事))
30年以上にわたり地球温暖化問題の第一線で研究を行ってきた地球環境戦略研究機関の西岡秀三参与は、パリ協定を踏まえ、ゼロエミッション社会への転換について解説しました。
2000年のCO2収支を見ると、化石燃料の燃焼により7.2GtC大気中に排出され、そのうち海洋が2.1GtC、森林・土壌が0.9GtC吸収しています。残り4.2GtCは大気中に蓄積されます。毎年この量が蓄積され、100年たっても消えません。CO2が大気中に蓄積されると、それに応じて温度は上がっていきますから、それを止めるにはCO2排出を止めるしかないと西岡参与は説明しました。
温度上昇はCO2の累積排出量に比例します。パリ協定の長期目標である2°C上昇までの排出許容量は775GtCですが、今までにもう500GtC排出していますから残りは275GtCです。現在年間10GtCのCO2を排出しています。西岡参与は今のままの排出を続けると、約30年後には許容量に達してしまうことを示し、今こそ「化石エネルギー文明」から「環境文明」に大きく「転換」する時であることを強調しました。
そして、今後のエネルギーは内燃機関による動力から電気による動力に変わっていかざるを得ないことを説明した上で、累積発電量とキロワット当たりの価格から、化石燃料に替わるエネルギーとして、原子力や陸上風力、バイオマス、太陽光発電(PV)を例に挙げました。特にPVのコストは急激に下がっていること(日本ではまだ1kWh当たり十何円、あるいは30円と言われているが、世界では3円のところもある。日本の原子力は9.5円以上とされ今後は安全強化のためコストアップの見込み)を説明しました。また、中国は世界の再生可能エネルギー市場を独占し始め、世界はどんどん再生可能エネルギーに動きつつあるのに、日本は出遅れた感があるので、皆さんにはこの十勝の広い土地を利用して是非再生可能エネルギーの普及を進めてほしいと話しました。
気候対策が技術の不連続発展をもたらし、産業・経済が変わる例として、自動車を例に、西岡参与は以下のように紹介しました。世界中のいろいろな国で電気自動車(EV)の生産が行われるようになりました。中国では2019年から生産・輸入の一定割合をEVにすることに決め、インドでも2030年までに販売車をすべてEVにすることになりました。日本ではこのような方針転換は広範囲の産業への影響が懸念されます。電気自動車はエンジンが不要になったため、これまでの自動車と比べて部品数が2/3になり、関連中小企業への影響が大きいので、産業転換を早目に考えなければなりません。また、これからは自動車を所有するのではなく、カーシェアリングなどで移動を売るようになるでしょう。こういうことで産業構造がこれからどんどん変わっていきます。
コラム海はCO2を吸収する? 実験で確かめよう!
【講師】広兼克憲(国立環境研究所地球環境研究センター 主幹)
海がCO2を吸収することを実験で確認していただきました。
液体の酸性・アルカリ性を調べる溶液(BTB溶液)を混ぜた海水入りの小瓶に呼気を吹き込んで、振り混ぜた時の水の色の変化を観察する実験です。海水が呼気に含まれるCO2(外気より数十倍濃度が高い:2〜3%の濃度)を吸収すると青色(アルカリ性)から黄色(酸性)に変ります。ここで今度は、呼気を追い出して部屋の空気と入れ替えて振り混ぜると、また元に近い青色に戻ります。参加者はこの実験により、大気中のCO2が増えると海が酸性に近づく可能性があることを理解できたと思います。
4. ディスカッション
最後に、参加者からいただいた質問に講演者が答えました。熱心な参加者が多く、予定時間を延長してディスカッションできたことは、とても有意義だったと思います。一部を紹介します。
はじめに、「地球温暖化は、CO2濃度の上昇以外に原因はないのか。」という質問がありました。江守は、他の要因として太陽活動と氷期-間氷期のサイクルを例に挙げ、温暖化との関連を科学的に紹介し、人間活動によるCO2などの増加が温暖化の主な原因であることを説明しました。詳細は、江守正多「本当に二酸化炭素濃度の増加が地球温暖化の原因なのか」を参照してください。
この後、参加者から、科学が正しくても間違っていても、私たちは未来のために温暖化対策をするというのが正しい選択になると思う、という意見がありました。
また、「気温上昇について、極域(特に北極)で大きいのはなぜか。」という質問には、塩竈が、「極域は海氷や雪で覆われていて、陸に比べて太陽光の反射率が大きくなります。ところが温暖化して雪氷が融けていくと反射率が小さくなって、海面や地面に届く太陽光の吸収率が上がります。つまり、今まで雪や氷に覆われていてあまり温度が上がっていなかった極域で、急激に温度が上がります。温度が上昇すると雪氷が融けてさらに温度が上がります。これを(正の)フィードバックと呼んでいます。」と回答しました。
「電気を使うことは温暖化に影響があるのか。」という問いには、西岡参与が以下のように説明しました。「たとえば家庭で電気を使ったらCO2を排出することになるのかということですね。現在電気は、多くの場合、石炭、石油、天然ガスで発電しますから発電の際にCO2が発生します。炭素強度(エネルギー当たりのCO2発生量、相対比)が最も大きいのは石炭です。次に石油、天然ガスの順です。天然ガスの炭素強度は石炭の半分ですから比較的クリーンなエネルギーです。結論を言うと、電気の使用は温暖化に影響があります。ですから、電気を起こしている燃料をどういう順番で減らしていくかが当面の課題です。」
*写真提供:久保田学氏(北海道環境財団)