2017年7月号 [Vol.28 No.4] 通巻第319号 201707_319004

土地利用に関わるネガティブエミッション技術(LUNETs) 食料安全保障など持続可能な開発目標(SDGs)への示唆 —GCP/MaGNETワークショップ報告—

  • 地球環境研究センター 気候変動リスク評価研究室 主席研究員 山形与志樹
  • 地球環境研究センター 物質循環モデリング・解析研究室 主任研究員 伊藤昭彦

1. はじめに

2016年11月に発効したパリ協定では、将来の温度上昇を産業革命前と比較して2°Cより十分低く、できるだけ1.5°C未満に抑える努力を追求する目標が定められている。しかし、それを実現するための具体的な対応方針は決まっておらず、科学、技術、政策の様々な側面について検討が進められている。

上記の目標を達成するためには、人為的な温室効果ガス排出の大幅削減が不可欠なのは当然として、さらに踏み込んだ対策が求められている。つまり、これまでも上昇し、今後も上昇を続けると考えられてきた大気中の温室効果ガス濃度を今世紀中に低下させる取り組みが必要になる。温室効果ガス濃度の変化と温度変化の間には応答のタイムラグ(時差)があることや、地球の炭素循環からのフィードバックがあるため、単に排出量をゼロにしても温度上昇をすぐには止められないからである。大気中の温室効果ガス濃度上昇を頭打ちさせて低下に導く一連の技術は、負の放出を指す「ネガティブエミッション技術(Negative Emissions Technologies: NETs)」と呼ばれている(加藤悦史「地球環境豆知識 [27] ネガティブエミッション技術」地球環境研究センターニュース2014年4月号)。その具体的な方法として様々なものが検討されているが、実現可能性やコスト面から、陸地の諸機能を活用し適正に管理することで二酸化炭素(CO2)の吸収量を増大させる方策が考えられている。例えば、植林地を増やすことで光合成によるCO2固定を促す方法、バイオ燃料を増産して化石燃料の代替とし、さらにエネルギー生産過程で出るCO2を回収して貯留することで正味の吸収を達成する方法(Bio-Energy with Carbon Capture and Storage: BECCS)などがある。このような方法は、自然の営みを活用するものではあるが、大きな問題も残されている。それは、植物を栽培するための広大な土地が必要になる、ということである。地球上にはまだ広い土地が残されているように思えるが、植物を十分に成長させられる土地はそう多くない。なぜなら、そのような土地の多くはすでに人が住んで農業や牧畜に利用しているからである(残りは沙漠や寒冷な荒原などで利用に不向き)。もし農業をやめてCO2を回収するための植林地やバイオ燃料栽培地にしてしまうと、その分の農業生産が減少して極端な場合には食料不足に陥るかもしれない。同様の問題は、農業だけでなく社会の様々な面で起こり得るが、そのような副次的影響については十分な検討が行われていない。特に、国連が定めた「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs[注]」に掲げられた諸目標と協調しつつネガティブエミッションをいかに達成するかを、科学的に検討することは喫緊の課題である。

2. GCP/MaGNETワークショップ

グローバルカーボンプロジェクト(GCP)つくば国際オフィスでは、ネガティブエミッション技術の適正管理に関する諸問題を検討するためのManaging Global Negative Emission Technologies​(MaGNET)​イニシアティブを推進している。2017年3月2〜3日、GCP/MaGNETは国際応用システム分析研究所(International Institute for Applied Systems Analysis: IIASA)と共同で、土地利用とネガティブエミッション技術(Land Use related Negative Emission Technologies: LUNETs)をテーマとする国際ワークショップをウィーン(オーストリア)のIIASAで開催した。会場となった建物の外観、ワークショップでの発表と議論、リフレッシュとともに自由な意見交換の場ともなった昼食の様子については写真1〜3をご覧下さい。なお、前日(3月1日)には、環境研究総合推進費S-10課題「地球規模の気候変動リスク管理戦略の構築に関する総合的研究」による成果紹介を中心としたプレワークショップも開催された。

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写真1会場となったIIASAの玄関口。往時のハプスブルク時代を偲ばせるような重厚な建物である

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写真2ワークショップの様子。コンビーナの一人であるSabine Fuss博士による趣旨説明。会場にはIIASAの研究者も自由にオブザーバ参加していた

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写真3IIASA食堂での昼食の様子。ヨーロピアンな雰囲気の中で束の間の気分転換を図りつつも、活発な議論は止むことがなかった

今回のGCP/MaGNETワークショップは、2013年に東京で開催されたワークショップ(山形与志樹ほか「ネガティブエミッション技術による気候変動リスク管理の課題」地球環境研究センターニュース2014年4月号)、2015年に札幌で開催されたワークショップ(SHARIFI Ayyoobほか「2°C目標の達成に向けて」地球環境研究センターニュース2015年11月号)での議論を引き継ぎ発展させるものとして位置づけられている。

このワークショップの目的は

  • 1. 脱炭素化シナリオにおけるLUNETs実施の役割と土地利用に関する示唆をレビューする
  • 2. 統合評価モデル(Integrated Assessment Models: IAMs)において土地利用と食料安全保障とのリンクをどのように表現しているかをレビューし、LUNETsに関する結論を得るための示唆をまとめる
  • 3. 食料安全保障とそれに関する他のSDGsの達成を促すLUNETs実施にむけたロードマップを作成する

ことであった。

SDGsのうちLUNETsに関わりの深い目標として食料安全保障(SDG2)と気候変動の緩和(SDG13)が挙げられるが、他にも貧困の撲滅(SDG1)、教育の普及(SDG2)、水質の改善(SDG6)、エネルギー供給の改善(SDG7)、持続可能な経済成長と雇用(SDG8)、不平等の解消(SDG10)、持続可能な消費パターン(SDG12)、持続可能な陸域生態系(SDG15)、にも重要な貢献があると考えられる。

ワークショップの冒頭では、IIASA副所長でGCPの共同議長でもあるNebosja Nakicenovic博士より、正味で人間社会の温室効果ガス収支をゼロからマイナスに導くための技術的、政策的な課題に関する総括的な基調講演が行われた。続いてSabine Fuss博士(Mercator Research Institute on Global and Climate Change・ドイツ)により、GCPで行われてきたMaGNETの活動と最近の成果論文に関する紹介が行われた。Joeri Rogelj博士(IIASA)は、1.5°C目標の達成が土地にどの様な負荷をかけうるかについて、2050年にゼロエミッションを達成しその後ネガティブエミッションに移行する1.9W m−2安定化シナリオに基づいて検討した結果を紹介した。Petr Havlik博士(IIASA)は、1.5°C目標を追求することで生じうる食料安全保障への功罪に関する発表を行った(正影響には、バイオ燃料の増産に伴って食料価格が上昇し、食事の量が抑えられ、肥満などの成人病が減って健康度が向上する可能性などがある)。

今回のワークショップは統合評価モデル(IAMs)グループによる研究を集めたセッションが設けられた点が特徴的であった。LUNETsは気候学・生態学・農業などの既存の理学的分野だけでない社会経済的要素を広く取り入れた研究が不可欠である。IIASAのStefan Frank博士は、GLOBIOM/MESSAGEモデルを用いて、土地利用による緩和の影響が特に顕れやすいホットスポットや、メタンなどCO2以外の温室効果ガスによる緩和ポテンシャルに関する評価結果を示した。Laurent Drouet博士(FEEM・イタリア)は、GLOBIOMとソフトカップリング(個々のモデルで計算した後に出力データを交換し、それを用いて再度計算を行う方法)されたWITCHモデルを用いて、LUNETsを評価する試みを紹介した。Alexander Popp博士(PIK・ドイツ)は、農業モデルであるMAgPIEにBECCSを導入する試みを紹介したほか、気候予測に用いられている地球システムモデルへの示唆(土地利用に伴う地表反射率の変化など)にも言及した。オランダ環境評価庁(PBL)のDetlef Van Vuuren博士は、IMAGE/LPJmLモデルを用いてBECCSを含めたNETsの実効性を評価した予備的な結果を示した。国立環境研究所(以下、国環研)の長谷川知子博士(IIASAで長期派遣研修中)は、AIM/CGEモデルを用いてバイオ燃料による緩和と食料安全保障のトレードオフに関する分析結果を示し、飢餓人口が増加する可能性とその対策などを示した。Justin Baker博士(RTI International・アメリカ)はFASOM-GHGモデルを用いて、バイオマス発電と食料安全保障に関する分析例を示した。

続いてのセッションでは、IAMs以外の各種モデルによる研究発表が行われた。英国ハドレーセンターのAndy Whiltshire博士は、陸域のJULES(Joint UK Land Environment Simulator)モデルを組み込んだHadGEM2-ESモデルを用いて、植林による地表エネルギー収支の変化を考慮した緩和効果の評価結果を示した。国環研の山形(筆者)は、シンプルなBECCSシナリオを設定して農業、水資源、生態系に与える影響をセクター別のモデルを用いて評価する試みを紹介した。エネルギー総合工学研究所の加藤悦史博士は、統合評価モデルの1つであるGRAPE(Global Relationship Assessment to Protect the Environment)を用いて、BECCSの実効性をコスト面を考慮して評価した結果を示した。Vera Heck博士(PIK)は、プラネタリーバウンダリー(J. Rockström博士らにより提唱された持続可能な地球の限界)で挙げられている諸項目について、LPJmL(Lund-Potsdam-Jena model)モデルによる影響評価例を示した。IIASAでの研究を主導しているMichael Obersteiner博士は、気候リスクマネジメントの観点からBECCSが必要になる局面と技術開発に関する発表を行った。Jean-Francois Soussana博士(INRA・フランス)は、ネット中継での発表であったが、COP21で提案された土壌への炭素固定に関する4/1000イニシアティブを紹介した。

第2日には、前日に続いて個別の研究発表と、テーマ別に分かれたグループディスカッションが行われた。そこでは (1) ネガティブエミッション技術、(2) モデルとシナリオ、(3) ガバナンス、について密度の高い議論が行われ、その成果が全体会合で報告された。国環研の伊藤(筆者)が参加したモデル・シナリオグループでは、経済モデル、統合評価モデル、地球システムモデル、植生動態モデルなどの種類別に、ネガティブエミッション関係要素の導入状況や問題点、今後の研究開発の必要性について意見が交わされた。

3. おわりに

GCP/MaGNETによるワークショップも回を重ね、研究の必要性に関する共通認識が育まれて、関係する分野が広がるとともに、より具体的で詳細な議論が行われるようになってきた。目的に掲げられたシナリオやモデル研究に関する現状レビューが行われ、今後のロードマップ作成や政策提言に向けた活発な意見交換が行われた。一方で、経済分野からの参加者は依然として少なく、それがガバナンスに関する議論を深める上で障害になっているという意見も出された。2017年秋にはスウェーデン・ルンドでガバナンス関係のカンファレンス(Earth System Governance)が開催されることを契機としてこの分野からの参加者を増やすべきという提案もあった。ワークショップの終了前には、成果を論文として発表するためのアイデアも出され、当面の優先課題をまとめたレビューや、LUNETsを統合的に評価するためのモデル開発に関するペーパーの構想などが提案された。

本ワークショップでは、LUNETsに関する世界の主要グループ、特に統合評価モデルを用いた最新の研究成果が紹介されていた。また、パリ協定に加え、IPCCの1.5°C目標特別報告書と第6次評価報告書を見据えた時期に開催された点も重要であり、これら報告書にインプットすべく論文執筆の提案が出されたこともワークショップの意義を深めていた。実際に、まず今回のワークショップで議論された内容を論文としてまとめることが検討されており、今後も同様なワークショップを開催してさらに政策貢献につながるイニシアティブへと展開していく予定である。

脚注

  • 2015年9月の国連サミットで採択された持続可能な開発のための2030アジェンダのなかに盛り込まれている。貧困を撲滅し、持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットからなり、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組む。
    参考:
    http://www.un.org/sustainabledevelopment/sustainable-development-goals/
    http://www.unic.or.jp/news_press/features_backgrounders/15775/

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