2017年7月号 [Vol.28 No.4] 通巻第319号 201707_319003
COSP情報交換グループ支援と最適化に関する研究集会参加報告
1. はじめに
2月27–28日にピエール・マリー・キュリー(パリ第6)大学で開催された「COSP情報交換グループ支援と最適化に関する研究集会」に参加しました。COSPとは “CFMIP Observation Simulator Package” というソフトウェアの略称です。このソフトウェアは、気候モデルで計算された雲の分布を仮に人工衛星や地上観測ステーションから遠隔計測した場合に、どのような観測データが得られるかを推定するものです。COSPの開発は雲フィードバックに関するモデル相互比較プロジェクト(Cloud Feedback Model Inter-comparison Project, CFMIP)で推進されているため、COSPの名称の冒頭には上記プロジェクト名(CFMIP)が付いています。
何故こうしたソフトウェアが必要とされているのか、背景を説明します。気候の将来予測は全球気候モデルを用いた数値シミュレーションにより実施されます。将来予測の結果に対して信頼性を高めるには、全球気候モデルの性能を評価し、もし性能が不十分であればモデルを改良する必要があります。性能を評価する際に重視される指標の一つが、「現在観測される雲の特徴をモデルによるシミュレーション結果がどれだけ良く再現できるか」です。つまりモデルによる雲の再現性が重視されるのですが、その理由としては、温暖化シミュレーションにおける雲の変化が気候予測の結果を大きく左右する、ということが挙げられます。
しかし、雲の観測データとモデルによるシミュレーション結果を比較する際には、観測データの性質に注意する必要があります。まず、雲の観測データは時間と空間に偏りを持って分布します。即ちサンプリングが一様ではありません。また、雲の影響を検出するセンサーは機器ごとに異なる特徴を持っており、全ての雲を検出できる訳ではありません。さらに、センサーで検出された信号から雲のあり方を診断する方法(アルゴリズム)にも特徴があります。このように、雲の観測データはサンプリングやセンサー特性、アルゴリズムの特徴を反映したものです。そのため、モデル出力データの雲と観測データの雲を比較した時に違いが見えたとしても、それが直ちにモデルの欠点(モデルの雲と現実の雲の違い)を示すとは限りません。仮にモデルの雲が現実の雲と完璧に同じだったとしても、それをデータとして表現する際のサンプリング等に違いがあれば、モデル出力データと観測データの間には違いが見えてしまいます。
こうした問題に対処するために開発されたソフトウェアが観測シミュレータです。観測シミュレータは、気候モデルで計算された雲の分布を入力データとして、観測と同様のサンプリング、センサー感度で情報を抽出し、観測と同様のアルゴリズムで雲の特徴(面積、高さ、光学的厚さ等)を診断して出力します。気候モデルで計算された雲分布は、観測シミュレータで後処理することにより観測データと比較しやすいものとなります。その結果、気候モデルの欠点を把握できる見込みが高まります。
観測シミュレータは、これまでに複数の雲の衛星データに対応するものが開発されてきました。それらの中から一部をまとめ、さらに全球気候モデルに適用するための機能を整備したソフトウェアがCOSPです。2017年2月現在、COSPに含まれる観測シミュレータはISCCP、MODIS、MISR、PARASOL、CALIPSO、CloudSat等の衛星データに対応しています。
さて、各国の気候モデル研究グループでは、次期IPCC報告の作成に向けた将来気候予測シミュレーションを第6次結合モデル相互比較プロジェクト(CMIP6)の中で実施しつつあります。そして、CMIP6に参加する研究グループは、使用する気候モデルにCOSPを実装して出力を公開するように依頼されています。こうした背景を踏まえ、今回の研究集会ではCOSPの開発関係者に加えて、様々な気候モデル研究グループからCOSPを気候モデルに実装する実務担当者が参加しました。参加した気候モデル研究グループは、日本、米国、欧州からの6グループ(EC-EARTH、GFDL、IPSL、MIROC、MPI、UM)、総勢21名で、作業の進捗や技術的な問題点について報告と議論が行われました。
なお、COSPの開発と利用は様々な国の研究機関で分担して進められています。そのため、普段は離れた場所で活動するCOSP関係者が集まることで情報交換を促進することが今回の研究集会で意図されています。また、COSPは単体のプログラムとして使用することもありますが、気候モデルの中に組み込んで使用することも一般的です。そのため、気候シミュレーションを実施する妨げとならないように計算コストを低減すること(ソフトウェアの最適化)が重要課題です。研究集会の名称に「情報交換グループ支援と最適化」とあるのは、以上の背景を反映しています。こうした研究集会の開催はCOSP関係者として初めての試みです。
2. 研究集会における発表と議論
研究集会では3つの課題について発表と議論が行われました。第一に気候モデルへのCOSP実装、第二に今後のCOSP開発、第三に新たな観測シミュレータの開発および観測データの整備です。以下、順番に内容をご紹介します。
(1) 気候モデルへのCOSP実装
まず、集会に参加した6つの気候モデル研究グループからCOSPが無事に実装されて動作している旨の報告があり、次いで、実装にあたって直面した問題点について議論が行われました。多くの報告で共通していたのは、COSP(特にCloudSatシミュレータ)の計算コストが高いという認識です。例えばCOSPの実装により気候モデルMIROCの実行時間は80%以上増加しました。これらの報告を受けて、CloudSatシミュレータの最適化を引き続き実施することが提案されました。また、気候モデルへのCOSPの実装方法についてこれまでグループ間での情報共有が不十分だったとの指摘がなされました。これを受けて、COSPの利用説明書に気候モデルへの実装方法を追記することが提案されました。
注目を集めたのは、気候モデルで計算された雲の鉛直方向の重なり具合についてどのような仮定を置くか、という問題です。Jean-Louis Dufresne(IPSL)は、気候モデルもCOSPも雲の重なり具合について比較的簡便な仮定を置いているが、近年の研究の進展を踏まえ、より複雑な仮定を採用できるように改良すべきと提案しました。
気候モデルの水平解像度よりも小さい雲の不均一性についても議論が行われました。Alejandro Bodas-Salcedo(英国気象局)は、英国気象局の気候モデルの放射過程においてはモデルの水平解像度よりも小さい空間スケールで雲が不均一である効果を考慮していると述べ、そのような雲の取り扱いと整合するようにCOSPを変更する必要があったと報告しました。
(2) 今後のCOSP開発
今後のCOSP開発に関連して、次世代版COSP(ver. 2.0)の開発状況について Dustin Swales(ESRL)より報告が行われました。彼はCOSP ver.2.0を開発する狙いを二つ挙げ、第一に気候モデルへのCOSP実装を容易にすること、第二に、気候モデルの水平解像度より小さい雲の取り扱いを利用者が柔軟に変更できるようにすることであると説明しました。開発に当たってはCOSPに含まれるソースコード全ての規格が見直され、Fortran 2003に統一されました。コーディングはほぼ終了し、動作確認のため二つの気候モデル(NCAR CESM、EC-EARTH)に実装作業中とのことです。
次いで、COSPの開発体制の参考とするため、英国気象局におけるソフトウェア開発について Harry Shepherd(英国気象局)が紹介しました。彼は、あらゆるソフトウェア開発においてバグ混入の危険があり、その事が計算機および人的資源の無駄遣い、ひいては研究論文の取り下げに至る可能性があると指摘し、そうしたリスクを管理する手法がソフトウェア工学の分野で開発されていることを紹介しました。また、英国気象局で実施されている対策として、ソフトウェアのバージョン管理、コーディング規約の制定、開発内容の文書化、コードの動作試験、第三者によるコードの内容点検について説明しました。
発表の終了後、COSPの開発体制について現状の課題を踏まえた改善策が話し合われました。まず、COSP開発は様々なグループで分担して実施されるため、開発者が統一して守るべき作業手順が必要との意見が示され、そうした作業手順の案が提示されました。また、簡潔なコーディング規約が必要という点でも意見が一致し、幾つかの案が示されました。
(3) 新たな観測シミュレータの開発および観測データの整備
Po-Lun Ma(PNNL)は、CALIPSO衛星搭載ライダーによるエアロゾル観測を対象としたシミュレータを開発し、COSPの一部として気候モデルへ試験的に実装した結果を報告しました。また、彼はシミュレータ出力と比較するための衛星データも整備しました。その結果、エアロゾルが雲に影響を及ぼして放射を変化させる効果について、観測データとモデル出力データの違いを従来より正確に把握できることを示しました。
Marjolaine Chiriaco(LATMOS)は、地上観測ステーションのライダーによる雲の観測を対象としたシミュレータを開発し、モデルに実装した結果を報告しました。そして、シミュレータの出力をSIRTA観測所から得られた観測データと比較し、モデルによる下層雲の再現成績を評価した結果を紹介しました。開発されたシミュレータは公開準備が完了しているとのことです。なお、SIRTA観測所では観測データを単一のnetCDFファイルに整備して公開しています(http://sirta.ipsl.fr/reobs.html)。
Helene Chepfer(UPMC)は、EarthCARE衛星に搭載予定であるATLIDライダーのシミュレータを開発し、COSPの一部として気候モデルに実装した結果を報告しました。このシミュレータはCOSP ver2.0の一部として公開の準備が完了しています。また、EarthCARE衛星の打ち上げ後はシミュレータ出力と比較するための衛星データを整備、公開する予定とのことです。
Alejandro Bodas-Salcedo(英国気象局)は、人工衛星によるGPS電波掩蔽観測に対応するシミュレータをCOSPへ試験的に実装した結果を紹介しました。GPS電波掩蔽観測とは、GPS衛星から発信された電波を低軌道衛星で受信する際、地球大気をかすめて到来した電波の屈折特性から大気の気温、水蒸気量等の鉛直分布を推定する手法です。これまでに気象予測の分野で広く利用されてきた観測データですが、今後はデータが蓄積されるにつれて長期トレンドの検出など気候研究への応用が有望であることを示しました。
発表終了後の議論においては、今後開発される観測シミュレータのうちどういったものがCOSPに正式に実装されるかが話題となりました。そして、COSPに実装されるための必要事項として、開発を始める前にCOSPのプロジェクト運営委員会に相談すること、また、開発者は作成したプログラムの維持管理および利用支援に責任を持つことが確認されました。さらに、シミュレータの開発者はシミュレータの出力と比較可能な観測データも併せて整備するように推奨されました。
研究集会を終えるにあたり、多くの参加者から今回の集会が有益であったとの意見が述べられ、今後も2年に1回程度の頻度で開催することが提案されました。また、気候モデル研究グループに対しては、今後CMIP6でどういった種類のシミュレーションを実施し、COSPの出力変数の中からどれを公開する予定か、明らかにするように要望が出されました。
3. 所感
筆者は気候モデルMIROCにおけるCOSP実装の担当者として研究集会に参加しました。そこでは、他の気候モデルグループにおける実装担当者やCOSP開発グループの構成員と共にCOSP実装の技術的な詳細について検討する貴重な機会が得られました。また、ソフトウェア開発においてバグ混入のリスクをどのように管理するかという問題は、COSPだけではなく気候モデルの開発にも当てはまる話です。COSP開発グループが採用する作業手順からは学ぶことが多いように感じました。加えて、新しい観測シミュレータの開発状況について情報を得られた事も有益でした。今後は、CMIP6の枠組みで気候モデルを用いたシミュレーションを実施し、COSPの出力データを公開することになります。その際は、本研究集会で得られた知見を生かしてモデルの性能評価が適切に実施されるよう努めたいと思います。
略語一覧
- ISCCP: International Satellite Cloud Climatology Project
- MODIS: Moderate Resolution Imaging Spectroradiometer
- MISR: Multi-angle Imaging SpectroRadiometer
- PARASOL: Polarization and Anisotropy of Reflectances for Atmospheric Sciences coupled with Observations from a Lidar
- CALIPSO: Cloud-Aerosol Lidar and Infrared Pathfinder Satellite Observation
- IPCC: Intergovernmental Panel on Climate Change
- CMIP: Coupled Model Inter-comparison Project
- GFDL: Geophysical Fluid Dynamics Laboratory
- IPSL: Institut Pierre Simon Laplace
- MIROC: Model for Interdisciplinary Research On Climate
- MPI: Max Planck Institute
- UM: Unified Model (英国気象局を中心に開発、運用されている大気モデル名称)
- ESRL: Earth System Research Laboratory
- NCAR: National Center for Atmospheric Research
- CESM: Community Earth System Model
- PNNL: Pacific Northwest National Laboratory
- LATMOS: Laboratoire Atmospheres, Milieux, Observations Spatiales
- SIRTA: Site Instrumental de Recherche par Teledetection Atmospherique (パリ近郊に設置された観測所名称)
- UPMC: Universite Pierre et Marie Curie
- EarthCARE: Earth Clouds, Aerosols and Radiation Explorer
- ATLID: Atmospheric Lidar
- GPS: Global Positioning System