2017年7月号 [Vol.28 No.4] 通巻第319号 201707_319002

「いぶき」(GOSAT)から見た、地球全体の大気中二酸化炭素濃度の変動の様子

  • 地球環境研究センター フェロー 横田達也

1. はじめに

温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT、2009年1月打上成功)は、定常運用期間の5年間を過ぎ、9年目に入った現在(2017年6月)も二酸化炭素やメタン濃度を観測し続けています。「いぶき」は全球の指定点(56,000箇所)を観測しながら、3日周期で同一の観測点に戻ります。しかし、温室効果ガスの濃度を実際に測定できるのは、観測地点に雲がなく、入力信号条件が良い場所の地点のみで、全観測点の2〜3%のデータ数にとどまっています。温室効果ガス濃度は、太陽光が地表面で反射して「いぶき」の搭載センサに戻る光を用いて測定します。その光は人の目には見えない近赤外または短波長赤外と呼ばれる電磁波です。この電磁波を利用した衛星センサは、地表面から大気上端(高度70km)までの二酸化炭素の平均的な濃度(これを「カラム平均濃度」と呼び、XCO2と表します)を測定できる特長を有しています。

2. 衛星観測データの特徴と有用性

地球温暖化の科学的・政策的な議論がなされるときに、我々が知りたい情報は、地球全体の大気中の温室効果ガス濃度です。地球温暖化が進行している地表面付近を含む下部対流圏大気中の濃度が、炭素循環研究や地球温暖化の将来予測研究に必要な情報となります。なかでも、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)や毎年の気候変動枠組条約締約国会議(UNFCCCのCOP)で、地球温暖化の現状や将来予測、さらには地球全体の平均気温上昇の限度目標や温室効果ガスの上限濃度の設定目標が議論される際には、地球全体の大気における年平均気温や温室効果ガスの年平均濃度の現状に関する情報が必要です。なぜなら、温室効果ガス濃度や気温は、地域や時期(季節)によって比較的綺麗な周期的な変動を呈するため、上がったと思ったら下がってしまうなど、そのような値だけでは長期的な視点に立っての地球温暖化の状況の議論と判断を行いにくく、地球全体の様相を知るためには、これらの一時的な時間(季節)変化や局所的な特徴を取り除いた、たとえば年平均としての値が必要となるのです。

地上のタワーまたは海上における空気の直接採取法で得られるデータは、観測点の標高から上百数十m程度までの地球表面付近の濃度です。航空機を用いても、限られた地点(空港)や航路に沿っての高度十数km程度(※民間航空機の巡航高度は約10km)までしか測定できません。これまでは、これらの観測データから地球全体の気温や大気中の温室効果ガス濃度を推定し、議論してきました。衛星観測では、各観測点において高度方向に積算して平均をとった上記の「カラム平均濃度」を直接「観測データ」として取得できます。この点が衛星による温室効果ガス観測の強みです。

しかし、残念ながら「いぶき」による衛星観測では、その原理上、雲がかかっている場所の濃度は測れませんし、直径約10kmの観測視野内に少しでも雲が混入した地点や、太陽高度の低い高緯度の地点でも正しい濃度算出ができません。このため、観測したデータのうちの約3%程度の地点のデータのみが濃度プロダクトとして公開されています。雨季や乾季がはっきりと分かれているような地域は、濃度が算出される時期に偏りが生じてしまいます。砂漠などの乾燥地域は年間を通じて多くの濃度データが取得されますが、インドネシアやコンゴ、ブラジルのアマゾン流域のような赤道付近は常に雲に覆われていて衛星では測定しにくく、海上観測の多くの場所は光の反射が弱くて測定できません。高緯度地域は太陽高度の制約からなかなか安定して濃度が算出できません。つまり、衛星観測といえども万能ではなく、観測データ数が十分な地域は限られています。

3. 衛星観測データからの全大気濃度の推定方法

地球全体の二酸化炭素濃度については、米国大気海洋庁(NOAA)より月変化の報告がなされています(https://www.esrl.noaa.gov/gmd/ccgg/trends/global.html)。これは地球表面付近の測定局によるデータの集計結果です。「いぶき」の観測データは地球表面付近ではなく「カラム平均濃度」を表していますので、NOAAのデータと「いぶき」のデータの相関関係から、双方の観測点を補うことによって、また観測に基づいて全大気の二酸化炭素濃度をより精緻に推定できれば、地球全体の温室効果ガス濃度の増減推定の精度の向上が期待できます。とはいえ、先に示したように衛星による濃度の観測データが得られる地域には偏りがあります。そのようなカラム平均濃度の観測データから地球の全大気の平均濃度を算出するには、過去の観測情報やそれに基づくモデル計算による全球の濃度分布の情報から、対象とする月の最も確実と思われる平均濃度を算出する工夫が必要です。その方法について簡単にご説明します。詳しくはGOSATプロジェクトのウェブサイト(http://www.gosat.nies.go.jp/)の月別二酸化炭素平均濃度のページにあるPDF文書『「いぶき」の観測データに基づく全大気中の月別二酸化炭素濃度算出方法について』をご覧ください。

「いぶき」のデータを利用した月別二酸化炭素の全大気平均濃度は以下のような手順にしたがって算出しています。

(1) 過去の知見に基づく濃度分布を用意:二酸化炭素の濃度は、高度方向や緯度・経度方向にも変化します。GOSATプロジェクトでは、「いぶき」や地上観測のデータに基づいて各地域の月別吸収排出量を推定し、その結果と気象データに基づいて6時間おきの三次元(空間分解能は緯度2.5° × 経度2.5° × 高度17層)の濃度分布を地球全体にわたって推定するための大気輸送モデルを有しています。この輸送モデル計算値は観測値によって常に調整されています。計算を始める前にまず、地球を経度方向に60°ごとに6分割します(図1)。そして、その領域ごとに過去の月別の二酸化炭素カラム平均濃度の緯度分布の平均値を求めます。二酸化炭素濃度は年々上昇するため、濃度が安定している南極の緯度帯(南緯80°〜90°)における各年月の二酸化炭素濃度値との差の緯度分布を求めます。これを2009年6月から2012年5月までの3年分計算し、月ごとに3年間の緯度分布の平均値を求めて用意しておきます(図2)。

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図1地球の経度60°ごとの6領域分割。色はGOSATレベル4Bプロダクト(二酸化炭素の三次元濃度分布)から求めた月別カラム平均濃度の例を示す

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図26つの経度領域ごとに求めた南緯80°〜90°のXCO2濃度との差の2009年6月〜2012年5月の3年間の月別緯度分布(10°ごと)の平均値。各点の縦棒は3年間の標準偏差を示す。緯度は正が北緯、負が南緯。図は6月の経度領域別の緯度分布の例

(2) 「いぶき」の観測値の濃度分布の算出:「いぶき」の二酸化炭素カラム平均濃度には、負のバイアスがあることが知られています。そのバイアスはこれまでの検証の結果に基づいて補正します。ただし、バイアスは装置の特性の変化(データのバージョン)によっても観測時期によっても変わるため、それらに対応して補正を施します。また、海上の「いぶき」の観測値は観測緯度帯が限られ、それらの検証の手段が少ないことと、陸域の観測データとの間にバイアスのギャップがあるため、陸上の観測値のみを用いることにします。(1) の経度方向の6分割領域ごとに、緯度刻みで10°ごとに「いぶき」の陸上の観測値がある緯度帯のみについて、月別にカラム平均濃度の平均値を求めます(図3の○)。

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図3「いぶき」の陸上のバイアス補正済みL2平均値(○)による、最小二乗法に基づく濃度差の緯度分布(◆)値の調整。図は一つの領域の緯度分布の例

(3) 「いぶき」の観測値による (1) の濃度分布の調整:過去の観測データによって調整された大気輸送モデルによる計算結果である (1) の6領域における月別の南緯80°〜90°における濃度との差の緯度分布(図3の◆)を、観測値に基づく (2)(図3の○、これをL2平均値と呼びます)に最もうまく適合するように、最小二乗法で6つの領域を合わせて調整(南緯80°〜90°における濃度を嵩上げまたは嵩下げ)します(図3の↕)。

(4) 全大気 推定平均濃度の計算:地球は球状になっていますので、(3) で調整された濃度の緯度分布を緯度帯ごとの面積の重み(図4)で平均化し、さらに6つの経度領域で平均化します。このようにして求められた値を二酸化炭素の「月別全大気平均濃度」としています。

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図4全大気の月別平均濃度を求める際の、地球が球状であることによる緯度帯ごとの面積に基づく積分の加重。経度6領域ごとに緯度方向の加重平均を求めて6経度領域を平均し、全大気月別平均濃度を求める

以上が手順です。この結果を年月にしたがって時系列グラフに表すと、図5の赤●のようになります。月別の平均濃度は、北半球の夏に低く冬に高いといった季節変動を示します。そして、全体的に濃度が徐々に上がっています。経年的な濃度の上昇量(推定経年平均濃度、経年トレンド)と調和関数によるモデル式を用いてこの季節変動を取り除き、推定経年平均濃度を示したのが図5の黒●です。推定経年平均濃度は、年月によって増加量に差が見られるものの、結果として必ず毎月増加しています。その年増加量は、かつては1ppm台や2ppm台の前半でしたが、2015年12月以降は、2.9ppmや3ppm台に変わってきています。これが大気輸送モデルに基づく濃度の緯度分布と「いぶき」の観測値に基づいて推定された、地球の全大気平均の二酸化炭素濃度の変化の様子です。この年増加量は、上記の (3) に示したように、専ら「いぶき」の観測値によって決まっています。

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図5GOSATプロジェクトのウェブサイト(http://www.gosat.nies.go.jp/recent-global-co2.html)で公開されている「いぶき」の観測データに基づく全⼤気中の⽉別⼆酸化炭素濃度(赤●)と推定経年平均濃度(黒●)の速報値のグラフ(2017年4月現在。2009年5月〜2017年1月)

4. 衛星観測データからの全大気濃度から読み取れること

月別全大気平均濃度は、季節変化の影響を受けて、毎年5月頃に過去最大の濃度になっても、北半球の夏にかけて濃度が減少します。パリ協定などで、地球温暖化を抑制するために、地球の平均気温を一定のレベルまでに抑えようと国際的に努力する目標が掲げられていますが、産業革命前の気温からの全球の年平均気温を2°C未満に抑えるためには、大気中の二酸化炭素濃度を430ppm程度に抑える必要があるとされています。重要なのは、月平均値ではなく推定経年平均濃度の値が430ppmに達するかどうかという点です。「いぶき」の観測値に基づく2016年5月までの暫定的な解析によると、推定経年平均濃度は2016年2月に初めて400ppmを超え、400.2ppmを記録しました。400ppmという数値自体に科学的に特別な意味があるわけではありませんが、人類の歴史において長年280ppmから300ppm台であった地球大気の平均濃度が400ppm台に突入し、気温上昇を抑えるための目標値である430ppmまでに残り30ppmの許容量を切ったという警鐘の意味で重要だと考えられます。もしも年増加量が3ppmという値がこの先も継続したとすると、今から9年弱で全大気の推定経年平均濃度は430ppmに達してしまいます。

衛星観測や地上・航空機・船舶による観測データは、地球全体のありのままの状況の把握と、それに基づく確実性の高い将来予測と対策に欠かせないものです。もちろん観測値には観測誤差が含まれますし、そのバイアスを補正することにも誤差はつきものです。更に現象のモデル化に伴う近似誤差や、限られたデータから全体の推定値を算出する手法にもそのデータの代表性に関する前提条件に伴う誤差なども推定値に影響を及ぼします。これまでの簡便な誤差解析に基づくと、「いぶき」の観測データからの二酸化炭素の月別全大気平均濃度には数ppm程度の誤差が含まれていると予想されます。推定経年平均濃度の誤差は、統計学的には推定がより難しく、過去の値ほど誤差が小さいことがわかっています。観測から12ヶ月未満の推定経年平均濃度は、今後の観測によって値が大きく変わるので推定値の曖昧さは大きく、また、何年も前の推定経年平均濃度であっても、全体の季節変動を数式モデルに当てはめて推定するために、僅かながらもその推定値が変化します。推定経年平均濃度を求める時点で測定されていない未来の値によってその値が変わるわけですから、推定経年平均濃度の誤差推定は、難しい課題といえます。正確な誤差推定には、今後の精密な検討が必要ですが、それでも全大気の推定経年平均濃度が現時点で400ppmを超えているという点は、ほぼ間違いありません。ここでの推定結果(月別平均濃度の絶対値)は、この7年9ヶ月間について、地上観測データに基づくNOAAからの月別グローバル二酸化炭素濃度の公表値に比べて1〜2ppm低い値になっていますが、変動の傾向(推定経年平均濃度の月別年増加量)は、差の平均が−0.1ppm、差の標準偏差が0.3ppmでよく整合しています。

5. おわりに

2018年度に打上が予定されているGOSAT-2や、各国の温室効果ガスの観測衛星、さらには、地上測定局・航空機・船舶等は、地球診断の眼と、より確実な国際施策を合意するうえで重要な役割を担っているものといえます。

なお、「いぶき」の観測データに基づく全大気濃度の推定手法は、国立環境研究所地球環境研究センターの向井人史、三枝信子、松永恒雄、町田敏暢、野田響、齊藤誠、吉田幸生、森野勇、曾継業、横田による検討結果に基づくものです。また、濃度算出は衛星観測センター広報チームのメンバーが行い、結果の速報値はウェブサイト(http://www.gosat.nies.go.jp/recent-global-co2.html)に掲載し、随時更新しています。

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