2017年7月号 [Vol.28 No.4] 通巻第319号 201707_319001

富士山頂での大気中CO2濃度の長期観測 —アジア域の炭素循環の変化を見出すために—

  • 地球環境研究センター 炭素循環研究室 高度技能専門員 野村渉平

国立環境研究所地球環境研究センターは、2009年に富士山頂にある富士山特別地域気象観測所(以下、測候所 写真1)に大気中の二酸化炭素(CO2)濃度を測定する機器を設置し、観測を始めました。本報では私たちが行っている富士山頂でのCO2濃度観測について、そしてその観測で明らかとなったことをご紹介します。

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写真1富士山特別地域気象観測所(標高:3776m)

1. 富士山頂の大気の特徴

私たちは毎年夏(7–8月)に富士山頂にある測候所に設置したCO2濃度測定システムのメンテナンスを行っています。図1 (a) はCO2濃度測定システムの大気取り込み口が設置された測候所西側から見た富士山南西部の展望です。測候所は、富士山頂の西の縁に位置する剣ヶ峰(標高:3776m)に建てられており、常に横方向から強い風(平均で12m/s)を受けています。山頂の大気は冷たく(地上より約22°C低い)澄んでおり、都市や植生が分布する平野の大気とは別のものであると感じます。

富士山頂の大気中CO2濃度の観測は、私たちが2009年に開始する以前、東北大学と気象研究所がそれぞれ1980–1981年と2002–2004年に行いました。それらの結果から、富士山頂の大気は、年間を通して関東や東海地域などの近傍の都市や植生の呼吸からのCO2放出および植生の光合成によるCO2吸収の影響を受けていない大気であり、東アジア中緯度帯における平均的な濃度であることが示唆されました。このような環境は日本国内では他にはありません。

東アジアの中緯度帯は、人為的に排出されるCO2量が世界で最も多い地域の一つで、全球の炭素循環に強い影響を与えている地域でもあります。しかし、この地域は人口密度が高く経済活動が盛んで、それらによるCO2排出の影響を強く受けるため、現在、長期間CO2濃度の観測が行われている代表的な地点は、図1 (b) で示されたように高緯度や低緯度地域の離島や岬です。しかしながら、東アジア域の中緯度帯においてCO2濃度を観測することは、当地域が全球の炭素循環に与える影響の解明に資することから、私たちは富士山頂での大気中CO2濃度の観測を実施しました。

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図1(a) 測候所からの富士山南西部の展望と (b) 現在の日本周辺のCO2濃度観測点の位置

2. 富士山頂でCO2濃度を観測する

現在の測候所は、管理者が常駐する7–8月しか電気が供給されません。かつては通年にわたり管理者が常駐していましたが、現在は測候所自体、その期間のみ開所されます。さらに管理者がいない期間は空調設備が稼働しないため、冬期の室温は、−30°C程度まで低下します。

したがって、10カ月間の電気供給とメンテナンスなしで、かつ−30°Cの環境下でも安定的に精度良くCO2濃度の測定が行える手法がここでは求められます。私たちがこれまで行ってきたCO2濃度の観測方法とは異なる手法を開発する必要があり、また本観測を長期間継続させるために維持管理にかかる作業量を最小限にする必要があります。そこで私たちは特別なCO2濃度測定システムの製作と長期運用体制の構築を行いました。

具体的にはCO2濃度測定システムの電源100個の鉛蓄電池を測候所に運び入れ、測候所に電力が供給される7–8月の期間にそれらを全て満充電し、その蓄電された電気で1年間CO2濃度測定が可能なシステムを製作しました(図2 (a))。本システムに用いた機器の部材は全て省電力のものを選定し、本システムの起動時間は消費電力を抑えるため毎日3時間(21–24時)としました。さらに、本システムのCO2濃度計測部で発生した熱は逃がさないように計測部を断熱材で3重に覆いました。測定結果は、衛星通信を利用して、毎日CO2濃度の測定が終了した直後に研究所に送られるようにしました。

また富士山頂は日本でもっとも高度が高く酸素が薄い場所です。7–8月にメンテナンスを行う際は高山病特有の頭痛と吐き気が発症します。これを軽減し、低酸素濃度の作業環境下でのミスを回避するため、メンテナンス作業時間は極力短縮できるように努めました。例えば、100個の蓄電池の充電を自動化させ、スイッチ一つで充電と給電を切り替えるようにしました。また予めポンプ・電磁弁・CO2検出部等が内蔵されたCO2濃度計測部を2台用意し、1台を測候所に設置し、もう1台を研究所に保管する体制をとりました。夏期のメンテナンス期間に、研究所で計測部内の各部材の動作確認済みのCO2濃度計測部を測候所に運び、測候所に設置され1年間稼働したCO2濃度計測部とまるごと交換しました(図2 (b))。これにより計測部に内蔵された各部材の動作確認を測候所で行うことを省き、測候所での滞在時間を約24時間に短縮しました。

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図2(a) 蓄電池100個を含むCO2濃度測定システムおよび (b) 毎夏交換するCO2濃度計測部

3. 富士山頂の大気中CO2濃度が示すこと

(1) 東アジア域はCO2の放出源が強い

図3 (a) に2009年7月から2017年4月の富士山頂のCO2濃度と北半球中緯度の平均的な値を示すハワイのマウナロア観測所(標高:3396m)のCO2濃度を示しました。

富士山頂のCO2濃度はマウナロアより夏期では2–10ppm低く、冬期では2–12ppm高くなりました。これは富士山頂の大気中CO2濃度が、夏期はシベリアや中国大陸に分布する植生の光合成によるCO2吸収、冬期は中国大陸で植生および都市からのCO2放出の影響を強く受けているためです。富士山頂のCO2濃度の増加率(1年間に増加するCO2濃度)の変動はマウナロアの変動と一致していました。これは富士山頂の大気が、マウナロアの大気と同様に地域のベースラインの大気であるためです。また富士山頂の増加率の変動幅がマウナロアより大きい要因は、富士山がマウナロアよりアジア大陸にあるCO2の吸収源と放出源に相対的に地理的に近いためであり、それらの吸収源と放出源が全球の大気中CO2濃度の増加率に影響を与えている可能性が示唆されました。

図3 (b) に富士山頂とマウナロアの季節変動を省いたCO2濃度の移動平均値とその両者の差を示しました。富士山のCO2濃度の移動平均値は、マウナロアより1–2ppm高く推移していました。これは富士山頂の大気が、マウナロアに比べて東アジアから排出されるCO2をより含んでいるためだと考えられます。

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図3(a) 2009–2017年の富士山頂とマウナロアのCO2濃度とその増加率および (b) 富士山頂とマウナロアの季節変動を省いたCO2濃度の移動平均値と両者の移動平均値の差

(2) 富士山頂は地上でありながら上空の大気を捉えられる地点

図4 (a) に2009年から2017年の富士山頂のCO2濃度と航空機観測(民間旅客機にCO2計を搭載し、飛行過程で大気中CO2濃度の連続観測を行うCONTRAILプロジェクト)により関東から近畿の範囲において富士山頂と同標高で測定された大気中CO2濃度を示し、図4 (b) に富士山頂と航空機観測のCO2濃度の関係性を図示しました。

両者の濃度は、季節に関わらず常にほぼ一致していました。また両者の差は、−0.02ppmととても小さい値を示しました。両者の差の標準偏差が2.14ppmであった要因は、両者のCO2濃度の測定時刻(富士山頂:夜間のみ、航空機観測:夕方から夜間)および測定場所が若干異なったことによると考えられます。以上の比較結果から、富士山頂は年間を通して、地上でありながら上空の大気を捉えられる場所であることが明らかとなりました。

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図4(a) 2009–2017年の富士山頂と航空機観測のCO2濃度と (b) 両者の濃度の関係

4. おわりに

私たちが観測している富士山頂の大気中CO2濃度は、年間を通して山体周辺のCO2吸収および放出の影響をほとんど受けていないこと、東アジア域の広範囲のCO2の吸収と放出を反映していること、さらに北半球中緯度の平均CO2濃度を示すマウナロアのデータとの長期的な比較から、東アジア域の炭素循環の変移が検証できることを明らかにしました。今年度から、富士山頂での観測強化を目的にCO2以外の温室効果ガスの濃度を調べるべく、現在、山頂に設置しているCO2濃度測定システムに毎月1回の山頂大気の採取を自動で行うシステムを加え、そのシステムにより採取された大気中のメタン(CH4)や一酸化二窒素(N2O)の濃度を調査する予定でいます。そして価値あるデータを取得できる富士山頂での観測を長期間継続できる仕組みをさらに構築していきたいと考えております。

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