2012年1月号 [Vol.22 No.10] 通巻第254号 201201_254006
2011年度ブループラネット賞受賞者による記念講演会 1 本当に有能かどうかを決めるのはコミュニティ
Mr. Bunker Roy(バンカー・ロイ)さん (ベアフット・カレッジ)
2011年度のブループラネット賞受賞者であるジェーン・ルブチェンコさん(米国商務省次官、米国海洋大気局[NOAA]局長)とベアフット・カレッジ(インド、創設者バンカー・ロイさん)による記念講演会が、2011年11月11日、国立環境研究所地球温暖化研究棟交流会議室で行われました。講演内容(要約)を2回に分けて紹介します。
ブループラネット賞については旭硝子財団のホームページ(http://www.af-info.or.jp)を参照してください。
ターニングポイントとなった農村訪問
旭硝子財団によりますと、20年にわたるブループラネット賞受賞者のなかで農村に住んで働いている受賞者は私だけだそうです。しかし私も1965年、25歳のときに初めてインドの農村を訪れるまでは、農村に移り住んで働くなどということは考えてもいませんでした。当時私は希望すればどんな職にでも就くことができました。しかし農村を訪れたことが私の人生のターニングポイントでした。飢餓や死に直面している状況を目の当たりにしたことは、大変なショックでした。インドのなかでこういう地域があることを考えたこともなかったからです。そして高い教育を受けていて何もしないでいることは私にとってはとても恥ずかしいことでした。貧しい農村の生活を見て家に帰った私は、母に、農村に移り住み井戸掘りをする単純労働者になりたいと話しました。母は狂乱状態になり、「お金も仕事も将来の可能性もないのになぜ? 私は家族に何と説明したらいいの?」と言いました。私は「私がやることを見ていて下さい」と答えました。
私は英語学科の修士課程を修了していましたが、井戸掘りには何の役にも立ちません。そこで、コンプレッサーや爆破など井戸掘りに関するあらゆることを学びました。私を指導してくれた人は読み書きのできない単純労働者でしたが、5年後にはその村の住民がもつ素晴らしい知識と技術を得ることができました。貧しい人たちは学校教育を受けていません。しかし、知恵や技能、伝統をもっています。そこで私はカレッジを造り、すでに住民がもっている素晴らしい知恵や技術を伝えたいと思いました。お金をかけた教育を受けると、人は思い上がったり傲慢になったりします。その村での5年間、貧しい人たちと寝食を共にし、私は学び直しました。私にとって本当の意味での教育がスタートしたときでした。
プロフェッショナルな仕事を評価するのはコミュニティ
5年間の経験で「プロフェッショナリズム」の定義についても考えさせられました。今日、プロとは技能と信頼とを兼ね備えた人ですが、本当に有能かどうかを決めるのはコミュニティであって、大学などではありません。これが「ベアフット・カレッジ」の信念です。村の助産婦や機織り職人、鍛冶工などはみなプロなのです。彼らは文字の読み書きができない人たちですが、彼らが作ったものは素晴らしいものです。これこそが、ベアフット・カレッジが尊重し、承認するプロなのです。
私はデリーの南西500マイル(約800km)のところにあるティロニア村の長老たちに会い、この村でベアフット・カレッジをスタートさせたいと話しました。彼らは不審に思い、「警察に追われているのか? 試験に失敗したのか? 政府の職を得られなかったのか?」と聞きました。インドだけではなく世界中どこでも、お金をかけた教育を受けた人が貧しい農村に来ることなどありません。私は長老たちに「貧しい人たちのためのカレッジを作りたいのです。私は彼らが何を感じ、実際に何ができるかを知りたいのです。それがカレッジの本質に関わる問題だからです」と言いました。
ベアフット・カレッジとは
なぜ「ベアフット」(裸足)か。それは、世界中どこでも貧しい人たちは裸足で歩いているからです。今日世界中に残っている伝統的な知識や技術や知恵を正しく評価する象徴だからです。
なぜ「カレッジ」なのか。カレッジは知識を得(learning)、学び直す(unlearning)ところだからです。ベアフット・カレッジは、どんな間違いをしても間違いから学び、失敗しても何の問題もないところです。教師と生徒が互いに学び合う場所です。また、何の学位証書も出しません。
長老たちは重要なアドバイスをくれました。それは、カレッジには学位や資格をもっている人を連れて来ないこと、というものでした。ベアフット・カレッジは、もし博士号などの資格をもっていたら失格となるインドで唯一のカレッジです。頭ではなく手を使って働くという実用的な知識や技能を評価するカレッジなのです。
ベアフット・カレッジを支える資格のないプロたち
ベアフット・カレッジは、農村に住む文字の読み書きができない12人のベアフットの建築家の協力で、1986年に1平方フィート当たり1.5ドルで建てられました。建設にあたっては専門的な建築家もエンジニアも関わっていませんが、現在でも壊れていません。2002年には建築界のノーベル賞ともいえるアーガー・ハーン建築賞(Aga Khan Award for Architecture)を受賞しました。ところが主催者が、「建築の専門家が関与していないはずがない」と言うので、私は、「設計図を作成したのは専門家ですが、カレッジを実際に建てたのは村の人たちです」と説明しました。それでも納得していない様子なので、私たちはその賞を返還しました。賞を返還したのは私たちだけです。
伝統的な手法を用い雨漏りしない屋根を作れるのは、村では女性だけです。屋根に上がると女性たちは「男たちを追い出した」と誇らしげに言います。私もその技術を知らないのですが、現在でも雨漏りすることはありません。
水については、「数百年も前から雨水を貯めている。初めエンジニアや建築家に相談に行ったら、彼らは、雨水採集について何の知識もなかったので、村の長老たちに話をすると、それはいい方法だから進めるべきだと言われた」そうです。こういう知識、常識を得るのに学校に行く必要はありません。ベアフット・カレッジの屋根は雨水を集めるように設計され、40万リットルもの雨水を貯める貯水槽があります。
光ファイバーやビデオ会議などすべての仕事は太陽光発電で行っています。インターネットも使用できます。手作りの手工芸品が欲しいなら、tilonia.comにアクセスしオーダーしてください。世界中どこでも1週間以内にお届けします。
私たちはマハトマ・ガンディーの生活や仕事のスタイルを大変尊敬していますから、床で食事をし、床の上で寝ます。ベアフット・カレッジに滞在するために契約書などは必要ありません。20年一緒に生活しても、明日出ていっても構いません。ベアフット・カレッジは信頼と確信、人と人との交流、そして自分自身を信頼している人たちとの関係で成り立っているのです。誰もひと月200ドル以上の給料をもらえません。お金を稼ぐために来るのではなく、やりがいを求めてやってくるのです。
ベアフット・カレッジは施設のすべてを太陽光発電で賄っているインドで唯一の学校です。屋根に設置したパネルから45〜50kWを得ることができ、コピー機や電灯などあらゆるものに電力を供給しています。この装置は、太陽がある限り、今後25年何の問題もなく動くことを確信しています。設置したのはヒンズー教の僧で、初等教育を8年受けただけの人です。しかし私が知っている限り彼ほど太陽光発電に精通している人はいません。
ベアフット・カレッジに来れば、太陽熱で調理した料理を食べられます。太陽熱調理器も読み書きのできない女性が作りました。
住宅は非常に著名な建築家がデザインしました。彼はジオデシックドーム(三角形の部材を組み合わせた半球形の構造)を考え出しました。「ジオデシックドームを作るには5年間大学に通って学び、資格をとって建築家にならなければならない」と言われたときに、私は村の鍛冶屋のところに行き、彼に「ジオデシックドームを作れるか」と聞きました。彼は「いつでもできる」と言いました。ベアフット・カレッジにはジオデシックドームでできたインターネットカフェや病理検査室もあります。
ベアフット・カレッジでは歯の治療をするおばあさんがいます。彼女も読み書きはできませんが夜間学校に通う7000人の子どもたちの歯を治療しました。
女性の自立・地位向上は重要です。4000本の映像を保管するCDライブラリーでは、すべての女性がコンピュータの使い方を学んでいます。私たちは男性の仕事とされていたあらゆるものを女性にやってもらい、女性の伝統的な役割を変えようとしています。まず女性たちに手押しポンプの修理から始めてもらいました。ティロニア村では女性がエンジニアになったり雨水採集用のタンクを作ったり、コンピュータで仕事をしているのです。
5000人の前で何時間も話ができる「ストリートファイター」の女性がいます。ある日彼女が「疲れている。もうストリートファイターを辞めたい」と言うので、私はコンピュータの前に座って仕事をすることを勧めました。彼女は読み書きができないので躊躇していましたが、私は「コンピュータの前に座ってリラックスしたらいい」と言いました。半年後、彼女は私にコンピュータを操作できることを見せてくれました。識字力の低い人でも地域にプロとしてのサービスを提供できることを都市部の人に納得してもらうため、私は彼女にインドのシリコンバレーともいえるハイデラバードで自分の体験を話すよう言いました。彼女のスピーチが終わると億万長者たちからスタンディングオベーションが沸き起こりました。
夜間学校の12歳の首相
マーク・トゥエインの名言「学校が教育の妨げになってはならない」をご存知でしょうか。学校は読み書きを習うところですが、教育は家族やコミュニティ、環境から得るものです。ティロニア村の60%の子どもは夕方まで羊や山羊の世話をしなければならないので、夜しか学校に行く時間がありません。そこで村では1975年から夜間学校を運営しています。これまで75000人もの子どもたちが学びました。また、6歳から14歳の7000人の子どもたちが3年に一度首相を選ぶ選挙をしています。選挙を通して民主主義や市民権などを学ぶいい機会だと思います。現在の首相は12歳の少女で、昼間は20頭のヤギの世話をしています。内閣もあり、150の夜間学校を運営・管理しています。
かつて彼女は世界子ども大賞(World’s Children’s Prize)を受賞し、スウェーデンに招待され、女王から表彰されました。スウェーデン女王は、この12歳の少女が一度も村から出たことがないというのを信じられませんでした。彼女はあたかもスウェーデンで生まれ育ったかのように振る舞っていたからです。女王は私に「彼女の自信のある態度はどんな経験から得たものなのか聞いてくれませんか」と言いました。12歳の少女は女王の目をまっすぐに見て、私にこう言いました。「私は首相なのです、と伝えてください。」
コミュニケーションは人形劇、水問題解決はダム
書いた文章やテレビ、新聞のない私たちの村では、10万人以上の住民が人形劇を通してコミュニケーションをとっています。なかには100歳になる人形もあり、彼はこの村で起こっていることなら何でも知っています。
水の問題は深刻です。ラジャスタン州は5年間たった一滴の雨さえ降らないこともあります。ですからダムを建設し、雨水を貯めておかなければなりません。ダムの建設には25000ポンドしかかかりませんでした。結果的に3000人を雇用し20以上の村、10万人以上に恩恵をもたらしています。そして、手押しポンプや井戸できれいな水を利用でき、村は元気を取り戻しました。これはお金のかからない、費用対効果の高い方法です。
イギリスのチャールズ皇太子は私たちの活動を大変応援してくれています。これまで2回ベアフット・カレッジを訪れ、金銭的な援助も含め、雨水採集については非常に多くの貢献をしてくれています。
女性のエンパワーメント
ベアフット・カレッジは完全にソーラー電化された唯一のカレッジですが、住民自らの努力で発展するベアフット・アプローチはカシミール地方の北から南にかけて600の村に広がっています。さらにラジャスタン州の砂漠にも広げ、太陽光発電によるランタンのもとで製作した手芸品の売り上げは今では年間10万ドルにもなります。
インドでの成功事例をもとに海外進出も行いました。アフガニスタンで3人の女性をインドに連れて行き訓練したいと申し込んだところ、アフガニスタンの女性は部屋からさえも出られないのに不可能だと断られました。私は譲歩して彼女らの夫も連れて行くことにしました。そして、彼女たちは半年後に太陽光発電システムを習得し、故郷に戻りました。彼女たちの村はアフガニスタンで初めて太陽光発電を導入した村になりました。
私が太陽光発電のエンジニアでもっとも優れていると思っているのは、実は「おばあさん」なのです。男性は落ち着きがなく野心的で、学位をほしがります。また、学位を取ると仕事を求めて村を出てしまいます。ですからおばあさんたちを訓練するのが一番いい方法です。
アフリカにも行きました。私たちはアフリカに住む全ての人がランプではなく電気で生活する権利があると思っています。アフリカでは35歳でおばあさんになる人もいますから、35歳から50歳のおばあさんたちに太陽光発電のエンジニアとしてのトレーニングをしました。自治体のメンバーが選んでくれた女性は最初インドに行くこと、6カ月も国を離れることを嫌がりました。しかし見知らぬ国に来て知らない人たちのなかで、読み書きができないながら彼女はエンジニアになったのです。どうやって進めたのかというと、一種の手話です。書かれた文章、話す言語ではなく、見て、聞いて、手取り足取りして教えました。半年後、彼女らは太陽光発電の装置を組み立て、設置し、修復、維持できるようになりました。今ではおばあさんエンジニアたちはワークショップを開催し、お互いに情報交換しています。もちろん話す言語がそれぞれ違うので身振り手振りですが、彼女たちはとても生き生きしています。
最後にダライ・ラマ14世のお話をしましょう。ダライ・ラマ14世はベアフット・カレッジに一泊しました。そのとき私に非常に興味深い質問をされたのでご紹介します。彼はこう言ったのです。「あなたがベアフット・カレッジで実際に行っていることは、大学や専門家たちはうまく理論化できるのでしょうか。」
講演の後、講演者と参加者との間で質疑応答の時間が設けられました。簡単にご紹介します。
Q1: 最初に村に滞在したときどんな印象でしたか。
A1: 「私はここで何をしているのか、ここで生きていけるのか、時間の浪費だけではないか」と思いました。頭の中をあらゆることがよぎりますが少し冷静にならなければなりません。私は「もう一日滞在して、やっていけるかどうか考えよう」と思いました。誰しもこんなふうに毎日を生きているのではないでしょうか。
Q2: 外部の人たちにどうやってあなたの素晴らしい体験を伝えているのでしょうか。
A2: 宣伝をしているわけでもありませんし、ブログもツイッターもスカイプもありません。しかしいろいろな人たちがベアフット・カレッジのことを耳にしているようで、知っています。私自身、話をすることは多いです。現在はTED.comを利用してします。TEDを通して情報を得ている人たちがいて、ベアフット・カレッジでボランティアをしたいと言われることがありますが、ボランティアは雇わない方針なのでお断りしています。しかし、実際に見てみたいというなら数日間滞在することは何の問題もありません。学位をもたない一人の人間として来てみたいなら、いつでも大歓迎です。
(訳:編集局)