2012年1月号 [Vol.22 No.10] 通巻第254号 201201_254005
「持続可能なアジア低炭素社会に向けた日本の役割」とは —気候変動政策研究プロジェクトの研究成果および国民対話からの提言—
1. はじめに
(独)国立環境研究所(NIES)は、11月22日に、一般公開シンポジウム「持続可能なアジア低炭素社会に向けた日本の役割」を、環境省、および(独)国際協力機構(JICA)、(独)科学技術振興機構(JST)と共に、JICA研究所国際会議場で開催し、来場者200名と広く意見交換を行った。
本シンポジウムでは、環境研究総合推進費研究プロジェクト「アジア低炭素社会に向けた中長期的政策オプションの立案・予測・評価手法の開発とその普及に関する総合的研究(S-6)」、および「統合評価モデルを用いた世界の温暖化対策を考慮したわが国の温暖化政策の効果と影響(A-1103)」、「気候変動の国際枠組み交渉に対する主要国の政策決定に関する研究(E-0901)」、JICA/JST「地球規模課題対応国際科学技術協力(Science and Technology Research Partnership for Sustainable Development: SATREPS、サトレップス)」による「アジア地域の低炭素社会シナリオの開発」に関わる研究者が最新の研究成果を発表した。その後、低炭素社会国際ネットワーク(LCS-RNet)事務局が、低炭素社会に向けた研究の促進に向けた取り組みについて紹介した後、総合パネルディスカッションを行った。本シンポジウムは、参加者と一緒に持続可能なアジア低炭素社会に向けた日本の役割について考え、その成果を南アフリカのダーバンで行われた気候変動枠組条約第17回締約国会議(COP17)における上記機関のサイドイベントで発信するために、COP17の目前に開催した。以下にその概要を報告する。なお、本シンポジウムで紹介した研究プロジェクト概要、および当日の発表資料は、本シンポジウムホームページ(http://2050.nies.go.jp/sympo/111122/index.html)を参照されたい。
2. IPCC第5次評価報告書に向けた将来シナリオの検討:日本からの貢献とその意義
寺田達志環境省地球環境審議官、および、原澤英夫NIES社会環境システム研究センター(以下、社会C)長による開会挨拶に引き続き、社会C統合評価モデリング研究室の藤森真一郎特別研究員が、平成23年度より始まった環境研究総合推進費A-1103の研究紹介を行った。藤森特別研究員は、A-1103研究プロジェクトを通じ、アジア太平洋地域統合評価モデル(Asia-Pacific Integrated Model: AIM)[1]のさらなる開発・改良を行い、日本の温暖化対策の効果と影響をより詳細に定量的に明らかにし、世界動向に対応した日本の中長期的な気候変動対策の策定に貢献していく考えを示した。また、社会経済シナリオ(SSP)の検討作業に参加し、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の次期報告書に研究成果を提供していく活動も合わせて行っていることを報告した。
3. アジア低炭素社会への道筋を考える:アジア低炭素社会実現のビジョンと方策とは
S-6研究チームは、パネルディスカッション形式で、これまでの研究成果から見えてきた持続可能なアジア低炭素社会実現のためのビジョンと方策を提言した。冒頭で、S-6研究プロジェクトリーダーである甲斐沼美紀子社会Cフェローが、アジア各国で、資源・エネルギーを多消費しない経済成長を可能にさせながら持続可能な低炭素社会を構築し、かつ、2050年温室効果ガス(GHG)排出量世界半減を実現させるためには、どのような対策が必要かという共通の質問を掲げ、S-6研究チーム代表者が質問に答える形でこれまでの研究成果を報告した[2]。
その後、S-6研究プロジェクトアドバイザーである河合正弘アジア開発銀行研究所長、李志東長岡技術科学大学教授をはじめ、会場の参加者から、S-6研究に関するコメントを頂いた。例えば、民間企業と研究機関の連携を強化し、民間企業による低炭素社会構築を助長する政策を適切に形成・実施しうる手法を見出して頂きたいという要望をうかがった。また、日本自身が、低炭素社会実現のための対策をより一層深化させ、率先して行っている姿をアジア各国に示していくことの必要性も改めて指摘して頂いた。
コメントを受け、S-6研究チームは、多様性に富むアジア各国・地域固有の特性を適切に考慮しつつ、各国が抱える諸問題を解決しながら低炭素社会を実現させる道筋を明らかにし、日本を含むアジア各国の関係機関それぞれに対し、低炭素社会の実現に向け、抜本的に何をしなければならないか、研究成果から見出された方策を取ることにより、どのような便益があるかを示し、政策提言としてまとめる予定であることを報告した。
4. 低炭素社会に向けて動き出すアジア:マレーシア・イスカンダル開発地域の取り組み
シンポジウム午後の部の開催の挨拶で、江島真也JICA地球環境部長、並びに、岡谷重雄JST参事役・地球規模課題国際協力室長によるSATREPS「アジア地域の低炭素シナリオの開発」研究プロジェクトの紹介を受け、本研究の参画者である社会Cの藤野純一主任研究員が、AIMで開発してきた低炭素社会シナリオアプローチ法をベースに、現地の研究者や、イスカンダル地域開発庁、都市地域計画局と協働で、同地域の将来ビジョンやロードマップを策定していることを報告した。研究成果に基づいた方策をイスカンダル開発地域の都市開発政策の中に組み込み、社会に実装させるためには、現地の自治体のみならず、中央政府や民間企業、市民をはじめとする多様な立場の関係者間の合意を得ながら実施していく必要がある。これらは日本の自治体も抱えている課題であることから、藤野主任研究員は、2011年10月初旬にマレーシアの研究者と京都・滋賀・東京の行政や専門家、NGOを訪問し、合意形成プロセスに関する先進事例を学んだことを紹介した。藤野主任研究員は、本プロジェクトの実施過程から学んだ教訓を応用させ、他のアジア地域においても、低炭素開発を促進できるようなツールを提供していくことで研究者としての役割を担っていきたいという意気込みを述べた。
5. 低炭素社会実現に向けた実効性のある国際交渉スキームとは:気候変動の国際枠組み交渉に対する主要国の動向分析より
社会C持続可能社会システム研究室の亀山康子室長が研究プロジェクトリーダーを務めるE-0901研究チームは、GHGの主要排出国である米国、欧州、中国、インド、ロシアの気候政策および国内の状況の関係性を横断的に分析することにより、国際政治をどのように誘導すれば低炭素社会の構築が可能となるか、多国間協調の行方を分析している。本研究発表では、亀山室長による研究全体成果報告に加え、(財)地球環境戦略研究機関(IGES)の田村堅太郎気候変動グループ副ディレクターが、中国の事例を分析した成果を紹介した。また、社会C環境経済・政策研究室の久保田泉主任研究員が、気候変動レジーム法形式のオプションとその意義について発表した。
亀山室長は、気候変動の国際枠組み交渉の場において、短期的には、主要国それぞれが歩み寄るほどの動機や妥協点がないため、各国の排出削減目標を含んだ包括的な国際制度の合意は難しいが、各国による排出削減策国内実施に対する意欲を高め、中長期的に多国間協調を復活させることは可能であることを指摘した。亀山室長は、本研究の締めくくりとして、その条件を提示し、どれが一番現実的にあり得るのか、想定されるシナリオの中で主要国はどう動くかを分析し、政策提言を行っていきたいと報告した。
6. 低炭素社会に向けた研究の促進に向けて
石川智子LCS-RNet事務局・IGESチーフセクレタリーは、2008年のG8環境大臣会合での提案を受け発足されたLCS-RNetの取り組み、特にLCS-RNet第3回本会合で議論された低炭素社会構築に向けた10の主要メッセージを紹介した[3]。低炭素社会の実現に向けた議論がより実質志向となり、いかに各国の事情を十分考慮した低炭素発展を展開し、かつその担い手達を育成していくかに進化・深化している。そのことから、石川氏は、アジア低炭素開発研究ネットワーク構想を現実化し、政府機関・研究機関の対話、および、アジアの研究者間の交流を促進し、一丸となって低炭素社会構築を進めていくためのメカニズムを構築中であることを報告した。
7. パネルディスカッション
パネルディスカッションでは、上記各研究プロジェクトによる研究成果の発信に加え、アジア低炭素社会実現に向けて日本がどのような役割を演じることができるかを、西岡秀三NIES特別客員研究員・IGES研究顧問によるコーディネートの下で議論を展開した。まず、パネリストである井上孝太郎JST上席フェロー、江島真也JICA地球環境部長、東京都環境局の西田裕子都市地球環境部主任が、それぞれの業務経験に基づいて発表した。それらを受けて、シンポジウムの参加者から、少子高齢化が進む中での低炭素都市形成のあり方や、低炭素開発に関する現地の人々のやる気を向上させ、低炭素技術移転にかかるコストを下げるためのメカニズムをどう構築していくべきか、また、プロジェクト実施のための資金メカニズムの趣旨と現地のニーズのギャップにどう対応していくべきかといった質問を受け、パネリストと共に議論をした。最後に笹野泰弘NIES地球環境研究センター長が閉会の辞を述べた。
8. まとめ
本シンポジウムでは、日本を含むアジア各国が、いち早く低炭素社会を構築し、GHGの排出量を削減していくことが、世界の気温上昇を2℃以内に抑え、温暖化の影響を極力小さくする一つの鍵であることを強調した。また、アジア地域において、低炭素社会を構築していくことは技術的には可能だが、私たち個人、あるいは国が具体的なビジョンを持って行動すること、およびビジョンを実現する人材の育成が必要であることを強調した。日本が果たすべき役割としては、アジア各国のニーズに耳を傾け、重要視されている気候変動対策以外の課題に関する解決策を共に検討しながら、低炭素社会構築のためにGHGを削減していくことの重要性が改めて認識された。そのためには、研究機関と民間企業がより連携を強化する必要がある。そうすることで、日本が有する低炭素技術移転や、研究者や自治体、NGOが蓄積してきた低炭素社会構築に向けた知見や経験を活かしていくことができる。
上記研究プロジェクト研究参画者および研究協力者は、今後も日本を含むアジア低炭素社会に向けた研究をさらに応用させ、アジアに限らず国際社会全体が低炭素社会に向かえるよう、研究成果をわかりやすく発信していく機会を設ける予定である。
脚注
- AIMの概要、および、これまでの成果については、下記を参照されたい。
- http://www-iam.nies.go.jp/aim/index_ja.htm
- 増井利彦「中長期ロードマップにおける経済分析」, 芦名秀一「低炭素社会実現に向けて動き出すアジア—第16回AIM国際ワークショップ開催報告—」, 「甲斐沼美紀子さんに聞きました:これからも続くアジアを中心に展開した研究と、人との関係」地球環境研究センターニュース2011年4月号
- S-6研究プロジェクトの概要、および、前期3年間の研究の成果は、下記のリーフレットを参照されたい。
- LCS-RNet「パリ年次会合」成果報告書(http://lcs-rnet.org/publications/pdf/2011_3rd_Annual_Meeting_of_the_LCS-RNet_in_Paris.pdf)、もしくは、シンポジウムホームページから取得できる本発表の研究概要からその仮訳を参照されたい。