2012年1月号 [Vol.22 No.10] 通巻第254号 201201_254002
AsiaFlux Workshop2011報告
1. はじめに
2011年11月9日から11日にかけ、マレーシアのジョホールバル市にあるマレーシア工科大学(Universiti Teknologi Malaysia)にて、AsiaFlux Workshop 2011が開催された。AsiaFluxは、アジア地域における陸域生態系と大気の間で交換される二酸化炭素、水蒸気、熱エネルギーに関する研究をする人が集まるコミュニティーである。国立環境研究所地球環境研究センターは、1999年の活動開始当初から事務局としての機能を果たしており、現在では研究集会、トレーニングコース、ワークショップ等の開催支援やホームページ、データベース運営等を行っている。今回もマレーシア工科大学と共同で企画・運営を行った。
AsiaFlux設立以来、情報交換と研究発表の目的で定期的に開催されてきたワークショップも今回で10回目となり、東南アジアでの開催は、2006年のタイ以来2度目である。最近、東南アジアでは観測サイトが数多く立ち上がってきており、このワークショップを機会にさらなる研究と連携促進が期待され、テーマは、「Bridging Ecosystem Science to Services and Stewardship(生態系科学とサービス・管理との連携)」とされた。アジア、欧米諸国から計14カ国130名近くの参加があり、口頭・ポスター発表をあわせると100を超える多様なテーマでの発表があった。
2. 1日目
(1) 午前
午前中のオープニングセッションでは、まず、現地実行委員(マレーシア工科大学)からマレーシアで開催することができたことへの感謝を含め、開会の挨拶があった。続いて、AsiaFlux委員長のJoon Kim氏(ソウル国立大学)からAsiaFluxの指針とこのワークショップをマレーシアで行うことへの期待、マレーシア工科大学副学長からAsiaFluxコミュニティーの歓迎の挨拶が述べられた。初めのTropical ecosystem in Asiaのセッションでは、Lulie Melling氏(熱帯泥炭地研究所)が熱帯泥炭地の特徴とそこで調査を行う意義と発生する温室効果ガスについて、Walter Oechel氏(サンディエゴ州立大学)が、土地利用変化が与える二酸化炭素の放出量の違いについて、ボルネオの熱帯林の沿岸地域での観測を例に基調講演をした。続くTropical wetland in Asiaのセッションでは、フィリピン、インドネシア、中国の泥炭地や湿地帯での炭素量や二酸化炭素のガス交換に関する研究の紹介がされた。
(2) 午後
Regional carbon fluxのセッションでは、Ab.Latif Ibrahim氏(マレーシア工科大学)が、リモートセンシングを用いてマレーシアの森林の純一次生産量の推測について研究発表し、Prabir K. Patra氏(海洋研究開発機構)が、東南アジア地域の炭素吸収源の推測プロジェクトについて説明と今後のAsiaFluxの活動への期待を述べた。次のRemote sensing and modelingのセッションでは、衛星のデータを用いて二酸化炭素の起源を多様な方法で調べた比較研究等、広域の研究が紹介された。最後のImprovement in flux measurement techniquesのセッションでは観測機器の比較や霧の植物への影響の実験、欠陥補足について発表があった。セッションが一通り終わった後は晩餐会が行われ、ホストのマレーシア工科大学の副学長も参加し、夜遅くまで交流を深めた。
3. 2日目
(1) 午前
Tropical forest ecosystem in Asiaのセッションでは、まず、Khalid Harun氏(マレーシア油ヤシプランテーション生産組合)から、世界第2位の油ヤシプランテーション面積を持つマレーシアで大気中二酸化炭素の排出量を削減するためには、油ヤシプランテーションがよい選択肢の一つであると説明された。続いて、小杉緑子氏(京都大学)から、熱帯雨林で二酸化炭素と水蒸気のガス交換収支が気象条件によりどのように変化しているか、マレーシア・パソでの長期にわたる観測結果をもとに発表があった。続くAsian tropical forest ecosystemのセッションでは、熱帯ゴム園の炭素バランスや水の貯蓄タンクとしての役割など熱帯林の炭素・水・養分についての研究の紹介がされ、最後のVarious ecosystems in Asiaのセッションでは、チベット高原における炭素貯蓄量や二酸化炭素収支量の観測、シンガポールの都市における二酸化炭素・熱収支の観測など、地理的に幅広い観測の発表が行われた。
(2) 午後
Networkingのセッションでは、まずDario Papale氏(トゥーシャ大学)から、渦相関法を用いて得たデータは不確実性を含むものであるため、二酸化炭素・水・熱収支交換量観測の情報交換の場であるFLUXNETを活用してデータを共有する重要性、欧米の統合炭素観測システム(Integrated carbon observation system: ICOS)やアメリカ生態観測ネットワーク(National Ecological Observation Network: NEON)の活動状況とその将来性について情報提供がされた。また、平野高司氏(北海道大学)からは、熱帯で泥炭地の占める割合と、その炭素蓄積量の多さから観測とネットワーク立ち上げの必要性が説明された。両氏から、連携強化の重要性が強調された後、Regional Reports and Discussion では、マレーシア・タイ・フィリピン・シンガポール・台湾から、各国の近況報告が行われた。東南アジアでは、新しいサイトは個々に立ち上がっているものの、国内・国外の連携強化を今後どのように進めていくか、達成に向けてのAsiaFluxの役割等活発な意見交換がされた。続くPoster sessionでは発表数は50を超え、インパクトの強い発表も多く、活発な意見交換がなされていた。同じ会場で、観測機器メーカーの企業展示も行われ、観測が盛んになっている東南アジア地域でのよい情報交換の場となっていた。
4. 3日目
この日は、2007年から日中韓フォーサイト事業として日本・中国・韓国が実施しているフラックス観測データの共有に基づく観測点間の比較やモデル化に関する共同研究(CarboEastAsia)の成果発表が行われた。まずは、韓国のプロジェクト代表であるJoon Kim氏からAsiaFluxとCarboEastAsiaの目的、4年間の成果と課題が述べられた。持続可能な環境の形成には到達点があるわけでなく、常にフィードバックし、過程と原点に立ち戻る重要性が説かれた。その後、3つのセッションに分けて発表が行われた。まずは、主に観測結果の分析についてのセッションが行われた。三枝信子(国立環境研究所)は、複数のサイトの観測値を異なる方法で欠測補完したデータを用いて行った、森林炭素収支の時・空間変動を解析した結果とそれらの不確実性について報告した。続いて統合解析の結果と観測結果との比較研究やモデルの検証研究が紹介された。最後に、土壌呼吸、メタンや揮発性有機炭素などのフラックス観測についてのセッションがあり、梁乃申(国立環境研究所)は、マレーシア・パソにおける土壌呼吸の観測結果をもとに、熱帯生態系がもつ炭素吸収源としての役割について発表した。これら3つのセッション終了後、この共同研究をもとに、アジアでどのように今後発展させていくかについての議論がされた。議論終了後、現地実行委員長とAsiaFlux委員長の挨拶で3日間に及ぶワークショップが締めくくられた。
5. ワークショップ後の企画
今回は、次の3つのコースが実施された。
- 1) パソ森林保護区コース
- マレーシアネグリセンビラン州にあるパソ観測サイトへは、ワークショップが行われた会場から車で片道4時間半かけての長い日帰り見学コースだった。サイトでは、1992年から、国立環境研究所、京都大学、森林総合研究所、マレーシア森林研究所(FRIM)により共同で観測が進められている。Christine Dawn Fletcher氏(FRIM)によるレクチャーの後、広大な保護林の中に設置されたフラックスタワーを中心とするエリアに向かった。タワーサイトには52mのアルミ製フラックスタワーが建てられており、これを用いて微気象学的手法による二酸化炭素・水・エネルギーの交換量の長期観測が実施されている。タワー最上階からはサイト全体が見渡せるが、温帯のサイトに比べると一見するだけで、非常に多くの樹種により森林が構成されていることが確認できた。フラックスタワー近傍に2本の30mのアルミタワーが設置されており、この頂上部と52mフラックスタワーを結ぶように3角形の樹冠回廊(キャノピーウォークウェイ)が設置されていることが大きな特徴である。これは多様な樹種により構成される不均一な樹冠部に関して、個葉スケールでの測定を行う上で非常に有効な設備となっている。タワー周辺では土壌呼吸量の測定や、土壌断面調査、倒木の分解などさまざまな観測が行われていた。
- 2) 国立公園コース
- ジョホール州の最南端に位置するタンジュンピアイ国立公園は、公園全体の半分以上が20種以上もあるマングローブで占められ、また、オナガザルをはじめとする珍しい動物も見ることができた。
- 3) トレーニングコース
- トレーニングコースは、7月の韓国・ソウルでのトレーニングコースに引き続き、2011年は2度目で、2日間にわたり、LI-COR社により実施された。基礎となる渦相関法の理論から始まり、観測機器の設置と取り扱い方からデータ処理まで、幅広い内容が取り上げられた。実際に観測機器を手に取りながらの講義で、受講生も熱心に質問するなど積極的に参加していた。
6. まとめ
今回で10回目となったアジアフラックスワークショップは、大きく2つの成果があった。1つは、観測サイトの立ち上げが盛んになってきている東南アジア地域のマレーシアで行われたことにより、周辺の国や地域で観測を行う人が集まる情報交換の場となったことだ。2つめは、日中韓の共同研究プロジェクトの成果発表が数多く行われ、この共同研究をモデルケースとして、アジアでの観測ネットワークをどのように発展させていくか、情報・意見交換がされたことだ。課題も多いということがわかったが、駒を参加者で一歩推し進めた感のある有意義なワークショップであった。
若手会
4回目となった2011年の若手会には、8カ国から30名近くが参加し、夕食を食べながら交流を深めた。当初は5人の若手研究者から “Flux Research 2050 and Me” というタイトルで発表を行ってもらった後に自由討論の予定だった。お願いする段階では5分は長すぎるということだったにもかかわらず、全員話し始めたら止まらなかった。今現在自分が行っている研究や仲間のこと、50年後にはFluxの研究がここまで進んでいるだろうという夢だけではなく、発表者の5人ともが偶然女性だったということもあり、女性が研究者として働き続ける環境にあるか、家庭との両立なども話題にあがった。今後アジアの国々が連携して研究を進めていくに当たり、重要な機会であった。