2012年1月号 [Vol.22 No.10] 通巻第254号 201201_254003

第2回低炭素アジア研究プロジェクト国際シンポジウム・ワークショップ報告 1 国レベルの低炭素シナリオ研究と政策の進捗

(財)地球環境戦略研究機関 LCS-RNet事務局 石川智子

2011年10月31日、マレーシア・ジョホール州において、国立環境研究所(NIES)、低炭素社会国際研究ネットワーク(International Research Network for Low Carbon Societies: LCS-RNet)[1]他の共催[2]により、第2回低炭素アジア研究プロジェクト国際シンポジウム・ワークショップ(2nd International Symposium on Low Carbon Asia Project)が開催された。

現在、アジアの各国で低炭素開発に向けた計画作りが進行中である。これには多くの政策ステップがあり、広い分野にわたる科学的知識が必要とされる。しかし、当地域にはその政策を支えるための研究者コミュニテイが形成されておらず、学術的基盤がまだ十分とはいえない。

このため、LCS-RNetはNIES等と協働して、アジア地域におけるこうした動きを支援すべく、アジアの研究機関・研究者と政策担当者を対象としたワークショップ[3]を開催してきた。今回のシンポジウム・ワークショップも、その一環としての実施であり、ワークショップで議論された「国レベルの低炭素シナリオ研究と政策の進捗」と「都市レベルの取り組み」について概要を報告する。

1. 第2回低炭素アジア研究プロジェクト国際シンポジウム・ワークショップについて

今回のシンポジウム・ワークショップでは、まず、NIESの甲斐沼美紀子フェローが、日本からの発表として、環境省のロードマップ作成に使われたシナリオ作成、コストカーブ、経済評価などの手法を紹介した。次いで、マレーシア、カンボジア、ベトナムからの報告[4]があり、各国が国ごとの適切な緩和行動(Nationally Appropriate Mitigation Actions: NAMA、「地球環境豆知識」参照)作成の過程で、シナリオ作成・モデル利用に取り組んでいる状況が紹介された。

カンボジア環境省のMao氏によれば、カンボジアでは、今なお地方の住民の70%が電気にアクセスできていない。灯油が家庭の照明用に用いられているほか、自動車バッテリーも電灯とテレビに利用されている。現在、カンボジアの温室効果ガスのほとんどが農業部門からの排出であるが、一方で、エネルギー産業、製造業、交通等の今後の伸びから、温室効果ガスの排出が2000年と比して2050年には10倍に拡大する見込みである。故に、政府は水力発電やバイオマス、太陽光や風力といった再生可能エネルギーの導入に積極的である。

カンボジアではまた、低炭素発展に向けた国内法の整備や政策の立案を行ってきている。その中には、カンボジアミレニアム開発目標や、成長・雇用・衡平・効率向上のための四辺形戦略(Rectangular Strategy for Growth, Employment, Equity and Efficiency)、国家戦略的開発計画(National Strategic Development Plan: NSDP)、グリーン成長ロードマップ(Green Growth Roadmap)などが含まれる。

気候変動への時宜を得た、また効果的な対応をしていくために、現在のカンボジアのおかれている状況を鑑みると、他のアジアの国々にいや増して、人材の充実および外部からの技術的、財政的な支援が不可欠である。また、未だ国内に組織化された研究機関のネットワークが存在しないことから、これを組織化することによって国内の研究機関同士の横断的な協力を推進してゆくこと、また、研究機関・研究者と政策担当者との対話の場を提供することも不可欠である。

Mao氏によれば、今までもカンボジアでは自然災害の猛威に曝されてきており、特に今年は一方で洪水、他方で干ばつの被害が大きかった。将来の気候変動に伴う災害の発生頻度の増加・深刻化は、同国の持続的な開発にとっての重要なリスク要因となりうるため、気候変動の悪影響に対する適応能力強化もまた重要である。

ベトナム・天然資源・環境保護戦略計画研究所(Institute of Strategy and Policy on Natural Resources and Environment: ISPONRE)のNguyen氏によれば、2000年におけるベトナムの温室効果ガス排出量150.9百万トン(二酸化炭素換算、以下、同様)のうち、農業部門からの排出が65.1百万トン(43.1%)で最も大きく、エネルギー部門からが52.8百万トン(35%)、土地利用、土地利用変化及び林業部門(Land Use, Land Use Change and Forestry: LULUCF)から15.1百万トン(10%)、また、工業プロセスから10.0百万トン(6.6%)、廃棄物から7.9百万トン(5.3%)という内訳であった。また、報告者によれば、農業、エネルギー、LULUCFといった3つの主要排出源からの温室効果ガスの排出量の予測は、2010年に169.2百万トン、2020年に300.4百万トン、2030年に515.8百万トンであり、2030年にはベトナムにおける最大の排出源は農業部門からエネルギー部門へと移行し、エネルギー部門からの排出量は全体の排出量の91.3%を占めるまでになるとのことである。

ベトナムは、気候変動への対応に向けた国家戦略を作成し(2011年12月に公表)、この中で、低炭素発展とグリーン成長に向けた目標設定、およびその実現のために必要なタスクを設定している。一方で計画投資省(MPI)が、ベトナムのグリーン成長国家戦略の策定を行い、他方で天然資源環境省(MONRE)が、低炭素発展とNAMAに向けた方針の作成を担当しており、関係省庁間での協力が進められている。また、社会経済開発戦略2011〜2020では、生産性やエネルギー効率の向上、人間開発指数の向上、さらに、環境に優しい発展に焦点があてられている。

近年、ベトナムは高い経済成長を続けてきているが、一方で、天然資源への高依存、環境汚染への対応、エネルギー効率の改善、適切な技術の導入等、課題も山積している。こうした状況に対処し、かつ低炭素発展を進めていくために、税制上の優遇措置や、エネルギーへの補助金の廃止、また、研究開発投資や再生可能エネルギーへの移行を促進するような政策パッケージの促進といった提言が報告者よりなされた。

マレーシア工科大学のHo教授からは、イスカンダルやプトラジャヤといった低炭素都市が積極的な政策作りを行ってきていることが報告された。報告者によれば、これらの都市においては、スナップショットツール(ExSS)[5]を用いて、目標年におけるビジョン設定をし、そこまでのロードマップを設定している。こうしたモデルを作成することによって、提案された活動やその副次的な作用のインパクトについてよりよく理解でき、また、プランナーや地方当局が意思決定にステークホルダーを関与させることが可能になるとのことである。

2. まとめ

カンボジア、ベトナムでは、報告にあるごとく、今後の発展の進捗によってエネルギー部門からの排出が増大することが想定され、今後先進国が辿った「従来型エネルギー依存による発展」の道筋の轍を踏むことなく低炭素開発を実現するためには、低炭素技術やそれに適した社会インフラの導入、これを支援する政策等により、一足飛びに低炭素排出構造に進む開発(リープフロッギング)が不可欠である。そのような中で、NIESとLCS-RNetが過去に実施してきたシンポジウム・ワークショップでは、回を重ねるごとにアジア地域における低炭素発展の必然性が強く認識されてきた。とりわけ、2011年7月にマレーシアで行われたシンポジウム・ワークショップでは、アジア地域において低炭素発展政策過程に関与する研究機関・研究者と政策担当者との知識交流・情報交換のプラットフォームを設立すべきとの提案があり、加えて、将来的にはこのネットワークを通じて、ある国や地域で実施された成功事例を他国・他地域へ伝播・普及させていくような南南協力のスキームの可能性を指摘した発言があったことは注目に値する。

また、世界銀行やアジア開発銀行等による低炭素発展知識交流推進の動向から、低炭素発展・成長に向けた知識交流・情報交換活動の促進が一つの世界的なトレンドになってきていることが観察できる。

このような状況にあって、LCS-RNet事務局は、2011年10月にカンボジアで開催された、「ASEAN+3環境大臣会合」において、世界気候政策におけるアジア地域の重要性に鑑み、当地域の低炭素発展政策形成の基礎的持続的対応能力を高めることを目的とした、「アジア低炭素開発研究ネットワーク」の設立を提案した。今後、世界で起きている類似の動きに充分に留意しつつ、実際に政策プロセスに従事している研究機関・研究者と協働し、アジアにおける研究交流プラットフォームの必要性・有用性についてさらに議論を深め、ネットワークの実現に尽力していく所存である。

脚注

  1. 2008年、当時G8の議長国であった日本がG8環境大臣会合(神戸:5月24〜26日)の場で提案し、合意を受けて設立された。本ネットワークへの参加国・機関は、フランス、イタリア、イギリス、ドイツ、韓国、インド、日本の計7カ国、16研究機関となっている。わが国のフォーカルポイントは国立環境研究所であり、ネットワークの事務局を地球環境戦略研究機関が担当している。
  2. マレーシア工科大学、イスカンダール・マレーシア地域開発局、京都大学、岡山大学、地球規模課題対応国際科学技術協力事業(SATREPS)
  3. インドネシア(2010年2月)、タイ(2010年11月)、カンボジア(2011年1月)、マレーシア(2011年7月)
  4. タイからの参加者が洪水のため欠席、インドネシアからの参加者がスケジュールの関係で欠席した。
  5. 人口やGDP成長率、エネルギーサービス需要などの社会経済に関する想定と、低炭素社会に向けた対策データをもとに、温室効果ガス排出量目標を達成するために必要な低炭素対策を検討し、その地域に最も適した低炭素対策ポートフォリオを明らかにするもの。

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