2012年1月号 [Vol.22 No.10] 通巻第254号 201201_254001

「気候変動への適応推進に向けた極端現象及び災害のリスク管理に関する特別報告書」の紹介

社会環境システム研究センター 統合評価モデリング研究室 主任研究員 高橋潔

気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change: IPCC)は、第34回総会(2011年11月・カンパラ)において「気候変動への適応推進に向けた極端現象及び災害のリスク管理に関する特別報告書」(Special Report on Managing the Risks of Extreme Events and Disasters to Advance Climate Change Adaptation: SREX)の政策決定者向け要約(Summary for policymakers: SPM)を承認・公表した。本稿では、同報告書作成に主執筆者(LA)として参加した立場から、報告書作成の経緯とSREX読解のポイントを紹介する。なお、報告書内容の詳細については、環境省ウェブページ​(http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=14453)​あるいはIPCCウェブページ[英語](http://ipcc-wg2.gov/SREX/)に当たられたい。

1. SREX作成の経緯

SREXは、気候変動と極端な気象・気候現象(以下、極端現象)の関係およびこれらの現象の持続可能な開発への影響などに関する科学的文献を評価し、気候変動に関連する災害リスク管理および気候変動への適応施策に利用できるように取りまとめられた。ノルウェーならびに国際防災戦略(International Strategy for Disaster Reduction: ISDR)の提案を受け、専門家会合(2009年3月・オスロ)での検討を経たうえで、IPCC第30回総会(2009年4月・アンタルヤ)でその作成が決議された。その後、執筆者選出(2009年9月)、計4回の執筆者会合(2009年11月〜2011年5月)を経て、SPM、技術要約、各章本文からなる最終草稿が作成された(2011年8月)。うちSPMについては、IPCC第34回総会に先んじて開催された第1・第2作業部会総会で各国政府代表団により最終確認が行われ、全会一致で取りまとめられた。

SREXでは、IPCC第4次評価報告書(2007年公表)作成時に用いられた複数の地球温暖化予測モデルの計算結果をもとに極端現象に着目した解析結果が示されるとともに、極端現象と災害に対するリスク管理を気候変動への適応にどのように活かしていくか等に関する第4次評価報告書以降の新知見が評価・引用されている。わが国からは、計7名の総括執筆責任者(CLA)・主執筆者(LA)・査読編集者(RE)をはじめ、協力執筆者・専門家査読者も含め、多くの研究者が報告書作成に参加した。

photo. さまざまな災害

極端な気象・気候現象が引き起こすさまざまな災害(写真出典:Website of The IPCC Special Report on Managing the Risks of Extreme Events and Disasters to Advance Climate Change Adaptation)

2. 読み方のポイント

SREXのSPMは、(A) 背景、(B) 曝露、脆弱性、極端現象、影響および災害損失の観測・所見、(C) 災害リスク管理と気候変動への適応:過去の極端現象における経験、(D) 極端現象の将来予測とその影響および災害損失の評価、(E) 変化する極端現象および災害のリスクへの対応の5つの節から成り、極端現象による災害に着目した気候変動適応策に関する科学的知見をまとめている。報告書結論一つひとつの紹介は先述の情報源に委ね、本稿では報告書の読み方のポイントを提示する。

一点目は、極端現象による災害を扱うには、外力(極端現象)の変化と同等あるいはそれ以上に「曝露[1]」や「脆弱性[2]」の理解が大事、ということである。気候変動問題とその対策を議論する場面においては、とかく気候変化を主因、その他を副因と見る思考パターンにとらわれがちである。その結果、効率的・効果的な対策をとる機会を失することすら懸念される。過去の災害とその傾向を分析する際も、将来の災害リスクを見積もる際も、またその対策を検討する際も、常に外力(極端現象)、曝露、脆弱性の各要素を混乱なく理解することが肝要であり、このことはSPMの中でも言及されている。この点を意識せず、「GHG排出をいつ頃、どの位削減する必要があるのか」という問題意識のみをもって本報告書を読むと、メッセージの本質を読み誤る可能性がある。

二点目には、「変化傾向の検出と原因特定」に関する結論の読み方を挙げる。これは極端現象とその影響のみに該当することではなく、平均的な気候変化とその影響に関しても同様のことが言えるが、ある現象やその影響について「変化傾向があると高い確信度で結論づけられない」ということは、「変化傾向がないと高い確信度で結論づけられた」ことを必ずしも意味しない。SPMでは、過去に暑い日/夜の数が増加し、寒い日/夜の数が減少したことに高い確信度を与える一方で、例えば熱帯低気圧の活動(風速、発生数、持続期間)の変化については低い確信度しか与えておらず、さらに地域スケールでの洪水(規模・頻度)についても気候に関連しての変化が見られたという証拠は限定的との見方を伝えている。これを、熱帯低気圧の活動も洪水の起き方も変わっていないことがわかった、と読むべきものではない。この点を指摘し過ぎると、では「実は変化傾向がわかっている、ということなのか?」と逆側に誤った理解に導く恐れもあり伝え方が難しいが、読み方のポイントとしてあえて指摘しておく。極端現象に関してはそもそもの定義ゆえに稀にしか生起しない現象であり、さらに観測自体が容易でないものも多く、その変化傾向を統計的に示しづらいということにも留意が必要であろう。

三点目として、対策についても触れたい。SREXは、極端現象とその影響の観測と予測に留まらず、影響・災害リスクへの対策まで扱っている。SPMでは第3節・第5節が対策にあてられており、例えば第5節の結論の一つは「最も効果的な適応および災害リスク低減行動は、長期的な脆弱性の低減だけでなく、比較的短期的な便益をもたらすものである(見解一致度が高い、証拠が中程度)」というものである。温暖化の有無に拘わらず現在でもたまに生ずる極端現象の災害リスクをどう減らしてきたか・減らせるか、さらにその極端現象が将来的に変化すると予測される場合に災害リスクをどう減らせるか、また極端現象自体は大きく変わらずとも曝露や脆弱性が変化した場合にはどうかというように、さまざまな時間スケールを対象に対策が論じられており、また空間スケールについてもコミュニティレベルから国際的なものまで幅広に扱われている。対策の目的についても、温暖化問題の解決だけに縛られず、より広く持続可能性との関わりまで扱っている。そのため、どの時間・空間スケールでのいかなる効果を狙い、誰がいつ頃に取る対策を論じているのか、常に確認しつつ報告書を読み下すことが大事である。

3. おわりに

従来のIPCC報告書と比べたSREXの新たな特徴として、温暖化影響・適応を扱うIPCC第2作業部会、温暖化の科学的根拠を扱うIPCC第1作業部会、さらに防災関連の研究コミュニティの共同作業の産物であることが挙げられる。用語の違いをはじめ、異なる研究分野による共同作業ゆえの大変さがあり、その調整に少なからぬ労力が割かれた。SREX作成のプロセスを通じてIPCCでの分野間連携・総合化の形が完成した、などとは到底言えないが、実践を通じて基盤的なものがいくらか築かれたとはいえよう。前々から言われ続けていることだが、温暖化問題の解決に向けた取り組みは多種多様な分野の知見の総合化なくしては到底望めない。2013〜2014年に完成予定の第5次評価報告書にも、このSREX作成の過程で得られた経験が大いに活かされることを期待したい。

脚注

  1. 人の生活やその他の社会経済活動等が極端現象により悪影響を受ける可能性がある場所に存在すること。例えば、台風経路にあたる地域に人口が集中している場合、その地域は台風に対して曝露が大きいと言う。
  2. 極端現象による悪影響の受けやすさ、対処できない度合い。例えば、極端な高温には高齢者の方が脆弱であると言える。

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