RESEARCH2024年4月号 Vol. 35 No. 1(通巻401号)

太陽光観測による大気微量成分のモニタリング -FTIRモニタリング事業の紹介-

  • 森野勇(地球システム領域 衛星観測研究室長)

1. はじめに

陸別(43.5°N, 143.8°E)とつくば(36.05°N、140.13°E)に設置した太陽光を観測する高分解能フーリエ変換赤外分光計(FTIR)を用いた、両地点の上空の成層圏や対流圏における微量気体の長期変動のモニタリングは、2021年度より始まった今中期、つまり第5期中長期計画から新しく開始された事業です。TCCON(Total Carbon Column Observing Network:全量炭素カラム観測ネットワーク)及びNDACC(Network for the Detection of Atmospheric Composition Change:大気組成変化検出のためのネットワーク)の規約に従って観測を行っており、解析されたデータは両ネットワークのウェブサイト(TCCON: https://tccondata.org、NDACC: https://ndacc.larc.nasa.gov)で公開されています。これらのデータは、温室効果ガス観測技術衛星(以下「GOSAT」)シリーズのみならず国内外の衛星観測で得たデータの質を明らかにする検証、炭素循環、成層圏化学、対流圏の大気化学の研究に利用されています。本稿では、このFTIRモニタリング事業の経緯、観測結果、今後について紹介します。

なお、太陽光を観測するFTIRの原理については、「長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介—7 なぜ鏡は動くのか? フーリエ変換赤外分光計(FTIR)—測定原理」(地球環境研究センターニュース2013年11月号)をご参照ください。また、TCCONについては、「長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— 9 空を見上げて温室効果ガス濃度を測る組織—TCCON—」(地球環境研究センターニュース2015年3月号)を、TCCONの最近の状況と「いぶき2号(温室効果ガス観測技術衛星2号)」で得た温室効果気体のTCCONデータを用いた検証の例は、国立環境研究所ニュース-特集 温室効果ガスを「見る」ための科学【研究ノート】「全量炭素カラム観測ネットワーク(TCCON)による温室効果ガスの気柱平均濃度の観測について」(https://www.nies.go.jp/kanko/news/41/41-6/41-6-03.html)をご参照ください。

2. 経緯

陸別は、1995年から名古屋大学宇宙地球環境研究所(以下「ISEE」)がBruker IFS 120 MによるNDACC観測を行っていましたが、FTIRの老朽化が顕在化し観測継続が困難となりました。一方、GOSATをはじめとする国内外の温室効果ガス観測衛星データの検証の必要性がますます増してきていましたが、東アジアのバックグラウンド地域には、衛星観測データの検証サイトが存在しませんでした。このため、国立環境研究所(以下「NIES」)に設置されていたFTIR(Bruker IFS 120 HR)をTCCON観測に耐えうるようにアップグレード(Bruker IFS 120/5 HR、現FTIR)後、2012年3月に陸別町立「陸別宇宙地球科学館(銀河の森天文台)」内の「NIES陸別成層圏総合観測室」に設置しました。なお、本観測室は1998年に成層圏オゾンに関する観測を開始し、2023年に25周年を迎えました。2008年までの観測室の活動については、「日本一寒い町の熱いモニタリング―陸別観測 10 周年記念『太陽から地球までシンポジウム』」(地球環境研究センターニュース2009年1月号)に掲載されています。2013年11月にTCCON観測、2014年1月からNDACC観測を開始し、2015年6月にはTCCON運営委員会からTCCONサイトに認定されました。2020年度には、FTIRの老朽化のために、新規FTIR(Bruker IFS 125 HR)に更新する計画でしたが、新型コロナウイルス感染拡大によりこの計画が遅延し、2022年9月に漸く新規FTIRの組立・調整を行いました。なお現FTIR(Bruker IFS 120/5 HR)は、新規FTIRのみの観測を行うまでに、相互比較が必要ですので、交互に観測できるように室内移動を行いました。現在、新規FTIR大気観測の準備を行いつつ、現FTIRでも観測を行っています(図1)。

図1 陸別町立「陸別宇宙地球科学館(銀河の森天文台)」内のNIES陸別成層圏総合観測室に設置されているFTIR。奥は、2012年3月に設置したFTIR(Bruker IFS 120/5 HR、現FTIR)、手前は2022年9月に設置した新規FTIR(Bruker IFS 125 HR)。現在、新規FTIR大気観測の準備をしつつ、現FTIRで観測を行っています。
図1 陸別町立「陸別宇宙地球科学館(銀河の森天文台)」内のNIES陸別成層圏総合観測室に設置されているFTIR。奥は、2012年3月に設置したFTIR(Bruker IFS 120/5 HR、現FTIR)、手前は2022年9月に設置した新規FTIR(Bruker IFS 125 HR)。現在、新規FTIR大気観測の準備をしつつ、現FTIRで観測を行っています。

つくばでは、NIES地球温暖化研究棟の建築に合わせてFTIR(Bruker IFS 120 HR)が設置され、2001年から観測を開始し、2009年10月からは東アジア最初のTCCON観測を開始しました。2010年3月に、FTIRの老朽化のために新規FTIR(Bruker IFS 125 HR)に更新しました。さらに、TCCON観測の支障のない範囲でNDACC観測も行い、共同研究のために限られた気体種を解析していましたが、NDACCで公開する全気体種の解析を行いその結果をまとめてNSACCに加盟を申請し、2022年9月に加盟が認められました。

この様に、陸別とつくばではFTIRによる観測を行ってきましたが、観測機器も整備・充実し、長期間の観測データも蓄積され、モニタリングのレベルに達したことから、今中期からモニタリング事業として長期に安定した観測を始めることになりました。

3. 観測結果

陸別とつくばのTCCON観測データの解析は、TCCONで共通に使用されている解析ソフト(GGG2020)を用いて行っています。解析した温室効果ガスを中心とする二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)、一酸化炭素(CO)、一酸化二窒素(N2O)、水蒸気(H2O)等のデータはTCCONに提出しQA/QC(quality assurance/quality control)プロセスを経て、TCCONデータとして公開されます。陸別及びつくばのGGG2020による解析結果(flag=0、つまりGGG2020による解析処理でスクリーニングを通過したデータ)のCO2、CH4、CO時系列変化プロットを、それぞれ図2、図3に示しました。

図2 陸別における2014年6月から2023年12月までのTCCON観測データの解析結果。上:CO2、中:CH4、下:CO。
図2 陸別における2014年6月から2023年12月までのTCCON観測データの解析結果。上:CO2、中:CH4、下:CO。
図3 つくばにおける2014年3月から2023年12月までのTCCON観測データの解析結果。上:CO2、中:CH4、下:CO。
図3 つくばにおける2014年3月から2023年12月までのTCCON観測データの解析結果。上:CO2、中:CH4、下:CO。

陸別は、2014年6月から2023年12月までの期間のプロットです。陸別のCO2及びCH4は、季節変動しながら、年々増加していることが分かります。陸別のCO2とCH4が、つくばよりバラツキが小さいのは、清浄な大気の地点であるためと考えています。突発的な高濃度COは、バイオマス燃焼の影響と考えられます。つくばは、2014年3月から2023年12月までの期間のプロットです。つくばのCO2及びCH4も、季節変動を繰り返しながら、年々増加していることが分かります。2021年夏期のCH4の低濃度は、太平洋の大気が移流したためと考えています。陸別よりCOのバラツキが大きいのは、都市域の大気の移流が原因であると考えられます。

NDACC観測の解析は、NDACC 赤外グループ(InfraRed Working Group)で用いられている解析プログラム(SFIT4)を用いて、陸別は名古屋大学ISEEの長濱智生准教授、つくばは東北大学環境科学研究科村田功准教授が中心となって進めています。解析した成層圏化学及び大気汚染関連の微量気体であるエタン(C2H6)、硫化カルボニル(OCS)、塩化水素(HCl)、フッ化水素(HF)、オゾン(O3)、CO、シアン化水素(HCN)、ホルムアルデヒド(HCHO)、アセチレン(C2H2)、亜酸化窒素(NO2)、CH4等の高度分布や気柱量データは、NDACCに提出し、公開されています。

4. まとめ

陸別は10年、つくばは15年のデータが蓄積され、衛星観測データの検証、モデルデータの比較、現象解明等の研究に盛んに利用されるようになってきています。陸別とつくばの解析データを使った論文数は年々増えており、海外の認知度が国内より高い状況です。陸別とつくばの解析データを使った論文は、累積でそれぞれ50報、100報を超えました。また、IPCC AR5に論文が1報、IPCC AR6に論文が5報引用されています。今後は観測機器のメンテナンスを行いつつ、TCCON観測とNDACC観測を継続して解析し、データ質が確認できたデータをできるだけ遅延なく公開していきたいと考えています。また、陸別の新規FTIRについては、現FTIRとの比較観測を行い、出来るだけ早く新規FTIRによる大気観測に移行する計画です。