2015年3月号 [Vol.25 No.12] 通巻第292号 201503_292004

長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— 9 空を見上げて温室効果ガス濃度を測る組織—TCCON—

  • 地球環境研究センター 衛星観測研究室 主任研究員 森野勇

【連載】長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— 一覧ページへ

1. はじめに

親に「まぶしい太陽を直接目で見てはいけませんよ。」と子どものころよく言われませんでしたか? しかし、世界では昼間出ている太陽をずっと見ながら大気中の温室効果ガス濃度を観測している人たちがいます。もちろん人間の目で見ているのではありません(絶対に直接目で見ちゃいけませんね)。

太陽光が大気の層を通ってくる間に、赤外線が大気中の温室効果ガスなどに吸収を受けていることを利用し、その赤外線の吸収量を測定することによって大気中濃度を算出しています。その赤外線の吸収量を調べるときに、フーリエ変換赤外分光計(Fourier-Transform Infrared Spectrometer: FTIR)というものを使います(地球環境研究センターニュース2013年11月号「長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— [7] なぜ鏡は動くのか? フーリエ変換赤外分光計(FTIR)—測定原理」参照)。ここでは、現在著しく発展している全量炭素カラム観測組織(ネットワーク)(Total Carbon Column Observing Network: TCCON、ティーコンとよぶ)の観測網、高精度化のための工夫と努力、そしてさらなる高精度化と観測地点の多数展開を目指した取り組みの内容を説明したいと思います。

2. 2つの地上設置FTIR大気観測網

地上に設置して太陽光を測定し大気微量成分による吸収を観測する高波長分解能FTIR観測網には、現在2つのネットワークが存在します。具体的には、先行して始まった大気組成変化モニタリングネットワーク赤外分光ワーキンググループ(Network for the Detection of Atmospheric Composition Change Infra-Red Working Group: NDACC-IRWG)と後発のTCCONです。なおNDACC IRWGとTCCONの簡単な説明は、地球環境研究センターニュース2013年9月号「大気環境の長期モニタリングと炭素循環メカニズムの理解に向けて —NDACC-IRWG/TCCON合同国際会議報告—」に紹介しています。前者は成層圏の大気微量成分であるオゾン(成層圏オゾン)と成層圏オゾンの破壊に関係する大気微量成分の観測から始まり、対流圏の大気微量成分まで観測対象を広げてきています。後者のTCCONは、温室効果ガスの観測に特化し、高精度なデータを提供することを目的としています。

TCCONは、2004年に米国ウィスコンシン州Park Fallsに最初のFTIRが設置されて観測が開始されてから、現在計24地点に展開され、そのうち21カ所が運用中、3カ所が準備中です(図1)。この他、過去に設置されていたもの(現在運用停止)が3カ所あります。観測地点は、北米、南米(観測準備中)、ヨーロッパ、アジア、オセアニア、大西洋及びインド洋島嶼を網羅しています。日本国内では、つくば(北緯36.0度、2008年12月観測開始。国立環境研究所地球温暖化研究棟に設置)と佐賀(北緯33.2度、2011年6月観測開始。宇宙航空研究開発機構が佐賀大学キャンパスに設置)が観測運用中、陸別(北緯43.5度、2013年11月観測開始。国立環境研究所陸別成層圏総合観測室に設置)が準備中の位置づけとなっています。一方、アフリカ、東南アジア、シベリアは空白地点となっています。ロシアのシベリアYekaterinburgのFTIRや2016年打ち上げ予定の中国の二酸化炭素観測衛星TanSatの検証のために中国国内にFTIRが設置されており、TCCONへの加盟が期待されています。さらにTCCONは空白地域を埋めるように新しく設置が期待されていますが、個々の観測地点が自助努力により資金を獲得して活動を行っているため、大きな予算が獲得出来なければ困難です。

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図1TCCON(Total Carbon Column Observing Network、全量炭素カラム観測ネットワーク)の観測網 (出典:http://tccon.ornl.gov[クリックで拡大]

TCCONの特徴は、衛星観測データの検証と炭素循環研究に必要な観測データの要求精度が非常に高いために、共通の観測装置と観測条件で観測が行われ、共通の解析手法を用いて温室効果ガスデータを算出し、そのデータは航空機観測で取得された高度分布データを用いて校正され、高精度なデータ(TCCONデータ)として一般に公開されている(https://tccon-wiki.caltech.edu)点です。TCCONデータは、日本のGOSAT(温室効果ガス観測技術衛星)、米国のOCO-2(軌道上炭素観測衛星2号機、2014年7月2日打ち上げ)等の衛星搭載リモートセンシング観測による温室効果ガスデータ検証のための「検証標準」の地位を確立しています。TCCONは、長い歴史を持つNDACC-IRWGの観測手段、観測経験、研究で得た知見を基に設立されたため、TCCONとNDACC-IRWGの両方に深く関わりを持つ研究者が多く、2つは共同で毎年会合を開催して、互いに協力し合っています。

3. 高精度達成のための工夫と努力

TCCONでは、市販品の中で最も安定な高波長分解能FTIRであるBruker IFS 125 HR及び同等機種を用いることになっています。通常のFTIRでは行わない波長を安定化したHe-Neレーザーを用いて干渉縞の数を数えることにより干渉計の可動鏡の位置を決定しています。観測波長域は近赤外領域3900–15500cm−1であり、波数分解能0.02cm−1でInGaAs(近赤外半導体検出器の一つ)検出器とSi検出器(可視領域周辺の半導体検出器の一つ)を用いて同時観測を行っています。1回の観測時間は約1分で、FTIRの装置関数を低圧の塩化水素(HCl)ガスセル測定により、定期的に、あるいは大気観測と同時に装置関数をモニタしています。太陽光を捕捉するための太陽追尾装置は追尾精度3分より高い精度のものを使用することになっています。さらに、地表面気圧、地表面温度・湿度、風向風速、日射等の気象データの観測を行い、これらの値がデータ解析の初期値として利用され、TCCONデータの付随データとしても提供されています。FTIRの観測の様子は、地球環境研究センターニュース2013年11月号「長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— [7] なぜ鏡は動くのか? フーリエ変換赤外分光計(FTIR)—測定原理」の写真を参照して頂きたいと思います。TCCONの観測条件による観測スペクトルの例を図2に示します。

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図2陸別のFTIRを用いて、TCCONの観測条件で、2015年1月28日に観測した地球大気を通過した太陽光スペクトル。枠で囲った波数はTCCONにおける観測スペクトル解析に用いられている波数範囲です [クリックで拡大]

観測スペクトルの解析は、TCCON共通のスペクトル解析プログラム(GFITとよばれるもの)を用いて共通の解析条件(解析波数領域、分光データ、共通の方法で計算された初期値等)で行い、まず二酸化炭素、メタン、酸素等の気柱量(地表面から大気上端までの鉛直の柱(カラム)の中に存在する気体分子の数)が計算されます。次に、カラム平均濃度(対象気柱量を気柱乾燥空気量で割ったもの、気柱乾燥空気量に対する対象気体量の比率を示す平均濃度)X対象気体が、X対象気体 = 0.2095 × (対象気体の気柱量) / (酸素の気柱量) で計算されます。さらに、太陽光がFTIRに入射するまでに通過する大気が起こす観測スペクトルへの歪みによる計算値の誤差(その大気の量をエアマス(airmass)と言い、計算値の誤差が生じることをエアマス効果と言います)を補正し、世界のTCCON地点でTCCONの観測に同期した航空機観測で取得した高度分布データを用いて、対象気体毎にTCCON地点に依存しないネットワークで一つの校正係数をもとめ、これを用いて校正されています。なお、この高度分布データは、世界気象機関(World Weather Organization: WMO)の濃度標準に校正された観測装置を用いて取得されています。したがって、TCCONデータはWMO濃度標準に校正されたデータと言うことが出来ます。現在公開中のバージョンはGGG2014(GGGとはTCCONで共通で用いられているGFITを含むデータ処理プログラムセットの総称で、その2014年版)です。こうした努力の積み重ねにより、TCCONデータは分光リモートセンシング観測では前例のない精度(不確かさ2σで二酸化炭素:0.8ppm、メタン:7ppb、ppmは100万分の1、ppbは10億分の1)を達成しています。

TCCONで取得された二酸化炭素濃度データを図3に示します。TCCONの観測地点は北緯80°から南緯40°まで分布し、北半球中緯度に集中しています。二酸化炭素のカラム平均濃度は、北半球では季節変動をしながら南半球では季節変動がほとんど見られませんが、どちらも確実に増加していることがわかります。

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図3TCCONで取得された二酸化炭素カラム平均濃度。縦軸は緯度、横軸は年、カラーは二酸化炭素のカラム平均濃度 (出典:D. Wunch, G. Toon, P. Wennberg, TCCON Partners, TCCON Update: GGG2014, https://tccon-wiki.caltech.edu/Network_Policy/Data_Use_Policy/Data_Description[クリックで拡大]

4. さらなる高精度化と観測地点多数展開を目指して

GOSATやOCO-2等の衛星観測による温室効果ガスデータの精度がますます向上しているために、TCCONのさらなる高精度化や観測地点を増やすことが必要となってきています。たとえば、装置関数の変化を組み込んでデータ解析を行う手法の検討、高緯度のTCCON地点で観測されたスペクトルから解析を行った場合、低緯度より顕著なエアマス効果の補正法の開発が行われています。また、TCCONデータの精度を確認し維持するためには高度分布データを用いた校正の頻度を上げることが有効で、より容易な校正観測の手法の適用が試みられています。さらに現在、TCCONで用いられているFTIRが高価であるため、より安価な低分解能FTIR等を用いた観測網の構築が計画されており、観測装置間の個体差(取得できる温室効果ガスデータの値が観測装置によってばらつくこと)をなくす工夫が行われています。我々も今後計画されている温室効果ガス観測衛星プロジェクト(GOSAT-2)の検証活動の一環として、あまり観測例のない熱帯においてTCCON観測装置を設置する計画も進めています。

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