REPORT2024年4月号 Vol. 35 No. 1(通巻401号)

持続可能性科学のためのステークホルダーの参加と超学際研究 ~GCPセミナー報告~

  • Peraphan Jittrapirom(前GCPつくば国際オフィス 事務局長、ラドバウド大学(オランダ)助教)
  • 大西有子(総合地球環境学研究所 研究基盤国際センター 助教)

グローバル・カーボン・プロジェクトつくば国際オフィスは、2023年12月21日に「持続可能性科学のための参加と超学際研究: 交通セクターにおける課題とチャンス」と題するセミナーを開催しました。セミナーでは、まず、2023年12月に公表されたGlobal Carbon Budget 2023の概要についてJittrapiromが紹介しました。次に、Jittrapiromと大西がそれぞれ、持続可能性科学におけるステークホルダーの貢献や課題、参加について、また、トランスディシプリナリー研究(TD)アプローチについて講演し、参加者を交えて議論を行いました。

本稿では、ステークホルダーの研究への参加についてJittrapiromが解説し、TD研究の要素について研究成果を大西有子が紹介します。

1. ステークホルダーの研究への参加

Peraphan Jittrapirom(GCPつくば国際オフィス 事務局長、ラドバウド大学(オランダ)助教)

ステークホルダーの研究への参加は、地球規模の持続可能性の課題に取り組むための重要なアプローチとして認識されてきました。ステークホルダーが関心のあるテーマにさまざまな視点を提供し、課題とその背景を理解するための知識を生み出し、望ましい状態を考案し、持続可能な未来に向けた変革プロセスを促進するために必要な行動を明らかにします。また、参加を活用することで、信頼構築、社会的学習の促進、能力構築、支援の動員、ステークホルダーのエンパワーメントなど、課題への解決策を立案し実施していくためのメリットをもたらします。しかし、問題点もあります。例えば、ステークホルダーを招集することの難しさ、多大な労力と時間を要することや参加意欲の低さなどがあります。

本セミナーでは、ビジョンメイキング、グループモデル構築、適応型計画プロセスなどを用いてステークホルダーや専門家を巻き込んで実施した交通分野の研究プロジェクトから得られた知見について、タイとオランダでの事例を交えながら解説しました。世界の温室効果ガスの主要な排出源でありながら、持続可能な輸送への移行が遅れている輸送部門に焦点を当てています。輸送部門は利用可能な技術があるにもかかわらず、90%以上がいまだに化石燃料に依存しています。

タイのプロジェクトでは、バンコクのカーシェアリングシステムを総合的に理解するために、政策決定者や関連するステークホルダーを支援するグループモデル構築(GMB)手法を用いました。オランダのプロジェクトでは、2022年におけるハーグ市南西部の交通システムのビジョンメイキングを支援するため、生成的で強固なビジョンを策定するフレームワークが開発され、適用されました。

カーシェアリングシステムはバンコク市内で10年以上取り入れられていますが、システムがどのように運営され、交通システムの持続可能性向上にどう貢献しているかという点についての理解はまだ限られています。研究プロジェクトでは、2020年の交通計画や政策立案の公的機関、カーシェアリング事業者、民間開発業者、カーシェアリング利用者など、さまざまな組織や個人から15人以上のステークホルダーに参加してもらいました。

このプロセスでは半構造化インタビューと2回のワークショップが行われましたが、当時タイでは新型コロナウイルス規制により、すべての活動はオンラインで実施されました。参加型プロセスを通じて、ステークホルダーはテーマについて体系的に意見交換をしました。プロジェクトでは、市のカーシェアリングシステムに関する参加者の共有メンタルモデルと理解を表す因果ループ図を作成しました。このモデルは、カーシェアリングや交通政策の事前評価に利用でき、定量的モデルの基礎となります。さらに、このプロセスは参加者間の信頼関係も構築できます(図1)。

図1 バンコクにおけるカーシェアリングシステム。
図1 バンコクにおけるカーシェアリングシステム。(画像拡大)

ビジョンメイキングは、交通計画プロセスを進めるために広く採用されている手法です。しかし、ほとんどの場合、ビジョンメイキングプロセスは場当たり的に行われ、不確実性についてきちんと対処していません。筆者の研究チームは、意思決定プロセスを改善するために、価値向上の探求(appreciative inquiry)と適応する意思決定フレームワークを組み合わせました。生成的で強固な意思決定の枠組みは、一般市民、政策決定者、交通システムのビジョンを構築する地域の代表者を巻き込んだ試験的なプロセスにおけるケーススタディに採用されました。

また、知識フレームワークの学際的な研究の統合と不確実性が大きいフレームワークでの意思決定を用いて、GBMとビジョンメイキングの2つの手法がどのように適用されたか示しました。そして、これらの参加プロセスや手法にはそれぞれ利点と限界があると結論づけました。持続可能な交通への移行を計画する実務担当者を支援するために、これらの研究手法を組み合わせる際には十分留意し、透明性を確保することが重要です。

2023年12月をもってGCPつくば国際オフィス事務局長を退任いたしました。
2019年5月の着任から4年半の間、GCPつくば国際オフィスとその幅広いネットワークに貢献する機会を与えられたことに感謝いたします。地球システム領域の三枝信子領域長、GCPつくば国際オフィス白井知子代表、GCPつくば国際オフィスの岡本章子さんには私の仕事をサポートし協力していただきました。あらためてお礼申し上げます。
また、国立環境研究所のテニス部や国際的なコミュニティをとおして、たくさんの素晴らしい思い出を作ることができました。

2. TD研究の要素~知の共創プロジェクトの3年間の研究成果~ 

大西有子(総合地球環境学研究所 研究基盤国際センター 助教)

複雑な環境・社会問題を解決するためには、問題に関わるステークホルダーの人たちが一緒になって解決策を考え実施する、共創、協働による課題解決が有効だと言われています。研究者と社会のステークホルダーとが一緒に行う研究プロジェクトは「トランスディシプリナリー研究(TD研究、超学際研究)」とも呼ばれており、総合地球環境学研究所では、TD研究によるプロジェクトを数多く行ってきました。知の共創プロジェクトでは、このようなTD研究の実践から得られた知見を収集、分析、体系化することを目的として、3年間(2020年度~2022年度)の研究を行いました。

今回のワークショップでは、パターン・ランゲージという手法を用いて、TD研究を実施した経験を持つ研究者から、その実践知、経験知を発掘し、体系化した試みを紹介しました。さまざまな学術分野にわたる研究者へのインタビュー調査と複数回のワークショップを通じて、600を超える共創のアイデアを35の「共創の心得(パターン)」として整理しました。そして、その中から特に多くの研究者に支持されたパターンを、良い共創を実践するための4要素として特定しました。(図2)

1つめは、多角的な視点を持って地域にアプローチすることです。研究者は特定の環境問題に興味があるかもしれませんが、地域は他にも沢山の社会課題を抱えています。可能な限り複数の課題に同時にアプローチすることを心がけ、多様性に富んだチームをつくり、研究の計画を作るところから一緒に取り組みます。2つめは、信頼を構築することです。本音で話し合い、困難な局面でも一緒に乗り越えられる、強い信頼関係を築いていきます。3つめは相互学習です。「教える−教えられる」の関係ではなく、皆が同等の立場で、お互いに学び合う姿勢を大切にします。そして最後は、変化を起こすこと。従来の科学的な研究とは異なり、TD研究は論文を書くだけでなく、社会に成果を残すことを特徴とします。プロジェクト終了後も成果が続き、広がっていくためには、適切な役割分担と介入のあり方を見極めて、新しいことへの挑戦を続けていくことが重要です。

現在、非常に幅広い問題を対象としたTD研究が世界各地で行われています。これらの研究のすべての当てはまる「原則」や「処方箋」は存在しません。しかし、社会は実験の場ではなく、たとえ初めて現場に出る研究者であっても、試行錯誤で終わって良いものでもありません。「共創の心得」は、これまでの経験から抽出された、多くの現場において役立つ実践の知恵を集めたものです。今後はこの「心得」を実際に利用してもらいながら、フィードバックを得て、改善を続けていきたいと思っています。

図2 TD研究の実践に役立つ「共創のための4要素」。
図2 TD研究の実践に役立つ「共創のための4要素」。

参考資料:https://cocreationproject.jp/learn/kokoroe/

丹羽洋介

丹羽洋介(GCPつくば国際オフィス 事務局長、物質循環モデリング・解析研究室 主任研究員)

2004年1月より、GCPつくば国際オフィスの事務局長をPeraphan Jittrapiromさんから引き継ぐことになりました。GCPはGlobal Carbon Budget(GCB)をはじめとして、温室効果ガスの統合的な解析を行う世界的な研究コミュニティであり、そこで得られた知見はIPCCでも常に引用されるなど、世界の温室効果ガス研究の中心的な存在となっています。これまで、一研究者としてGCPに貢献してきましたが、GCPでの活動を通して国内の温室効果ガス研究の発展に少しでも貢献できればと思っております。また、この数年、GCPつくば国際オフィスでは一般向けのアウトリーチ活動を積極的に行っており、これまでウェビナーに登壇するなど様々な活動に参加させていただきましたが、このような活動も継続していきたいと思います。