NEWS2024年3月号 Vol. 34 No. 12(通巻400号)

令和5年度スーパーコンピュータ利用研究報告会を開催しました

  • 地球システム領域地球環境研究センター 研究推進係

国立環境研究所(以下、国環研)地球システム領域 地球環境研究センター(以下、センター)は、2023年12月14日(木)に令和5(2023)年度スーパーコンピュータ利用研究報告会(以下、報告会)を開催しました。開催方式は昨年度に引き続き、参加者が対面とオンラインのどちらかを選択できるハイフレックス方式を採用しました。今年度はすべての発表者が現地(写真1)にて発表下さり、延べ36名(オンサイト19名、オンライン17名)にご参加いただきました。

写真1 当日の国環研会場の様子。
写真1 当日の国環研会場の様子。

国環研は、将来の気候変動予測や陸域・海域モデル等の研究開発、温室効果ガスやエアロゾルの逆解析・データ同化、その他基礎研究を支援する目的で、長年にわたりスーパーコンピュータ(以下、スパコン)を整備・運用し、所内外の研究者に計算資源を提供してきました。スパコンの利用・運用方針等は、国環研に設置した「スーパーコンピュータ研究利用専門委員会」(以下、専門委員会)において審議を行っています。

令和5年度は7つの所内課題、3つの所外課題が採択され、報告会では幅広い分野からの最新の研究成果が報告されました。その中から2つを紹介します。

「化学気候モデルを用いた全大気を包括する物質循環と気候影響に関する研究」(課題代表者:山下陽介)では、気候モデルのMIROCをベースとした化学気候モデルを用いて、オゾン層と気候の将来予測実験や、1000アンサンブルメンバーという非常に多数のアンサンブルシミュレーションを行なって海面水温と高度10~50km付近にある成層圏大気の変動との結びつきを調べる実験の結果が報告されました。成層圏で突然気温が大きく上昇する「成層圏突然昇温」というイベントが実際に南半球極域で発生した2002年、2019年の海面水温を与えると、平年よりも極域をぐるりと取り囲む風の速さが統計的に弱まる傾向にあり、海からの影響の違いが稀ではあるが成層圏の大きな変動を引き起こす可能性が示されました(図1)。

図1 MIROC3.2化学気候モデルによる1000アンサンブル実験から計算された南極渦強度の箱ひげ図。南緯60度、10hPa高度の東西風を南極渦強度の指標とした。(左)2002年、(右)2019年の海面水温を与えた実験結果(赤色)。黒色の箱ひげは、比較のため気候値的な海面水温を与えた実験結果を表す。平均値は+、中央値は横線、箱は25~75%、ひげの範囲は1~99%、外れ値は丸で表示。Yamashita et al.(2023)のFig. 3を再掲(改)。気候値的な海面水温を与えた実験よりも、成層圏突然昇温が起こっていた2002年、2019年の実験で極渦強度が低下しており、また分布の1%を示すひげの下端などが下方に大きく拡がっている。(課題代表者、図の提供:国立環境研究所山下陽介主任研究員)
図1 MIROC3.2化学気候モデルによる1000アンサンブル実験から計算された南極渦強度の箱ひげ図。南緯60度、10hPa高度の東西風を南極渦強度の指標とした。(左)2002年、(右)2019年の海面水温を与えた実験結果(赤色)。黒色の箱ひげは、比較のため気候値的な海面水温を与えた実験結果を表す。平均値は+、中央値は横線、箱は25~75%、ひげの範囲は1~99%、外れ値は丸で表示。Yamashita et al.(2023)のFig. 3を再掲(改)。気候値的な海面水温を与えた実験よりも、成層圏突然昇温が起こっていた2002年、2019年の実験で極渦強度が低下しており、また分布の1%を示すひげの下端などが下方に大きく拡がっている。(課題代表者、図の提供:国立環境研究所山下陽介主任研究員)

所外課題の「系外惑星も含めた惑星気候多様性に関する数値計算:陸惑星気候の太陽定数依存性」(課題代表者:石渡正樹)では、海のない惑星を仮定し、その大気にほんの少しだけ存在する水蒸気が完全蒸発する閾値について調査した結果が報告されました。惑星大気大循環モデルDCPAM5を用いて複数の太陽定数を設定したシミュレーションを実施した結果、十分に大きな全球平均日射吸収量であっても土壌の水が全て蒸発する「暴走温室効果状態」に遷移しないことが示されました(図2)。この結果は先行研究とは異なっており、なぜそのような結果になるのかについて引き続き解析が進められています。

図2 陸惑星設定のGCM実験で得られた全球平均日射吸収量と全球平均土壌水分量の関係。赤点は本研究で得られた結果。青点は先行研究であるAbe et al.(2011)(以下、A11と記載)の結果。いずれも、全球が浅い海で覆われた惑星で暴走温室状態が発生する際の全球平均日射吸収量である、およそ320W/m2より大きな値でも土壌水分が0にならない結果が得られている。A11では全球平均日射吸収量が415W/m2(図の青点線)を超えると急激に土壌水分量が減少し完全蒸発状態が得られる。これに対して、本研究でほぼ完全蒸発が起こる閾値は450W/m2(図の赤点線)と、A11の結果よりも大きい。また完全蒸発状態への遷移も不連続な変化になっていない可能性がある。モデルでは先行研究に合わせ、地表面過程はバケツモデルを用い、初期に与えた水量は全球平均水深にして40cmとした。自転角速度は地球の値、自転傾斜角は0度を与えた。(課題代表者・図の提供:北海道大学石渡正樹教授)
図2 陸惑星設定のGCM実験で得られた全球平均日射吸収量と全球平均土壌水分量の関係。赤点は本研究で得られた結果。青点は先行研究であるAbe et al.(2011)(以下、A11と記載)の結果。いずれも、全球が浅い海で覆われた惑星で暴走温室状態が発生する際の全球平均日射吸収量である、およそ320W/m2より大きな値でも土壌水分が0にならない結果が得られている。A11では全球平均日射吸収量が415W/m2(図の青点線)を超えると急激に土壌水分量が減少し完全蒸発状態が得られる。これに対して、本研究でほぼ完全蒸発が起こる閾値は450W/m2(図の赤点線)と、A11の結果よりも大きい。また完全蒸発状態への遷移も不連続な変化になっていない可能性がある。モデルでは先行研究に合わせ、地表面過程はバケツモデルを用い、初期に与えた水量は全球平均水深にして40cmとした。自転角速度は地球の値、自転傾斜角は0度を与えた。(課題代表者・図の提供:北海道大学石渡正樹教授)

専門委員会には所外の3名の外部委員に参画頂いており、今回も多くの貴重なご意見をうかがうことができました。また、スパコン事務局から利用者に向けて、令和5年10月までの過去1年間のスパコンの運用状況についての報告も行われました。ベクトル型スパコンNEC SX-Aurora TSUBASAは大きなトラブルもなく順調に動いており、今年度4月から10月の利用率は平均で約70%(高い月では90%)の占有率でご利用頂いていることが報告されました。令和2年3月の稼働開始から6年間の運用予定期間の折り返しを過ぎ、多くの利用者の皆様に有意義に利用して頂けるよう、引き続きスパコン事務局も尽力して参ります。

年の瀬のお忙しい時期にもかかわらず、課題代表者をはじめとするスパコン利用者の皆様、所外の研究利用専門委員、所内各担当委員の皆様にご参加頂き、活発な研究議論を行うことができました。心より御礼申し上げます。

当日報告された内容の詳細については、センターのウェブサイト(https://www.cger.nies.go.jp/ja/supercomputer/)をご参照ください。サイトには、スパコンの紹介や、過去の報告会での発表内容に関する情報も掲載されています(文中敬称略)。

※地球環境研究センターニュースに掲載されたこれまでのスパコン利用研究報告会の記事はアーカイブ(https://www.cger.nies.go.jp/cgernews/archive/supercomputer.html)からご覧頂けます。