INTERVIEW2024年3月号 Vol. 34 No. 12(通巻400号)

視聴者の立場になって発信を 通巻400号記念インタビュー ~江守正多上級主席研究員に聞きました~

  • 地球環境研究センターニュース編集局

地球環境研究センター(以下、CGER)ニュースは2024年3月号で通巻400号を迎えました。読者の皆さま、記事の寄稿またはインタビューに応じていただいた方々に感謝いたします。今後ともCGERニュース、地球システム領域およびCGERの活動に対する一層のご指導ご支援を賜りますようお願い申し上げます。

通巻400号を記念し、これまでCGERのみならず国立環境研究所(以下、国環研)の「社会との対話」をリードしてきた地球システム領域の江守正多上級主席研究員に、CGERニュースやCGERおよび国環研の広報活動について、地球システム領域の三枝信子領域長が聞きました。

*このインタビューは2024年1月24日に行われました。

地球温暖化問題の社会における受け止め方と研究者の認識

【三枝】江守さんはこれまで社会との対話に尽力してきました。この4月から研究拠点が主に東京大学に移ることになりますので、CGERニュースやCGERの広報活動、2016年に設置され、江守さんが代表を務める社会対話・協働推進オフィス(以下、対話オフィス)での業務などの印象を語っていただけますか。

【江守】私は2006年にCGERの所属になり、その年からCGERニュースの連載企画「ココが知りたい温暖化」(https://www.cger.nies.go.jp/ja/library/qa/qa_index-j.html)が始まりました。作成した回答案に関する意見交換会を最初に行ったとき、当時環境省の研究調査室長が参加していて、「2007年は温暖化科学の年になります」とおっしゃったのをよく覚えています。

2006年にアメリカの元副大統領アル・ゴアのドキュメンタリー映画「不都合な真実」が製作され、公開されるとヒットしました。また、2007年にはIPCCの第4次評価報告書が公表されました。しかし、世の中で地球温暖化がそこまで注目されることはないだろうと思っていたら、結構本当になったというのが2007年です。

最近東京大学の研究で、過去の日本のテレビ放送で気候変動や地球温暖化がテーマになっている本数を調べたら、2007年、2008年にピークがあり、その時期にタイミングよくCGERで「ココが知りたい温暖化」を始めたという感じがします。2007年はIPCCとアル・ゴアがノーベル平和賞を受賞しました。2008年はG8北海道洞爺湖サミットがあり、気候変動がテーマになりました。その2年間は地球温暖化ブームに沸きました。

その時期に地球温暖化についてわかりやすい解説をしたことが非常に役に立ったと思います。地球温暖化に懐疑的な意見の人たちとの論争が盛り上がったのもその頃で、2007年から2008年頃は、書店に行くと、「地球温暖化は大変だ」という本と「地球温暖化はウソだ」という本が平積みになっていて、コーナーができていました。今では考えられないですけれど。

2007年、2008年にピークを迎えた温暖化関係のテレビ放送件数は、2009年のCOP15で「コペンハーゲン合意」が採択されなかったこともあって下がっていきました。同時期にリーマンショックが起きていて、世界中で温暖化への関心は薄れました。その後パリ協定が採択された2015年に向かってまた上がっていくのですが、谷間の期間も気候変動の影響やリスクに関する放送は増え続けていました。温暖化は社会の関心と無関係に進んでいたので、それが面白いです。

日本では2011年に東日本大震災があり福島第一原子力発電所の事故が起こり、温暖化どころではなくなりました。そこから2015年のCOP21でパリ協定が採択され、2018年にスウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリさんが「気候のための学校ストライキ」を実施し、2020年には、菅首相(当時)が2050年脱炭素社会の実現を目指すことを宣言して、今に至ります。私自身は、最初のピークの頃にCGERをプラットフォームにして気候変動コミュニケーション活動を本格的に始めて、いったん冬の時代を経験して、今みなさんと一緒にもう一度盛り上がろうとしている感じがあります。

【三枝】地球温暖化は世間ではいったん盛り上がったけど冬の時代があったとおっしゃいましたが、その間も江守さんは国環研の地球温暖化研究プログラムをずっとリードしてきました。加速、減速は多少あるにしても研究を着々と進めていたように見えますが、それと社会の多くの人たちの受け止め方には差があったということでしょうか。

【江守】研究は淡々と進めていました。私自身のことを考えると、2002年から2006年までの5年間はJAMSTECのスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」で気候モデリングに従事した時代。2007年からの5年間は環境研究総合推進費課題S-5「地球温暖化に係る政策支援と普及啓発のための気候変動シナリオに関する総合的研究」が始まり、気候モデリングを社会につなげる研究が始まった時代。その頃メディアの人とやり取りをするようになり、コミュニケーションを研究として始めました。その後、世間で温暖化どころではなくなっている状態の2012年、S-10「地球規模の気候変動リスク管理戦略の構築に関する総合的研究」では課題代表になり、地球規模のリスク判断を大きく掲げた時代です。

気候変動は重要な問題だと思っていたので、世間で原発や放射能、地震に話題が移って気候変動への注目度が下がっても当時あまり気にならなかった。当然のように研究は継続し、ある意味当然のように再び注目されてきたのです。2012年から2016年の5年は、世界的には2015年のパリ協定に向けて動いてきて、その採択によって大きな前進がありました。パリ協定が採択されるまでの過程は、自分のなかではエキサイティングなシーンが続いていたという感じがします。米中の協力やローマ法王の回勅なども経て、世界が脱炭素化を目指すことがパリ協定で合意されたのを見て、人類の歴史が動いたと思いました。

【三枝】研究者は学術的に重要と思われることを淡々と進めていて、それはそれで必要なことです。その結果、最近では異常気象や集中豪雨、干ばつによる食料危機などの研究が進んで、予測モデルの不確実性も減ってきて、多くの人たちがIPCCが示すような将来予測を信頼するようになり、いろいろな立場の人たちと危機感が共有されるようになってきました。

社会とのコミュニケーションを進める活動を展開

【江守】コミュニケーションで印象に残っているのは、対話オフィスとCGERが協力し、2019年の春の環境講座でトークイベント*1と温暖化研究について紹介するツアー*2をニコニコ生放送(ニコ生)で中継したことです。三枝さんにも衛星の太陽電池パネルをかたどったカチューシャをつけて出ていただき、大人気でした。当時、対話オフィスとCGERだから実現できたと所内では言われていました。

【三枝】それはどうしてですか。

【江守】コミュニケーションのノウハウやイベントの実績があり、スタッフも揃っているからでしょうか。2019年の春の環境講座は若者にターゲットを絞ってオンラインで行うという新しい方針ができ、他のユニットからほとんど手が挙がらなかったのですが、CGERは手を挙げました。やってみたらニコ生という大きな舞台でうまくいき、自分自身も非常に楽しかったし良かったと思っています。

【三枝】私たちも趣向を凝らした服装で解説するなどの工夫はしましたが、実際には「私たちからは普通に見えている素の研究者の姿」がウケていたのが面白かったです。ビギナーズラックですね。

【江守】印象に残っている2つ目としては、CGERの活動からは少し離れますが、2020年3月にYouTubeを始めたことです。コロナが始まって休校になり、いろいろな研究機関が子ども向けにYouTubeの番組を制作し始めました。われわれもやるべきではという感じになり、地球温暖化について3回シリーズの動画*3を制作しました。それが好評で、学校や企業など非常に多くの人に見てもらえて、自分としても嬉しい経験でしたし、国環研のコミュニケーションとしても一つの成功体験になったと思っています。

【三枝】コロナの時期にいち早く対応したのは素晴らしかったです。これからどんな野望がありますか。

【江守】新しいフェーズに入るのではないでしょうか。私はYahoo!ニュースにも記事を書いています。Yahoo!ニュースはブログを書く感覚で記事が掲載されますから、誰もチェックしてくれません。最近は公開してから校閲が入り、修正したりしますが、自分の責任で出せます。書き手を選ぶ段階でクオリティコントロールがありますが、あとは信頼して書き手に任せるんです。そういう自由度の高いマネジメントの方法があるのを感じました。

国環研でそれを取り入れるわけにはいかないかもしれませんが、月刊のニュースレターを読者に送付していたときの延長でやるよりも、Yahoo!ニュースの感覚で、書きたい人が書いたらすぐに掲載されるほうがいいと、以前から所内の委員会などで提案してきました。記事を一か所に集めて、カテゴリーごとアーカイブ化され検索して見られるようになっているのが、デジタル化した今のコミュニケーションに合っていると思います。国環研の広報は現在オウンドメディア化が進んでいて、その方向に向かっていますので、応援したいです。

【三枝】最後に若い世代に向けてメッセージをお願いいたします。

【江守】私は講演や原稿の内容が割とわかりやすいと言ってもらえるのですが、それは自分も素人であるということを常に意識しているからです。誰でも専門外の分野のことを専門的な言い方で説明されたらわかりません。例えば、私も経済学の話を専門的に説明されたらわかりません。ですから、自分の専門である気候科学の話をするときでも、こういう言われ方をしてもわからないという人の立場になって、説明の仕方を探すことを心がけてきたつもりです。是非みなさん、オーディエンスの気持ちになってコンテンツを作成し、表現の方法を探って、意見を発信してほしいです。また、どう受け止めているかというフィードバックをもらうことも意識しながら、双方向のコミュニケーションをさらに進めていただきたいと思っています。

【三枝】今日はとても参考になるお話を聞くことができました。ありがとうございました。