REPORT2024年3月号 Vol. 34 No. 12(通巻400号)

海をめぐる二酸化炭素研究を進めるために ~海洋表層二酸化炭素会議報告~

  • 中岡慎一郎(地球システム領域地球環境研究センター 大気・海洋モニタリング推進室 主任研究員)

1. はじめに

2023年11月6日(月)~9日(木)の4日間、北海に面するベルギーの港町オーステンデに立地するフランダース海洋科学研究所(VLIZ、写真1)で海洋表層二酸化炭素(CO2)会議が開催され、世界各地から100名以上の現地参加者と100名近いオンライン参加者が出席しました。日本からは国立環境研究所(以下、国環研)、気象庁、気象研究所(以下、気象研)の3機関から計4名が現地参加しました。本稿ではこれまでの海洋表層CO2研究の変遷とともに会議の概要について報告します。

写真1 会議が開かれたVLIZの“INNOVOCEAN CAMPUS”。期間中ほとんど雨か曇りでしたが、1日に数時間程度は写真のような青空を見られました。
写真1 会議が開かれたVLIZの“INNOVOCEAN CAMPUS”。期間中ほとんど雨か曇りでしたが、1日に数時間程度は写真のような青空を見られました。

2. 背景

地球の表面積の約7割を占める海洋には多くの炭素が貯蔵されているとともに、人間活動によって放出されているCO2の約4分の1(炭素換算で2~3PgC)を毎年吸収していることが分かっています。しかしパリ協定が目指す地球の平均気温上昇を2℃(あるいは1.5℃)以下に抑えるためには、自然起源のCO2吸収、ここではすなわち海洋によるCO2吸収量をより精緻に評価するだけでなく、気候変動に対して海洋がどのように応答するか把握することが不可欠で、観測やシミュレーションモデルから海洋CO2の挙動を監視・評価を行う必要があります。

観測については、世界各国の研究機関等が船舶やブイなどに計測装置を搭載して海洋表層のCO2分圧(pCO2)(詳細は中岡慎一郎「地球環境豆知識26: pCO2」地球環境研究センターニュース2014年3月号を参照)を測定しており、国際的に高精度なpCO2観測を推進するSurface Ocean CO2 Reference Network(SOCONET, https://www.aoml.noaa.gov/ocd/gcc/SOCONET/)という観測ネットワークが2018年に立ち上がりました。また2011年には全球海洋のpCO2観測データを統合・管理するSurface Ocean CO2 Atlas(SOCAT, https://www.socat.info/)のデータベースが構築され、2015年以降はデータベースを毎年更新する体制が整いました。

さらにSOCATのpCO2観測データや海洋モデルを用いて全球海洋pCO2分布と大気海洋間CO2フラックスの時空間分布のプロダクトを作成し、複数のプロダクト間で比較を行うことで精緻な海洋CO2吸収量の評価を目指すSurface Ocean pCO2 Mapping intercomparison(SOCOM, http://www.bgc-jena.mpg.de/SOCOM/)というオープンプロジェクトが2013年から開始されており、Global Carbon Projectが毎年公表しているGlobal Carbon Budgetに海洋CO2吸収量の推定結果をインプットしています。

国環研は日本-北米航路と日本-オセアニア航路での高精度かつ高頻度なpCO2観測と、SOCATへのデータ提出および北太平洋域での観測データ品質の確認、観測データに基づいた海洋CO2吸収量の評価を通して、これら3つの活動に参画し、海洋表層CO2研究に貢献しています。

2010年代に体系化されたこれら3つの活動により、海洋CO2吸収量変動についての理解は飛躍的に進みました。例えば2010年以前では観測に基づく海洋CO2吸収量の見積もりやCO2フラックスの時空間分布は長期平均的な評価しかできませんでしたが(Takahashi et al., 2009)*1、SOCATの登場により吸収量の年々変化を評価することが可能となりました。今回の会議では、近年の活動によって浮き彫りになった新たな課題に対して海洋表層CO2研究のコミュニティーとしてどのように取り組んでいくべきか議論することを目的として、2018年米国ポートランドでの会合以来およそ5年ぶりに関係する研究者が一堂に介しました。

3. 3つの活動による成果と課題

まず初日のテーマとなったSOCOMについて、VLIZのLandscützerリサーチディレクターから、海洋観測と海洋モデルに基づくCO2吸収量の評価に大きな開きが生じてきていることが報告されました。Global Carbon Budget 2023(Friedlingstein et al., 2023)*2によると、8個の観測に基づくCO2吸収量見積もりの平均値と10個の海洋モデルに基づく見積もりの平均値は2000年代前半ではほぼ一致しているのに対して、2022年には観測に基づくプロダクト平均の方がモデルに比べて約0.8 Pg Cも高い吸収量を見積もっています。この差の原因については特に冬季における極域での観測データの不足や赤道域の吸収量に対する両者の不一致などが指摘されているものの未だ明確な答えは出ていません。

会議ではこの差の要因を突き止めるための具体的な手法が提案され、SOCOMに参加するコアメンバーで今後の作業やスケジュールについて話し合われました。また英国Exeter大学のWatson教授から、海洋観測や海洋モデルとは異なる手法でCO2吸収量を評価して海洋観測・モデルに基づく見積もりと比較・校正することの重要性が提起され、その一例として大気中CO2濃度や酸素濃度の変化から海洋や陸域生態系のCO2吸収量を評価する国環研遠嶋室長の研究成果が紹介されました。

2日目はSOCONETについて話し合われました。初めにSOCONETをリードする米国海洋大気局(NOAA)のWanninkhof博士からpCO2観測数が近年減少傾向にあることが報告され、減少をくい止めるためには世界気象機関(WMO)の温室効果ガス監視活動等とも連携して観測ネットワークを展開していく必要があることが説明されました。

続いてSOCONETを代表する各地域のpCO2観測活動として、アメリカ、ノルウェー、オーストラリア、南アフリカ、日本の研究者から報告がありました。日本からは筆者が貨物船舶を用いた高頻度観測について紹介し、国環研による120以上の航海で他機関による観測の海域・日時とオーバーラップ(SOCONET/SOCATではcross-overと呼びます)することで観測データ品質を確認できたことを示しました。

その一例としてNOAAと国環研によるcross-over観測の結果を図1に示します。Cross-over観測の定義は互いの距離が最大80km以内かつ観測日時の差が最大2.5日以内であることから観測値が完全に一致する訳ではありませんが、西経84度付近や西経80度付近のpCO2が急激に変化する海域で両機関の観測結果は良く一致しており、両機関の観測が高精度で行われていることを示しています。

図1 NOAAと国環研のCross-over観測による北太平洋東部海域のpCO2経度分布。
図1 NOAAと国環研のCross-over観測による北太平洋東部海域のpCO2経度分布。

3日目と4日目にはSOCAT関連の報告と議論を行いました。初めにSOCATの代表を務める英国East Anglia大学 Bakker准教授からpCO2観測の減少について詳細な説明がありました(写真2)。それによるとpCO2観測データ数は2016年をピークに減少し、コロナ禍だった2020年と2021年にはSOCATによるデータ収集と品質確認がなされる以前の2005年と同水準にまで低下しました。これにより特に北大西洋の高緯度域や南太平洋中央部で観測空白域が出現・拡大しており、今後の海洋CO2吸収量推定に大きな不確実性が生じることが懸念されています。

写真2 pCO2観測データ数の減少について説明するBakker准教授。
写真2 pCO2観測データ数の減少について説明するBakker准教授。

またSOCAT運営拠点の一つだったBergen大学(ノルウェー)が資金不足により撤退し、NOAAが単独でデータベースを管理することになったと報告があり、新拠点設置を見据えた安定予算の確保にむけ、ボランティアベースだった運営体制の再構築を含む検討を進めたいとの提案がありました。

続いて気象研の石井博士から、これまで日本が中心となって実施してきた観測やモデルに基づく海洋CO2吸収研究の成果とArgoフロート(表層から水深2000mの水温塩分鉛直分布を10日間間隔で測定する)を海洋地球生物化学分野に拡張し、海洋CO2研究に活かす取り組みについて紹介があり、その検証のためにもSOCATが欠かせないことを強調しました。

さらに、SOCATに観測データを提出する新システムの構築やセンサー等の新しいタイプのpCO2測定機器に対応する品質確認プロトコルの必要性などについて、意見交換を行いました。

4. おわりに

2023年は史上最も暑い年であったことがWMOによって公表されましたが、海洋でも海洋熱波とよばれる高温イベントが太平洋域で頻発しており、海洋CO2の挙動や海洋生態系に大きな影響を及ぼすことが危惧されています。そのため、これまで以上に迅速な実態の把握と世界規模での影響評価に海洋CO2コミュニティー全体で取り組んでいきたいと考えています。