RESULT2024年1月号 Vol. 34 No. 10(通巻398号)

最近の研究成果 中国ブラックカーボン排出量の不確実性によるCMIP6気候モデル計算への影響

  • 池田恒平(地球システム領域地球大気化学研究室 主任研究員)

ブラックカーボン(BC)は温暖化に寄与するエアロゾル成分の一つです。BCが気候に及ぼす影響を評価するためには、適切な排出量を入力値として与えた気候モデルによってBCの時空間変動を再現・予測することが必要となります。人間活動による排出量には、社会経済活動の統計値からボトムアップ手法により推計された排出インベントリが使用されます。ボトムアップ・インベントリによるBC排出量の推計には大きな不確実性が含まれていることが知られていますが、それが気候モデル計算の再現性に及ぼす影響については理解されていませんでした。

そこで本研究では、東アジアの地域代表性を有する長期地上観測を用いて、IPCC第6次評価報告書のために実施された第6期結合モデル相互比較プロジェクト(CMIP6)の気候モデルによる過去再現実験及び将来シナリオ実験のBC濃度レベルと長期傾向の再現性を検証しました。その結果、過去再現実験と将来シナリオ実験のCMIP6のマルチモデル平均は、過去10年間の濃度を約2倍過大評価していることがわかりました(図1a)。

CMIP6の気候モデルによる過大評価の原因を調べるために、大気化学輸送モデル(GEOS-Chem)を用いて異なる人為起源のボトムアップ・インベントリを入力値としたシミュレーションも行いました。その結果、CMIP6気候モデルのバイアスは、CMIP6で使用された人間活動による排出インベントリ(CEDS)が中国からのBC排出量を過大評価していたことが原因であるとがわかりました。

CMIP6で使用されたインベントリを用いて評価したBCの東アジア域における直接放射強制力は、東アジアの観測の濃度レベルを再現するインベントリ(ECLIPSEv6)と比べて72%高くなることが示されました(図1b)。この結果はCMIP6の気候モデル出力において、中国起源BCによる温暖化影響が過大評価されていることを示唆しています。

今回の成果はIPCC第7次評価サイクルでは、気候モデルの計算に使用される排出インベントリを大気観測等を用いて予め検証することが重要であることを示しています。また、将来シナリオの排出量はボトムアップ・インベントリの最終年の値を基準にして推計されるため、インベントリの検証は将来予測の精度向上のためにも重要といえます。

図1  (a)福江島における観測値(黒線)とCMIP6マルチモデル平均の過去再現実験(赤線)、将来シナリオ実験(SSP1-26(大気汚染物質の排出削減が進むシナリオ):青線, SSP3-70(大気汚染物質の排出削減が進まないシナリオ):茶線)の年平均ブラックカーボン濃度変化の比較。シェードはマルチモデルの標準偏差を示す。点線は、CMIP6の人為排出インベントリ(CEDS, 紫線)及び、ECLIPSEv6bインベントリ(緑線)を用いた大気化学輸送モデル(GEOS-Chem)の結果を示す。(b)GEOS-Chemを用いて評価したCEDS(CMIP6)とECLIPSEv6bによる2014年の大気上端におけるBC直接放射効果の比較。
図1  (a)福江島における観測値(黒線)とCMIP6マルチモデル平均の過去再現実験(赤線)、将来シナリオ実験(SSP1-26(大気汚染物質の排出削減が進むシナリオ):青線, SSP3-70(大気汚染物質の排出削減が進まないシナリオ):茶線)の年平均ブラックカーボン濃度変化の比較。シェードはマルチモデルの標準偏差を示す。点線は、CMIP6の人為排出インベントリ(CEDS, 紫線)及び、ECLIPSEv6bインベントリ(緑線)を用いた大気化学輸送モデル(GEOS-Chem)の結果を示す。(b)GEOS-Chemを用いて評価したCEDS(CMIP6)とECLIPSEv6bによる2014年の大気上端におけるBC直接放射効果の比較。